上 下
108 / 121
二学期 五章 文化祭準備

028 本当の夢って……

しおりを挟む
言葉先輩のいる部屋を遠慮がちにノックする。照明がついているから、きっとまだ中にいるはずだ。

 しばらくの間の後、ゆっくりと扉は開かれた。

「……弟くん。」

 ドアが完全に開かれたところで、俺はまず最初に謝罪の言葉を告げようとした。

「さっきはすみませんでした!」
「さっきはごめんなさい!」

「……えっ?」

 顔を上げると、言葉先輩は深々と頭を下げていた。どうやら、シンクロしてお互いに謝罪をしたらしい。

「あの……言葉先輩?」

「さっきは取り乱しちゃってごめんね。弟くんは悪くないのに……」

 言葉先輩はそう言って、非常に申し訳なさげに顔を上げた。

「いえ、こちらこそ……勝手にノートを読んでしまって、すみませんでした。」

「ううん。それはもういいのだけど、あのさ……ノートの事は内緒にしててほしいんだけど。」

 ノートの事――つまりは言葉先輩の夢の事だろう。

「言葉先輩が、小説家を目指してることをですか?」

「やめてっ……! 言葉にしないでっ……!」

 すごい恥ずかしがりようである。そこまで気にする事だろうか。

「わかりました。誰にも言いません。」

「本当にほんと……?」

 言葉先輩は、涙目で小首をかしげて確認してくる。こんな時に低俗なことを考えるのは不謹慎だが、普段のお姉さんらしさとのギャップ萌えで、思わずハグしてやりたい可愛さである。

「それにしても、言葉先輩はお家の仕事を継ぐ予定だって、前に進路の話をした時に言ってましたよね。」

 言葉先輩は某全国チェーンの本屋さんの社長令嬢である。大学卒業後は、会社を継ぐ予定だとか言っていたはずだ。

「うん……その予定だけど……、いつか自分の書いた本が……書店に並んだらいいなって。あぁっ……もう無理、この話恥ずかしい! もういやだ~!///」

「何をそんな恥ずかしがるんですか! ぜひどんな話書いてるのか読ませてくださいよ。」

「それ、ほんとうに嫌だ! 無理! 絶対いや!」

「えぇっ? いいじゃないですか。減るものじゃあるまいし。」

「減るよっ! 私のSAN値が大きく削られるの! 全く顔の知らない人ならともかく、私のこと知ってる人に読まれるなんて絶対無理! それくらいなら弟くんに裸を見られた方がまし!」

 もちろん言葉先輩がどんな小説を書いてるのか気になるが、彼女の裸を見られるならぜひそちらを見たい……なんて言うと本気で軽蔑されるだろう。

 言葉先輩が変なことを言うから、つい変な妄想をしてしまった。

「……ともかく、俺は言葉先輩の夢を応援します!」

「応援しなくていいので、そっとしていてほしいの! むぅ~! 私だけずるいよ。弟くんの夢も教えてよ!」

 言葉先輩は頬をぷくりと膨らまして、俺に詰め寄ってきた。

「そんな子供っぽいこと言われても……。」

「何かあるでしょ? 弟くんの将来なりたいものとか。」

「いや、まぁ前までは……安定した仕事について、優しい人と結婚して、それなりに幸せな家庭をもつことが夢だとか思ってたんですけど……。」

 ほどほどの幸せが手に入ればいいと思っていた。ほどほどに学業も、恋愛も、部活も、友達付き合いも、全部適当にこなし――ある程度幸せな人生を全うする。

 その認識は決して間違っているものではない。

 しかし、それとは別に、特別な何か――熱い情熱を捧げられる夢。自分もそんな何かが欲しいと思った。

「周囲に夢を持った人を見たり、熱い想いで青春を謳歌する人を見たりして、何だか羨ましいなって……だから、今はまだ……目の前の事に一生懸命やるしかできないですけど、自分も将来的に何をしたいのか、何になりたいか考えてる最中なんです。」

 言葉先輩は「……そっかぁ。」とやや目じりを下げながら言った。

「っじゃあ、弟くんにとっての夢も、見つかったら教えてね。」

「はい。わかりました。」

 言葉先輩と約束をし、帰宅後は自室でぼんやりと物思いに耽っていた。

 夢を夢だと認識するのはいつなのだろうか。

 何か認識するきっかけがあるのだろうか。

 それとも知らないうちに、気が付けば夢になっているのだろうか。

 小さな目標をたてるのは得意だ。現実思考な自分は、堅実的にしか生きてこなかった自分は、安定的で実現可能で、普通なことしか考えない。

 だからこそ――夢という実現可能かわからない、未知数な大きなものを掲げることが苦手なのかもしれない。

「難しく考え過ぎだろうか……。」

 ふと机の上に置いてある、まだ真新しい一眼レフのカメラが目に入った。

 将来の夢――体育祭後の神崎さんの言葉が頭を過る。

“雪くんは将来、写真家になるのかな?”

「写真家……。いやいやいや……。」

 頭に引っかかってはいたものの、考えないようにしていたのかもしれない。

 そうだ、無意識的に――しかしどこか意図的に。

 夢を持つのは難しい。夢を持つ人に憧れる。

 そんな言葉を並べながら、俺は夢に向き合う自信が持てなかったのだろう。自信をもってこれが俺の夢だと――正面から向き合うことから逃げているだけかもしれない。

「俺にも……夢はあるかもしれない。これが本当の夢になるかもしれない。」

 間接照明の光を浴び、鈍く光るシルバーのまだ真新しいカメラを俺はもう一度じっと見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです

卯ノ花
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

処理中です...