3 / 3
文披31題1日目お題「傘」
しおりを挟む
「劉、危ないッ」
雨上がりの地面を踏みしめ、屈強な男たちが劉に群がってゆく。春田は手を伸ばすが、羽交い締めにされ動くことができなかった。どこの手の者かは分からない。劉も春田も名高いロボット工学者だ。狙われる理由は少なからずある。
「だーいじょうぶ」
劉は悠々と目を細める。
「どこがだバカ、んぐぅっ」
プロらしき手合いを迎え撃とうというに劉は手ぶらだ。バカ以外の何者でもない。大声で騒がれることを警戒してか、春田は口を塞がれてしまう。
「この僕にバカなんて言うの、チュンちゃんくらいだよ」
(ちゃん付けで呼ぶな)
こんなときだが腹が立つ。劉は春田のことを、春田の春から取ってチュンちゃんというふざけたあだ名で呼ぶのである。抗議の意を込めて睨みつける春田を無視し、劉は傘を刀のように構える。武器にするつもりだろうか。尖端で突けば多少のダメージは与えられるかもしれないが、傘は傘だ。研究者の非力な腕では効果はないに等しいように思われた。
劉。劉遠。春田は心の中で叫ぶ。人を食ったような男だが、春田にとっては同じ科学のフィールドで競う好敵手でもある。劉の才が失われるのは間違いなくこの世の損失だ。
「てゆーか君たち、ムカつくなぁ」
劉はすっと瞳を細めた。
「チュンちゃんを苛めていいのは僕だけなんだよぉ」
不意に、ガガガガガンッ、と耳をつんざくような轟音が響いた。
「……は」
途端に春田の体が自由になる。劉に向かっていった男たち、それから春田を捕らえていた男たちの身体が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「よかったぁ。動作に問題なし」
見れば劉の傘の先端からうっすらと煙が立ち上っている。そこから何かしらが「発射」されたことは疑いようがない。
「おっまえ……ッ!」
「あっ、安心してチュンちゃん。強めの麻酔弾を打ち込んだだけで、一応殺してないから。まあ、すごーく痛いかもしれないけど」
「そういう問題か!?」
傘からサブマシンガンのように麻酔弾が飛び出す仕組みらしい。先ほど劉は雨傘としても使用していたので、かなり小型化して仕込んでいるのだろう。
「何でこんなもの持ってるんだ」
護身用にしても威力が大きすぎる。狙われる予感が――本格的にあった、のだろうか。怪訝な顔をする春田に、劉はにっこりと笑った。
「遍く人類の憧れでしょ。暗器」
これ以上口を割るつもりはない、と顔に書いてある。
「ごめんねチュンちゃん。寂しいと思うけど今日はこれでお別れだ。僕はこの人たちとお話があるから」
「せいせいする」
「ああ泣かないで……誰かを呼んで送らせるよ」
どんな耳をしているのだ。劉は携帯型端末を取り出し、素早くどこかへ連絡している。すぐに劉家の人間や、劉家が製作したロボットが集まってくるはずだ。春田は諦めて天を仰ぐ。曇天の隙間から僅かな日差しが覗いていた。
(了)230701
雨上がりの地面を踏みしめ、屈強な男たちが劉に群がってゆく。春田は手を伸ばすが、羽交い締めにされ動くことができなかった。どこの手の者かは分からない。劉も春田も名高いロボット工学者だ。狙われる理由は少なからずある。
「だーいじょうぶ」
劉は悠々と目を細める。
「どこがだバカ、んぐぅっ」
プロらしき手合いを迎え撃とうというに劉は手ぶらだ。バカ以外の何者でもない。大声で騒がれることを警戒してか、春田は口を塞がれてしまう。
「この僕にバカなんて言うの、チュンちゃんくらいだよ」
(ちゃん付けで呼ぶな)
こんなときだが腹が立つ。劉は春田のことを、春田の春から取ってチュンちゃんというふざけたあだ名で呼ぶのである。抗議の意を込めて睨みつける春田を無視し、劉は傘を刀のように構える。武器にするつもりだろうか。尖端で突けば多少のダメージは与えられるかもしれないが、傘は傘だ。研究者の非力な腕では効果はないに等しいように思われた。
劉。劉遠。春田は心の中で叫ぶ。人を食ったような男だが、春田にとっては同じ科学のフィールドで競う好敵手でもある。劉の才が失われるのは間違いなくこの世の損失だ。
「てゆーか君たち、ムカつくなぁ」
劉はすっと瞳を細めた。
「チュンちゃんを苛めていいのは僕だけなんだよぉ」
不意に、ガガガガガンッ、と耳をつんざくような轟音が響いた。
「……は」
途端に春田の体が自由になる。劉に向かっていった男たち、それから春田を捕らえていた男たちの身体が、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
「よかったぁ。動作に問題なし」
見れば劉の傘の先端からうっすらと煙が立ち上っている。そこから何かしらが「発射」されたことは疑いようがない。
「おっまえ……ッ!」
「あっ、安心してチュンちゃん。強めの麻酔弾を打ち込んだだけで、一応殺してないから。まあ、すごーく痛いかもしれないけど」
「そういう問題か!?」
傘からサブマシンガンのように麻酔弾が飛び出す仕組みらしい。先ほど劉は雨傘としても使用していたので、かなり小型化して仕込んでいるのだろう。
「何でこんなもの持ってるんだ」
護身用にしても威力が大きすぎる。狙われる予感が――本格的にあった、のだろうか。怪訝な顔をする春田に、劉はにっこりと笑った。
「遍く人類の憧れでしょ。暗器」
これ以上口を割るつもりはない、と顔に書いてある。
「ごめんねチュンちゃん。寂しいと思うけど今日はこれでお別れだ。僕はこの人たちとお話があるから」
「せいせいする」
「ああ泣かないで……誰かを呼んで送らせるよ」
どんな耳をしているのだ。劉は携帯型端末を取り出し、素早くどこかへ連絡している。すぐに劉家の人間や、劉家が製作したロボットが集まってくるはずだ。春田は諦めて天を仰ぐ。曇天の隙間から僅かな日差しが覗いていた。
(了)230701
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

