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3話 有能な政務補佐官
しおりを挟むトリーシャがエレボスたちに襲撃される二年前の話。
この日、トリーシャ国第一王女イリシアーヌ・トリーシャは本日付けで新しく着任する政務補佐官の到着を待ちながら、出征中の兄アダトの代理として執務に勤しんでいた。イリシアーヌが執務机で書類にサインして捌いている時、控えめにノックする音が部屋中に響いた。音を聞いて手を止めたイリシアーヌは入室を促す。
「失礼致します」
入室したのは金色のウェーブがかった長い髪を後ろで一つに纏めた美丈夫の男だった。人間離れした容姿の美しさと彼の着ているスーツからも分かる均整のとれた筋肉質な身体付きにイリシアーヌは一瞬胸がドキッとしたがすぐに冷静さを取り戻し青年に尋ねる。
「あら、軍人の方かしら?残念だけど、ここは皇太子アダトの執務室よ。行き先は軍舎ではなくて?」
彼の整い過ぎた出立ちに緊張したイリシアーヌを見て青年はおかしくて笑みを溢すとそのまま彼女に一礼する。
「お初にお目にかかります、王女殿下。本日よりあなた様の政務補佐官として着任致しましたエレボス・クトゥーゾフと申します」
「え、あなたが?」
意外だと、イリシアーヌは目を見張った。彼の長身さと均整のとれた筋肉質の身体付き、慇懃な立ち振る舞いを見ると、文官より軍人を想像したからだ。だから新人の軍人が場所を間違えたのかと思って言ったのだ。
彼女の驚いた表情を見て言いたいことが分かったのか、エレボスは「まぁ、そうですよね」と苦笑する。
「よく言われるのですよ。『軍人かと思った』『せっかく恵まれた身体をしているのにもったいない』とも。ですが私は戦場で功績を立てるよりも内政の方がやりがいを感じてましてね。これまで軍人としてではなく、文官としての経験が長いのですよ」
「へぇ、珍しい人。男の人ならみんな軍人になって戦場に出て功績を立てたいんじゃないの?」
「安易に成り上がりたい者はそうでしょうね。私は戦場で武勲を立てるよりも内政に干渉し国の発展に貢献することに面白味を感じる人間ですので」
内政に興味があるなんて珍しい。そんな人もいるんだ。
イリシアーヌは思わず目をぱちぱちする。彼の言う通り、男性だと積極的に戦場に出て武勲を立てる方が分かりやすいし、目立ちやすい。だが戦場に安易に赴く人間は野蛮な者が多くて彼女は好きではない。どちらかというと、文官の方が話が合うと思う。
外の守りも大事だが、内側のことも大事だ。ここ数年皇太子である兄は戦場に赴くことが増えた。内政に関しては国王である父が執り仕切っているが、細かい部分は嫁ぎ先のない自分が買って出てサポートしている。母は政治に一切関せず、二十歳になっても婚約者がいない行き遅れの自分を恥じて次々に見合い話を持ち込み早々に婚姻の段取りを踏ませようとする。正直、二年前の事件から結婚に気乗りしなくなった。もう少し、父のサポートをしたい。
自分が予想していた人物とは全く違う外見のエレボスを値踏みするような目で見ながらイリシアーヌは言った。
「あなたみたいな人が大臣に就いてお父様を支えてくれると、私は用済みになるのかしら...。でもそうよね。男の人だからって軍人だけっていうわけでもないしね」
イリシアーヌはそう言うと、一枚の書類にさらさらサインした後「これお願い」とエレボスに素っ気無く渡す。
「この書類、財務大臣に渡してちょうだい。国の防壁を固める予算決裁書。最近兄が外にばかり行くから、内側が疎かになっているって他の大臣たちから抗議が来ているの。ま、私のサインで承認してくれるかは分からないけど」
「分かりました。提出しましょう。文官の役目は平時より国の守りを盤石にすること。疎かにすれば侵略者に隙を突かれて攻め入られますからね。いったん失礼します」
どこか捻くれたイリシアーヌに苦笑しつつエレボスは彼女から書類を受け取ると彼女の執務室を退室する。一人なったイリシアーヌは革張りの椅子に座ったまま軽く背伸びをする。
