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二学期 六章 文化祭

037 自分が選ぶもの――選びたいもの

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 照明の熱と観客たちの熱気に汗だくになりながら、大きな拍手を受けてステージを降りる。体育館の裏口から外に抜け、新鮮な空気を肺に吸い込む。

「いやー、なかなか盛り上がったな。」

 バンド演奏を終えた俺たちサッカー部面々は、充実感に包まれ、楽器を抱えたまま温かな陽光を受ける中庭の芝生に座り込んだ。周囲は生命力あふれる芝の青い香りが立ち込めている。

「すごく楽しかったです!」

 ちろるは興奮冷めやまぬ様子で言った。汗で前髪がぺたっと張り付いている。どうやら全力を出し切れたようだ。ちろるはとてもよく声が出ていて、体育館にキュートかつ、ポップでロックに響いていた。

「ちろるの歌もよかったが、俺たちの演奏もなかなか上手くいったんじゃないか?」

 池上は芝生に寝そべりながら、同意を求めた。それに対し、剛田が深く頷いた。

「あぁ、確かになかなかいい演奏だった。」

 剛田の力強いドラムに、池上の一定の安定したベースのリズムが重なる。そこに俺の弾くギターと月山の奏でるエレクトーンの音が合わさる。個々の演奏の拙い部分はあるが、調和のとれた演奏であったといえる。

「そうだな……いい文化祭だったな。」

 芝生に横になっていると、ほどなく穏やかな眠気に襲われた。何とも言えない多幸感に包まれる。これほど心地よい居眠りは久しぶりかもしれない。

「……ん。あっ……、やば……寝てた。」

 ふと目を開けると、頭上にあったはずの青空はオレンジ色へと変わっていた。そのオレンジ色の空をバックに、ちろるの顔があった。

「目が覚めましたか?」

「あれ……ちろるんだ。」

 この位置関係と頭の後ろにある柔らかな感触から察するに、どうやらひざ枕をされているらしい。相変わらず健気というか、なんというか。

「ぐっすりでしたね~。起こそうかと迷ったのですが、あまりに熟睡してましたので。」

「そっか……。ありがとう。」

 寝起きのぼやけた脳に、ようやく鮮明さが戻ってきた。膝枕してもらっていた事に礼をいい、身体を起こす。

「サッカー部の部長で、次期生徒会のメンバーで、文化祭も大忙しで、ギターの演奏もきっちり練習して、大変でしたよね。」

 ちろるは最大限の労いの言葉をかけながら、何ともくすぐったい言葉を続ける。

「しれっとこなしちゃってるから、みんな気づかないけど……、多くのことを同時にこなして、全部上手くやるなんて……普通はできないですよ。本当は大変な仕事なのに、それを表に出さないのが、先輩のすごいところです。」

「いや、全然そんなことないよ。」

 けっこう弱音をすぐ言ってしまうし、部活と生徒会と受験勉強を完璧にこなす姉貴と比べると、何も褒められたものではない。

 サッカーも、生徒会も、バンドも、特別な想いをもってするのではなく、何となく流されて始めたことばかり。そして“やりたい”よりも、“やらなければ”という想いでこなしているものが多い。

 そんな中途半端な自分が、自分で選ぶもの――選びたいものを、最近ようやく意識し始めた。

 ちろるの顔をじっと見つめる。秋の穏やかな夕風に、彼女の柔らかな髪がそよそよと揺れている。

「……?」

 ちろるは俺にじっと見つめられ、頭上にはてなマークを浮かべながら、少しそわそわと落ち着かないような表情を見せた。

――俺が選ぶもの。

 ――俺が選びたいもの。

 ふと腕についている黄色の腕章が目についた。

「あっ、記録の腕章つけたままだったステージ上がってたのか……。午前中に各クラスの写真とかは一通り全部撮ったけど、もう少し写真撮りたかったな。」

「まぁまぁ、まだ文化祭は後夜祭もありますよ。」

「あぁ、そうだな。」

「あの……先輩……。」

 ちろるは少し強張った表情で、もじもじと切り出した。

「その……よかったら何ですけど……、後夜祭……先輩はお時間があるのですかね……。何というか……私と一緒に過ごしたり……」

 少しぎこちない申し出だが、ようするに後夜祭を一緒に過ごしたいという事だろう。

「うん、そうだな。生徒会の仕事があるかもだけど、それ以外は多分大丈夫だ。」

「ほんとですかっ!? やったー!」

 ちろるの花開くような笑顔とともに、風に乗って金木犀の香りが鼻孔をかすめた。
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