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お題「あなたの故郷の長所をSSで表現」
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駅に止まった鉄道の前で立ちすくむ少女を見た。「よその人だな」と考えたのは、地元の人間ならその鉄道の扉が開かないことを知っているからだ。車両を繋げても一両か二両、本数は多くて一時間に二本。ホームで発車時刻を待つ間、扉を開け放しておいては冷暖房費が嵩んでしまう。客は勝手に扉を開け、乗り込み、また閉じておくのである。特に説明書きはないけれど。
いつか扉が開くと信じているのか、少女はローファーの爪先をきちんと揃えて電車のなかを見つめていた。平日の真昼だ。通勤や通学で賑わう時間帯ではない。先に乗っている客がいないのでは、ローカルルールになど気が付かないだろう。
「乗るの?」
「ひゃあっ」
少女は飛び上がって驚いた。紺色のブレザーの胸で臙脂色のリボンが揺れた。偏差値の高い女子高の制服だ。入学したばかりの中学生みたいに長いままのスカートを誰も短くしないので、印象に残っていた。
「は、は、はい」
(はい、だって)
同じ年頃の相手に丁寧なことだ。または怯えているのかもしれない。リカの髪は金髪に近い明るい茶色だし、スカートはとっくに短く切ってしまった。珍獣に襲われたような心境なのかもしれない。しかしそれにしては敵意や警戒は感じなかった。
「この扉ね、自分で手で開けるんだよ」
「手で? 電車なのに?」
「そ。ホームで待ってる間、閉めとかないと暖房が逃げちゃうから。開閉スイッチみたいなハイテクもないし」
微睡みたくなるような昼下がりだった。少女が立つ場所は屋根で日陰になっているけれど、少し離れただけのリカは日が当たって暑いくらいだった。少女は目をまんまるくして、閉じたままの扉を見上げている。
「アンタ、具合悪かったりする?」
「どうしてですか?」
肌が青白いのは日陰のせいか、元々であるのかリカには分からない。
「こんな時間に、こんなとこいるから」
「あなたも同じじゃないですか」
少女は初めて口許を綻ばせた。
「あたしはいつものことだもん。サボり」
午後の日差しが麗らかと見るや、学校を抜け出すのは日常茶飯事だ。もう叱る教師もいない。諦められている。
「じゃあ先輩ですね」
「センパイ?」
「わたし、今日、初めてです。サボり」
風が吹き、おかっぱの黒髪がさわさわと揺れた。
「急にどこか遠くに行ってしまいたくなって、駅まで走って、電車に飛び乗ってしまいました」
「どこかって、どこに?」
「あてはありません。でも、いつもと違う電車に乗ったら、どこか知らないところに行けるでしょうから」
このローカル鉄道はたまたま選ばれたらしい。
「アンタ運がいいよ」
薄い肩に手を載せる。
「この電車、まわりはなーんにもない。でも線路の回りにはいつも何かの花が咲いてる。田んぼや畑がばーっと続いてるのもきれいで、飽きないよ」
「先輩は、この辺に住んでるの?」
「んーとね、ちょうど真ん中くらいの駅」
ホームにある路線図で示してやる。
「電車の空気もね、なんかいいんだ。暖房でぼわっとあったかくて、……ばーちゃんちみたいな感じがするよ」
「……素敵」
少女の表情が輝いてゆく。
「ねえ、案内したげよっか。いや何にもないんだけどさ。ここの景色がいいよとか、そんなのだけど」
「本当に?」
「いいよ。なんかの縁だし、暇だから」
少女の背中を軽く押す。
「さ、開けてみて」
少女が扉に手を掛ける。力を入れると、ゆっくりと開いた。
「ほんとに開いた」
「ほらね」
開いた隙間から温かな空気が漏れてくる。開けっ放しにしては意味がない。
「あたしリカ。アンタの名前は?」
「わたしの名前は――」
前に進むよう少女を急かしながら、リカはわくわくしてたまらなかった。
(了)190301
いつか扉が開くと信じているのか、少女はローファーの爪先をきちんと揃えて電車のなかを見つめていた。平日の真昼だ。通勤や通学で賑わう時間帯ではない。先に乗っている客がいないのでは、ローカルルールになど気が付かないだろう。
「乗るの?」
「ひゃあっ」
少女は飛び上がって驚いた。紺色のブレザーの胸で臙脂色のリボンが揺れた。偏差値の高い女子高の制服だ。入学したばかりの中学生みたいに長いままのスカートを誰も短くしないので、印象に残っていた。
「は、は、はい」
(はい、だって)
同じ年頃の相手に丁寧なことだ。または怯えているのかもしれない。リカの髪は金髪に近い明るい茶色だし、スカートはとっくに短く切ってしまった。珍獣に襲われたような心境なのかもしれない。しかしそれにしては敵意や警戒は感じなかった。
「この扉ね、自分で手で開けるんだよ」
「手で? 電車なのに?」
「そ。ホームで待ってる間、閉めとかないと暖房が逃げちゃうから。開閉スイッチみたいなハイテクもないし」
微睡みたくなるような昼下がりだった。少女が立つ場所は屋根で日陰になっているけれど、少し離れただけのリカは日が当たって暑いくらいだった。少女は目をまんまるくして、閉じたままの扉を見上げている。
「アンタ、具合悪かったりする?」
「どうしてですか?」
肌が青白いのは日陰のせいか、元々であるのかリカには分からない。
「こんな時間に、こんなとこいるから」
「あなたも同じじゃないですか」
少女は初めて口許を綻ばせた。
「あたしはいつものことだもん。サボり」
午後の日差しが麗らかと見るや、学校を抜け出すのは日常茶飯事だ。もう叱る教師もいない。諦められている。
「じゃあ先輩ですね」
「センパイ?」
「わたし、今日、初めてです。サボり」
風が吹き、おかっぱの黒髪がさわさわと揺れた。
「急にどこか遠くに行ってしまいたくなって、駅まで走って、電車に飛び乗ってしまいました」
「どこかって、どこに?」
「あてはありません。でも、いつもと違う電車に乗ったら、どこか知らないところに行けるでしょうから」
このローカル鉄道はたまたま選ばれたらしい。
「アンタ運がいいよ」
薄い肩に手を載せる。
「この電車、まわりはなーんにもない。でも線路の回りにはいつも何かの花が咲いてる。田んぼや畑がばーっと続いてるのもきれいで、飽きないよ」
「先輩は、この辺に住んでるの?」
「んーとね、ちょうど真ん中くらいの駅」
ホームにある路線図で示してやる。
「電車の空気もね、なんかいいんだ。暖房でぼわっとあったかくて、……ばーちゃんちみたいな感じがするよ」
「……素敵」
少女の表情が輝いてゆく。
「ねえ、案内したげよっか。いや何にもないんだけどさ。ここの景色がいいよとか、そんなのだけど」
「本当に?」
「いいよ。なんかの縁だし、暇だから」
少女の背中を軽く押す。
「さ、開けてみて」
少女が扉に手を掛ける。力を入れると、ゆっくりと開いた。
「ほんとに開いた」
「ほらね」
開いた隙間から温かな空気が漏れてくる。開けっ放しにしては意味がない。
「あたしリカ。アンタの名前は?」
「わたしの名前は――」
前に進むよう少女を急かしながら、リカはわくわくしてたまらなかった。
(了)190301
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