「ん~。何だか...あんなにいい体格しているのになんで文官が面白いなんて言うのかしら。不思議な人」
椅子から立ち上がったイリシアーヌは、この日中の時間活気溢れる自国の城下町を部屋の窓から見下ろす。ヒト族の始祖である自分たちトリーシャは南側を海に面した主に商業が発展した物資が豊かな国だ。この時間、街はモノの売り買いで賑わいを見せ、他国の商人が珍しい物を披露して購買意欲を刺激している。以前兄から最近他国で戦乱が増えて情勢は混乱していると聞いたことがある。そのせいで、他国では商売が成り立たず、自分たちの身の安全を考え移住者も増え国内の財政は右肩上がり。トリーシャにとっては喜ばしいことだが手放しで喜んでいられない。現在兄である皇太子アダトが長期間の出征に出ている。トリーシャ周辺でも小規模な戦闘が発生し、軍の司令官である彼も前線に立たなければいけなくなったからだ。戦力も国自体の規模も他国と比べると小さいこの国にとって国境での小競り合い程度でも領土侵略の危機に晒されている。
窓から活気溢れる城下町を眺めた後、イリシアーヌは政務以外の高く積まれた書類にげんなりとした表情で一部を手に取った。
(お母様...早く決めろということよね...)
ページをぱらぱらと捲る。相手の雄々しい姿絵はごまんとあるも結婚意欲が湧かず、気が重くて嫌になりそのまま戻した。
ここまで母と娘の結婚への温度差ができたのは二年前に遡る。十八歳の誕生日を迎えたイリシアーヌは、王族の習慣に従って幼少期から決められていた婚約者と結婚披露パーティーにて結婚宣言する予定だった。しかし、当の婚約者は現れることはなく、その日のうちに届いた証書には婚約無効を申立てる一方的な文面のみが送られてきた。当然だが、父も母も正当な理由がない婚約破棄の申立てに激怒。相手からの一方的な申立てだったため慰謝料は送られたが、その後音沙汰なく向こうが本当に結婚したのか不明なままだった。母はこの事件以来、さまざまな国の王族に結婚の打診をするが、どれも顔合わせとなると白紙という事態が続き、次第に億劫になっていった。何よりも嫌になるのはヒト族始祖である純血統があるにも関わらず、理由を問うも釈然としない回答ばかり。
急遽相手が見つかった。
やはり身分が釣り合わない。
トリーシャ王族の歴史に自分たちは不釣り合い。
...理由にもならない理由が送られてくるだけで、イリシアーヌの中で完全に結婚への意欲は消えてしまった。その時期、丁度政務を担っていた兄であり皇太子アダトが出征することになったため、自分から父のサポートをすると願い出た。父からは渋い顔、母からは反対されたが何度も正当な理由なく断られたことを知っているため、兄が帰還するまでという条件付きで二人には了承してもらった。
ただ父は何も知らない娘に政務を任せるのは心配だったようだ。自分の補佐として優秀な人材を着任させると言っていた。それが今回着任した政務補佐官だったのだ。
エレボスが戻るまで、イリシアーヌは他の書類に目を通す。ここまで結婚に縁がなければ生涯嫁ぐことなくどこかの国で一人で生きていこうかとも考えたこともあった。ヒト族の始祖...なんて仰々し過ぎる肩書きがあっても結婚できなければその意味はない。アダトが帰還したらどこかの修道院に入り、生涯過ごすのも選択の一つだろう。いずれはアダトだって結婚するのだから世継ぎ問題はそこまで深刻ではないはずだ。それに先に嫁いだ妹のエヴァだっている。まだ妊娠したという知らせは受けていないがいずれ彼女もトリーシャの血を受け継ぐ子を産むことになるだろう。
そう考えたら、自分の役目なんてもうないのではないか。
「失礼致します」
イリシアーヌがうんざりする程の世継ぎ問題を考えていた時、エレボスが入室したことでいったん遮られる。彼の手には頼まれた書類があり、そこにはきちんと財務大臣のサインがあった。エレボスはそれをイリシアーヌに渡す。