博士の女性優位社会
色白ゆうじろう
SF
ショートショート。SFかな…
急進的な女性社会の到来を望む遺伝学の博士が、長年の遺伝子操作により真の「女性優位社会」の実現を目論みますが…
※特定の主義主張を揶揄したものではありません。創作です。

【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日

十年前の片思い。時を越えて、再び。
赤木さなぎ
SF
キミは二六歳のしがない小説書きだ。
いつか自分の書いた小説が日の目を浴びる事を夢見て、日々をアルバイトで食い繋ぎ、休日や空き時間は頭の中に広がる混沌とした世界を文字に起こし、紡いでいく事に没頭していた。
キミには淡く苦い失恋の思い出がある。
十年前、キミがまだ高校一年生だった頃。一目惚れした相手は、通い詰めていた図書室で出会った、三年の“高橋先輩”だ。
しかし、当時のキミは大したアプローチを掛けることも出来ず、関係の進展も無く、それは片思いの苦い記憶として残っている。
そして、キミはその片思いを十年経った今でも引きずっていた。
ある日の事だ。
いつもと同じ様にバイトを上がり、安アパートの自室へと帰ると、部屋の灯りが点いたままだった。
家を出る際に消灯し忘れたのだろうと思いつつも扉を開けると、そこには居るはずの無い、学生服に身を包む女の姿。
キミは、その女を知っている。
「ホームズ君、久しぶりね」
その声音は、記憶の中の高橋先輩と同じ物だった。
顔も、声も、その姿は十年前の高橋先輩と相違ない。しかし、その女の浮かべる表情だけは、どれもキミの知らない物だった。
――キミは夢を捨てて、名声を捨てて、富を捨てて、その輝かしい未来を捨てて、それでも、わたしを選んでくれるかしら?
果てしなき宇宙の片隅で 序章 サラマンダー
緋熊熊五郎
SF
果てしなき宇宙の片隅で、未知の生物などが紡ぐ物語
遂に火星に到達した人類は、2035年、入植地東キャナル市北東35キロの地点で、古代宇宙文明の残滓といえる宇宙船の残骸を発見した。その宇宙船の中から古代の神話、歴史、物語とも判断がつかない断簡を発掘し、それを平易に翻訳したのが本物語の序章、サラマンダーである。サラマンダーと名付けられた由縁は、断簡を納めていた金属ケースに、羽根を持ち、火を吐く赤い竜が描かれていたことによる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる