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10 知らない街と知らない人
しおりを挟む飛行機から見えた白い粒は、沢山の羊たちだった。
日本とは反対の季節で、今は夏を迎えようとしていた。
あんなに寒かったのに、暑いくらいの日差しに少しだけ目が眩んだ。
そういえば、機内食あんまり食べられなかったんだ。
ファーストクラスの食事は、まるでレストランのコースを食べてる様だった。
ワンプレート出てる様な物じゃなく、一皿ずつ給仕されて、最高のサービスなのに落ち着かない身の程知らずな食事だった。
男性のCAから、時々手を握られてその中に紙を渡された。
陽気にウィンクされるのが、ジョークだと思い笑って見せた。
紙には携帯と思わしき番号とメアド、それに着いたら食事を一緒に、と書いてあった。
随分、軽いな、とか積極的だな、とか、今までの僕なら無視を決め込む所だけど、何故だかメアドにメールを送っていた。
揶揄われたならそれでもいいし、向こうも次のフライトまでの休暇を楽しむスパイスか、スイーツみたいな物だろうから。
滞在先はまだ決まらない。
どこか、アパートを借りないと。
仕事が決まるまでなのか、アパートが決まってから仕事を探すのか迷っていた。
とりあえずの滞在で取ったホテルは、アメニティが充実していて、明るい部屋だった。
お風呂に入ったり、食事に誘われた時間までに準備をしようとしていた。
ブルブル
音を消してバイブにしていたのに、ベッドに放り出していたら、危うくそれすら分からない所だった。
電話の着信を知らせてるけど、知らない番号で、出るか、出まいか少し悩んで後三回鳴り続けるなら出ようと思って見ていた。
三回目の振動で、通話を押した。
スピーカーにする。
『もしもし、ニーナ?』
誰?
『もしもーし?』
「は、い、どなたですか?」
『食事の約束したじゃない
俺、テオドールだよ』
流暢な日本語で機内で誘ってきたCAだった。
「あ、ビックリしました。
僕の番号、知ってる人いないですから」
『メールに書いてあったよー』
電話の向こうで陽気に話すテオドールに、少しだけ緊張が解けてきた。
「そうだったね」
『ニーナ、お忍びで来てるんでしょ?
俺、いい所に連れて行ってあげるよ』
え、お忍びってどう言う意味?
『引退したんだよね?
お金もたくさんあるでしょ?
楽しいこといっぱいしようよ』
思いもかけない言葉が出てきた。
僕がニーナだって知ってたんだ。
外国に来たから、開放感で油断してた。
「分かった、行こう」
同意したように返事をして電話を切ると、急いでホテルを変える事をフロントに告げた。
キャンセル料も連泊分を払い、次のホテルも探してもらうようにお願いをして、出て行く準備をした。
バカだ、馬鹿だ!
バカだ、僕は!
なんて事をしてしまったんだ!
外人だからとか、知らないだろうとか、なんてバカなんだ!
フロントではコンシェルジュが待ち構えていて、急いでタクシーに乗せてくれた。
ここまでは知られていないはずだ。
新庄の時は、蓮見さんや顕彰さんがいると思ったから、大胆なことも出来たけど、今ここにいるのは、外国に来た日本人観光客でしかないんだ。
常に、メディアに出る事で守られていた事もあったのに。
セキュリティも考えて選んで貰ったホテルは、三つ星で少しお高い部屋だった。
部屋へ入るなり、しっかり鍵をかけてスマホを確認した。
向こうは航空会社のホテルらしく、大分距離があるから、どこそこで待ち合わせようと入っていたが、それに、予定ができたから行けないと返事をして、全てを拒否した。
怖かった。
誰もいない、と言うことが、こんなに怖いなんて思っていなかった。
恐怖に負けて、誰かに連絡してしまいそうな自分が情けなかった。
また、着信を知らせるバイブが震えた。
「社長、ニーナの連絡先教えて下さい!」
俺は事務所で知ってそうな人といえば、社長しか思いつかなかった。
「蓮見、どう言うつもりだ?」
四十も後半の男から睨みには凄みがあった。
「ニーナを、
ニーナを探しています!」
ギロっと見られて、強ばる自分が分かった。
「ニーナを一人にしたらダメなんです!
絶対、危ないです!
それに、俺も、顕彰さんもアイツを守って、甘やかしてやりたいんです!
だから!」
「あー、分かった」
「え、良いんですか!?」
「お前、そう聞くなら最初からするな」
ダメ元で粘ってみて良かった。
いや、意外にアッサリ教えてくれた気がする。
「蓮見、必ずニーナと連絡を取れ
必ずだ、いいな?!」
社長、最初から連絡先教える気満々じゃんないか。
「必ず!」
メアドと、番号を受け取ったその足で、俺は顕彰さんの店へと赴いた。
知らない番号からの着信が怖くて放置をした。
でも、あまりにも長いコールと回数に、諦めて出てみた。
「もしもし?」
『っ!』
向こうで息を呑む音がした。
「あの」
『ニーナ!!!
蓮見だ!俺、蓮見だよ!』
勢い混んでしゃべる声は、間違いなく蓮見さんだった。
「は、すみさん、
なんで?」
『ニーナを探した。
俺達はニーナの事をちゃんと知らなかった。
謝りたいんだ。』
電話の向こうで、顕彰さんの声が聞こえた気がした。
『ニーナ、今どこだ?
お願いだから、どこにいるか教えてくれ
会いたい、ニーナ、会いたいんだ!』
顕彰さんの、甘く響く声だ。
さっき迄の恐怖が、流れていく様に頬が濡れていた。
「顕彰さん、僕、僕は」
『ニーナ、聞いた。
お前と新庄の事を聞いたんだ。
すまなかった、何も知らないのに』
「ちが、違うんです
僕が弱かったから」
知られたくなかった。
でも、知っていてほしかった。
一方的に僕の話を聞けば、被害者ぶってると思われるだろうと、自分の狡さが嫌だった。
『弱くていいんだ、間違ってなんか無い』
「ありがとうございます。
少しだけ救われた気がします。」
涙がながれると、鼻もゆるくなるし。
鼻をかみたくても、恥ずかしくてズルズルした音なんか聞かれたくないから、急いで電話を切ろうとした。
『待て!まて!!
ニーナ、今どこ!?』
「あ、N国で」
あっ、ヤバい!!
『N国だな!!
いまから、行く!
そっから動くなよ!!』
「え、ちょっと!」
電話が切れた。
多分直行便なんて週に二本くらいじゃなかったかな?
いやいや、それより来るって言わなかった?
嘘みたいなんだけど。
うっかり喋ってしまった。
本当は、言いたかったのかもしれない。
顕彰さんが、来るって、どうしよう?
恋人はどうしたんだろう?
ぐるぐると考えてしまって、なんかさっき迄の恐怖が薄れていた。
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