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1章 統治者不在を知る淫魔王は人間界へ降下する。

3話 アルカシス、女神ヘラの捜索を命じられる。

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 ビアンカが退室したことで会談が終了し、他四人の淫魔王も解散の形となった。終了後デーヴィッドは革張りのソファに目を閉じたまま座るアルカシスに労いの言葉をかける。

「お疲れさん、アルカシス。だいーぶヤバイ状態になってるじゃないの、天界あちらは」

 アルカシスの背後に回ったデーヴィッドは彼に腕を回した。

「あぁ、ルシフェルの話だと天界も彼女がいなくなって混乱しているそうだ」
「これを機に、天界に攻め入り掌握しようて魂胆だろ?あのやっこさん」

 未だ眠り続ける夫ゼウスの代理として、この数百年彼女が天界の統治者として君臨してきたと聞いている。そんな彼女が突然失踪しては、彼女に付き従っていた従者達も混乱するのは当然だろう。
 そこを見計らって侵攻の手立てを考えるとは、ルシフェルもかなり策士な男だ。
・・・品がないやり方だから自分はそんな方法は取りたくないが。

 アルカシスとの距離が縮まったデーヴィッドは、彼のさらさらとした銀色の髪に指を通す。絡むことのない髪に指をくるくると動かすも、すぐにはらりと抜け落ちてしまう彼の髪に、デーヴィッドは僅かに笑った。

「男のわりに相変わらず綺麗な髪だ。全く見飽きないし、いい香りがする。ーーこの香り、どんなオイル使ってるの?」
「わざわざそんな事を聞きに残ったのか?デーヴィッド」

 されるがままだったアルカシスも、目を開いて鋭い眼光をデーヴィッドに向ける。
 彼と目が合ったデーヴィッドは、彼から発する鋭い殺気を感じ取り冷や汗をかいた。

「おいおい、冗談だって。・・・すまん」

 髪を弄っていたデーヴィッドは、アルカシスから発する鋭い殺気に今彼に冗談が通じない事を悟り彼から離れた。

「相変わらず享楽的な奴だな。お前のその軟派な態度、敬虔なクリスチャンであるお前のパートナーが見たらどう思うかな?人間界に戻った時には、彼女からの楽しい罵倒が待っているかもな」

 挑発的な笑みを自分に向けるアルカシスに、デーヴィッドは痛いところを突かれてチッと舌打ちする。

「リザを出すなコラ。あいつの性格を知ってて無駄に煽るのは許さねーぞ」
「私の髪で遊んだ代償だ。高くつくぞ」
「イヤーな奴。クソッ」

 アルカシスの髪をちょっとした出来心で遊んでしまったことがバレたら、確実にリザとの夫婦関係にヒビが入りそうだ。

 敬虔なカトリック教徒の妻はこと不貞に厳しい。加えて鋭い観察力の持ち主でもある彼女にしつこく問い詰められて離婚を言い渡されたらそれこそ目も当てられない。恥ずかしくて東国にも帰れない
 話題を逸らすためにデーヴィッドはアルカシスに尋ねた。

「ところでアルカシス。人間界に流通ながれているヤクの件だが・・・」

 アルカシスはソファに座ったままデーヴィッドのスラックスのポケットに、一枚のメモを忍ばせる。

「これは・・・?」
「それにアメリカ側のヤクの元締めと証拠が保管されている場所が記されている。お前が以前から欲しがっていた情報モノだ」
「さすが。闘神は違う。この借りはいずれ返してやる。サンキューな」

 デーヴィッドも会談の部屋から退室する。残されたアルカシスは、彼の秘書であり側近の一人であるグレゴリーを呼び出した。

「お呼びですか?我が主」

 スーツを着て髪を一括りに纏めた彼は恭しく一礼する。

 彼の自分に対する忠誠は堅い。
 姉と別れ、淫魔王に即位してから自分の手足として動いてくれる彼によく助けられている。

 アルカシスはグレゴリーに命じる。

「コキュートスへ行く。城の守りを固めるように」
「承知致しました。我が主」



*   *   *


 アルカシスのいる淫魔界から最下層コキュートスは、大地を氷に覆われた極寒の地だ。脆弱な生き物の生命を氷漬けにして絶つその地は、別名「死を呼ぶ大地」と呼ばれていて氷った大地の所々で、氷漬けになり死んだ生き物の死体が転がっている。全く植物が生えておらず、地平線全て氷で覆われた大地が広がっている。

 アルカシスはその中でも、一際巨大な氷に覆われた軍事要塞を思わせる堅牢な城へ辿り着いた。ここは邪神達のリーダー・ルシフェルの根城であり、半年前に闘神として自分が復活した場所でもある。

 アルカシスは城へ歩を進ませる。しかし自然発生する厚い氷が行く手を阻み、彼の両足が氷に覆われてしまう。
 この氷自体は誰かに造られたモノではなく、このコキュートスに群生する生き物だ。侵入者の存在を察知し、容赦無く抹殺する。また、城の主人の脱出を妨害するように城壁まで拡がり、さながら巨大な氷の牢獄を作り上げている。

 アルカシスは氷により動きを封じられた足を動かして氷を砕く。もともと混血という魔力の強さもあり、最下層の生き物といえど彼にとっては枷にもならない微弱な生き物に過ぎない。
 次にアルカシスは氷に覆われた城内に通じる扉を掌の圧で破壊する。派手な音を立ててばらばらに吹き飛んだ扉の残骸を無視してルシフェルのいる部屋へ歩を進めたのだった。




