【R18】淫魔王の伴侶–パートナー–

藤崎 和

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3章 違える二人に女神は近づく。

3話 淫魔界に起きた異変と迫り来る刺客

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「ショウ・・・」

 彰が一人部屋を出て行った後、アルカシスはホテルの窓から地上に行き交う街の人々に視線を移すが既に彼の姿はなかった。
 今は夜八時を回ったところだ。深夜でも賑わいが絶えないこの街は四月中旬でも外気温は日中と比べてかなり下がる。夜間に外出させるのは力づくでも止めさせておくべきだったとアルカシスは舌打ちする。

「仕方ない」

 寝室に設られた換気用の小窓を開けたアルカシスは、ベッド脇に置いてある小鳥の置物を手に取ると人差し指で額を撫でる。すると置物は本物の鳥のようにピッ、ピッと鳴き羽をばたつかせた。それを見てアルカシスは小窓から出られるように小鳥を誘うと言った。

「ショウを監視しろ。・・・行け」

 それを合図に小鳥はアルカシスから飛び立つと、町の行き交う人々の中に溶け込み明後日の方向に飛んで行った。一瞥したアルカシスは、感じ慣れた気配に眉を顰め背後に目をやる。

「グレゴリーか」
「ご滞在中申し訳ありません。急ぎご報告が」

 アルカシスの背後を彼の側近であるグレゴリーは音もなく姿を現す。灰色の流れるような髪の隙間から見える彼の両耳からチャリンと上品な音を立てて主と同じイヤリングを付けているいることが分かる。アルカシスに跪いたグレゴリーは淡々と告げた。

「各国の王を狙って、暗殺者アサシン達が動き出しました。既に西国、南国、中央国が襲撃されました」
「何だと」

 急な事態にアルカシスは焦りを見せる。淫魔のアサシン、暗殺者とは淫魔王を狙う者達と結託した集団だ。この時期に動き出すとは厄介な。
 冷静を保ちながらアルカシスは三人の安否を問う。

「三人は?」
「ご無事です。ですが残りの東国、貴方様を狙っていずれ襲撃して来るでしょう。御身の安全のために一度淫魔界へお戻り下さい」

 グレゴリーから報告を受けたアルカシスは面倒なことになったと溜息をついた。
 面倒事が重なるのはこの事を言うのか。まるで示し合わせたように降って湧いて来るこの状況に苛立ちを募らせる。だが状況を知りたいと理性が働き、冷静を保ちながら再度グレゴリーに尋ねる。

「三人が襲撃されたのはいつだ?」
「三日ほど前からです。西国から緊急報告が上がったことから発覚しました。昨日は南国、先程中央国でも同様の事案が発生したと」
「何故急に?」
「目的は調査中。姉君様が一名捕獲され拷問中、息絶えたと連絡がありました」

 アルカシスはグレゴリーの報告に一つだけ心当たりが浮かんだ。だが彼女とは未だ接触がなく、自分は隠密で動くため神気も封じているものの現状では可能性の一つとして考えられる。

「・・・ヘラの差し金か?」
「可能性はあるかもしれません。我々の動向を既に掴んでいることも考えられますが証拠が上がっておらず判断は尚早でございます」

 グレゴリーの言葉を聞いたアルカシスは自信が身につけているイヤリングの片方を外すと己の瞳の色と同じそれを見つめた。血の色に近いそれは自分達の強力な魔力や神気を封じ込み人間界に棲まう下等妖魔を刺激しない意味や土地の地殻変動を誘発させない役割を持っている。人間たちの生命や生活を脅かさないことは五国王の間で取り決めており、あくまで自分達は裏の存在として目立つことなく過ごさなければならない。そのため魔力が強い淫魔が人間界に滞在する時は魔力封じの宝具を身につけることが義務とされている。
 だから勘付かれるというのは、考えにくい。もしそうなら自分達に何かしら接触があるはずだ。

