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調教7 通じ合う二人

5 ヴィンセントとカミール

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「一希、初めまして。私はカミール。そこの淫魔王の双子の弟さ」

名前を呼ばれ、一希はヴィンセントに容貌が似ている美丈夫の男を見上げた。

銀色の髪は兄の漆黒の髪と同じくらい艶やかで、腰の位置まで伸ばしている。着ているスーツはシックな雰囲気の兄と違い、どこか華美な雰囲気があるも、派手な装いではなく、兄と似た雰囲気も兼ね備えている。
仕立てのいい上下白のスーツに中はワインレッドシャツ。ストライプ柄のパープルネクタイに、両袖にカフスボタン、パープルネクタイにはネクタイピンを装着していて、その装いはパーティーの主賓のようだ。
しかし兄とは違う銀色の長髪を揺らしながら、一希とヴィンセントに近づいていく。ヴィンセントは舌打ちすると、情事後の一希を気遣い、彼を腕の中へ囲い弟を睨みつけた。

「誰が入っていいと許可した。さっさと出て行け」

「ご挨拶だね。リーアムが日本に現れたと聞いて、私も彼と戦うつもりだったのに」

カミールの言葉にヴィンセントは胡乱げな目で弟を見上げた。ドールハウスのVIPルームに勝手に入って一希を品定めしていた時もそうだが、この弟はよく掻き回してくれる。そんな彼がリーアムと戦うとはどういう心境なのか。

「遊び呆けていたお前がリーアムと戦う?一体どういうつもりだ」

「君だってそうだが、私だってリーアムは憎いさ。お母様が彼に殺されたところ、私も一緒に見ているんだ。その上一希までリーアムに狙われているならば、私も戦うしかないだろう」

ヴィンセントの腕に抱かれている一希は、カミールの言葉を朧げに聞いていた。
そういえば、ヴィンセントはソフィア姫は自分と弟を庇ってリーアムに殺されたと言っていた。ボビーが調べてくれたユーリィの日記にも同様の記載があり、ヴィンセントの他に双子の弟の名前の記載もあった。

一希は、自分に近寄るカミールを見つめた。ヴィンセントと容貌が似ていて、彼もどこか魅惑的な雰囲気を持つ男だ。だが彼はどこか寂しさを感じるような憂いを秘めた瞳をしていて、自分に向けるその瞳はなんだが縋っているようにも見えなくはない。

「お前も、戦うのか?あのリーアムと」

「勿論。君が狙われているなら、私も黙っているわけにはいかないさ。淫魔王の番は淫魔族全体としても保護の対象だからね。君がいるだけでも、私達淫魔は全力で君を守る義務がある」

だが・・・、とカミールは言葉を続けた。

「私もヴィンセントもそうだが、彼の魔力には遠く及ばない。いくら淫魔王と言えど、彼は私達以上の化け物。逆に君が彼に殺される可能性だってある。彼に対抗する手段として、人間から体液を吸収し魔力を高める必要があるんだ」

一希は息を呑んだ。幾度となくヴィンセントと身体を重ねた彼は、カミールの言わんとしている事に察しがついたからだ。

「ドールハウスで私達淫魔族の話をゼルギウスから受けたんだろ?私達淫魔の魔力の源は人間の体液。確かに私達の食料は人間の性衝動で引き上げられる生命力だ。それに加えて、高い霊力を持つ人間の体液を摂取すればするほど、得る魔力も高い。今そんな人間が私の目の前にいる。一希、次は私とセックスしてみないかい?」

やっぱりか。
ヴィンセントの時は、自分から望んで彼を受け入れた。でも、彼は違う。容貌はヴィンセントそのものだし、カミールの言うように魔力もヴィンセントと同じ強さを感じる。だがなぜだろう。自分は、こんな男とはしたくないと思う。

「俺は、お前とはしない」

はっきりと拒絶されるとは思わなかった。

そう訴えるかのように、カミールは一希を呆然と見つめた。しかし彼はすぐに呆れた様子で一希に言った。

「なんだい。君も1人の男としかセックスしないというクチかい?日本人の貞操観念は実に効率が悪いからどうも理解できないな。リーアムに殺されればそんなもの無意味になるだろ?むしろ今は命の危機だ。日本人だって昔は命の危機を感じたら子孫を残そうと多数とセックスしていたよ。最近の日本人はどうして頭の切り替えができなくなったんだろうね」

貞操観念じゃなくて、お前の股が緩すぎなんだよ。

思わず一希はカミールに口には出さず突っ込んだ。健全な性教育を受けた世代の一希には、カミールの言葉には衝撃だった。性の価値観が違い過ぎる。
ヴィンセントもそうだが、カミールもゼルギウスもどこか斜め上の変態集団だ。ヴィンセントやゼルギウスに最初に迫られた時は淫魔の性の価値観が違い過ぎて受け入れきれず拒否していた。
この3人に呑み込まれたら、もう人間の感覚や思考に戻れなくなると思っていたから。
なのに、今はヴィンセントを受け入れた自分だが、彼等の性の価値観がそんなものだと達観していると思う。
だから彼を受け入れたというのもあるが。

