【完結】僕の好きな旦那様

5

　足を引き摺るので、どうしても時間がかかってしまったが、いつの間にか開けた場所に出ていた。

　テイトはその場所が山の一番上ではないか、そう思った。
　途中、ジョスクが手配した賊が追いつきそうになったが、風がその行く手を阻んでくれた事で、彼らはテイトを捕まえる事ができないまま、ここまで逃げおおせたのだった。

　テイトを守る風が、一安心だと教えてくれた。
　
　あの小屋を出た時はまだ昼日中だったのに、すっかり夜も更けて空には満天の星空が広がっていた。
　懐かしささえ感じる夜空に向かって、声を掛けてみた。

「神様、僕は旦那様のお役に立ててますか？」

　ひと際輝く星がすぅっと近づいて来ると、僕の目の前に来て人みたいな形の光になった。

「ここまでしなくても良かったんじゃないの？
　いくら私が試練を課したとは言っても、殴られっぱなし、やられっぱなしなんて思ってもいなかったよ。
　それに猫なら命が九つあったのに、人間に生まれ変わりたいだなんて」

「試練なんかじゃないですよ。
　僕は神様のお陰で、また生きる事が出来たけど、彼らはこれで終わってしまうならちゃんと生きて欲しいから」

　神様は僕のズレた骨や傷を治してくれて、どうする？と聞いた。

「どうもしないですよ、だって旦那様には伴侶になる人がいるんだから。
　ただ、旦那様が幸せになる為の手伝いがしたいだけなんです。
　明日にも命が無くなりそうだった時に、唯一助けて下さったのは、やくざ者の旦那様でした」

　自嘲気味ではあるけど、笑顔が作れた。

「テイト、君が猫だった時の願いを叶えたけど、これじゃぁ、幸せとは言えないじゃない。
　猫なら命が九つあったのに、人間になっちゃったから一つしかないんだよ？
　それなのに二回もこんな風に痛い思いをする必要なんかないよ。
　あんな奴を庇ってナイフに刺されるのなんて、酷すぎる！」

「ふふふ、神様ったら、人の運命に介入したら罰則があるって言ってたじゃないですか」

　テイトを猫から人に生まれ変わらせることで、神様が負った罰は後数百年は本当の姿に戻れない事だった。
　神様は黄金色の髪に、黄金色の瞳、そして素晴らしく美形な方だったのに。

「治療されたって事は、僕はまだ神様の元へは行けないんですね」

　笑って言うと、神様は黙ったままその姿をかき消した。

「僕の治療なんかするから、また罰を受けちゃうんですよ」

　今度は声が出せなくなったのかも、と思いながら山のふもとを見下ろすと、いくつかの松明が揺れ動きながら雑木林の位置から山へ向かって来るのが分かった。

「神様、ありがとうございます。
　体を治してくださったおかげで、この山を越える事が出来そうです」

　少し強めに星が瞬いた気がした。

　山の反対側を目指して歩くと、段々と背の高い木々が増え渓谷と言えるような切り立った山肌が見える様になった。

「ふぅ、はぁ、はぁ、こっちの山は随分険しいんだな。
　だから、旦那様は賊の侵入とかを気にしてなかったんだ」

　敷地を出てどこへ行くのか、どれだけ考えても行く場所なんか無かった。