「主上・・・まさか」

 グレゴリーも同じことを考えたのだろう。心配そうにアルカシスに尋ねるが彼は首を横に振った。

「心配ない。神気は抑えている」

 だが・・・とアルカシスは思考を巡らせる。
 イヤリングを付けている間、こちらの魔力は封印されるから向こうが追うことはできない。だが同時に自分を狙う暗殺者の気配を探すことも困難になってしまう。彼等が既に人間界に紛れ込んでいるならばこちらには不利になってしまう。だがアルカシスは一つだけ気がかりがありグレゴリーに淡々と告げた。

「しばらく、戻ることはできなくなった」
「何故?・・・そういえば、ショウの姿が見当たりませんね。どうされたのですか?」

 その意図を察したグレゴリーは、室内を見回すと伴侶の姿がないことに気づきアルカシスに尋ねる。

「どうされたのです。さすがに、ショウにも近くにいて頂かなければ・・・」

 最悪、アサシン達に利用されてしまうかもしれない。彼には悪いが大学を一時休学し共に淫魔界に戻ってもらいたい。だがアルカシスは嫌そうに溜息をつくと彼がホテルを出て行ってしまった事を伝えた。経緯を聞いたグレゴリーは状況とタイミングの悪さに表情を歪ませた。

「困ったことになりましたね。そこまでショウが貴方様を拒絶するとは・・・」

 頭を抱えながらグレゴリーは思考を巡らせる。
 正直厄介だ。今彰は一人で行動している。街中の柄の悪い連中の中にアサシンと繋がる者に見つかると自分達を誘き出すために利用されかねない。早く見つけなければ取り返しがつかなくなる。
 焦りを見せるグレゴリーを他所に、アルカシスは目を伏せると秀麗な男性体から妖艶な女性体へと姿を変える。彼女はテーブルに置いたスマートフォンを手に取るとある人物へ電話した。

「圭司?至急探してほしい人がいるの。・・・そう、すぐよ。私達の方で厄介な動きがあったわ。見つけたらすぐに保護して。また連絡する」

 通話を終了したアルカシスは、次の相手に連絡を入れる。数コールの後、電話越しからデーヴィットの声が聞こえた。

「デーヴィット。すぐにこちらに来て。厄介なことになったわ」
『おう、俺も今聞いた。アサシン共のことだろ?』

 事態を察した友人の問いにアルカシスはフッと口端を吊り上げた。
 やはり、向こうにも部下は報告を入れてきたか。

「話が早い。既に三国が襲撃されて、残りは・・・貴方と私」
『おうおうおう。なかなかスリルあるじゃん。俺は別にいいぜ。アイツらの喧嘩相手、やってやろうじゃないの』





「彼等は現在二人一組で行動しているようです」

 ホテルへ到着したデーヴィット、アルカシス、グレゴリーの三人は先に襲撃された三国でアサシン二名の存在が確認されたという。西国と中央国は取り逃したがエリザベータの南国は相手の一人が油断している隙を狙い締め上げて吐かせたという。

「三国それぞれに気配を消して城内に侵入したそうです。しかし姉君様のみ、一人相手が鼻の下を伸ばしたところで気配が分かり、すぐに捕らえて拷問にかけたとのこと」

 グレゴリーの報告に想像がついたのがデーヴィットは苦々しい表情を浮かべた。

「不埒な野郎だ。色香に騙されやがって。エリザベータはそういう奴は大歓迎だろうが、アイツに捕まった野郎は運がなかったな」

 アルカシスとデーヴィット、そしてグレゴリーの脳内には嬉々として自分に鼻の下を伸ばして本来の職務を忘れてしまった間抜けなアサシンを、エゲツない拷問にかけて多幸感に浸るエリザベータの姿が思い浮かぶ。あまりにもはっきりと想像できてしまい三人は呆れて溜息が出てしまうほどだ。