「お前は城の前で待ってくれることはしないのか、アルカシス」
「貴方に何故そんな気遣いをしなければならないのです。さっさと情報を渡してくれればすぐに帰りますよ」

  城の広間に我が物顔でズカズカと入り込んだアルカシスに、神力の低いルシフェルの部下達は慌てふためき、騒ぎを聞き駆けつけたルシフェルが呆れた様子でアルカシスに言った。
 黒い短髪の髪をオールバッグに撫で付けた壮年の男性姿であるルシフェルは、目の前の美丈夫な若者の荒々しさから怯えている自分の部下達の姿を見て、退席を促した。

「お前達は離れていい。後は俺がやる」
「ルシフェル様、しかし何かあれば・・・」

 怯えながらも、部下の一人がルシフェルに進言する。忠誠心が強い彼等からしてみれば、何の報せもなく突然扉を破壊して不法侵入するアルカシスは恐ろしい無法者と同じなのだろう。だがルシフェルは彼の肩に手を置くと安心するよう伝えた。

「心配するな。こいつはまだ闘神に蘇生して日が浅い。何があれば俺一人で沈めるだけだ。お前達は持ち場へ戻れ」
「わ、分かりましたルシフェル様。何かあればすぐに参ります」

 部下達が退室するのを見届けたルシフェルはアルカシスの言った『情報』という言葉に、何のことか訝しんで尋ねた。

「情報だと?以前お前には伝えたはずだが」

 以前ルシフェルは、大事な情報が入ったのですぐにコキュートスへ降下するようアルカシスへ指示を出した。そこでルシフェルは、女神ヘラが失踪したこと。それに伴い近々再戦する旨を伝えた。伝えたことはその二つで、他の淫魔王達にも情報を共有するためにアルカシスは早々に淫魔界への帰還を命じていた。

「再戦するのは大神ゼウスのはず。ですが、何故女神失踪の時期を見計らって始めるのです。コキュートスは未だ戦力としては及ばない。貴方は理由を躱していましたが、頑なに再戦を早める理由は失踪した女神の『狡猾』という性格と関係があるのですか?」

 アルカシスその言葉に、ルシフェルは呆れた表情から厳かな雰囲気へと一変させた。

淫魔界むこうでもヘラの噂は届いていたというわけか」
「貴方はご存知なはずだ。ヘラがどういう女なのか。ただの狡猾な女というわけではなさそうですね」

 アルカシスの指摘にルシフェルはタバコを一本取り出すとライターに火をつけ煙を燻らせる。

 もう少し、自分の思い通りに動いてくれていいものを。

「確かにヘラは狡猾という女神だけじゃない。俺が再戦を早めている理由は、あの女の厄介な能力のためだ」
「厄介な能力?」

 ルシフェルはスーツのポケットに入っているエチケットケースを取り出し吸い切ったタバコを仕舞うと二つのソファを具現化させてアルカシスに座るよう促した。

「まぁ座れ。少し話してやる。これを知っているのは俺とトール、そしてアルカシス、お前の三人だ」




「消去能力?」

 ソファに座ったアルカシスとルシフェルは、不思議に思いながらもアルカシスは彼の話を聞いていた。

「その名の通り、消す能力だ。ヘラは女神だが生まれた瞬間からその能力を有していた。ゼウスの妻になってからは愛情やら慈しみやらを司る女神なんてもてはやされるようになったが、実態はゼウス以上の傲慢な女だ。昔ゼウスの妻候補の女達を殺したのも、天界の支配者であるゼウスを魂の抜け落ちた人形にして自分が天界の支配を握るためだ」
「失踪した理由は?」
「分からん。こちらも行方を追っているが、今のところ天界にはいないそうだ」

 彼女の性格と能力をかつてゼウスの側近だった自分は熟知している。あの消去能力は危険だ。もしヘラがそれを使えばこちらはあっという間に戦意を喪失し敗北の危険がある。だが今は天界に彼女はいない。
 失踪した理由は分からないが、ゼウスがまだ姿を見せてない以上天界へ侵攻するにはまたとない機会でもある。だが同時進行でヘラも探し出さなければならない。

 ルシフェルはアルカシスに厳かに言った。

「アルカシス、お前は人間界でヘラの行方を探せ。わざわざ俺のところに出向いたんだからな」



*   *   *


 淫魔城に帰還したアルカシスは、全身の姿を写す鏡の前に立っていた。
 人間界での潜入捜査など数十年ぶりだ。
 今は彰も大学に通っているならば、こちらも人間界に滞在した方が都合がいいだろう。

 全身から神力が荒々しく吹き荒れると、銀色の長く美しい男の身体から一変し、銀色のふわりとしたミディアムショートヘアに、緋色の瞳が目立つぷっくりとした目、長身でスタイルの整った美しい肢体を備えた女がいた。

「グレゴリー」
「ここに。我が主」

 彼女から発する鈴の音のような声がグレゴリーの名を呼ぶ。背後に控えたグレゴリーは一礼した。

「人間界に行くことになったわ。しばらく城を空けるけど、何かこちらで動きがあれば知らせて。ショウとは向こうで一緒に過ごすわ。大学の講義が終わったらここに来るよう伝えておいて」

 そう言った女は一枚のメモをグレゴリーへ渡した。

「承知致しました」
「あと流川組。彼等は未だいるかしら?」
「現在流川組は関東にある繁華街川島町を拠点に活動しています。ここ数年で外国からのマフィアの進出も増えており、彼等との攻防戦で戦力を削られていると聞きます」
「あら。劣勢に追い込まれているのかしら?仕方ないわね。今回は、少し圭司に手を貸してあげようかしら?」
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