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003 カレーにオムライスにロールキャベツ
しおりを挟む次の週は、肉じゃがだった。
そしてその三日後はカレーライス、そのさらに二日後はオムライスだった。
どれもとても美味しかった。
持ってきてくれる度に、感謝とつたない言葉ながらも、食べた感想を翔は桃花に告げた。
しかし、正直のところ翔は、彼女が何度も自室を訪ねてくることについて驚いていた。
言葉ではまたお裾分けに来ると言っていたものの、本当に来るとは思わなかったし、どうして彼女が頻繁に美味しい晩御飯をもって、お裾分けに来てくれるのかを疑問に思った。
翌日の晩には、桃花はロールキャベツを作りすぎてしまったと言って、翔の自室を訪れた。
「あの…。ちょっと質問していい?」
もはや見慣れた水色の蓋のタッパーを開ける前に、翔は桃花に尋ねた。
「はい…。なんでしょうか?」
桃花はきょとんとした様子で首を傾げる。
「どうして桃花ちゃんは、こんなに頻繁にお裾分けしに来てくれるの?」
「えっと…。あのっ、ごめんなさい!もしかしてご迷惑でしたか!?」
ひどく慌てる様子の桃花に、翔は違う違うと慌てて否定した。
「そうじゃなくて、すごく助かってるし、有り難いんだけど…。どうしてこんなによくお裾分けに来てくれるのかなって思ってさ。僕は何もしてあげてないのに、桃花ちゃんに色々してもらってばかりで…、なんか申し訳ないよ。」
そう告げると、桃花は「違うんですっ!」と否定の言葉を口にした。
いつも少しおどおどしている彼女の口から、こんな大きな声が出るということに翔は驚いた。
「翔さんは、何もしてないなんてことありません!私は翔さんに…、すごく親切にしてもらいました。」
前のめりになりながらそう告げる彼女を、翔はあっけに取られた様子で見ていた。
「えっ、僕…何かしてあげたっけ?」
「…覚えてないですか?この間、私が…翔さんに道を尋ねたこと。」
桃花は少し寂しそうな表情で翔に尋ねた。
「うーん、そうは言われてもな…。」
翔は記憶を遡った。
彼にとって、人に道を聞かれるということは、特筆すべきことでない日常茶飯事であり、街でアンケートを求められたり、セールの勧誘にあったり、それらも混同してしまうと、逐一初対面で会った人を覚えてはいなかった。
“でも…、この子の声や、おどおどした感じ…、どこかで見覚えがあるような気もする。”
その時、彼の脳の奥に沈む記憶の引き出しから、一つの映像が勢いよく飛び出してきた。
丁寧に念を押したにも関わらず、反対方面のホームに上がろうとした少女のイメージだ。
「っあ!もしかしてあのときの!?」
「思い出してくれましたか?」
桃花は、嬉しそうな笑顔でこちらを見ている。
「大阪・京都方面じゃないって注意したのに、そっちのホームに上がっていった女の子だ!」
「…よく覚えてるじゃないですか。」
苦笑いをしながら桃花は呟いた。
「それにしても、こんな偶然あるんだね。あのときの女の子かー。帽子被ってたから気づかなかったよ。」
「私も、あいさつしに行った最初の日に、道を教えてくれた人だって気がついて、本当にびっくりしちゃいました。」
「それで、恩返しみたいな感じで、色々美味しいごはんをお裾分けに来てくれたんだね。」
翔が納得した表情で頷いていると、桃花は「…それだけじゃないんですけどね。」と小声で呟いた。
「えっ、なんか言った?」
「いえいえ、何でもありませんよ!?」
慌てる様子の桃花に少し首をかしげながらも、思わぬ所で以前に会っていた彼女に対して、翔は大きな親近感を抱いた。
「ほんとうに、今までありがとうね。」
「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらですから。」
照れたように笑う桃花とは反対に、翔は少し真剣な表情で「でも…」ときりだした。
「でも…、お裾分けに来るのはもう大丈夫だよ。」
「えっ…?」
翔に自分のことを気付いてもらえた喜びで、桃花の心は暖かな陽気のような幸せを感じていた。
しかし、翔のその言葉で春の嵐が吹いたように、彼女の心は動揺した。
「なんでですか…。」
「なんでって、僕がしたことなんて道を教えただけなのに、こんなに桃花ちゃんにしてもらってばかりじゃ気が引けちゃうよ。」
翔にとって、これ以上晩御飯をお裾分けしてもらうことは、桃花に申し訳ないという意味でごく当然の対応のつもりだったが、桃花はその言葉にどこか突き放されたような思いを感じた。
「そうですか…。」
桃花は、自分の声が想像以上に覇気がなく、精気の抜けた声であることに気づいた。
元々余り人の顔をちゃんと見たり、笑顔で話したりするのが苦手な桃花だったが、先ほどまでは自分でも驚くほどの笑顔で、翔の目を見ながら話ができていた。
しかし、ついさっきまでできていたのに、もう笑顔になることも、玄関先で立つ翔の顔をまともに見ることもできなかった。
「あの…、よかったらなんだけどさ。」
あからさまに肩を落とした様子の桃花に、翔は彼女の表情を覗いながら声をかけた。
「もちろん、料理の材料は僕が買ってくるし、完成した料理は桃花ちゃんにも食べてもらうから…。だから、桃花ちゃんがよければ、僕に料理の仕方を教えてくれないかな。」
「……ふぇっ?」
思いもしなかった翔からの提案に、桃花はとても腑抜けたような声を出した。
「いや、だから…。いつも晩御飯をお裾分けしてもらうのは、申し訳なさすぎるからさ。僕が桃花ちゃんに料理の仕方を教わる代わりに、出来た料理を二人で一緒に食べるってのはどうかなって。」
桃花がロールキャベツを持ってきた先ほどまで、翔はこの提案をするつもりはなかった。
しかし、彼女と知り合う前に出会っていたという親近感と、お裾分けはもう必要ないと告げた際に感じた彼女のどこか寂しそうな姿に、翔はこの提案を考え付いた。
「もっ、もちろんOKです!よっよろこんでお受けします!」
「そっか、よかった。」
元気を取り戻した桃花の様子を見て、翔はほっとしたように笑った。
もともと目じりが下がっている翔が笑うと、彼の笑顔は誰もが安心感を覚えるようなやさしい表情に変わる。
桃花は、彼の持つ心の優しさが溢れ出しているその笑顔を見ると、春の陽光に包まれるようなほっとした気持ちになった。
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