「バカな野郎だなぁ。アイツの色香にまんまと狂いやがって」
「それが姉さんの能力よ。狂った奴が悪い。それで、他の二人は?」

 溜息をつくデーヴィットのそばで、アルカシスの問われたグレゴリーは淡々と答えた。

「カラマーゾフ様、ビアンカ様は側近達に捕縛され難を逃れたようです。ですが、今懸念されるのは一人出てしまったショウの安否です。彼等が接触を図ろうとすることは十分考えられますし、デーヴィット王もしかり・・・」

 デーヴィットは一人アメリカに残した伴侶であるリザが思い浮かぶ。
 グレゴリーの言う通り、もしアサシン達が自分ではなく伴侶の彼女に牙を剥ける可能性は考えられる。彼女の安全を確保するためにも誰か送った方がいいだろう。
 デーヴィットは右腕につけた腕輪から部下の名を呼んだ。

「メロ、俺だ。東国そっちは被害は出てないか?」
『主上。こちらは今は出ておりません。話は聞いております。リザ様には私が付きましょうか?』

 腕輪からは凛とした女性の声が響く。
 デーヴィットは普段人間界滞在には腕輪を付けて魔力を抑えている。同時にこの腕輪が淫魔界との通信手段であり腕輪を介して指示を出すことも可能だ。
 メロの提案にデーヴィットはそうだなと答える。

「それなら助かる。リザも同性のお前なら大丈夫だろう。ただし、危なくなったらリザと逃げろ。決して深追いはするな」
『了解致しました。すぐに向かいます。それと・・・、ノアがそちらに向かいました』
「はぁ!?ノアっ!?」

 名前を聞いたデーヴィットは素っ頓狂な声を上げた。その様子を見ていたアルカシスは思い出したように声を上げた。

「そういえばいたわね。昔はアサシンだったあのノア?デーヴィット、貴方の部下になってたの?」

 呑気に尋ねるアルカシスを他所に慌てた様子でデーヴィットは言った。

「いやいや何でアイツ人間界こっち来んのよ!?城の警護しろいうたやん!なんで止めんの!?マジ止めてよ!」

 それを聞かれたメロが嗚咽を漏らし始めた。これに三人は一瞬で分かった。
 彼女、泣いてる。

『だって・・・だって・・・アイツキモいもーんっ!!びえええんっ!!』

 腕輪越しにメロが激しく泣き始めたのが分かると、やっちまったとばかりにデーヴィットはあちゃーと手を頭に置いた。

「あー分かった。分かったから。とりあえずお前はリザ頼む。こっちでノアと合流するから」
『わがりっ、まじだぁぁぁ。じゅっ、じょうー気をつけてー』

 通信は終了する。
 終了したデーヴィットは二つの哀れな視線を感じて振り返ると溜息をついて言った。

「とりあえず、まずはノアと合流するか・・・」




*   *   *

 ホテルから出た彰は午後九時を回り肌に刺すような冷たさが残る風を受けながら繁華街・川島町を歩いていた。
 夜の繁華街は活気に満ちている。
 飲食店が軒を連ね、サラリーマンであろうスーツを着た男性と派手な化粧とドレスを身に纏った女性が行き交い彼等に金を落としてもらおうと客引きとして外に出ている店のスタッフが声をかけている。中には酔っ払った男性が千鳥足で女性に寄りかかる姿もある。
 そんな彼等を横目に、きつく着込んだコートのポケットに手を入れたまま彰はある場所を目指していた。

(確か・・・この辺りだったよな)

 客引きの声を背景に、彰はチラチラと辺りを見回すがそれらしい事務所がなくさらに歩を進める。
 先日、この街を訪れていた時にチャイニーズマフィアに絡まれていたところを助けてくれた田川 陽からもらった名刺にはこの辺りの住所が記載されていた。
 周囲を見渡し、目的の場所が見当たらないことや少しずつ伝わる寒さが辛い。寒さが堪える彰は勢いで飛び出してしまった自分の浅はかさが情けなくなって泣きそうになってしまう。

