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しおりを挟む「僕も準備をしないと」
トウカはいつもの弱々しい姿ではなく、意思を込めた強い表情で風の子達との会話を終わらせた。
寝落ちしたザクロが目覚めた時は既に真夜中だろうと思わせる暗がりに、ベッドのどこにもテイトの姿はなく独りだけで寝ていた。
「誰かいるか?」
扉に向かって声を掛けると、昼間、テイトの世話をしに来ていた使用人の二人が、静かに扉を開けて入って来た。
昼から随分動きは静かになっていた。
あれから執事に礼儀作法を教わったのか、大分注意を受けた事が伺えた。
「お目覚めですか、旦那様」
包帯を取り替えた使用人がザクロの目覚めの確認をし、聞かれた時刻を答えた。
「日付は既に変わっております。
夜中の一時になるところです」
まさかそんな時間まで寝てしまうと思わず、驚きしかなかった。
普段というか、これまでの生活の中でどちらかと言えば眠りの浅い、神経を尖らせた眠りしかしてこなかったツケなのか、記憶にないくらいの睡眠は初めての感覚だった。
「テイトはどうしたんだ?」
「はい、テイト様はご用意した正式なお部屋でお休みになっておられます。
それと、本日は夕食に野菜のシチューを召し上がりました」
砂糖水を持って来た、少しおぼつかない子もこの数時間で随分成長していた。
「そうか、お前たちが砂糖水を思いつかなかったら、いつまでも、いやもしかしたらテイトの命が危うかったかもしれない。
感謝している」
「え、そんな、僕たちは、っと、すみません」
焦った二人が途端に口調が崩れて、急いで口を塞いだ。
「え、んん、コホン。
私たちは、テイト様に恩返しが少し出来ただけで、目覚めてくださって宜しゅうございました」
まるで執事の口調だった。
先生が執事なら、それもそうか、とザクロは笑った。
「テイトの様子を見に行く前にこんな時間だが、軽く食べられるものを用意してくれ」
「畏まりました」
二人は緊張しながら、まだ身に付かない礼儀作法を駆使して、部屋から出て行った。
それを見送って、今度はハッキリ執事を呼んだ。
「何用でございましょう?」
「すぐにトウカ殿の籍を調べ上げてくれ。
多分、十八年前地方で神事を行っていたはずなんだ。
風を祭る神族にトウカと言う名があったはずだ」
「神族の籍を消した、と言う事であれば国内の幹部でしょうか、随分と畏れ多い事を。
すぐに調べてまいります」
蛇の道は蛇、それこそ裏はザクロにとって当たり前の世界だった。
「お前たちの考える軽食はこれか」
目の前に並べられたのは、ミックスナッツとグリーンサラダだった。
健康的ではあった。
確かに夜中に口に入れる事を考えれば、だが、軽食なのかと言われたら、間食くらいの物だと思えた。
「申し訳ありません、また私達では厨房を把握しきれておりません。
火が落とされていまして料理は出来ないので、その、ミックスナッツとグリーンサラダになりました」
確かに、火も包丁も何も使わずに出来るな、とザクロも納得した。
グリーンサラダもドレッシングではなく、塩だったのは残念だが。
「いや、すまなかった。
お前たち、食べられるなら、食べなさい」
「やはりお口にあいませんでしたよね」
しょんぼりする二人に、葉っぱが嫌いだからだと言った。
それを聞いて少し口角を上げると、二人は主に用意したミックスナッツと塩だけのグリーンサラダを完食した。
「明日は執事見習いとして、屋敷の中を把握するように」
「はい!」
そして、ザクロは気持ちだけ満たされた腹を抱えて、テイトの部屋へと向かった。
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