12 / 18
十二話 星の貴婦人のご要望『引きこもりの娘』
しおりを挟む星の貴婦人の依頼は、『引きこもり娘を外に出してほしい』ということである。
「娘の輝子が、ずっと部屋にこもってゲーム三昧なのよ」
「外に連れ出すという事は、学校に通わせるという事でしょうか?」
「いや、別に学校へ通うとかはどうでもいいの」
どうでもいい? 親には子供を学校に通わせる義務があるはずだが、星の貴婦人クラスになると、そんな法律は眼中にないという事だろうか。
「だってそうでしょ? 輝子が学校に行きたくないなら、無理に行く必要なんてないわ。だけど、全く外に出ないのはよくない事だと思うの。だって、外には楽しい事がいっぱいあるのだもの。だから、街中で買い物するでも、自然の中を散策するでも構わないわ」
「だったら、星の貴婦人が直接そう言って、外に連れ出してあげたらいいのでは?」と僕は思ったことをそのまま口にした。
「それはもっともね。でも私は、子供には好きなように生きてほしいって思ってきたの。だから、今までずっと、子供にああしなさい、こうしなさいなんて、言った事がないのよ。そんな私が今さら子供に注意するとか、そんなことできる立場じゃないのよ。私自身も、もうこのまま放任主義を貫き通すつもりでいる」
正直かなり異常だと思ったが、人の家庭の子育て方針について、他の家に仕える執事の分際の僕が口出しできることではない。
「何でもできる私だけど、子育てだけは苦手らしいの。長男のスバルに会ったなら、あなただってわかるでしょ?」
確かに、スバルお坊ちゃんは人として駄目な部分も多く目立っていた。しかし、ガッツだけは少しはあるようだし、爺やさんも頑張っているようだから、彼に関してはそこまで悲観する必要はないとは思う。
「わかりました。っでは、輝子様を外に連れ出す事が、星の貴婦人のご要望ということで承りました」
爺やさんに、輝子様の部屋の前まで案内してもらった。ノックをしてみたが、何も返答はなかった。部屋の扉の鍵は開いていたので、おそるおそる開いて中の様子を確認してみた。
「うわ……部屋の中がゴミ捨て場のようだ」
女の子部屋とは思えない汚さである。脱いだ服が床に散乱しており、食べたゴミや空き缶、ペットボトルなんかもまた散らばっている。
「失礼します……」
部屋の中には、巨大な70インチほどある大きな液晶テレビがあり、その前に小柄な少女がヘッドフォンを付けてゲームをしていた。どうやらそのせいで、ノックにも気づかなかったらしい。
この少女が輝子様で間違いないだろう。パジャマ姿のまま、その視線はテレビ画面に釘付けになっている。伸びまくった長い髪は、タンポポのような美しい黄色であった。暖簾のように長く目にかかった前髪の隙間から、かろうじて片目だけが覗いている。
なるべく驚かさないように、彼女の視界の端から「あの……!」と声を出し、手を振ってみたが、それでも気づかれなかった。すごい集中力である。
仕方ないので、彼女の隣りに座って今のゲームがひと段落するまで待った。しばらくすると、ゲームのリザルト画面に変わった。どうやら彼女が圧勝したようだ。
「はぁ……。つまんない」と言葉を漏らし、輝子様はヘッドフォンを外した。そして大きく伸びをした時、長い前髪が揺れて彼女の視界に僕が入った。
「…………。」
「…………。」
お互い沈黙のまま、数秒見つめ合った。先に声をあげたのは、輝子様であった。
「っきゃあ! 誰よっ!」
彼女は慌てて僕から距離を取るように後ずさった。
「驚かせてすみません。一応ノックはしたのですが、ゲームに夢中で、お気づきにならなかったようなので、お邪魔しております」
「誰っ!? 変質者!? 変態!? 変人!?」
その三つの言葉は、どれも大体同じ意味なのではないかと思ったが、とりあえず僕はそのどれでもなく、星の貴婦人から要望を受けてきたのだと説明した。
「かくかくしかじかというわけで、僕と少しお外に出てみませんか?」
「……どういうわけよ。なんであんたと外に行かなきゃいけないのよ!」
「わかりました。っじゃあ、僕とゲームで勝負しましょう。それで僕が勝ったら、今から僕と一緒に外出デートに付き合ってもらいます」
「この私にゲームで勝負しようだなんていい度胸ね。コテンパンに返り討ちにしてあげるわ!」
輝子様は、ハンデとしてこの部屋の中にあるゲームなら、好きな物を選んでいいと仰った。散らかった部屋の中で、ゲームだけはきちっと、カセットやコントローラも含めて全て綺麗に保管されていた。
「それでは、このバーチャルバトラー2で勝負しましょう」
「ふん、本当にそれでいいの? 私このゲームめちゃめちゃやりこんでるよ?」
「問題ありません。三本勝負で、先に二本とったほうが勝ちということでいいですね」
キャラ選択画面で、輝子様は身体のごついプロレスラーのキャラを、僕は執事スーツの老人のキャラを選んだ。
“レディー……ファイッ!!”