『私はパートナーである君の意思には惜しみなく援助はする』

 飛び出す時に怒りを見せたアルカシスの顔が脳裏に浮かぶ。

『働きに出るのはそもそも君の意思ではなかったはずだ』

 その言葉を思い出すと彰は胸にチクリとした痛みを覚えた。

 分かっている。本当は俺も学生の今は勉強に集中したいから働くつもりはなかった。
 でも・・・。

 彰は、ゼミ室で打ち明けた兄・秋山 諒の悲痛な姿を思い出した。

『今俺が働きながら返済しているが完済の目処が立たなくて・・・』
『どうやらキャバクラに使っていたらしい。遺品から派手な名刺が出た』
『彰、お前も一緒に返済して欲しい』

 父が作った多額の借金を返済しているんだ。自分だってあの父の子どもだ。兄一人だけ、任せておくことはできない。

 彰の中でかつては医師として手腕を振るいながら家では自分には全く気にかけなかった薄情な父の姿が蘇る。だが死んだ今となっては、なぜ高校卒業を控えたあの日にもっと追求しなかったのかと後悔が残る。
 父は無関心だったが、母や祖母は自分を心配してくれていた。一人暮らしをしていた頃は母は段ボールに大量の食料品を送ってくれたし、たまに電話もしていた。なかなか父に物言えない人だったが医師家系に生まれて進学すらさせられなかった自分を不憫に思っていたのかもしれない。
 
 そんな母が、認知症を発症したと兄から聞いた時なんだか寂しさを感じた。もう自分のことは忘れてしまったのではないかと。だが彼女が施設で穏やかに過ごしているのならいい。時間ができたら、会いに行ってみようか。

「おい、アンタ」

 感傷に浸る自分を呼び止める声が聞こえた彰は反射的に振り返ると呼び止めた人物を見て驚いた。
 金髪のトサカ頭、背中に虎の刺繍が施されたスカジャンを着たどこか時代遅れを感じさせる青年だったが、年齢は二十代になったばかりか。まだあどけなさが残っている。
 だが一昔前の暴走族を彷彿とさせる容貌に彰は声が出ずポカンと口を開く。不審に思った青年が彰に声をかけた。

「んー?なんだよ、人の顔ジロジロと」
「すっ、すみませんっ」

 慌てて謝罪する彰を青年はぶつぶつと呟きながら尋ねた。

「おかしいな。この辺りの店にこんな子いたか?どこの店の子だ?」
「あっ、店とかじゃないんです。実は、ここに行きたくて」

 店のキャストと勘違いされているのか。
 田川と再会した時もそうだったが、やはりアルカシスに丁寧にケアして伸ばしているこの髪のせいだろうか。
 誤解を解くために彰は、青年に田川からもらった名刺を渡す。名刺を見た青年は驚きもう一度彰に尋ねた。

「おいおい。アンタ、ウチの事務所に何か用か?」

 さすがに青年も慌てているのが分かる。普通ならヤクザの事務所に用のある者はいないし、名刺も持ってはいないだろう。
 青年が彰に対して、警戒を持ち始めた。これは弁解しようと彰は先日田川とこの街で会ったことを話した。すると合点がいったのか、青年は高い声をあげて彰を指差した。

「あ、アンタもしかして秋山 彰か!?」
「え、知ってる?」
「あぁ、田川の兄貴から聞いている。アンタを見つけたら事務所に連れて来いって。生憎兄貴は今別件で対応中だ。俺が案内するから、事務所で待っていてくれ。俺は村山 和弘(むらやま かずひろ)。兄貴の舎弟だ」

 村山の言葉に彰は安堵の表情を浮かべた。まさか田川がこんな根回しをしておくなんて思いもしなかった。

「俺は秋山 彰。ありがとう村山君。田川に用があってずっと事務所を探していたんだ」
「ハハハ。この街は入り組んでるからな。事務所まで少し距離があるんだ。ついてきてくれ」

 村山について行く形で彰は街の奥へ入っていく。その姿を繁盛する店の路地裏でこっそり確認する者がいた。その人物は村山と彰の二人が奥に入っていくのを見届けるとニィっと怪しい笑みを浮かべた。

「ヘラ様のターゲット、見ぃつけた」
 

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