「大臣も同意してくださいました。アダト皇太子殿下が出征から帰還次第、国の防衛に支出していくと」
「え、こんなにあっさり...?私が願い出ても同意してくれなかったのに...」
「少々癖のある方でしたから、あのような手合いの方は私にお任せください。それにあなたはヒト族の始祖姫です。願い出るのではなく、命令してくだされば大臣も拒否はできないでしょう」
「私の命令なんて、大臣の誰が聞いてくれるっていうのよ。みんな私が他国に嫁ぐこと前提で話しているのに。皇太子の立場の兄様なら媚びへつらってはいはい聞くくせに」
妙な臍曲がりのイリシアーヌにエレボスは思わず苦笑する。
「政治とはそんなものです。結局は大臣たちの思惑で成り立ちます。王女殿下も内政に干渉されるならば慣れて頂かなくては」
「何よ、あなたも大臣たちのお人形さんになれと?」
彼女の言葉にエレボスは妖しげな笑みを浮かべた。
「いいえ。逆ですよ王女殿下。あなたが大臣たちを人形のように動かすのです。ご存知ですか?今やトリーシャ以外の国は女性王族であろうと発言権は認められ、婚姻で国を離れてもその権利は有効とされています。言ってみれば、トリーシャだけが女性を政治から締め出しているのです。もしあなたが他へ嫁がれれば、当然のように政治知見は求められるはず。その時に国王や大臣たちの笑い者になればすぐに新たな妃が擁立されるでしょう」
「え、そんな...」
初めて知った事実にイリシアーヌは唖然とした。他所の国の姫って、そこまで政治的知見を求められるの?
深窓の姫として育ったイリシアーヌは生まれて一度もトリーシャを出たことがない。だから他所の国の政治事情は分からないのだ。そこに他国で文官として経験のある政務補佐官に煽られては焦ってしまうのも無理ない話。確かめるようにイリシアーヌは尋ねる。
「本当なの?」
「ええ。私も様々な国を渡り歩いて来ましたが、どの国も...特に女性王族の発言を重要視していました。彼女たちの多くが知名度が高く自国の民から信頼されていることもあり、王政でも彼女たちの言葉で民の暮らしが変わることが多いのですよ」
「そ、そんなに大事なの...?」
予想していたよりも姫の発言の重要度が高いことにイリシアーヌは驚いた。対して自分はどうなのかと考える。
正直自分がそこまで自国民に信頼されているかなんて胸を張って答えられないイリシアーヌは越えられない壁を感じて愕然とする。トリーシャは国土も人口も小さい国なので国民が噂していることなんてだいたいのことは自分の耳に入ってくる。それこそ、自分の縁談話なんてまさにそうだ。先に嫁いだ妹のエヴァと比べられて自分は国のお荷物だ穀潰しだなんて民にまで噂され貶められている。王族の始祖姫として生まれたなら政治に参加なんて必要ないから早々に嫁いでしまえなんて婚約者がいない自分に嫌味のようにぶつけられたこともある。対して他国の姫たちはどうだ。幼い頃から教養と政治知見を養うために留学と呈して他の国に滞在し政治事情を学ぶ機会が用意されていると聞く。明らかに学びの機会が用意されているという恵まれた環境にイリシアーヌはショックを受け頭を抱える。
「それが分かっていたなら、私だって成人を迎える前に他国に留学したかったわ...」
「おやおや...。しかし環境に恵まれたとはいえ、成果が出ない方もいらっしゃいます。ご自分はたまたまその機会に恵まれなかったというだけで皆が皆政治に興味があるわけではないのですよ」
深刻に悩むイリシアーヌにエレボスは優しくフォローを入れるが、今の話が彼女を不安にさせてしまったのか、自信なさげに落ち込んでいるように見えた。エレボスは彼女の肩に手を置くと「ご心配なく」と優しく囁く。
「あなた様の補佐をすることが私の役目です。まずは見聞を広めご自身の意見を声に出して伝えるのです。何度も繰り返せば、大臣たちもあなたを見過ごす事はできなくなります。そしてあなたか大臣か...どちらが立場が上なのかを、他者にしっかり示していくのです」
