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調教8 淫魔による最後の調教
1 番の真相
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カミールが部屋から出た後、ヴィンセントはガウンを羽織り一希にも自分と同じ物を渡した。
「一希、君は腹が減っただろう?食事を用意させよう」
「あ、ありがとう」
ガウンを受け取った一希は、袖を通して着用する。シルク製のすべすべした手触りは相変わらず高級な素材だ。ヴィンセントと番にならなければ、これとも縁遠い人生を送っていたと思う。
「一希、お茶はどうだい?日本とは気色が違うが、なかなか美味しい味があるんだ」
「うん。もらうよ」
ヴィンセントは一希にガウンを渡すと、茶葉とティーポット、2人分のカップを取り出し、ガラス製のティーポットに茶葉を入れると、湯を注いだ。
その所作は丁寧で、体格のいい背格好は男性的であるが、形のいい指で準備をする姿は美しく、まるで絵画を見ているようだ。
一希は、自分のためにお茶を淹れてくれる淫魔王がとても愛しく感じ穏やかな気持ちになった。
ガラス製のカップには茶色のお茶がゆっくりと注がれていく。淹れたてで湯気が立ち、仄かな甘い香りが一希の鼻腔を刺激する。
淹れた二つのカップのうち1つを一希に渡すと、ヴィンセントは一希の隣に座った。
「甘いお茶は好きかい?これは中国から仕入れたお茶で政務の時に詰まったらよく飲んでいた。キーマン紅茶っていうんだ」
「キーマン紅茶?」
ヴィンセントから熱いカップを受け取ると、一希はカップに口を当て、ゆっくりとキーマン紅茶を飲んでいく。
花の香りがする。強い香りでなく、甘くて仄か。飲みやすいと思う。
湯気が立つお茶を一口飲むと、一希は驚いて目を見開いた。
「甘い。中国のお茶ってこんなに美味しいんだ」
「一希は、知らないのかい?」
ヴィンセントもキーマン紅茶を一口飲むと、甘い味に驚く一希を見た。
「俺は緑茶が多かったかな。中国茶は日本だと高くて買えないし、よく飲んでいたのは地方のお茶が多いんだ。彼杵茶って言って、苦いけど味はまろやかで美味しいんだ。俺も疲れた時、よく彼杵茶を飲んでいたよ」
中国茶そのものは栽培から焙煎方法に時間をかけて、甘みを引き出させている。さらに空輸で日本に輸入され、関税の対象であるため、日本の市場では中国茶の値段は高値で取引されている。
対して緑茶は茶葉を短時間発酵させて焙煎したもので、輸送は主に陸路で空輸よりも安く仕入れられる。一希のような一般家庭で生活していると、緑茶が安く販売されているのはそのためだ。
「そうか」
ヴィンセントは頷くと、一口キーマン紅茶を口に入れた。茶葉から抽出された仄かな甘味はじっくりと口腔内に染み込んでいき、ヴィンセントは一呼吸すると一希に言った。
「君と、ゆっくり話しがしたかった」
「話?」
「これからの事だが」
「俺は、自分からお前の番になると言った。でもまだ・・・少し怖さがある」
少し怖さがある。
番を受け入れたと言っても現実を考えれば、至極真っ当な心境だろう。人間として生まれ育った一希も、異種族のヴィンセントと番うとは思いもしなかった。
ある意味では、当然の心境だとヴィンセントは苦笑した。
「当然だね。これから君は、私と共に生きていくのだから、私と同じ寿命になる。もう人間としての人生は送れないだろう。君のあの妹とも、仲間とも死別しなければならない時が来る」
その言葉に、一希は息を飲み俯いた。
そうだろうとは思っていた。
ドールハウスでゼルギウスから受けた講義には、淫魔族は人間よりも遥かに長い寿命であり、人間のように自然死はできないと聞かされた。そして、番になった人間も淫魔王と同等の寿命を生きていかなければならないため、人間の命の循環から外れ一生を番である淫魔王と共に生きていくのだと。
「俺は、歳を取る事もないのか?」
「君は老いる事はない。老いは人間の命の終焉を意味する。淫魔王の番になるという事は、その霊力と生命力がいつまでも維持し続けるという事だ」
それが何を意味するのか、ヴィンセントの言葉は一希に重くのしかかる。
今まで当たり前のようにいた友人も家族も、みんな自然に老いて死んでいく。
だけど、自分は・・・。
その先の未来を想像すると、胸が痛い。自分はいつまでもこの23歳の姿のままだが、知り合い達はこれから老いて死に向かって寿命を全うする。
想像して感じたのは、皆先へ進んで行くのに自分だけ取り残される孤独感だった。そういえば、ヴィンセントも長く生きていると聞いたがどうだったのか。
「ヴィンセントも、こんな気持ちだった?皆死んで、俺だけ生きている事を考えたら、孤独を感じて寂しくなった」
聞かれたヴィンセントは思わず苦笑した。
あまりにも昔の事で、すっかり忘れてしまった。
王位に就いて長く時が経ち、自身の感情に蓋をし続けたせいもあるが、今一希に聞かれると、当時の子どもの頃を思い出した。
「確かに。寂しくなかったと言えば嘘になる。母が殺された時は私もカミールも、まだ子どもだった。父も数百年後亡くなられたから、私は大人になってすぐ王位に就かなければならなかった。今思えば、寂しいとは思っていたな」
ヴィンセントとカミールの父アレクサンダー王は、番だった母ソフィアを失った直後から悲しみに暮れ一切食事を摂らず2人が成人してすぐに息を引き取った。
先代の淫魔王を失った直後の部下達には、動揺と新たな若い王への不信感は根強く、即位間もない頃はヴィンセントへの暗殺未遂事件が頻繁にあった。王位に就いた彼はその部下達の猜疑心に1人で耐え続けなければならなかった。
だがヴィンセントには、1つだけ希望があった。それが番の存在だったという。
「王位に就いた淫魔王は、まず始めに番になる人間を占術師に透視される。私が王位に就いた時に占術師から受けたのは、私と近い血筋の者、だった」
「それが、俺?」
「さらに告げられたのは、数百年後に現れるという事。そしてその者は、一度番うと未来永劫に渡り私の隣に居続けると」
占術師の言葉は淫魔族では重く受け止められる。淫魔王の番は、次代の淫魔を生む役目を担う。また人間の寿命ではなくなるため、番がどんな姿なのか、どんな人物なのか慎重に選定されるという。最終的には淫魔王自身が選ぶ事になるが、その全体像を示すのは占術師の役割なのだ。
隣にいる美しい淫魔王は、自ら淹れたキーマン紅茶をゆっくり啜ると、一希に微笑んだ。
「その言葉は、私には希望だった。即位して500年、遂に君を見つけた。始めて君を見た時、胸が躍る思いだった。君が私の番なのだと。人間で言えば、運命の出会いというのかな?」
運命の出会い。
確かに、自分達はそれが当てはまるようだと一希は思った。ヴィンセントは500年、自分との出会いをずっと待ち続けていたのだ。
そう語る彼は、優しい顔をしている。彼と距離が近くなったようで、一希は微笑んだ。
「以外とお前って、人間みたいなところがあるんだな。お茶だってそうだし、こうして話すとお前が俺たちと同じ人間に見えてくるんだ」
一希の言葉にヴィンセントは優しく笑った。
どこまでも、素朴な青年だ。
でもこの青年の前では、500年に及ぶ王としての威厳もない。ただの淫魔になれるのだ。
「それは私も半分は人間の血が混じっているからね。魔力だけが他の淫魔よりも強いから王になっただけ。退位すれば私もただの淫魔に成り下がる」
始めて出会った時のヴィンセントと、随分印象が変わった事に一希は内心では驚いていた。彼は淫魔と言っても、話すと魔族ではなく至極当たり前のようにいる年上の男性のようだ。出会った時に感じた恐怖もない。でもこれが、彼の本来の姿なのだろう。
一希は、ヴィンセントに出会った7年前の事を思い出した。
美しい漆黒の長い髪に、尖った耳、何より印象付けたのはその美しいサファイアブルーの瞳だった。
瞳の色にどこか既視感があった。だが同時に彼に抱いていたのは、その美しさ故の怖いという感情だった。
「お前に始めて出会った時、どこか怖かった。でもずっとお前が気になっていたんだ」
今度はヴィンセントが目を見開いた。
一希をずっと見て思っていたが、この青年は感受性が強いのだろう。
これは霊力の問題ではなく、一希自身に本来備わっている特性だ。7年前に出会った時点で、この子も気づいていたのだ。
「それは・・・一希は私に恋していたんだよ」
「恋?」
一希は、きょとんとした表情でヴィンセントに聞き返した。
「一希は、誰かに恋をした事はあるかい?」
きょとんとして聞き返した一希を見て、以外だったのか、ヴィンセントは今まで色恋があったのか尋ねた。だが一希は顔を俯いて、恥ずかしそうに彼に言った。
「全く・・・。分からないんだ。7年前にお前を見てから、本当に何もなくて」
そもそも、一希は恋という感情が分からない。学生時代は退魔師と授業に明け暮れていたし、社会人になってからは仕事に明け暮れた。声をかけてくれた女性もいたが、相手に特別な感情を持つ事もなかった。
そういえば、誰かにこんなに強い興味を持ったのは、ヴィンセントが始めてかもしれない。
恋をした事がないという一希に、ヴィンセントはどこか納得した表情を浮かべた。
素朴な青年は、恋の感情が分からずずっと自分への恐怖だと思い込んでいたのだ。一希の思考を理解したヴィンセントは彼に教えるように言った。
「人間は恋をすると、感情よりも思考を働かせて、感情を抑え込むんだ。君は恋が分からなくて、私への恋を恐怖だと思考を変えて感情を抑え込んでしまっていたんだ」
ヴィンセントに教えられて、始めて一希は7年前から自分も彼に恋していた事を知った。驚いた一希は、確認するようさらに彼に尋ねた。
「そう、だったんだ。じゃあ、ヴィンセントは俺が番だって分かったなら、7年前から俺に恋してたって事?」
一希の問いにヴィンセントは勿論、と首を縦に振った。
「魔族は恋をすると、感情の赴くままに行動する。特に淫魔は、相手に恋をするとその者しか精気を受け付けなくなる。7年前に君に恋した時、そのまま魔界へ連れて行きたかったが、魔界の瘴気は脆弱な人間を殺してしまう。私は始めて、君に恋した感情に蓋をしたよ。おかげで7年という時間、君を待っている間、君が気になって仕方がなかった」
7年経ち、あの廃墟のホテルで一希と再会した時は、気分が高揚した事を覚えている。遂に一希を手に入れたと。恋したこの子の精気を味わった時、淫魔として生まれて始めての高揚感と多幸感を得たのだ。
「だから、俺を」
ホテルでの出来事を思い出すと、身体の芯から何だか燻る感覚を感じた。あれを思い出すと、身体が学習したせいか目の前の美丈夫の淫魔を求めてしまいたくなる。
「淫魔の習性だよ。何せ7年もお預け状態だったからね。早く君を味わいたくて仕方なかったさ。悪く思わないでくれ」
困ったように微笑んだヴィンセントはカップを置いて一希に言った。
「以前、君は私に言っていたね。どうして君を番に選んだのか。これが答えだ。納得してくれた?」
「何だか、嬉しい。俺を、ずっと待っていてくれて」
一希は、目頭が熱くなった。
長く王に就いていたヴィンセントにとって、一希は正に1つの希望そのものだった。それが分かると、一希も胸が熱くなる。そして、目の前の彼を愛しく感じるのだ。
ずっと一希を待ってくれたヴィンセントは彼を慈愛の眼差しで見つめてくれている。
「ありがとう、一希。私を受け入れてくれて。・・・でも君は、ここで待っていてくれ」
突如一希に眠気が襲い、瞼が重くなる。とにかく眠気が強くて、そのままベッドに突っ伏してしまう。
話を聞いていくうちに情事後の怠さはなくなっていたのに、どうして。
「ヴィンセント、どうして・・・」
「君の気持ちを聞けただけで充分だ。君まで失えば、私は魔物に堕ちてしまう。おやすみ、一希」
