奇怪なる怪異城に仕える執事の労苦と福音

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十二話 星の貴婦人のご要望『引きこもりの娘』

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 星の貴婦人の依頼は、『引きこもり娘を外に出してほしい』ということである。

「娘の輝子が、ずっと部屋にこもってゲーム三昧なのよ」

「外に連れ出すという事は、学校に通わせるという事でしょうか?」
「いや、別に学校へ通うとかはどうでもいいの」

 どうでもいい? 親には子供を学校に通わせる義務があるはずだが、星の貴婦人クラスになると、そんな法律は眼中にないという事だろうか。

「だってそうでしょ? 輝子が学校に行きたくないなら、無理に行く必要なんてないわ。だけど、全く外に出ないのはよくない事だと思うの。だって、外には楽しい事がいっぱいあるのだもの。だから、街中で買い物するでも、自然の中を散策するでも構わないわ」

「だったら、星の貴婦人が直接そう言って、外に連れ出してあげたらいいのでは?」と僕は思ったことをそのまま口にした。

「それはもっともね。でも私は、子供には好きなように生きてほしいって思ってきたの。だから、今までずっと、子供にああしなさい、こうしなさいなんて、言った事がないのよ。そんな私が今さら子供に注意するとか、そんなことできる立場じゃないのよ。私自身も、もうこのまま放任主義を貫き通すつもりでいる」

 正直かなり異常だと思ったが、人の家庭の子育て方針について、他の家に仕える執事の分際の僕が口出しできることではない。

「何でもできる私だけど、子育てだけは苦手らしいの。長男のスバルに会ったなら、あなただってわかるでしょ?」

 確かに、スバルお坊ちゃんは人として駄目な部分も多く目立っていた。しかし、ガッツだけは少しはあるようだし、爺やさんも頑張っているようだから、彼に関してはそこまで悲観する必要はないとは思う。

「わかりました。っでは、輝子様を外に連れ出す事が、星の貴婦人のご要望ということで承りました」

 爺やさんに、輝子様の部屋の前まで案内してもらった。ノックをしてみたが、何も返答はなかった。部屋の扉の鍵は開いていたので、おそるおそる開いて中の様子を確認してみた。

「うわ……部屋の中がゴミ捨て場のようだ」

 女の子部屋とは思えない汚さである。脱いだ服が床に散乱しており、食べたゴミや空き缶、ペットボトルなんかもまた散らばっている。

「失礼します……」

 部屋の中には、巨大な70インチほどある大きな液晶テレビがあり、その前に小柄な少女がヘッドフォンを付けてゲームをしていた。どうやらそのせいで、ノックにも気づかなかったらしい。

 この少女が輝子様で間違いないだろう。パジャマ姿のまま、その視線はテレビ画面に釘付けになっている。伸びまくった長い髪は、タンポポのような美しい黄色であった。暖簾のように長く目にかかった前髪の隙間から、かろうじて片目だけが覗いている。

 なるべく驚かさないように、彼女の視界の端から「あの……!」と声を出し、手を振ってみたが、それでも気づかれなかった。すごい集中力である。

 仕方ないので、彼女の隣りに座って今のゲームがひと段落するまで待った。しばらくすると、ゲームのリザルト画面に変わった。どうやら彼女が圧勝したようだ。

「はぁ……。つまんない」と言葉を漏らし、輝子様はヘッドフォンを外した。そして大きく伸びをした時、長い前髪が揺れて彼女の視界に僕が入った。

「…………。」
「…………。」

 お互い沈黙のまま、数秒見つめ合った。先に声をあげたのは、輝子様であった。

「っきゃあ! 誰よっ!」

 彼女は慌てて僕から距離を取るように後ずさった。

「驚かせてすみません。一応ノックはしたのですが、ゲームに夢中で、お気づきにならなかったようなので、お邪魔しております」
「誰っ!? 変質者!? 変態!? 変人!?」

 その三つの言葉は、どれも大体同じ意味なのではないかと思ったが、とりあえず僕はそのどれでもなく、星の貴婦人から要望を受けてきたのだと説明した。

「かくかくしかじかというわけで、僕と少しお外に出てみませんか?」
「……どういうわけよ。なんであんたと外に行かなきゃいけないのよ!」

「わかりました。っじゃあ、僕とゲームで勝負しましょう。それで僕が勝ったら、今から僕と一緒に外出デートに付き合ってもらいます」

「この私にゲームで勝負しようだなんていい度胸ね。コテンパンに返り討ちにしてあげるわ!」

 輝子様は、ハンデとしてこの部屋の中にあるゲームなら、好きな物を選んでいいと仰った。散らかった部屋の中で、ゲームだけはきちっと、カセットやコントローラも含めて全て綺麗に保管されていた。

「それでは、このバーチャルバトラー2で勝負しましょう」
「ふん、本当にそれでいいの? 私このゲームめちゃめちゃやりこんでるよ?」

「問題ありません。三本勝負で、先に二本とったほうが勝ちということでいいですね」

 キャラ選択画面で、輝子様は身体のごついプロレスラーのキャラを、僕は執事スーツの老人のキャラを選んだ。

“レディー……ファイッ!!”