「示す?それって大臣たちと対立するってこと?でも私はただトリーシャを良くしたくて...」
「政治では方針の違いで対立することはよくあることです。しばらくはあなたへの批判も続くでしょう。ですが最終的な決定権はお父上である国王陛下にあります。陛下に支持されればあなたの発言も認められるはずです。まずは数日後に行われる王室会議で発言なさってください」
「待って、私は...」
「ーーいいですね?」
笑顔を浮かべたまま有無を言わせない威圧感。イリシアーヌの中で彼に若干の恐怖が芽生える。だが彼の言う通り、政治に関して権利も何もない自分はただのお飾りと言っても過言ではない。まずは声を出さなければ何も始まらない。
意を決したイリシアーヌはエレボスに言った。
「分かったわ政務補佐官。次の王室会議で言ってみるわ」
それに、エレボスから先程の威圧感が消え優しく微笑む。
「よくご決断なさいました。それでは、まずは資料を確認しましょう」
この日、トリーシャ城では現在皇太子アダトが出征しているウェーストエイトについて王室会議が開催される運びとなった。政務補佐官として就任したエレボスによって、イリシアーヌはこの日のために彼から資料の読み方、現在のトリーシャ周辺の政治状況や戦地となっているウェーストエイトの街の状況、今後トリーシャが取るべき国の方針について二人三脚で考えた。まず自分たちが見逃してはならないのが大国タタールの存在だ。侵略を繰り返しているこの国は軍事力、財政力もトリーシャとは比較にならない。今まで始祖姫を迎え入れたことはないが今後自分たちの繁栄のためにトリーシャを併合しようと機会を狙っていると聞く。だが現在兄はウェーストエイトに駐留する反乱軍鎮圧のため半年前から国境付近に赴いている。おそらく、トリーシャと反乱軍の戦力が落ちた頃合いを見て侵攻を企てているのだろうというのがエレボスの推測だ。漁夫の利を得ようとあえて表立った動きはないが、六ヶ月の出征は兵士の士気が低下し戦力が削り取られる時期になる。結果的にタタールの思う壺だ。ならまずは反乱軍との戦闘を早期に終結させる必要がある。だから王室会議では早期停戦に向けた和平交渉に切り替えることを進言することになった。トリーシャの国を守るためには大国の備えが優先になる。イリシアーヌはそう判断したのだ。
国王である父が玉座に座れば会議は開始される。その間、イリシアーヌとエレボスの姿を見た大臣たちがざわざわと何か話している。しかもちらちらと見られて居心地が悪い。いやになったイリシアーヌはエレボスに助けを求めて視線を向ける。
「大丈夫よね?なんだか自信をなくしたわ...」
「ご心配なく。私が教えたようにすれば国王陛下も首を縦に振られるはず。まずは発言することを心がけてください。何かあれば私も補佐致します」
「そう...。そうよね」
二人で打ち合わせしていると、父である国王の登壇を知らせる臣下の声が響いた。これをうけてイリシアーヌ、エレボス、大臣たちは国王が玉座に座るまでうやうやしく頭を下げる。玉座に国王が座ると全員頭を上げた。全員の顔を見た国王が口を開く。
「それでは、本日の王室会議を執り行う。このところ挙がっておった今後のわが国の方針を固めるため、まずはわが国の周辺状況を防衛大臣より報告せよ」
「現在出征中の皇太子殿下より周辺諸国の状況についてご報告致します。現在わが国トリーシャ国国境にて、反乱軍と交戦中。国境付近の防衛に徹している状況です」
「今後の展開は?」
「相手の要求は独立承認、また第一王女殿下の婚姻の要請、わが国の国土の合併です」
この要求に大臣たちはざわめく。豪快な要求に嘲笑する者やヒト族始祖である自分たちを見下す下劣な奴等と憤慨する者と様々である。大臣たちのざわめきを見ながらイリシアーヌはエレボスに尋ねる。
「どうしてトリーシャに反しているのに私に嫁いで来いっていうの?」