「一希。私ともやってみたらいいよ。昔の日本は戦争と飢餓に疫病で多くの人間が死んでいたから、子孫を残すための多数とのセックスなんてしょっちゅうあった話だよ。ヴィンセント以外の淫魔とセックスするのも楽しいものだ。良かったら私がリードしてもいい」

一希の拒絶を聞いていたヴィンセントは、性交を迫るカミールを睨み付けた。

「一希の意思だ。諦めろ」

「なら君1人で、リーアムに対抗できるのかい?私達は魔力は互角。私達以上に長く生きていて尚且つ強い魔力を持つ彼と対峙したとしても、結果彼を倒せる自信はあるかい?」

ヴィンセントはある話を思い出した。
リーアムは昔、先代の淫魔王アレクサンダーもかなり梃子摺った相手であったと聞いている。母であるソフィア姫が目の前で殺された時も、高い魔力を持った彼に父は敵わなかった。一希を助けるために彼と対峙した時感じたのは、自分が子どもだった頃と比べて魔力が増しているという事。下手をしたら、両親の二の舞だ。

ギリリ・・・。

ヴィンセントは下唇を強く噛み締めた。カミールが言った事は確かに的を得ている。一希から体液を吸収したとしても、彼を倒す程には程遠い。だからといって、情事すぐの一希にカミールと身体を重ねるのは、ヴィンセントの許可するところではない。

すると、一希が目を開けてカミールを見た。

「カミール。どういう事だ?ヴィンセントでも、アイツに敵わないっていう事なのか?」

「そもそも魔力の差が違う。彼は私達の父以上に長く生きている。その間、何人もの人間の血を吸い続け魔力を高めていたのさ」

魔力の差が違う。
これは即ち、ヴィンセントでもリーアムに勝てないという事。

「バンパイア族の魔力の源は人間の血液だ。私達淫魔族は人間を誘惑し体液を吸収して魔力を高める事と同じで、彼等にとっても食事と同じ」

カミールはベッドに座ると、一希に密着するかのように彼に寄り添い、ヴィンセントのすぐ目の前で一希の唾液が付いた頬にキスを落とすと、舌を出してペロッと体液を舐め上げた。

「んっ、やめろって」

「うむ。やっぱり君の体液の味は甘い。ヴィンセントの番になる前に頂きたかったが、3人で楽しむのも悪くないね」

「カミール!」

憤怒の表情から堪忍袋の尾が切れたとばかりに、ヴィンセントはカミールの眼前に掌を向けると自身の衝撃波で彼を吹き飛ばした。

「おっと!」

衝撃波をくるりと華麗に交わしたカミールは、ヴィンセントと一希から距離を取ると仁王立ちになりヴィンセントに向かって叫んだ。

「君は王位に就いてだいぶ傲慢になったようだね。1人であんな化け物を倒せるかい?言っておくが一希の体液を摂取したにも関わらず、私と魔力の差はないじゃないか。これではリーアムに一希を殺されるだけだ」

「これ以上一希に近寄るな。散々遊び呆けていた奴が、今更何のようだ。バンパイア族の娘に求婚されたのではなかったか?」

今度は、カミールがムッとした表情をした。あの外交を思い出すだけで、胃が不快に感じて腹立たしい。

「あんなのと結婚なんて冗談じゃない。さっさと破談にしたよ。どうせ貴方の差金でしょう。さすがに気持ち悪くて、全てラウールに任せましたから。一希を抱いて魔力を高めて口直しですよ」

「ダメだ。なら人間界で適当に見繕えばいいだろ」

「他の淫魔に抱かれる事も覚えたところで損はないでしょう?番と両想いになった途端、意地の張った独占欲を見せつけて。気色悪いでしょうが」

「お前にだけは言われたくない。誰彼構わず食い散らかしてきたくせに。お前の方が気色悪い。さっさと出て行け」

不特定多数の乱行淫魔(カミール)と
束縛淫魔(ヴィンセント)。
正直どっちも気色悪いし、関わりたくない。

口には出さなかったが、一希は心の中で喧嘩している2人を毒づいた。

かたや裸で。かたやスーツ姿で、言い合っている。しかも自分を挟んで美形の淫魔2人が喧嘩しているこの状況、鬱陶しいだけだ。
正直自分の知らないところで喧嘩して欲しいと思った一希は、ヴィンセントからゆっくりと離れ口喧嘩に夢中になる2人を残してベッドを降りようとしていた。ところが、密着していた一希が離れたのを感じたヴィンセントが彼の腕を掴むと再度腕の中に囲む。

