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九話 長女マリア様のご要望『太閤が愛した幻の秘湯』
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マリア様との約束の土曜日は、お昼前に有馬温泉へ現地集合であった。実家から神鉄に乗って、予定時刻より少し早めに有馬温泉へと到着した。
約束の時間を二十分ほど過ぎた頃、観光センターの前にタクシーが停車した。助手席にはマリア様が座っており、後部座席にはエマ様の姿もあった。
「ごめんね、遅くなって」というマリア様は、特に悪びれた様子はなかった。一方で、エマ様は何だか申し訳なさそうな顔をしていた。
「いえいえ、何かあったのかと少し心配しましたが、お二人が無事であれば何も問題ありません。全然お気になさらず」
執事が主人を待たせるなんて事があっては万死に値するが、その逆は何も問題ない。待てと言われれば、忠犬ハチ公よりも忠実に到着を待っているだろう。
「……ごめんなさい」
エマ様はやはり肩を落として、弱々しい声でそう言った。
「どうかなされたのですか?」と尋ねると、マリア様が遅れてきた理由を教えてくれた。
「もう、エマったらどれだけ揺すっても全然起きなくてね。この寝坊助さんめ」
そう言いながら、マリア様はエマ様のおでこをぴんと指でつついた。いつもならそんなことをされたら、機嫌を悪くするエマ様だが、今日は罪悪感からか、さらに申し訳なさそうに肩を落とした。金持ちのお嬢様が、寝坊して待たせたくらいでこれほど気落ちするなんて、正直意外であった。ドラクリヤ家の皆様は、少し常人離れした雰囲気を感じていたが、エマ様だけはかなり一般的な感覚を持っているというか、素直に育ったのだなと感じられた。
「まぁまぁ、せっかくのお休みですし、楽しみましょうよ」と僕は間を取り持つように言った。
マリア様も妹の寝坊に対して、別に怒っているというわけではなさそうだ。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
「とりあえずお腹すいたわね。どこかでご飯にしましょう」
「そうですね。お二人は何が食べたいですか?」
「エマは何が食べたい?」とマリア様は、まだ寝坊した事を引きずっているエマ様に尋ねた。
「……二人が食べたいものでいい」
「僕もマリア様も、誰も怒ってないですよ。そうですよね、マリア様?」
「そうよ。可愛い妹の寝ぼけてる姿をばっちし動画撮れたし、あとでセバスにも見せてあげるわね」とマリア様は笑いながらスマホを取り出した。
「はぁ!? 動画撮ってたなんて聞いてないっ!」
「寝ぼけて甘えてくるエマは、とーっても可愛かったよ」
「もう! その動画消してよっ!」
エマ様はマリア様のスマホを奪おうとした。マリア様は背伸びをして、スマホを高く上にあげた。エマ様はぴょんぴょんと飛び跳ねたが、上手く避けられて奪うことはできなかった。可愛そうなので、僕はマリア様のスマホを、彼女の手からさっと取った。
「あっ、何するのよ」
「もう、エマ様が可哀そうじゃないですか」
エマ様は少しほっとした表情になった。
「あら、セバスはエマの可愛い可愛いお寝ぼけさんな姿を見たくないのかしら?」
「……。」
「……何で黙ってるのよ。」とエマ様は僕をじっと睨んできた。
「そう言われると、確かに僕も見てみたいですね」
「ちょっと! なにいってんの!? この、裏切者っ!」
「まぁまぁ減るものじゃないですし」
エマ様は再びぴょんぴょんとウサギのように僕の周りで飛び跳ねたが、身長差的にどう考えても届かなかった。最終的には、僕の身体をよじ登ろうとしてきたが、それまでには僕は動画をばっちりと目に焼き付けた。
動画はパジャマ姿のエマ様が、抱き枕にひしっとしがみ付き、意味不明な言葉を延々と呟いているものだった。マリア様が揺さぶると、「やだぁ……なむ。……すぴ―」と答え、また時折、「そーなんです」と目を瞑ったままうなずいたり、「ラーメンだぁ」と言って満面の笑みになったり、会話にならない言葉を口にした。
