【加筆・修正版】最期に、お願いです…… 本編完結

ビーバー父さん

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2 ママというマスター

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マネが連れて来たのは、マネの自宅の近くのバーだった。

「あら、ハスミン、いらっしゃーい」

カウンターのママ?が少し高いトーンで声を掛けた。
うん、ここ、ゲイバーだ。
ママは、マスターでママだった。
マネに負けないくらい、整った顔立ちに筋肉も綺麗でしなやかな体躯だった。
でも、ママ、だった。

そして、マネはここの常連客なんだと、二人のやり取りで理解した。

黒縁の大きなアラレちゃんメガネに、ニット帽を深く被っていたら、まあ、誰かわからなかったみたいで、ダサい子だとあしらわれた。

「カウンターでいいか?」

コクリと頷いて、高いスツールに腰かけた。

「いつものと、カシスオレンジを」

飲めないわけじゃないけど、誰かとは飲まないから、カシスオレンジよりオレンジだけの方が良くて、ジュースに変更してもらった。

「なぁ、何で急に、辞めるなんて」

「僕、自分の顔、嫌いなんですよ。
 メイクして、別人の顔してないと、外にも出れないほど」

「ぇ、それ、聞いてないぞ」

「えぇ、言ってないですからね
 顔だけでスカウトされて、今がありますから」

ジュースを一口飲みながら、今まで言ってなかった事を暴露した。

「この顔、作り物か?」

「まあ、多少は描いたりしてますから、作り物と言われたら、そうですね。」

じっと見つめられても、何の感情も湧かなかった。

「お前、別人になりきれてるって事は、
 演技の才能があるだろ
 それをこれから生かしていけばいい」

「それは、ミステリアスニーナだから?
 でも、年齢的にも難しいですよね
 どんなに、性別が分かりにくくても、若さがあるからですし
 これからは、どんどん男として僕は年齢を重ねて行くことになる
 どんなに頑張っても、女性じゃあない」

現実は僕を男としてしか生かせない。
なら、今が引き際だ。

「顔だけですからね」

「いや、それは…
 俺が悪かった」

表情をどう変えたら良いんだろう。

「もう少し、演技をする方向の仕事をやってみないか?」

首を振りかけた時、背後の扉が開いた。
外気が入り込んで来る。 

また、ママが高いトーンで迎え入れる挨拶をした。

「いらっしゃーい、新庄ちゃん」

その名前にドキッとした。
トラウマを作ってくれた名前。 
特に珍しくは無い。
でも気にせずにはいられなかった。

「ん? 
 ニーナ大丈夫か?」

「え、あ、あぁ、大丈夫です。
 普段、お店で飲食とかしないので  
 人に酔ったかもしれません」

マネに覗き込まれて、ママまでが僕に気を使った。

「やだ、大丈夫?
 ジュースしか飲んでないわよねー?」

「ありがとうございます。」

「あら、この子
 凄く綺麗な子じゃない?」

もっと深くニットを被って、ふるふると首を振った。

「可愛い~
 ハスミン、どこでこんな可愛い子ひっかけて来たのよ?」

ママが気遣いから、興味へと変わってしまった。

「仕事の方の子だから、あんまり、ね?」

騒ぐなという事を含ませた。

「ハスミン、俺は~?
 酷いよ~、無視しないでよ~」

頭上から僕とマネの間に割って入って来たのは、シンジョウと呼ばれた男だった。
首や肩に絡みついて、抱きついて甘えた声を出す。

気持ち悪い。
名前を聞くだけでもダメなのに、横にいるのも無理だった。

「僕、帰りますから、この席にどうぞ」

そう言って立ち上がる時にシンジョウの顔を見た。

多分、紙の様に白くなってたと思う。
シンジョウは、あの新庄にそっくりだった。

「コージ、やめろ
 いま、仕事の話しをしてるんだ」

「また今度、話しましょう
 ごゆっくり」

立ち上がり、扉を開けて出て行くと後ろからママが追いかけて来た。

「待って、待って」

「はい、何でしょう?」

ここはマネのテリトリーだから、下手な事は出来ないので、振り返って待った。

「ね、大丈夫?
 あの子と何かあった?」

あー、そうか
僕の反応をそっちだと理解したのか。
当たらずとも遠からずだ。

シンジョウは、新庄の身内だと思う。
弟がいたはずだから、弟かもしれない。
そんな事も考えたけど、それよりも早く帰りたかった。

「何も、何もないですよ」

「新庄ちゃん、悪い子じゃないの
 でもちょっと空気読んでないわよね
 ごめんなさいね
 これに懲りずに、また来てね」

握手をきゅっとして、見送られた。

飲食店になんて殆ど行ったことが無いから、きっと営業なのだと分かっていても少しだけ嬉しくなった。

「ありがとうございます。
 蓮見さんに、僕は帰りましたとお伝えください」

どこかに寄り道をする気はないけど、シンジョウの名前にあの顔にどうにもできない恐怖心があふれ出ていた。

「大丈夫じゃないわね、ちょっと待って」

ママは店に引き返すと、黒い皮の上着を羽織ってすぐに出て来た。
マネより余程、モデルっぽい着こなしに一瞬だけ魅入ってしまった。
きっと言葉遣いと、この体躯のギャップのせいだ。

「送るから、少し話しながら歩きましょう」

「いえ、大丈夫です
 お店にはお客様もいらっしゃいますから、
 戻ってください」

「それこそ、大丈夫よ
 従業員がいてくれるからね」

あまり、人と関わりたくないのに。

「ね、名前は?」

「マレ、新名マレ
 マレです」

「マレちゃん、可愛い名ね」

「あまり、良い思いのしない名前なので」

実際、顔だけってのにこれも関係してる。
綺麗な顔に希じゃ、ね。
嫌がらせもたくさんされたし、軽いイジメもあったように思う。
あの頃はまるで白昼夢の中を泳いでいたような、霞がかかっていてぼんやりとした記憶しかない。
強いストレスで脳がそうなることもあるそうだし、あのトラウマも起因してるとは思う。

「せっかく、綺麗なのに勿体ないなぁ」

少しだけ、口調がオスに変化した。
店を出て少しだけ歩いたところでこれで、と会釈をして別れようとしたのに、ママは離してくれなくてそのまま連れ立って歩いた。

「そこでタクシーを拾いますから、大丈夫ですよ」

「マレちゃん、アナタこんなに綺麗なのに
 こんなところで別れたら、速攻攫われてどっかに連れ込まれて飼われちゃうわよ」

「すぐに飽きられますよ
 僕は顔だけですから」

いつの間にか笑っていたらしい。

「そんな泣き笑いをして
 顔だけって、長所なんだし
 性格だって悪くないじゃない
 感情が出せないんだろうなって
 さっきの新庄ちゃんの時に分かったんだよな」

ママは意外と鋭いのかもしれない。

大通りでタクシーを捕まえてくれて、乗り込むところまで付き添ってくれた。

「おやすみなさい
 ありがとうございました」

タクシーに乗り込む時に、ママは耳元で困ったことが起きたら、お店に来なさいと言ってくれた。

形だけ頷いて、タクシーがゆるゆると発進した。







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