「ここにいなさい」

「カミールと喧嘩したんじゃなかったのか?」

「この程度で喧嘩とは言わないよ。これは説得というんだ」

カミールはベッドから降りようとした一希の腕を掴んだヴィンセントと反対側に座り一希と密着した。

「一希。君の体液を得る事で私もヴィンセントも魔力を高める事ができる。そうすればリーアムを倒す事ができる。勿論。君は私達から体液を摂取する事で快楽を得るし、リーアムを倒した後はこんな朴念仁を捨てて私と番になることだってできる」

乱行淫魔の上に、王の兄を差し置いて堂々と拐かすタチの悪い傲慢な男だ。
人間でも面倒臭い部類に入るだろうカミールに、一希は溜め息をついた。

「魔力を高めなければリーアムに敵わない事はわかったが、お前と番になるのは別問題だ。さすがに兄弟と言ってもお前とは無理だ。俺はヴィンセントの番になるって言ったし、今後もお前に乗り換えるつもりはないよ」

一希は密着するカミールを離すと、露わになったたわわな胸をシーツで隠す。しかし自分で言って恥ずかしくなった一希は、胸だけでなく恥ずかしさから赤くなった顔までシーツで隠した。

なんでこんな恥ずかしい事が堂々と言えるようになったんだ、俺。

ヴィンセントをちらっと見ると、それはもう表情が喜びに満ちている。さっきまでの憤怒の表情が嘘のようだ。
一方、断られたカミールは信じられないと言った困惑した表情をしている。番になると打算していた思惑が外れ、顔を隠しているシーツを剥ぎ取り一希に待ちなさいと肩を叩いた。

「こんな束縛男のどこがいいんだ。こんなヤツと一緒になったら、他の淫魔と楽しいセックスなんてできないよ。もう一度考え直してみなさい」

「考え直すまでもないよ。俺はヴィンセントの番になるって言ったし、それは俺の意思で決めた事だ。曲げるつもりもないし、俺もこれでいいと思ってる」

こんなにサラッと自身の意見を言う日本人も珍しいものだ。

カミールは一希の意思に感心したように一希を見つめる。

「はっきりと物言うね、君。私はその性格は好きだな。日本人は物事を曖昧にする事勿れな性質だから、食事でも避けていたんだが君は私の好みの部類だ。でもこれだけは言わせてもらう。今のヴィンセントにリーアムは倒せない」

「ーっ」

「カミール」

ヴィンセントは驚いた一希の表情を見てカミールを牽制するが、彼を無視してカミールはさらに続けた。

「リーアムが摂取してきた人間達は、より強い霊力を持った者達ばかりだ。あのバチカン教会は所詮彼の隠れ蓑。彼はエクソシストを組織化させその中から人材を育成しつつ己の糧としてきた。それも数百年に渡ってだ」

あのバチカン市国内のエクソシスト集団だ。カミールが言うにはエクソシスト結成後、リーアムが就任して以降彼等の中に病死として扱われ死んだ人間達が何人もいたという。彼等の後任として就任した者達も病死扱いされた者達が後を絶たなかった。ヴィンセントがリーアムの痕跡を調査していた際、全身から血抜きされミイラ化した遺体を発見した事から分かったという。

「なんてヤツだ・・・!じゃあ俺がヴィンセントの番になっても」

「たった数日食っただけで極端に魔力が高まる訳がない。ならば頭数を増やして彼に対抗する者を増やせばいい。ヴィンセントだって同じ考えだ」

一希はヴィンセントを見た。
彼は一希にその通りだという意思で頷くと、カミールに視線を移した。

「確かにそうだ。だがカミール。それは別にお前ではない。既にゼルギウスに五大部族の王達に声をかけている。リーアムが現れたら、全員で奴を倒す算段だ。一希を私以外の淫魔に抱かせるつもりはない」

「甘いね、君は。それでリーアムを倒せるのかい?悪いが君が不在の間、私が一希に手を出さないという保証も無いよ。むしろ、君が不在の間に一希を拐かすいい機会だと思っている。この子の心を変える術なんて、私にはいくらでもあるからね」

「もしリーアムを倒した後、それが発覚した場合、お前には容赦しない。魔力を封印し、この魔界を追放する」

「甘いね。一希に首輪を着けた時点で腑抜けたかと思ったが、私の想像以上だね。今の時点で、もう勝敗は見えているだろうに」

カミールはベッドから立ち上がると、興醒めしたと言わんばかりに部屋の扉に向かった。

「今回は、引いてあげる。でもリーアムが現れたら、これでは済まないよ。一希。君は私の番にもなれる。それをよく覚えておく事だね」

「カミール・・・、お前」

カミールは扉を開け、そのまま外に出た。部屋にはヴィンセントと一希が残された。
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