「考えられることはヒト族始祖の血を引いた子孫を欲しているということでしょう。彼等はヒト族始祖ではありませんから、トリーシャの始祖の者を迎え入れることと、合併することでただのならず者たちの集団を一国として認められることは意味がありますから。最終的には繁栄を約束する創造神カオスの祝福を授かりこの地域の覇権を握ることが目的でしょう」
「カオス神の祝福を受けるため?でもそれは神話しか知らないでしょう?私が嫁いでトリーシャを併合できたとしても祝福を受けるなんて限らないじゃない」
「トリーシャには、特に王族として生まれた女性には全ての生者を支配する権利が与えられています。カオス神には伴侶となる女性がいませんから、彼の祝福を受けた王族女性が他国へ分配する役割を持っているのですよ」
「つまり...私と結婚すればカオス神の祝福を私を介して享受でき、その勢いで他国に侵攻していく算段...ていうこと?」
「その通りです」
「いやなの。そんなことに道具にされるのは...」
イリシアーヌとエレボスが話す中、大臣の報告が終了する。聞き終えた国王は盛大な溜め息をついた。
「嘆かわしいことだ。もともと奴等はカオス神より祝福を受けた我らを我の強い傲慢な王族だと罵っていたではないか。わざわざイリシアーヌを引き合いに出したのも最近国民たちの間で流布される根拠のない噂のせいか?」
その言葉にイリシアーヌは剣呑に眉を顰める。規模が小さいトリーシャは他国に比べると国民と王族の距離は近い。トリーシャの国民たちは王族女性の政略結婚と引き換えに自分たちの国土を他国に防衛してもらうことを条件としている。これは軍事力の規模が小さいトリーシャの事情で、ヒト族の始祖である故、他のヒト族によって始祖である自分たちの繁栄をサポートする役割を強いている。この条件に煙たがって婚姻を拒否する国もあるが、カオス神の祝福を望む国からはその条件を呑んで結婚する者もいる。これは歴代のトリーシャ王族に生まれた女性の役割と豪語する者もいるくらいだ。イリシアーヌのように何年も嫁ぎ先が決まってない女性は肩身の狭い思いをすることも多いという。
考えたイリシアーヌは悔しくて唇を噛み締める。別に自分の役割を放棄しているつもりはない。理解しているつもりだ。だが今は自分たちに反する反乱軍との戦闘終結が必要だ。ここで自分が発言することで早期終結の一手を打ちたい。決心がついたイリシアーヌは「国王陛下」と凜とした声を響かせる。
「イリシアーヌ、いかがした?」
「国王陛下、でしたら私が直接交渉の席に着き代替案の模索が望めないが行かせて頂けないでしょうか?」
「ーーっ!?」
イリシアーヌの提案に国王、大臣が度肝を抜かれたように目を見開く。だがすぐに冷静さを取り戻した国王が淡々と彼女に尋ねる。
「イリシアーヌよ、なぜ王女のそなたが和平交渉に入らねばならないのだ?奴等の狙いはカオス神から享受する祝福を横取りすることだ。お前は次代を繋ぐ大切な役割を担っている。奴等は出征中のアダトに任せお前はお前の役割を全うするのだ」
「いいえ、陛下。それでは戦況を終結させることに時間がかかってしまいます。現在わが国は小康状態とはいえ、戦闘が完全にないという状況ではありません。幸いわが国には移住者は増えております。しかし、それは他国よりも戦闘が少ないから。このまま続けば今度は国外流出の危険もあります。それに大国の侵攻も懸念材料です。まずは早期にこの戦闘を終結させ、大国との戦闘に備えた準備が必要でございます」
彼女の提案に大臣の一人が進言する。
「しかし王女殿下。あなた様がわざわざ御身を危険に曝す必要はありませぬ。確かに殿下の仰るように、この戦闘は早々に終結し、憂慮すべきは大国との戦争であることは我ら臣下も承知しております。ですが殿下自ら、しかも戦地となっている土地へわざわざお越し頂くことは危険が付き纏います。こちらからも使者を送り、他に和解案がないか検討致しましょう」
だがイリシアーヌは首を横に振った。
「いいえ、私が直接行きましょう。おそらく使者を送ったところで結果は変わりありません。私たちには戦力は限られています。無意に消耗することで私たちトリーシャの土地と国民が大国の脅威に晒されてしまうのです」
「だが承認はできん。イリシアーヌ、そもそもお前は未婚の淑女だ。戦地に赴くことはおいそれと命令はできぬ」
「しかし陛下、それではトリーシャ兵の戦力が消耗する一方です」
「そもそもあなた様が早々に他国に嫁ぎ、そこが大国と交渉、反乱軍を鎮圧すればいい話ではないでしょうか」
「え?」
大臣の一人のこの一言でイリシアーヌは驚き、控えていたエレボスも発言内容に怪訝に眉を顰める。二人の反応をよそに大臣はさらに続ける。
「トリーシャ王族の女性は十八歳を迎えれば正式に婚姻を結び他国へ嫁ぐことが慣わしのはず。すでに第二王女殿下のエヴァ様はサンクチュアリに嫁がれておられるのに、肝心のあなた様はどうなのですか?政治に現を抜かす前に、王妃陛下よりすでにいくつもご縁談が挙がっておられるのに、なぜすぐにご決断なさらない。トリーシャを憂うまれるなら、まずは嫁ぎ先を選定される方が先決ではないでしょうか?」
「...っ」
この言葉にイリシアーヌは反論できず固まってしまう。なんとか絞り出すように「そのことは、今この場では関係ないわ...」と弱々しく反論するがそれは却って大臣たちの格好の材料となった。
「関係ないと申すかっ!?」
「そもそもなぜ嫁ぎ先を決めるのに四年もかかっておるのだ!?」
「相手側の不手際だというが、殿下ご自身はどうだというのだ!?」
続けざまの大臣たちの反論にイリシアーヌは完全に自信を無くし固まってしまう。ふるふると震える彼女を見かねたエレボスが彼女の前に出る直前、彼女の耳元で囁いた。
「この場でお泣きになるのはおやめください。後は私にお任せを」
「政務官...っ」
結婚できないのは事実だ。反論の余地はない。
悔しくて唇を噛み締める彼女に安心するよう軽く笑うと、エレボスはその低音の声音を王の間に響かせる。
「大臣の皆様、どうかご静粛に。王女殿下に代わり、政務補佐官である私が進言致します。王女殿下の仰るように、我々は反乱軍の戦闘は早々に終結せねばなりません。皇太子殿下が鎮圧のため出征されて、早六ヶ月。しかし一向に終結の兆しが見えない。これは非常に危機的状況です。終結の兆しが見えない中、兵士たちの士気が低下し戦闘の更なる長期化、膠着状態が続けば今すぐにでも大国タタールが侵攻してはすぐに占領されてしまうでしょう。危険は承知の上ですが、王女殿下の派遣をお許し頂きたい」
「正気の沙汰か!?王女殿下の御立場を分かった上でか!?」
「この男を連行しろ!殿下を危険に曝す蛮族だぞ!」
大臣たちの怒号が響き渡る。しかしエレボスは動じることなく涼しい顔でイリシアーヌの父である国王を見る。
「陛下、ご決断をお願い致します。王女殿下ご自身もこの国を憂いておられる上での勇気ある発言です。中々向こうの真意を解りかねる現状、殿下の派遣は妥当な線かと」
「...では、王女の意思を問いたい」
「ーー!?」
突如全ての視線がイリシアーヌに集中する。視線に押し潰されるプレッシャーを感じながらも、イリシアーヌはゆっくりと口を開いた。
「陛下、私が直接交渉致します。必ず、この戦闘を終結に導きます」
この言葉に国王はゆっくりと息を吐く。すると次はエレボスに尋ねる。
「護衛は...王女の護衛はどうするのだ?」
「ご心配なく。私にお任せください」
エレボスは胸に手を当て恭しく頭を下げる。その彼の態度に、国王は「仕方ない」と呟くとその声を響かせた。
「これより、イリシアーヌ第一王女が国境沿いの反乱軍との和平交渉に向かう。現地にいるアダトと合流し、なんとしてもこの戦闘の早期終結を図るのだ」
イリシアーヌ、エレボスは深々と頭を下げる。続いて大臣たちも不服ながら深々と頭を下げ、イリシアーヌが提案した案が可決された瞬間だった。
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