「どう? エマの寝ぼけた姿は可愛かったでしょ?」とマリア様は僕に尋ねた。
「最高でした。毎日観たいので、あとで僕にも送ってください」と僕は答えた。
「もう……最悪。……二度と寝坊なんてしない」とエマ様はしばらくしゃがみ込んでいた。
結局、僕らはエマ様が夢にまで見たラーメンを食べた。
「さて、お腹も膨れたし……秘湯を探しに行きましょうか」
店を出た後、僕がそう言うと「それで、温泉に詳しい人はどこにいるの?」とマリア様は首を傾げた。
「えっと、説明が難しいのですが……とりあえずはこの後、温泉神社に参拝しに行きます。みなさん、温泉のマナーは大丈夫ですか?」
「……温泉のマナー?」とエマ様が首を傾げた。
「そうです。これからお会いする方は、温泉のマナーにかなりうるさいです。お二人とも、温泉のマナーは御存じですか?」
「私もエマも、温泉のマナーくらいは心得ているし、もちろん守っているわよ」
「温泉の洗い場でおしっことかしてませんよね?」
「当たり前でしょっ!」とエマ様にローキックされた。元気が戻ったようで何よりである。
「いてて……。それなら問題ありません」
僕らは温泉神社に参拝した。温泉の神に言われた通りに、僕は今回千円札を賽銭箱に入れた。大奮発である。
「ちょっと!? お二人とも、何してるんですか!?」
「何って……お賽銭だけど」
マリア様とエマ様は、きょとんとこちらを見ていた。しかし、僕が驚いたのは無理もないだろう。彼女たちは、一万円札をさも当然かのように賽銭箱へと投入したのだ。
「いや、まぁ……問題は何もありませんが」
何ともったいないと思いつつも、三人そろって二礼二拍手一礼をした。その直後、背後から老人の声が聞こえてきた。
「おう、また来おったか、マナーある若者よ」
驚いて振り向くと、そこには温泉街の神が立っていた。いきなり現れた老人に、マリア様とエマ様も、驚いた様子である。
「お会いできてよかったです。先日は虹色マスを譲っていただきありがとうございました。あっ、これよかったらどうぞ」
カバンに入れていたタッパーを、温泉街の神に手渡した。
「これは?」
「以前に頂いた虹色マスを、桜チップで燻製にしたものだそうです。前回のお礼にぜひどうぞ。」
虹色マスは燻製されてもなお、鮮やかなレインボーの色を放っていた。温泉街の神はそれを頭から齧りついた。
「ふむ……うまい。これはうまいうまい。」
尻尾まで残さず食べきると、温泉街の神は「それで……。」とこちらを眺めた。
「今日は何の用できたのじゃ?」
「前回に引き続いて御願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
「うむ、くるしゅうないぞ。述べてみよ。」
「秘湯として噂されている黄金の湯に行きたいのですが、行き方を御存じでしょうか」
そう尋ねると、温泉街の神は僕の顔を一瞥した後、隣りのお嬢様方の方へ視線を向けた。
「もちろん知っている。その連れの者たちも、一緒に行きたいのだな?」
「えぇ。むしろ彼女たちが温泉に浸かれれば、僕は別に入れなくても構いません」
僕がそういうと、マリア様は「えぇ~! 一緒に入ろうよ~。」と袖を引いた。
それを見た温泉街の神は「黄金の湯は、脱衣所は男女別じゃが、中に入れば混浴じゃからの。お主も一緒に入ればよかろう。お主が入らぬなら、わしが代わりに混浴しようかのう」とにやにやしながら言った。とんだエロじじいである。
「ちょっと、混浴なんて聞いてないんだけどっ!」とエマ様は慌てた様子で言った。
「だったら私とセバスだけで黄金の湯に行くわよ? 私の要望は黄金の湯に行くことだし、セバスはその役目を果たさないと、我が家の執事としては認められないのだから」
マリア様が意地悪そうにそう言うと、エマ様は「だったら、その温泉までの案内はセバスにしてもらって、あとはお姉ちゃんだけが入ったらいいでしょ!」と言った。僕も混浴は正直避けたいところだ。目のやり場に困るし、執事である自分が、ご主人様の娘と一緒に風呂に入るのはかなり色々と問題がある。
「なんでよ、せっかくなのだからみんなで入りましょうよ。それにセバスも入ってくれないと、混浴で変な男に絡まれたら困るでしょ? そんな時は執事のあなたがすぐ傍で守ってくれないと。そうでしょ、セバス?」
「うっ……そう言われたら確かに」
万が一でもお嬢様一人で混浴に入らせて、不埒な男に襲われるなんて事があっては困る。
「だからって……そんな、いきなり……混浴とか」とエマ様は困惑していた。
「……セバスに身体を見られるのが、恥ずかしいのかな?」とマリア様はまた意地悪く笑って言う。
「わ、私は……別にっ……!」
若干涙目になる妹に対し、マリア様は「執事くんがちゃんと守ってくれるから、大丈夫だよ。お姉ちゃんと一緒にピカピカのお風呂に入ろうよ」とエマ様の頭を撫でながら言った。
「……もう、わかったよ。一緒に入ればいいんでしょ」とエマ様は少し頬を赤らめながら言った。何だかんだ二人は仲がいい姉妹なのだろう。
「セバスもそれでいいわね」とマリア様は、僕も一緒に混浴することの確認をした。
客観的に見ても、二人の容姿はとても整っている。こんな美しいお嬢様方を、二人だけで混浴に入らせるのは大きな不安がある。お嬢様方が問題ないというのであれば、自分も一緒に入るのが執事として正しい判断だろう。
「わかりました。あくまで不埒なやからから、お二人を守るボディガードということで、僕も混浴させていただきます」
結局はエマ様と僕が折れて、混浴に三人で入るという流れになってしまった。そのやりとりを、温泉街の神はさほど興味はなさそうに見ていたが、話がまとまったところで仰々しく声をあげた。
「っでは、黄金の湯に行く前に、そこの乙女二人にいくつか質問がある」と温泉街の神は、以前に僕が尋ねられたのと同じ質問を始めた。
「温泉の洗い場でおしっこをした事があるか?」という問いで、エマ様はあからさまに嫌な顔を温泉の神に向けていたが、無事にお二人とも温泉街の神から、マナーある温泉愛好家として認められた。
黄金の湯まで、温泉街の神が自ら案内役をつとめてくれた。神様も存外暇なのかもしれない。無論非常に有り難いことなのだが。
約束の時間を二十分ほど過ぎた頃、観光センターの前にタクシーが停車した。助手席にはマリア様が座っており、後部座席にはエマ様の姿もあった。
「ごめんね、遅くなって」というマリア様は、特に悪びれた様子はなかった。一方で、エマ様は何だか申し訳なさそうな顔をしていた。
「いえいえ、何かあったのかと少し心配しましたが、お二人が無事であれば何も問題ありません。全然お気になさらず」
執事が主人を待たせるなんて事があっては万死に値するが、その逆は何も問題ない。待てと言われれば、忠犬ハチ公よりも忠実に到着を待っているだろう。
「……ごめんなさい」
エマ様はやはり肩を落として、弱々しい声でそう言った。
「どうかなされたのですか?」と尋ねると、マリア様が遅れてきた理由を教えてくれた。
「もう、エマったらどれだけ揺すっても全然起きなくてね。この寝坊助さんめ」
そう言いながら、マリア様はエマ様のおでこをぴんと指でつついた。いつもならそんなことをされたら、機嫌を悪くするエマ様だが、今日は罪悪感からか、さらに申し訳なさそうに肩を落とした。金持ちのお嬢様が、寝坊して待たせたくらいでこれほど気落ちするなんて、正直意外であった。ドラクリヤ家の皆様は、少し常人離れした雰囲気を感じていたが、エマ様だけはかなり一般的な感覚を持っているというか、素直に育ったのだなと感じられた。
「まぁまぁ、せっかくのお休みですし、楽しみましょうよ」と僕は間を取り持つように言った。
マリア様も妹の寝坊に対して、別に怒っているというわけではなさそうだ。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
「とりあえずお腹すいたわね。どこかでご飯にしましょう」
「そうですね。お二人は何が食べたいですか?」
「エマは何が食べたい?」とマリア様は、まだ寝坊した事を引きずっているエマ様に尋ねた。
「……二人が食べたいものでいい」
「僕もマリア様も、誰も怒ってないですよ。そうですよね、マリア様?」
「そうよ。可愛い妹の寝ぼけてる姿をばっちし動画撮れたし、あとでセバスにも見せてあげるわね」とマリア様は笑いながらスマホを取り出した。
「はぁ!? 動画撮ってたなんて聞いてないっ!」
「寝ぼけて甘えてくるエマは、とーっても可愛かったよ」
「もう! その動画消してよっ!」
エマ様はマリア様のスマホを奪おうとした。マリア様は背伸びをして、スマホを高く上にあげた。エマ様はぴょんぴょんと飛び跳ねたが、上手く避けられて奪うことはできなかった。可愛そうなので、僕はマリア様のスマホを、彼女の手からさっと取った。
「あっ、何するのよ」
「もう、エマ様が可哀そうじゃないですか」
エマ様は少しほっとした表情になった。
「あら、セバスはエマの可愛い可愛いお寝ぼけさんな姿を見たくないのかしら?」
「……。」
「……何で黙ってるのよ。」とエマ様は僕をじっと睨んできた。
「そう言われると、確かに僕も見てみたいですね」
「ちょっと! なにいってんの!? この、裏切者っ!」
「まぁまぁ減るものじゃないですし」
エマ様は再びぴょんぴょんとウサギのように僕の周りで飛び跳ねたが、身長差的にどう考えても届かなかった。最終的には、僕の身体をよじ登ろうとしてきたが、それまでには僕は動画をばっちりと目に焼き付けた。
動画はパジャマ姿のエマ様が、抱き枕にひしっとしがみ付き、意味不明な言葉を延々と呟いているものだった。マリア様が揺さぶると、「やだぁ……なむ。……すぴ―」と答え、また時折、「そーなんです」と目を瞑ったままうなずいたり、「ラーメンだぁ」と言って満面の笑みになったり、会話にならない言葉を口にした。
「どう? エマの寝ぼけた姿は可愛かったでしょ?」とマリア様は僕に尋ねた。
「最高でした。毎日観たいので、あとで僕にも送ってください」と僕は答えた。
「もう……最悪。……二度と寝坊なんてしない」とエマ様はしばらくしゃがみ込んでいた。
結局、僕らはエマ様が夢にまで見たラーメンを食べた。
「さて、お腹も膨れたし……秘湯を探しに行きましょうか」
店を出た後、僕がそう言うと「それで、温泉に詳しい人はどこにいるの?」とマリア様は首を傾げた。
「えっと、説明が難しいのですが……とりあえずはこの後、温泉神社に参拝しに行きます。みなさん、温泉のマナーは大丈夫ですか?」
「……温泉のマナー?」とエマ様が首を傾げた。
「そうです。これからお会いする方は、温泉のマナーにかなりうるさいです。お二人とも、温泉のマナーは御存じですか?」
「私もエマも、温泉のマナーくらいは心得ているし、もちろん守っているわよ」
「温泉の洗い場でおしっことかしてませんよね?」
「当たり前でしょっ!」とエマ様にローキックされた。元気が戻ったようで何よりである。
「いてて……。それなら問題ありません」
僕らは温泉神社に参拝した。温泉の神に言われた通りに、僕は今回千円札を賽銭箱に入れた。大奮発である。
「ちょっと!? お二人とも、何してるんですか!?」
「何って……お賽銭だけど」
マリア様とエマ様は、きょとんとこちらを見ていた。しかし、僕が驚いたのは無理もないだろう。彼女たちは、一万円札をさも当然かのように賽銭箱へと投入したのだ。
「いや、まぁ……問題は何もありませんが」
何ともったいないと思いつつも、三人そろって二礼二拍手一礼をした。その直後、背後から老人の声が聞こえてきた。
「おう、また来おったか、マナーある若者よ」
驚いて振り向くと、そこには温泉街の神が立っていた。いきなり現れた老人に、マリア様とエマ様も、驚いた様子である。
「お会いできてよかったです。先日は虹色マスを譲っていただきありがとうございました。あっ、これよかったらどうぞ」
カバンに入れていたタッパーを、温泉街の神に手渡した。
「これは?」
「以前に頂いた虹色マスを、桜チップで燻製にしたものだそうです。前回のお礼にぜひどうぞ。」
虹色マスは燻製されてもなお、鮮やかなレインボーの色を放っていた。温泉街の神はそれを頭から齧りついた。
「ふむ……うまい。これはうまいうまい。」
尻尾まで残さず食べきると、温泉街の神は「それで……。」とこちらを眺めた。
「今日は何の用できたのじゃ?」
「前回に引き続いて御願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
「うむ、くるしゅうないぞ。述べてみよ。」
「秘湯として噂されている黄金の湯に行きたいのですが、行き方を御存じでしょうか」
そう尋ねると、温泉街の神は僕の顔を一瞥した後、隣りのお嬢様方の方へ視線を向けた。
「もちろん知っている。その連れの者たちも、一緒に行きたいのだな?」
「えぇ。むしろ彼女たちが温泉に浸かれれば、僕は別に入れなくても構いません」
僕がそういうと、マリア様は「えぇ~! 一緒に入ろうよ~。」と袖を引いた。
それを見た温泉街の神は「黄金の湯は、脱衣所は男女別じゃが、中に入れば混浴じゃからの。お主も一緒に入ればよかろう。お主が入らぬなら、わしが代わりに混浴しようかのう」とにやにやしながら言った。とんだエロじじいである。
「ちょっと、混浴なんて聞いてないんだけどっ!」とエマ様は慌てた様子で言った。
「だったら私とセバスだけで黄金の湯に行くわよ? 私の要望は黄金の湯に行くことだし、セバスはその役目を果たさないと、我が家の執事としては認められないのだから」
マリア様が意地悪そうにそう言うと、エマ様は「だったら、その温泉までの案内はセバスにしてもらって、あとはお姉ちゃんだけが入ったらいいでしょ!」と言った。僕も混浴は正直避けたいところだ。目のやり場に困るし、執事である自分が、ご主人様の娘と一緒に風呂に入るのはかなり色々と問題がある。
「なんでよ、せっかくなのだからみんなで入りましょうよ。それにセバスも入ってくれないと、混浴で変な男に絡まれたら困るでしょ? そんな時は執事のあなたがすぐ傍で守ってくれないと。そうでしょ、セバス?」
「うっ……そう言われたら確かに」
万が一でもお嬢様一人で混浴に入らせて、不埒な男に襲われるなんて事があっては困る。
「だからって……そんな、いきなり……混浴とか」とエマ様は困惑していた。
「……セバスに身体を見られるのが、恥ずかしいのかな?」とマリア様はまた意地悪く笑って言う。
「わ、私は……別にっ……!」
若干涙目になる妹に対し、マリア様は「執事くんがちゃんと守ってくれるから、大丈夫だよ。お姉ちゃんと一緒にピカピカのお風呂に入ろうよ」とエマ様の頭を撫でながら言った。
「……もう、わかったよ。一緒に入ればいいんでしょ」とエマ様は少し頬を赤らめながら言った。何だかんだ二人は仲がいい姉妹なのだろう。
「セバスもそれでいいわね」とマリア様は、僕も一緒に混浴することの確認をした。
客観的に見ても、二人の容姿はとても整っている。こんな美しいお嬢様方を、二人だけで混浴に入らせるのは大きな不安がある。お嬢様方が問題ないというのであれば、自分も一緒に入るのが執事として正しい判断だろう。
「わかりました。あくまで不埒なやからから、お二人を守るボディガードということで、僕も混浴させていただきます」
結局はエマ様と僕が折れて、混浴に三人で入るという流れになってしまった。そのやりとりを、温泉街の神はさほど興味はなさそうに見ていたが、話がまとまったところで仰々しく声をあげた。
「っでは、黄金の湯に行く前に、そこの乙女二人にいくつか質問がある」と温泉街の神は、以前に僕が尋ねられたのと同じ質問を始めた。
「温泉の洗い場でおしっこをした事があるか?」という問いで、エマ様はあからさまに嫌な顔を温泉の神に向けていたが、無事にお二人とも温泉街の神から、マナーある温泉愛好家として認められた。
黄金の湯まで、温泉街の神が自ら案内役をつとめてくれた。神様も存外暇なのかもしれない。無論非常に有り難いことなのだが。
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