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8 最後の仕事
しおりを挟むグラビアのトップを引退で飾る。
しかも、素顔の男として。
事務所の上の人たちしか知らない。
蓮見さんも知らされていない、トップシークレットだった。
明日が終われば、僕は新名になる。
表向きは療養だけど、本当は日本を離れて海外へ移住する。
ニーナを知らない世界で、新名 希として生きる為に。
仕事なら、何でもいいとまで思ったし、もう、メイクをして歩く必要もない。
誰も僕を知らないから。
最後に、会えて良かった。
スタジオでは箝口令が敷かれ、極秘裏に僕の最後の仕事が始まり、ほんの数時間でその幕を閉じた。
そして、僕自身の姿で帰った。
この情報が解禁になる頃には、移住も全て完了しているはず。
荷物は殆ど処分した。
家具類は全て残していき、衣類はほんの数着を残した。
持って行くものは、トランク一つで収まった。
事務所の社長に、このスマホで最後の挨拶をして、この家に置いて行くから取りに来て欲しい、そして処分してくれと告げた。
後始末を頼むのだから、社長にだけは新しい番号を教えておいた。
「ニーナ、いつでも、復帰していいんだからね?
君が素顔で笑える日が来るのを待っているから
この新しい番号から掛かってくるのを待ってるからね」
「ありがとうございます。
僕の馬鹿げた話を聞いてくださって」
「馬鹿げてなんかいないよ
あの新庄のせいで、君の心も体も傷ついていたんだ。
癒せずにいた心を守る為の選択に、誰も何も言えないよ。
私が言わせない。
聖人君子なんか、この世にはいないんだ。
悪魔にだってなるさ!」
素顔を出したら、当時の僕を知ってる連中が何かしら、有る事無い事リークするだろうし、それこそ事務所に迷惑をかけてしまうから、社長には、あの新庄と何が過去にあったかを話した。
引退するには、話すしかなかったから。
好きだと言われ、恋人だと言われ、無理やり体を奪われて、ほぼレイプだった事。
そして、汚物を捨てる様に、捨てられてしまった事で、学校では噂になり受験も済んでいた為にそのまま卒業式も出る事なく、親が上京させてくれた事を言葉に出した時、あの時泣けなかった気持ちが、溢れ出て涙が止まらなかった。
痛かった。
苦しかった。
それでも、好きだと言われたし、好きだと思ったから。
我慢した。
あの行為が愛では無かった事を理解するには幼過ぎて、周りの視線や陰口が違う事を教えてくれた。
明らかに田舎独特の土地がらによる差別を受けて、それでも僕を受け入れてくれていた両親は傷つく僕の為にあそこから逃がしてくれた。
僕が出て行っても両親は暮らしにくかったと思う。
仕事があるから引っ越しもできなかったんだし、動けずに過ごしていた中で僕のせいで心無い言葉だって浴びせられたはずだ。
だから、僕が住んでいたこの家を両親にあげた。
定年したら、暮らせばいい。
今からでも暮らせるだけの蓄えを、渡るようにしておいた。
社長の次に、実家に電話した。
数年ぶりに聞いた両親の声に、静かな涙が流れ落ちて、ごめんなさい、としか出なかった。
「希!
私たちは君の親なんだ、何でこんな」
「良かった、権利書と鍵届いたんですね。
お父さん、僕、結構稼いでたんですよ
だから、恩返し。
よかったら、こっちにある家見に来て
名義も変えたし、いらなかったら処分して。
僕が作った物とかもあるから、ね」
大変な思いをさせた。
独りよがりだけど、楽をさせてあげたかったんだ。
「明日、そちらに行くから
話そう、電話じゃダメだ。」
「ありがとう」
そう言って、電話を切ると玄関の靴箱の上に置いた。
何かの歌の様に、トランク一つを持って、国際空港へと向かった。
希う。
どうか、この贖罪をお許しください。
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