18 / 18
エピローグ
しおりを挟む4月の一週目の土曜日、僕は須磨浦公園の満開の桜の下でぼんやりと空を見上げていた。上手になったウグイスの鳴き声が、どこかの桜木の上から聞こえてくる。
春めくのどかな光景を眺めながら、大きな伸びをした時、向かいから白いワンピースを着た少女がやってきた。
僕がお仕えしているドラクリヤ家の次女、エマ様である。
「セバス、お花見の場所取りありがとね。みんなはもう少ししたら来るってさ」
春風がそよそよと吹き、出会った頃よりも少し長くなったエマ様の髪を揺らした。満開の桜の下で見るエマ様は、一段と儚く美しい存在に見えた。
「いえいえ、春の陽気が心地よくて、とてものんびり過ごさせてもらいました」
「最近もとても大変そうだったもんね。今日くらいはゆっくりしてよ」
卒業式が終わった翌日、僕はまたドラクリヤ邸の皆様の要望を応えるために、宝島で片足の海賊と対決したり、城崎温泉の秘湯を探すために、城崎の巌窟王と呼ばれる男と取引をしたり、なかなか忙しくしていた。
「そうですね。ありがとうございます」
「あっ、でもお花見だからって、お酒はもう飲み過ぎたら駄目だよ」
「はは、あの時は本当にありがとうございました。おやすみのキスまでしていただいたみたいで」
「っはぁ!? なんでその事っ!? もしかして起きてたのっ!?」
「ち、ちがいますよ! マリア様が動画を録ってしたのを後日拝見して……」
「はぁ……。もう……、最悪」
「僕は嬉しかったですよ」
「……そうなんだ」
「ええ、当然じゃないですか」
「……っじゃあ、今度はあんたが私にしてよ」
「はい?」
「それでおあいこでしょっ! 今度私が寝る時に、セバスがおやすみの……その……、キス……して」
僕はエマ様のその大胆な要望に、ぽかんと口をあけたまま目を丸くしていた。
「わぉ! エマったら大胆ね!」
桜の木陰からひょこっと顔を出したのは、星の貴婦人の娘である輝子様であった。
「ひゃっ!? 輝子っ、今のは違うのっ!」
「何が違うの? ねぇねぇ、セバス~! 私にもキスして!」
「ちょっと、あんた何しようとしてるのっ!」
僕の前で、エマ様と輝子様は取っ組み合いを始めてしまった。二人を止めようと立ち上がった僕に対し、「わぁ~! セバスだっ!」と突撃をかましてくる少女がいた。
「サクラ様。おはようございます」
いつも通りみぞおちに彼女の頭が入ったが、シルフィさんとフランケンさんから頂いた、超薄型防弾チョッキをインナーに着ていたため、無傷でサクラ様を迎えることができた。
「桜がいっぱい咲いてる! 私と同じ名前なんだよ」
「左様ですね。サクラ様と同様に、とても可愛らしく美しいお花です」
「えっ! うれしいなぁ! ありがとうセバス!」
そう言ってサクラ様は僕の頬に、ちゅっとフレンチキスをした。
「モテモテだねぇ。私も混ぜてよ」
春空の上から降ってきた声に顔を上げると、マリア様とその後ろにはケント様もいた。
「執事たる者、女性の扱いにも気品がないと駄目だぞ」とケント様はにやりと笑った。
その後は、ミックス呪酒のマスターが絶対に飲みきれないであろう、日本酒の入った巨大な酒樽を持ってきたり、首なしライダーさんがピザのデリバリーを持ってきてくれたり、花見会場は賑わいをみせてきた。最後にヴラド伯爵と撫子夫人が到着し、花見の宴会が始まった。
「あっ、桜の花びらが」
日本酒が注がれたおちょこに、ひらひらと舞い散る桜の花びらが入った。エマ様はそれを覗きこんで「何だか風流だね」と言った。
「ほんとですね。そういえばエマ様。今日は朝早くから厨房の方で何やら作業をされていたようですが、何をなさっていたのですか?」
「えっ……と、上手くできなかったから、もういいかなって思ったんだけど」
エマ様のカバンの中には、淡い緑の風呂敷で包まれた四角い容器があった。少し恥ずかしそうに、おずおずとエマ様はその包みを開いた。
「お花見のお弁当を作られたのですか。すごいじゃないですか」
綺麗な形の玉子焼きとミニハンバーグ、インゲンの胡麻和え、小さめのおにぎりが入っていた。
「食べてみていいですか?」
「うん……、美味しいかわからないけど」
僕が卵焼きを口に運ぶ様子を、エマ様は不安そうに見守った。