 開始早々、輝子様は連続必殺コンボを放ってきた。それを僕は、完璧なタイミングでガードし、相手の技が出きったタイミングで連続コンボを叩き込んだ。

「なにっ!?」

 あきらかに動揺した輝子様から、僕は簡単に第一ゲームをもぎ取った。

「すみません。このゲームは、僕も子どもの頃からやってまして、執事のこのキャラだけをひたすら極めてました」

 バーチャルバトラーという名前から、幼少期の僕は執事のゲームだと勘違いし、このゲームを親にねだった。残念ながら思っていたのと違い、ただの格ゲーだったのだが、幸い執事のキャラクターが一人いたので、僕はひたすらこのキャラだけをやりこんで遊んでいた。

「くそっ、次は負けないからなっ!」

 本気で悔しそうな表情を見せる彼女に、僕も少し楽しくなってきた。二戦目は、油断を一切なくした輝子様が勝利した。次の三戦目をとった方が勝者である。

「絶対負けない!」
「僕だって、負けるわけにはいきません!」

 最終戦は、お互いに相手の技を見きってガードするため、なかなか決着はつかなかった。お互いのライフポイントが赤に染まり、弱パン一発でお互い死んでしまうほどの熱戦であった。お互い息が切れるほどに集中し、瞬きする間もないほどの攻防だ。

「はぁっ……、はぁっ……、先に弱パンチでも、一撃入れた方が勝ちですね」
「はぁっ……、はぁっ……、負けるもんかっ!」

 突進からの弱パンチが来ると踏み、僕は遠距離攻撃を出しまくった。それを輝子様は上手く左右に躱しながら、僕のキャラへ徐々に距離を詰めてきた。

「もらったぁぁっ!」

 輝子様はとどめの一撃を繰り出した。しかし、力が入ってスティックを倒し過ぎたせいか、弱パンチではなく、威力はあるが隙が大きい強パンチを繰り出した。一方の僕は、しゃがんで強パンチを避け、しゃがんだまま弱キックを入れた。

“勝負ありっ!!!”

 画面には僕の捜査していた執事のキャラクターが、華麗にバク宙をして決めポーズをとった。その後ろでは、輝子様が捜査していたキャラが悔しそうに四つん這いになっている。

「ぐっ……やるじゃない」
「いえいえ、最後の一発が弱パンチだったら僕の負けでしたよ」

「ねぇねぇ! もう一回私と対戦しよっ!」と輝子様は、超自然に再戦を求めてきた。

「何いってんですか。僕の勝ちですから、今からお外に一緒に行きますよ」
「……むぅ。駄目か」と輝子様は顔をしかめた。

 輝子様の髪は少し汗でしっとりしていた。バッドスメルこそしないが、おそらく風呂に入るのも久々なのかもしれない。

「そうですね。まずはシャワー浴びて、服を着替えましょう」
「……いやよ」

「なんでですか?」
「お風呂嫌いだもの」

 猫かよ。と突っ込みたくなったが、ぐっとこらえた。

「嫌じゃありませんよ。無理にでも入ってもらいます。さっぱりした気分で外に出る方が気持ちいいですからね」

 ひょいと彼女の脇腹を抱えて持ち上げ、シャワー室に連行した。小柄で華奢な彼女は、本当に小動物を持ち上げるくらいの重さだった。

「離してよ~っ!」
「ちゃんとお風呂入るならいいですよ。それとも僕が身体と頭洗ってあげましょうか?」

「嫌よ! 変態っ、自分でするわっ!」

 バタンッと勢いよく扉を閉められた。わずか五分くらいでシャワーの音は止まり、髪がびしょびしょのまま、輝子様はシャワー室から出てきた。

「ちょっと、ちゃんと髪の毛乾かさないと駄目ですよ! 風邪ひきますよ!」
「うるさいわね! そんなの知らないわよ!」

 星の貴婦人は、子育ては苦手だから放任主義にしていると言っていた。まさか本当に、髪を乾かしたことがないなんてことはないだろうけども。

 彼女を椅子に座らせ、僕はドライヤーで彼女の長い黄色の髪を乾かした。もともと艶やかな綺麗な髪質だが、ちゃんと手入れしたらもっと綺麗になるだろうと惜しく思った。

「なんか……お母さんみたいね」

 ドライヤーの温風にあてられ、気持ちよさそうな表情を浮かべながら、輝子様はそんな事を言った。

「星の貴婦人ですか?」
「違うわよ。あの人は、私の欲しい物は何でも与えてくれるし、好きなようにしていいって言ってくれる。だけど、こうしなさいとか、こうじゃなきゃ駄目だとかは何も言わない」

 それを聞くと、なんて羨ましいんだと思う人もいるだろうが、実際何をしても注意されないという事は、やはり寂しいものなのではないかと僕は感じた。僕の親も口うるさいほうだったが、大人になってからそれが有り難いことだと感じる機会は多い。

「とりあえず、髪切りにいきましょうか」
「えっ、嫌よ」

「駄目です。きちんと髪も手入れしたら、輝子様はもっと綺麗になります。それに、そんな恰好で外に出るつもりですか?」

 彼女の服はだぼっとしたパーカーとジャージという部屋着姿であった。

「楽だからこれでいいわよ」
「もう、だったら服もついでに買いに行きましょうね」

 いやいやと駄々をこねる彼女を担いで、半ば拉致するように、無理やり三宮の中央街へと連れ出した。
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