君なんか求めてない。

ビーバー父さん

文字の大きさ
上 下
1 / 29

始まりは異世界

しおりを挟む
 肩に掛けたビジネスバッグと、スマホの存在感だけが、自分が違う世界に来たんだと理解させた。





 営業で山道を走ってた。
 車は峠を爆走してた。
 田舎の会社で、車必須の地域への営業。
 介護用品を販売してるから、商品を乗せて運んでたその帰り、車も軽いしどっかの豆腐屋の漫画みたいに(あくまでそのつもりっぽく)峠を下ってた。
 サンプルの車椅子とか杖とか、歩行器はいつも積んでるけど、それでも売れたのは心が軽かった。
 ガタガタと揺れて、後部座席に捨ててたペットボトルが足元に転がって、ブレーキが踏めなかった。
 ヤバいと思った時には視界がグルグル回って暗転した。
 あーこれ死ぬなぁ、ってのんびり思ってた。
 施設で育って、高卒で働いてやっとそこそこまともな給料で暮らせるようになったのに、これで終わりかぁ。
 25年の人生は、あっけなく幕を閉じるんだな、次は、良いところのお坊ちゃまになりたいなぁ、って。




 死んだ、俺、死んだはず。
 でもどこも痛くない。
 山道だったのに、平らな場所で石畳が敷かれてる、どう見ても道だった。
 散らばった車の残骸もない。
 ただ足元にはいつも持ち歩いてたビジネスバッグと、尻のポケットに入ってたスマホが残されていた。
 ナニコレ、追い剥ぎにでもあったのかよ。
 追い剥ぎなんて今時言わないか。
 相手にするお客さんは大抵介護手前の高齢者だから、なんか出てくる言葉も古いのかな。
 ご丁寧に鞄の中身は空っぽだし。
 しかしスマホ、よく割れなかったな。
 無事かどうか電源を入れてみれば、まったく反応しなかった。
 そういや、いつも山の中の電波拾うのに、電池使うから大抵帰りは充電切れしてたんだ。

 クソ!!
 荷物も無くなってるし、充電出来ないじゃん!

 悪態をついていたら道の向こうから物音が近づいてきたのが分かった。
 え、もしかして、俺を襲った奴らが戻ってきたとか?
 隠れる場所を探して周りを見回したら、道から離れた所に雑木林っぽいのが見えて、急いで走った。
 日頃重い機材とかも持つ俺の体力、頑張れ!
 走れ自分!
 うおうおと、頭の中でモー娘。さんの歌を歌って走った。
 やっとの思いで辿り着いて、雑木林の中で体を低くして隠れていたら、程なくして現れたのは、どう見ても日本人でもなければ、地球人でもないだろう、って人種?だった。

 何かのイベントかコスプレか?
 ケモミミってやつか。
 凝ってんなー

 唯一現れた人達だし、ここは聞かずにはいられなかった。

「すみません、此処は何県になります?
 事故ったと思ったら車から投げ出されちゃったみたいで、気づいたらこんな場所で途方に暮れてたんですよ」

 ここは一つ、田舎のじーちゃんばーちゃんを落とす営業力と営業スマイルで、相手の懐に飛び込む作戦だ。

「え?
 お前、何?」

 強そうな虎模様の腕や体に、動くケモミミ。
 甲冑まで凝っていた。
 三人でまるで本当の騎士みたいだった。
 一人は、凄い美形で普通の虎の色じゃなくてホワイトタイガーみたいだった。
 部下っぽい二人は俺のよく知る虎柄で、そんな色でやっぱり外人ってみんなハンサムだった。

 ん、動くケモミミ?

「あ、私はニコニコ介助器具の佐野山さのやま 来夏らいかと申します。
 皆様素晴らしいお召し物でございますね。
 このカチューチャに着いたお耳は、脳波で動かすタイプですか?
 やはり、海外から来られた方は最先端の物をお持ちですね~」

 最近の脳波で動かすやつ出始めてるのは知ってたけど、すげ~なぁ。こう言う時はとにかく褒める、持ち上げる、これに限る!

「怪しい奴!
 どこの国の者だ!」

「え、国って、ここ日本じゃないですか。」

 待って待って、おかしいよね?
 腕とか、どう見ても体毛だよね?
 おしゃれ染してるわけじゃないよね?
 
「この国は我等獣人族が支配する国、カシュクール国だ!」

「じ、獣人?
 カシュクール?
 すみません、冗談ですよね?
 どっかにテレビカメラ有るんじゃないですか?」

 手が込んでるなー。

「貴様!!
 いい加減にしろ!」

 甲冑まで誂えたんだろうか?
 このアニメなんてタイトル何だろう?
 真剣に考えていたのに、それを中断させられた。

「貴様、怪し過ぎる!
 その様相も、異国の者にしても、この様な文化の国など見た事も聞いた事もない!
 連行する!」

 そう言うと、俺の腕を掴んで前で拘束された。
 これ、逮捕?

「え?ちょっと!
 は?」

 ここで漸く、俺は日本でも地球でもない世界に来たことを理解した。
 俺に残された物は肩掛けのビジネスバッグと、尻ポケットに入っていたスマホだけだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜の溺愛が国を救います(物理)

東院さち
BL
エーリッヒは次代の竜のための後宮で働いている唯一の男だ。本来、竜が番を娶るための後宮は女しか住むことができない。けれど、竜であるリュシオンが許してくれたお陰で楽しい日々を暮らしていた。 ある日大人になったリュシオンに「エーリッヒ、これからは私の相手をしてもらう。竜の気は放置しておくと危険なんだ。番を失った竜が弱るのは、自分の気を放てないからだ。番にすることが出来なくて申し訳ないが……」と言われて、身代わりとなることを決めた。竜が危険ということは災害に等しいことなのだ。 そして身代わりとなったエーリッヒは二年の時を過ごし……、ついにリュシオンの番が後宮へとやってくることになり……。 以前投稿した作品の改稿したものです。

勃たなくなったアルファと魔力相性が良いらしいが、その方が僕には都合がいい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
オメガバース、異世界ファンタジー、アルファ×オメガ、面倒見がよく料理好きなアルファ×自己管理が不得手な医療魔術師オメガ/ 病院で研究職をしている医療魔術師のニッセは、オメガである。 自国の神殿は、アルファとオメガの関係を取り持つ役割を持つ。神が生み出した石に魔力を込めて預ければ、神殿の鑑定士が魔力相性の良いアルファを探してくれるのだ。 ある日、貴族である母方の親族経由で『雷管石を神殿に提出していない者は差し出すように』と連絡があった。 仕事の調整が面倒であるゆえ渋々差し出すと、相性の良いアルファが見つかってしまう。 気乗りしないまま神殿に向かうと、引き合わされたアルファ……レナードは、一年ほど前に馬車と事故に遭い、勃たなくなってしまった、と話す。 ニッセは、身体の関係を持たなくていい相手なら仕事の調整をせずに済む、と料理人である彼の料理につられて関わりはじめることにした。 -- ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

獅子王と後宮の白虎

三国華子
BL
#2020男子後宮BL 参加作品 間違えて獅子王のハーレムに入ってしまった白虎のお話です。 オメガバースです。 受けがゴリマッチョから細マッチョに変化します。 ムーンライトノベルズ様にて先行公開しております。

騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。 突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。 貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。 お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。 やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

黒豹拾いました

おーか
BL
森で暮らし始めたオレは、ボロボロになった子猫を拾った。逞しく育ったその子は、どうやら黒豹の獣人だったようだ。 大人になって独り立ちしていくんだなぁ、と父親のような気持ちで送り出そうとしたのだが… 「大好きだよ。だから、俺の側にずっと居てくれるよね?」 そう迫ってくる。おかしいな…? 育て方間違ったか…。でも、美形に育ったし、可愛い息子だ。拒否も出来ないままに流される。

【短編】売られていくウサギさんを横取りしたのは誰ですか?<オメガバース>

cyan
BL
ウサギの獣人でΩであることから閉じ込められて育ったラフィー。 隣国の豚殿下と呼ばれる男に売られることが決まったが、その移送中にヒートを起こしてしまう。 単騎で駆けてきた正体不明のαにすれ違い様に攫われ、訳が分からないまま首筋を噛まれ番になってしまった。 口数は少ないけど優しいαに過保護に愛でられるお話。

王子なのに戦場の聖域で好き勝手ヤってたら獣人に飼われました

サクラギ
BL
戦場で共に戦う者たちを慰める場所、聖域がある。そこでは国も身分も関係なく集うことができた。 獣人と戦士が書きたいだけで始めました。独りよがりなお話をお許し下さいます方のみお進みください。

処理中です...