一希は、そのまま重くなった瞼を閉じた。
最後に見たのは不安な表情を彼に向けるヴィンセントの姿だった。
「行って来るよ、一希。戻ったら、またゆっくりキーマン紅茶を飲もうね」
「一希、君は腹が減っただろう?食事を用意させよう」
「あ、ありがとう」
ガウンを受け取った一希は、袖を通して着用する。シルク製のすべすべした手触りは相変わらず高級な素材だ。ヴィンセントと番にならなければ、これとも縁遠い人生を送っていたと思う。
「一希、お茶はどうだい?日本とは気色が違うが、なかなか美味しい味があるんだ」
「うん。もらうよ」
ヴィンセントは一希にガウンを渡すと、茶葉とティーポット、2人分のカップを取り出し、ガラス製のティーポットに茶葉を入れると、湯を注いだ。
その所作は丁寧で、体格のいい背格好は男性的であるが、形のいい指で準備をする姿は美しく、まるで絵画を見ているようだ。
一希は、自分のためにお茶を淹れてくれる淫魔王がとても愛しく感じ穏やかな気持ちになった。
ガラス製のカップには茶色のお茶がゆっくりと注がれていく。淹れたてで湯気が立ち、仄かな甘い香りが一希の鼻腔を刺激する。
淹れた二つのカップのうち1つを一希に渡すと、ヴィンセントは一希の隣に座った。
「甘いお茶は好きかい?これは中国から仕入れたお茶で政務の時に詰まったらよく飲んでいた。キーマン紅茶っていうんだ」
「キーマン紅茶?」
ヴィンセントから熱いカップを受け取ると、一希はカップに口を当て、ゆっくりとキーマン紅茶を飲んでいく。
花の香りがする。強い香りでなく、甘くて仄か。飲みやすいと思う。
湯気が立つお茶を一口飲むと、一希は驚いて目を見開いた。
「甘い。中国のお茶ってこんなに美味しいんだ」
「一希は、知らないのかい?」
ヴィンセントもキーマン紅茶を一口飲むと、甘い味に驚く一希を見た。
「俺は緑茶が多かったかな。中国茶は日本だと高くて買えないし、よく飲んでいたのは地方のお茶が多いんだ。彼杵茶って言って、苦いけど味はまろやかで美味しいんだ。俺も疲れた時、よく彼杵茶を飲んでいたよ」
中国茶そのものは栽培から焙煎方法に時間をかけて、甘みを引き出させている。さらに空輸で日本に輸入され、関税の対象であるため、日本の市場では中国茶の値段は高値で取引されている。
対して緑茶は茶葉を短時間発酵させて焙煎したもので、輸送は主に陸路で空輸よりも安く仕入れられる。一希のような一般家庭で生活していると、緑茶が安く販売されているのはそのためだ。
「そうか」
ヴィンセントは頷くと、一口キーマン紅茶を口に入れた。茶葉から抽出された仄かな甘味はじっくりと口腔内に染み込んでいき、ヴィンセントは一呼吸すると一希に言った。
「君と、ゆっくり話しがしたかった」
「話?」
「これからの事だが」
「俺は、自分からお前の番になると言った。でもまだ・・・少し怖さがある」
少し怖さがある。
番を受け入れたと言っても現実を考えれば、至極真っ当な心境だろう。人間として生まれ育った一希も、異種族のヴィンセントと番うとは思いもしなかった。
ある意味では、当然の心境だとヴィンセントは苦笑した。
「当然だね。これから君は、私と共に生きていくのだから、私と同じ寿命になる。もう人間としての人生は送れないだろう。君のあの妹とも、仲間とも死別しなければならない時が来る」
その言葉に、一希は息を飲み俯いた。
そうだろうとは思っていた。
ドールハウスでゼルギウスから受けた講義には、淫魔族は人間よりも遥かに長い寿命であり、人間のように自然死はできないと聞かされた。そして、番になった人間も淫魔王と同等の寿命を生きていかなければならないため、人間の命の循環から外れ一生を番である淫魔王と共に生きていくのだと。
「俺は、歳を取る事もないのか?」
「君は老いる事はない。老いは人間の命の終焉を意味する。淫魔王の番になるという事は、その霊力と生命力がいつまでも維持し続けるという事だ」
それが何を意味するのか、ヴィンセントの言葉は一希に重くのしかかる。
今まで当たり前のようにいた友人も家族も、みんな自然に老いて死んでいく。
だけど、自分は・・・。
その先の未来を想像すると、胸が痛い。自分はいつまでもこの23歳の姿のままだが、知り合い達はこれから老いて死に向かって寿命を全うする。
想像して感じたのは、皆先へ進んで行くのに自分だけ取り残される孤独感だった。そういえば、ヴィンセントも長く生きていると聞いたがどうだったのか。
「ヴィンセントも、こんな気持ちだった?皆死んで、俺だけ生きている事を考えたら、孤独を感じて寂しくなった」
聞かれたヴィンセントは思わず苦笑した。
あまりにも昔の事で、すっかり忘れてしまった。
王位に就いて長く時が経ち、自身の感情に蓋をし続けたせいもあるが、今一希に聞かれると、当時の子どもの頃を思い出した。
「確かに。寂しくなかったと言えば嘘になる。母が殺された時は私もカミールも、まだ子どもだった。父も数百年後亡くなられたから、私は大人になってすぐ王位に就かなければならなかった。今思えば、寂しいとは思っていたな」
ヴィンセントとカミールの父アレクサンダー王は、番だった母ソフィアを失った直後から悲しみに暮れ一切食事を摂らず2人が成人してすぐに息を引き取った。
先代の淫魔王を失った直後の部下達には、動揺と新たな若い王への不信感は根強く、即位間もない頃はヴィンセントへの暗殺未遂事件が頻繁にあった。王位に就いた彼はその部下達の猜疑心に1人で耐え続けなければならなかった。
だがヴィンセントには、1つだけ希望があった。それが番の存在だったという。
「王位に就いた淫魔王は、まず始めに番になる人間を占術師に透視される。私が王位に就いた時に占術師から受けたのは、私と近い血筋の者、だった」
「それが、俺?」
「さらに告げられたのは、数百年後に現れるという事。そしてその者は、一度番うと未来永劫に渡り私の隣に居続けると」
占術師の言葉は淫魔族では重く受け止められる。淫魔王の番は、次代の淫魔を生む役目を担う。また人間の寿命ではなくなるため、番がどんな姿なのか、どんな人物なのか慎重に選定されるという。最終的には淫魔王自身が選ぶ事になるが、その全体像を示すのは占術師の役割なのだ。
隣にいる美しい淫魔王は、自ら淹れたキーマン紅茶をゆっくり啜ると、一希に微笑んだ。
「その言葉は、私には希望だった。即位して500年、遂に君を見つけた。始めて君を見た時、胸が躍る思いだった。君が私の番なのだと。人間で言えば、運命の出会いというのかな?」
運命の出会い。
確かに、自分達はそれが当てはまるようだと一希は思った。ヴィンセントは500年、自分との出会いをずっと待ち続けていたのだ。
そう語る彼は、優しい顔をしている。彼と距離が近くなったようで、一希は微笑んだ。
「以外とお前って、人間みたいなところがあるんだな。お茶だってそうだし、こうして話すとお前が俺たちと同じ人間に見えてくるんだ」
一希の言葉にヴィンセントは優しく笑った。
どこまでも、素朴な青年だ。
でもこの青年の前では、500年に及ぶ王としての威厳もない。ただの淫魔になれるのだ。
「それは私も半分は人間の血が混じっているからね。魔力だけが他の淫魔よりも強いから王になっただけ。退位すれば私もただの淫魔に成り下がる」
始めて出会った時のヴィンセントと、随分印象が変わった事に一希は内心では驚いていた。彼は淫魔と言っても、話すと魔族ではなく至極当たり前のようにいる年上の男性のようだ。出会った時に感じた恐怖もない。でもこれが、彼の本来の姿なのだろう。
一希は、ヴィンセントに出会った7年前の事を思い出した。
美しい漆黒の長い髪に、尖った耳、何より印象付けたのはその美しいサファイアブルーの瞳だった。
瞳の色にどこか既視感があった。だが同時に彼に抱いていたのは、その美しさ故の怖いという感情だった。
「お前に始めて出会った時、どこか怖かった。でもずっとお前が気になっていたんだ」
今度はヴィンセントが目を見開いた。
一希をずっと見て思っていたが、この青年は感受性が強いのだろう。
これは霊力の問題ではなく、一希自身に本来備わっている特性だ。7年前に出会った時点で、この子も気づいていたのだ。
「それは・・・一希は私に恋していたんだよ」
「恋?」
一希は、きょとんとした表情でヴィンセントに聞き返した。
「一希は、誰かに恋をした事はあるかい?」
きょとんとして聞き返した一希を見て、以外だったのか、ヴィンセントは今まで色恋があったのか尋ねた。だが一希は顔を俯いて、恥ずかしそうに彼に言った。
「全く・・・。分からないんだ。7年前にお前を見てから、本当に何もなくて」
そもそも、一希は恋という感情が分からない。学生時代は退魔師と授業に明け暮れていたし、社会人になってからは仕事に明け暮れた。声をかけてくれた女性もいたが、相手に特別な感情を持つ事もなかった。
そういえば、誰かにこんなに強い興味を持ったのは、ヴィンセントが始めてかもしれない。
恋をした事がないという一希に、ヴィンセントはどこか納得した表情を浮かべた。
素朴な青年は、恋の感情が分からずずっと自分への恐怖だと思い込んでいたのだ。一希の思考を理解したヴィンセントは彼に教えるように言った。
「人間は恋をすると、感情よりも思考を働かせて、感情を抑え込むんだ。君は恋が分からなくて、私への恋を恐怖だと思考を変えて感情を抑え込んでしまっていたんだ」
ヴィンセントに教えられて、始めて一希は7年前から自分も彼に恋していた事を知った。驚いた一希は、確認するようさらに彼に尋ねた。
「そう、だったんだ。じゃあ、ヴィンセントは俺が番だって分かったなら、7年前から俺に恋してたって事?」
一希の問いにヴィンセントは勿論、と首を縦に振った。
「魔族は恋をすると、感情の赴くままに行動する。特に淫魔は、相手に恋をするとその者しか精気を受け付けなくなる。7年前に君に恋した時、そのまま魔界へ連れて行きたかったが、魔界の瘴気は脆弱な人間を殺してしまう。私は始めて、君に恋した感情に蓋をしたよ。おかげで7年という時間、君を待っている間、君が気になって仕方がなかった」
7年経ち、あの廃墟のホテルで一希と再会した時は、気分が高揚した事を覚えている。遂に一希を手に入れたと。恋したこの子の精気を味わった時、淫魔として生まれて始めての高揚感と多幸感を得たのだ。
「だから、俺を」
ホテルでの出来事を思い出すと、身体の芯から何だか燻る感覚を感じた。あれを思い出すと、身体が学習したせいか目の前の美丈夫の淫魔を求めてしまいたくなる。
「淫魔の習性だよ。何せ7年もお預け状態だったからね。早く君を味わいたくて仕方なかったさ。悪く思わないでくれ」
困ったように微笑んだヴィンセントはカップを置いて一希に言った。
「以前、君は私に言っていたね。どうして君を番に選んだのか。これが答えだ。納得してくれた?」
「何だか、嬉しい。俺を、ずっと待っていてくれて」
一希は、目頭が熱くなった。
長く王に就いていたヴィンセントにとって、一希は正に1つの希望そのものだった。それが分かると、一希も胸が熱くなる。そして、目の前の彼を愛しく感じるのだ。
ずっと一希を待ってくれたヴィンセントは彼を慈愛の眼差しで見つめてくれている。
「ありがとう、一希。私を受け入れてくれて。・・・でも君は、ここで待っていてくれ」
突如一希に眠気が襲い、瞼が重くなる。とにかく眠気が強くて、そのままベッドに突っ伏してしまう。
話を聞いていくうちに情事後の怠さはなくなっていたのに、どうして。
「ヴィンセント、どうして・・・」
「君の気持ちを聞けただけで充分だ。君まで失えば、私は魔物に堕ちてしまう。おやすみ、一希」
一希は、そのまま重くなった瞼を閉じた。
最後に見たのは不安な表情を彼に向けるヴィンセントの姿だった。
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