【ロボット制作者たち】春花秋実

りつ

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文披31題1日目お題「傘」

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「劉、危ないッ」 
 雨上がりの地面を踏みしめ、屈強な男たちが劉に群がってゆく。春田は手を伸ばすが、羽交い締めにされ動くことができなかった。どこの手の者かは分からない。劉も春田も名高いロボット工学者だ。狙われる理由は少なからずある。 
「だーいじょうぶ」 
 劉は悠々と目を細める。 
「どこがだバカ、んぐぅっ」 
 プロらしき手合いを迎え撃とうというに劉は手ぶらだ。バカ以外の何者でもない。大声で騒がれることを警戒してか、春田は口を塞がれてしまう。 
「この僕にバカなんて言うの、チュンちゃんくらいだよ」 
(ちゃん付けで呼ぶな)
 こんなときだが腹が立つ。劉は春田のことを、春田の春から取ってチュンちゃんというふざけたあだ名で呼ぶのである。抗議の意を込めて睨みつける春田を無視し、劉は傘を刀のように構える。武器にするつもりだろうか。尖端で突けば多少のダメージは与えられるかもしれないが、傘は傘だ。研究者の非力な腕では効果はないに等しいように思われた。 
 劉。劉遠。春田は心の中で叫ぶ。人を食ったような男だが、春田にとっては同じ科学のフィールドで競う好敵手でもある。劉の才が失われるのは間違いなくこの世の損失だ。
「てゆーか君たち、ムカつくなぁ」 
 劉はすっと瞳を細めた。 
「チュンちゃんを苛めていいのは僕だけなんだよぉ」 
 不意に、ガガガガガンッ、と耳をつんざくような轟音が響いた。 
「……は」 
 途端に春田の体が自由になる。劉に向かっていった男たち、それから春田を捕らえていた男たちの身体が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。 
「よかったぁ。動作に問題なし」 
 見れば劉の傘の先端からうっすらと煙が立ち上っている。そこから何かしらが「発射」されたことは疑いようがない。 
「おっまえ……ッ!」 
「あっ、安心してチュンちゃん。強めの麻酔弾を打ち込んだだけで、一応殺してないから。まあ、すごーく痛いかもしれないけど」 
「そういう問題か!?」 
 傘からサブマシンガンのように麻酔弾が飛び出す仕組みらしい。先ほど劉は雨傘としても使用していたので、かなり小型化して仕込んでいるのだろう。 
「何でこんなもの持ってるんだ」 
 護身用にしても威力が大きすぎる。狙われる予感が――本格的にあった、のだろうか。怪訝な顔をする春田に、劉はにっこりと笑った。 
「遍く人類の憧れでしょ。暗器」 
 これ以上口を割るつもりはない、と顔に書いてある。
「ごめんねチュンちゃん。寂しいと思うけど今日はこれでお別れだ。僕はこの人たちとお話があるから」
「せいせいする」
「ああ泣かないで……誰かを呼んで送らせるよ」
 どんな耳をしているのだ。劉は携帯型端末を取り出し、素早くどこかへ連絡している。すぐに劉家の人間や、劉家が製作したロボットが集まってくるはずだ。春田は諦めて天を仰ぐ。曇天の隙間から僅かな日差しが覗いていた。



(了)230701
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