開始早々、輝子様は連続必殺コンボを放ってきた。それを僕は、完璧なタイミングでガードし、相手の技が出きったタイミングで連続コンボを叩き込んだ。
「なにっ!?」
あきらかに動揺した輝子様から、僕は簡単に第一ゲームをもぎ取った。
「すみません。このゲームは、僕も子どもの頃からやってまして、執事のこのキャラだけをひたすら極めてました」
バーチャルバトラーという名前から、幼少期の僕は執事のゲームだと勘違いし、このゲームを親にねだった。残念ながら思っていたのと違い、ただの格ゲーだったのだが、幸い執事のキャラクターが一人いたので、僕はひたすらこのキャラだけをやりこんで遊んでいた。
「くそっ、次は負けないからなっ!」
本気で悔しそうな表情を見せる彼女に、僕も少し楽しくなってきた。二戦目は、油断を一切なくした輝子様が勝利した。次の三戦目をとった方が勝者である。
「絶対負けない!」
「僕だって、負けるわけにはいきません!」
最終戦は、お互いに相手の技を見きってガードするため、なかなか決着はつかなかった。お互いのライフポイントが赤に染まり、弱パン一発でお互い死んでしまうほどの熱戦であった。お互い息が切れるほどに集中し、瞬きする間もないほどの攻防だ。
「はぁっ……、はぁっ……、先に弱パンチでも、一撃入れた方が勝ちですね」
「はぁっ……、はぁっ……、負けるもんかっ!」
突進からの弱パンチが来ると踏み、僕は遠距離攻撃を出しまくった。それを輝子様は上手く左右に躱しながら、僕のキャラへ徐々に距離を詰めてきた。
「もらったぁぁっ!」
輝子様はとどめの一撃を繰り出した。しかし、力が入ってスティックを倒し過ぎたせいか、弱パンチではなく、威力はあるが隙が大きい強パンチを繰り出した。一方の僕は、しゃがんで強パンチを避け、しゃがんだまま弱キックを入れた。
“勝負ありっ!!!”
画面には僕の捜査していた執事のキャラクターが、華麗にバク宙をして決めポーズをとった。その後ろでは、輝子様が捜査していたキャラが悔しそうに四つん這いになっている。
「ぐっ……やるじゃない」
「いえいえ、最後の一発が弱パンチだったら僕の負けでしたよ」
「ねぇねぇ! もう一回私と対戦しよっ!」と輝子様は、超自然に再戦を求めてきた。
「何いってんですか。僕の勝ちですから、今からお外に一緒に行きますよ」
「……むぅ。駄目か」と輝子様は顔をしかめた。
輝子様の髪は少し汗でしっとりしていた。バッドスメルこそしないが、おそらく風呂に入るのも久々なのかもしれない。
「そうですね。まずはシャワー浴びて、服を着替えましょう」
「……いやよ」
「なんでですか?」
「お風呂嫌いだもの」
猫かよ。と突っ込みたくなったが、ぐっとこらえた。
「嫌じゃありませんよ。無理にでも入ってもらいます。さっぱりした気分で外に出る方が気持ちいいですからね」
ひょいと彼女の脇腹を抱えて持ち上げ、シャワー室に連行した。小柄で華奢な彼女は、本当に小動物を持ち上げるくらいの重さだった。
「離してよ~っ!」
「ちゃんとお風呂入るならいいですよ。それとも僕が身体と頭洗ってあげましょうか?」
「嫌よ! 変態っ、自分でするわっ!」
バタンッと勢いよく扉を閉められた。わずか五分くらいでシャワーの音は止まり、髪がびしょびしょのまま、輝子様はシャワー室から出てきた。
「ちょっと、ちゃんと髪の毛乾かさないと駄目ですよ! 風邪ひきますよ!」
「うるさいわね! そんなの知らないわよ!」
星の貴婦人は、子育ては苦手だから放任主義にしていると言っていた。まさか本当に、髪を乾かしたことがないなんてことはないだろうけども。
彼女を椅子に座らせ、僕はドライヤーで彼女の長い黄色の髪を乾かした。もともと艶やかな綺麗な髪質だが、ちゃんと手入れしたらもっと綺麗になるだろうと惜しく思った。
「なんか……お母さんみたいね」
ドライヤーの温風にあてられ、気持ちよさそうな表情を浮かべながら、輝子様はそんな事を言った。
「星の貴婦人ですか?」