「エマ様……この卵焼き……」
「どう……かな?」
「すごい、めちゃめちゃ美味しいですよこれ」
不安げだったエマ様は、ほっとしたような柔らかい表情に変わった。
「そうかな? よかった」
「みなさんにも食べてもらいましょうよ」
「えっ、いいってば」
エマ様の作った可愛らしいお弁当は、フランケンさんが作った豪華お膳と同様に、みなからとても好評だった。
一しきり食事とお酒も進み、どんちゃん騒ぎが始まった。叩いて被ってジャンケンぽんが始まり、首なしライダーさんとケント様が全力の死闘をしていたり、酔ったホームズ探偵クラブのレストレードさんが腹踊りを始めたりした。
「みんなでこうして集まって、楽しく笑顔で過ごせる……こんな日々が続くといいですね」
桜の木の幹にもたれるように腰かけながら、僕は隣に座るエマ様に声をかけた。
「うん。きっとこんな日々がこれからも続いていくよ」
一度きりの人生で、僕は執事という仕事につくことが夢だった。その夢を叶えた今、まだ漠然としているが新しい夢がうまれた。
僕はドラクリヤ邸の執事として、この光景を一生守っていきたい。時とともに、遠くにいってしまう人もいれば、新しくこの場に加わる方もいるだろう。諸行無常というように、これからドラクリヤ邸の皆様にも、大変な出来事や危機的な時期があるかもしれない。
だけど、ドラクリヤ邸のみなさまが笑顔で過ごせる日々が続くこと、もっと笑顔が増やせる日々にしていくことができればいいなと思う。
それが執事となった今の……僕の新しい夢である。
完
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
声劇台本置き場
ツムギ
キャラ文芸
望本(もちもと)ツムギが作成したフリーの声劇台本を投稿する場所になります。使用報告は要りませんが、使用の際には、作者の名前を出して頂けたら嬉しいです。
台本は人数ごとで分けました。比率は男:女の順で記載しています。キャラクターの性別を変更しなければ、演じる方の声は男女問いません。詳細は本編内の上部に記載しており、登場人物、上演時間、あらすじなどを記載してあります。
詳しい注意事項に付きましては、【ご利用の際について】を一読して頂ければと思います。(書いてる内容は正直変わりません)
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
夏の嵐
萩尾雅縁
キャラ文芸
垣間見た大人の世界は、かくも美しく、残酷だった。
全寮制寄宿学校から夏季休暇でマナーハウスに戻った「僕」は、祖母の開いた夜会で美しい年上の女性に出会う。英国の美しい田園風景の中、「僕」とその兄、異国の彼女との間に繰り広げられる少年のひと夏の恋の物話。 「胡桃の中の蜃気楼」番外編。
純喫茶カッパーロ
藤 実花
キャラ文芸
ここは浅川村の浅川池。
この池の畔にある「純喫茶カッパーロ」
それは、浅川池の伝説の妖怪「カッパ」にちなんだ名前だ。
カッパーロの店主が亡くなり、その後を継ぐことになった娘のサユリの元に、ある日、カッパの着ぐるみ?を着た子供?が訪ねてきた。
彼らの名は又吉一之丞、次郎太、三左。
サユリの先祖、石原仁左衛門が交わした約束(又吉一族の面倒をみること)を果たせと言ってきたのだ。
断れば呪うと言われ、サユリは彼らを店に置くことにし、4人の馬鹿馬鹿しくも騒がしい共同生活が始まった。
だが、カッパ三兄弟にはある秘密があり……。
カッパ三兄弟×アラサー独身女サユリの終始ゆるーいギャグコメディです。
☆2020.02.21本編完結しました☆
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
黒の騎士と三原色の少女たち
スナオ
キャラ文芸
四方院家。それは天皇を始め世界中の王族とコネクションを持つ大家である。その大家である四方院家の命令で特別相談役の水希桜夜は青森に向かっていた。そこで自身の運命を揺るがす出会いがあるとも知らずに……。
ドライだけど優しい青年と個性豊かな少女たちのコントラクトストーリー、始まります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる