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六話 奇怪なるドラクリヤ邸の面々(使用人も含む)
しおりを挟むご家族のお部屋を案内された後は、使用人のそれぞれの部屋を案内してもらった。
「一番手前が、メイドのシルフィの部屋ね。その隣が今空いてるから、多分あなたの部屋。一番奥がコックのフランケンの部屋ね」
「なるほど、ちょっと自分の部屋になる予定の場所を見てもいいかな」
「もちろんよ」
しっかりした木製の扉を開け、室内の照明をつけてみた。室内は、クイーンサイズのベッドが壁に沿って置かれてあり、窓際には使いこまれた感じの机と椅子があった。
「もっと綺麗な机と椅子に代えるよう、お父さんに言っておこうか?」
「いや、この部屋にとても似合ってるし、調和がとれてるからどうかこのままで。ピカピカの機能性抜群のデスクじゃ、この部屋にはちょっと似合わないよ。」
「そうかしら? まぁ本人がいいならそれでいいけど」
「それよりもベッドがいささか立派すぎる気がするのだけど」
「このサイズなら、二人で寝ても広々と過ごせるわね。女の子連れ込み放題よ」
「ご主人さまの屋敷に、女を連れ込む執事がどこにいるんだい? 一人で広々と使わせてもらうよ」
「こんな広いベッドに一人は寂しいものよ。私が毎晩部屋まで押しかけに行ってあげるわよ。これだけ広ければ、アクロバットなプレイだってできるわよ」
「君は本当に処女なの? とてもそんな感じがしないのだけれど」
「あら、処女は破廉恥な話には、恥ずかしがって頬を赤らめなきゃいけないってルールでもあるの? 性行為に興味津々の処女がいたって良いじゃない」
マリアはふんと鼻をならして部屋を出た。その後に続いて僕も出る。しばらく歩いたあと、マリアは突然振り返り、「そういえば、あなたの本名は?」と聞いてきた。
「セバスです」
「それはお父さんがつけた名前でしょ? 本名って意味わかるかしら? 本当の名前って意味なのよ」
「名乗るほどのものでありません。ご主人様にセバスと名付けられた時点で、もうこの屋敷では、私はセバスであり、他の何者でもないのですよ」
「変な人ね。また敬語に戻ってるし」
「今は二人だけではありませんからね」と僕は廊下の奥へと目をやった。そこには午前中に会ったメイドのシルフィさんが立っていた。
「あら、シルフィじゃない」
マリア様はシルフィさんにハイ・ファイブを求めた。シルフィさんは少し煩わしそうな表情を浮かべながら、右手をさし出し、ぱちんと音をたてて二人の掌が重なった。
「いぇーい!」とマリア様は言った。
「……いぇーい。」とシルフィさんも少し恥ずかしそうに口にした。
「何ですか、この屋敷では出会った人に対して、ハイ・ファイブで挨拶しなければならないルールがあるのですか?」と僕は尋ねた。
「いや、そんな事ないわよ。シルフィにも明るくなってほしいから、私と会ったらこうやって挨拶する決まりにしたの。ね、シルフィ?」
「はい、そうですね」とめんどくさそうにシルフィさんは返した。
「あっ、そういえば。僕は正式に執事になることが決まりました。セバスとお呼びください。」
そう言って、深々と礼をすると、シルフィもまた会釈を返した。
「おめでとうございます。私のことはシルフィと呼んでください。執事は私達使用人を統括する存在です。何でも申し付けてください。以後よろしくお願いします」
「メイドだからって、エッチな命令なんかしたら駄目よ?」とマリア様は言った。
「するわけないでしょうが」
「この子、クールぶってるけど、かなりドジッ子メイドだからね。まぁそこも可愛いからいいんだけど」
「……お嬢様。私のどこがドジッ子メイドなのですか? 全く……変な情報をセバスさんに吹き込まないでください。それでは、私は夕飯の支度があるのでこれで」
シルフィさんはひらりと紺色のスカート翻し、華麗に立ち去ろうとした。しかし僕達の目の前を通り過ぎようとした時、段差どころか皺ひとつないカーペットの上で、シルフィさんはつま先ががっと地面に突っかかり、転びそうになった。反射的に僕は腕を伸ばした。
「大丈夫ですか?」
シルフィさんがこける寸前で抱きかかえてやると、シルフィさんはとても恥ずかしそうな顔で、「大丈夫ですっ! こけてなんかいません!」と逃げるように去っていった。
「ね? 可愛いでしょ?」
「そうですね。なんだか思ってたよりも、早く仲良くなれそうです」
シルフィさんが去った後は、厨房を案内してもらい、そこで僕はこの屋敷で仕えるもう一人の使用人に出会った。
真っ黒なコック帽に、真っ黒なコックコートを身にまとう、身長180㎝を超える巨大な男だった。縦長の四角張った頭と、顔の手術後らしき縫い目が、どうみてもフランケンシュタインを彷彿させる。
「この屋敷の専属シェフである、フランケン・アインシュタインよ」
マリア様はそう言って、僕に紹介してくれた。
「はじめまして。本日からこの屋敷で執事として勤めます。セバスとお呼びください」
そう言って礼をすると、フランケンさんもぺこりと会釈を返し、「フランケンとお呼びください」と言って、にやりと笑った。その笑顔は、見る者の背筋を凍らせる不気味な笑みだったが、悪意は感じなかった。
「見た目は怖いけど、心優しき料理人よ」
「そうなんですね」
調理場の壁には、一面に大小様々な包丁が飾られていた。中華包丁、牛刀、サーモンナイフ、麺切包丁など、切れ味の良さそうな包丁が鈍い輝きを放っている。
「私はね、趣味が包丁集めなんですよ。いい包丁を見るとね、つい試し切りがしたくなるんです。それはもう近くにあるものを、手当たり次第何でも切っちゃいたくなるんですよ。この気持ち、わかりますかね?」
フランケンさんは鍋をかき混ぜながらそう言った。その風貌でそんなこと言われると、正直恐怖を感じてしまうのだが。
「そうなんですね。何か没頭できる趣味を持つというのは良いことです」
包丁集めがいい趣味をしているとは到底思えなかったが、僕はそう返した。
「セバスさんの趣味は何かあるんですか?」とフランケンさんは尋ねた。
「僕の趣味は……そうですね。執事という仕事そのものが趣味のようなものですかね。あとは読書するくらいですね」
「何そのつまんない趣味」とマリア様は言った。
「マリア様には何かご趣味はあるのですか?」と僕は尋ねたが、その言葉の裏には、「そう言うからには、さぞ趣味のいい趣味を持っているんだろうな」という気持ちがこめてあった。
「私の趣味はね。交換留学生のふりをして、大学に紛れ込むことよ」
さも堂々と、マリア様はそう言った。
「ちょっと意味がわかりませんよ。ねぇ、フランケンさん」
「そんな同意を求められても……」とフランケンさんは困った表情をした。
「私の趣味にいちゃもんつけるとはいい度胸ね。結構楽しいのよ。意味不明な日本語が書かれたTシャツを着て、大学構内をうろつくのよ。そしたら、英語を勉強してる学生にちやほやされるのよ。主にさえない男子学生が多いけどね」
「まぁ趣味は人それぞれですからね。ちなみにこのお屋敷のみなさんの趣味は何なんですか?」
僕はこの際に、屋敷のみなさまの趣味を聞いておくのがいいと思った。会話のきっかけになるし、これから共に生活する上でそう言った事を知っていくのは大事なことだ。
「そうね、父さんは酒が好きね。母さんは大丸あたりでいつも買い物したり、友達とお茶したりしてるわね。長男のケントは、ホームズ探偵クラブとかサルベージ調査団だとか、胡散臭い組織の人とよく一緒にいるわ。次女のエマは、学校帰りによく三宮界隈をうろうろしてるし、一番下のサクラは、だいたい六甲山の森を駆けまわってるわね」
マリア様の説明を受け、ひっかかるというか、ツッコミたい点がいくつかあった。
「何だか、色々と質問してみたいことが増えたのですが」と尋ねたが、「気になることがあるなら、本人たちに直接聞きなさい」とこれ以上の質問は受け付けられなかった。
「もう夕飯もできあがりましたので、ダイニングホールへどうぞ」とフランケンさんは寸胴の中身を混ぜながら言った。
「でしたら、僕が運ばせてもらいますよ」
僕がそう申し出ると、マリア様は僕の肩を持って引き留めた。
「今日は執事就任祝いという事で、ゆっくりしときなさいよ」
「そういうわけにはいきません。執事がのんびりくつろぐなんて、そっちの方が苦痛です」
「むぅ……そこまで言うならいいけど」
しぶしぶと言った表情で、マリア様はダイニングホールの方へと向かっていった。
「フランケンさん、今日少しわけあってニジマスを釣ってきたのですが、よければ調理してもらえませんか」
クーラーボックスのニジマスを見せると、フランケンさんは少し驚いた表情を見せた。
「おぉ! 虹色マスもいるじゃないですか」
「さすが、フランケンさんは御存じでしたか」
「そうですね、今日の夕飯はもう用意してありますので、今度また私の方で調理させてもらってもよろしいですか?」
「お願いしてもよろしいでしょうか。ありがとうございます」と僕はクーラーボックスごと預けることにした。
ダイニングホールの前では、長女のマリア様と次女のエマ様が何やら話していた。
「マリア様、先ほどはありがとうございました。それにエマ様も、ご主人様の居場所を教えていただき助かりました」
そう言うと、エマ様は少し恥ずかしそうに、「……別に、大したことじゃない」と言った。それから姉のマリア様のほうに目をやり「二人は、さっき何してたの?」と尋ねた。
マリア様は悪い笑みをこちらに向けた後、エマ様に耳打ちするように言った。
「この執事くんとはね……、もうそれは言葉で言えないくらい、すっごいエッチな事をしてたのよ。彼の……はすっごく大きくて、勇ましいものを無理やり私に……して、目に涙を浮かべる私に強引に……」
それを聞いたエマ様は、僕に最大限の蔑んだ目を向けて、「……最低」と呟いた。
「ちょっと待って! 違いますよ!」と否定したものの、エマ様はダイニングホールの中へ駆けて行ってしまった。
残ったのは僕とマリア様の二人だけである。
「ちょっと、勘弁してくれよ」
「あら、怒った?」とマリアは意地悪く笑った。
「執事さんは可愛い妹たちの方が好みかしら? エマは高校生だからぎりぎりセーフとしても、サクラはまだ未就学児だからロリコンになっちゃうわよ?」
「そういう事じゃないって。僕の印象悪くしないでください」
「ごめん、ごめん。ほら、かっかしないでご飯食べましょう」とマリアは、ダイニングホールに入るよう僕の背中を押した。
ダイニングホールに豪華な夕食が並ぶとともに、ドラクリヤファミリーの家族全員が着席した。十数名くらいは余裕で入れるダイニングホールには、真ん中に大きな机が置いてあり、中央奥にヴラド伯爵、その傍に奥様の撫子様、隣りに長男のケント様、対面に長女のマリア様、その隣が次女のエマ様、さらに隣が三女のサクラ様の席であった。
「みな揃ったな。夕食前に、一つ報告がある。みなには言ってなかったのだが、本日から執事を雇うことにした。自己紹介をしてくれ」
「セシルと申します。執事として御仕えさせてもらいます。よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
顔を上げると、奥様の撫子様はじっとこちらを見定めるように見つめ、マリア様はにこにこと笑っており、エマ様は警戒するような視線を向け、ケント様は一度視線をこちらにむけた後、興味がなさそうに視線を外した。
そして三女のサクラ様は、「やったー!」と大喜びで駆けてきて、僕の身体にしがみ付いてきた。見た目は五歳くらいで、ミルクティーのような髪を三つ編みに結んだ少女であった。
「こらこら、嬉しいのはわかるが、今は大人しく座っていなさい」
ご主人様に注意され、サクラ様は「はーい。」と席に戻っていった。
「彼を執事として雇う件で、何か異論があるものはいるか?」
ご主人様であるヴラド伯爵の言葉に、長男のケント様と次女のエマ様が挙手した。
「エマ、何だね?」
「……私はこの執事を雇うのは反対」
これはきっとマリア様のせいだろう。恨みのこもった目でマリア様を見たが、マリア様はにやにやとこちらを眺めていた。
「その理由は?」とご主人様が尋ねると、「……生理的に無理」とエマ様は言った。正直かなり胸が傷ついた。
「うーむ、そうは言ってもだなぁ。そんな理由で解雇はできん。ちなみにケントは、何だね?」
「俺は執事を雇うことそれ自体に異論はない。しかし、彼が本当に有能かどうか判断したい」
「ふむ。彼は私の要望に対し、スピーディーに解決した。彼の有能さには私が保証しよう」とご主人様は言った。
「しかし、住み込みで家族と生活を共にする以上、家族全員から彼が有能だと認められる必要があるのでは?」とケント様も引かなかった。
確かに、ケント様の言う事にも一理ある。
「わかりました。ぜひとも皆様に認めていただけるように尽力したいと思います」
「セバス、君はそれでいいのか?」
「はい。ケント様の言う通り、家族のみなさまに認められなければ、やはり執事としては失格です。ご家族全員に認められた時こそ、正式にこのドラクリヤ邸の執事として雇われるということで僕は構いません。」
エマ様が認めてくれるかについては、正直不安しかなかった。しかし、どのみち執事としては、家族のみなさまに認められる必要がある。
「そうか。では、セバスがこの屋敷に住み込みで働き始めるまで、まだ数週間の期間がある。その間に、家族たちからの要望を叶え、みなから認められるように頑張ってくれ」
「はい。かしこまりました」
「みな、それで異論はないか?」
今度は誰も異を唱える物はいなかった。
「それでは、夕食にしよう。セバスはケントの隣に座ってくれ」
先ほど、執事の雇用に関して異を唱えたケント様の隣に座るのは、いささか緊張するが指示に従うしかない。
「はい。ケント様、お隣失礼します」
「そんな気を遣うな。さっきの事だが、別に俺もあんたを嫌って言ったわけじゃない。ただそうした方が正しいと判断したから言ったまでだ」
「もちろんです。皆様から信頼を得るための機会を頂けて、むしろ感謝をしますよ」
「まぁ、がんばってくれ」
ケント様は特に気にする様子なく、そう言って早速食事に手を付け始めた。フランケンさんの作った食事はどれも美味であったが、これからご家族のご要望に応えて信頼を勝ち得なければと思うと、呑気に味わっている余裕はなかった。
この日から僕は、家族のみなさまのご要望に応えるため、神戸界隈を東奔西走し、奇奇怪怪な人物たちと出会い、まさに文字通り命を賭けて働くことになる。
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