「違うわよ。あの人は、私の欲しい物は何でも与えてくれるし、好きなようにしていいって言ってくれる。だけど、こうしなさいとか、こうじゃなきゃ駄目だとかは何も言わない」
それを聞くと、なんて羨ましいんだと思う人もいるだろうが、実際何をしても注意されないという事は、やはり寂しいものなのではないかと僕は感じた。僕の親も口うるさいほうだったが、大人になってからそれが有り難いことだと感じる機会は多い。
「とりあえず、髪切りにいきましょうか」
「えっ、嫌よ」
「駄目です。きちんと髪も手入れしたら、輝子様はもっと綺麗になります。それに、そんな恰好で外に出るつもりですか?」
彼女の服はだぼっとしたパーカーとジャージという部屋着姿であった。
「楽だからこれでいいわよ」
「もう、だったら服もついでに買いに行きましょうね」
いやいやと駄々をこねる彼女を担いで、半ば拉致するように、無理やり三宮の中央街へと連れ出した。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
護堂先生と神様のごはん
栗槙ひので
キャラ文芸
亡くなった叔父の家を譲り受ける事になった、中学校教師の護堂夏也は、山間の町の古い日本家屋に引っ越して来た。静かな一人暮らしが始まるはずが、引っ越して来たその日から、食いしん坊でへんてこな神様と一緒に暮らす事になる。
気づけば、他にも風変わりな神様や妖怪まで現れて……。
季節を通して巡り合う、神様や妖怪達と織り成す、ちょっと風変わりな日々。お腹も心もほっこり温まる、ほのぼの田舎暮らし奇譚。
2019.10.8 エブリスタ 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得
2019.10.29 エブリスタ 現代ファンタジー月別ランキング一位獲得
俺は彼女に養われたい
のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。
そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。
ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ!
「ヒモになるのも楽じゃない……!」
果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか?
※他のサイトでも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
風と翼
田代剛大
キャラ文芸
相模高校の甲子園球児「風間カイト」はあるとき、くのいちの少女「百地翼」によって甲賀忍者にスカウトされる。時代劇のエキストラ募集と勘違いしたカイトが、翼に連れられてやってきたのは、滋賀県近江にある秘境「望月村」だった。そこでは、甲賀忍者と伊賀忍者、そして新進気鋭の大企業家「織田信長」との三つ巴の戦いが繰り広げられていた。
戦国時代の史実を現代劇にアレンジした新感覚時代小説です!
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
うつろな果実
硯羽未
キャラ文芸
今年大学生になった小野田珠雨は、古民家カフェでバイトしながら居候している。カフェの店主、浅見禅一は現実の色恋は不得手だという草食系の男だ。
ある日母がやってきて、珠雨は忘れていた過去を思い出す。子供の頃に恋心を抱いていた女、あざみは、かつて母の夫であった禅一だったのだ。
女の子でありたくない珠雨と、恋愛に臆病になっている禅一との、複雑な関係のラブストーリー。
主な登場人物
小野田 珠雨(おのだ しゅう)…主人公。19歳の女の子(一人称は俺)大学生
浅見 禅一(あざみ ぜんいち)…31歳バツイチ男性 カフェ経営
※他の投稿サイト掲載分から若干改稿しています。大きくは変わっていません。
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる