上 下
16 / 121
一学期 三章 球技大会の幕開け

016 ちろるは、自分が恋に落ちた思い出にふける。

しおりを挟む
 翌日の球技大会の日、空はからっと晴れた晴天であった。しかし、テニスの試合にも若干の影響を与えそうなくらいの風が吹いており、体感温度はかなり涼し気だ。

 球技大会の良い点は、教科書をほぼ何も持ってこなくてもいいということだ。そして登校も普段はジャージ登校は禁止されているが、今日に限りジャージで登校しても構わないことになっている。

 開会式での準備体操、体育委員の選手宣誓、実行委員のルール説明が終わり、いよいよ球技大会が始まろうとしていた。

 そしてその様子を、校舎の一年生教室の窓から、授業そっちのけで、じっと眺めている少女の姿がある。一つの下の後輩であり、サッカー部マネジの桜木ちろるである。

“早く休み時間にならないかな……。先輩の試合近くでみたいなぁ。”

 青葉たち二年生の球技大会の様子を、一年教室の窓から桜木ちろるは眺めていた。

 教壇では、現代文の授業が行われているが、無論全く耳に入らず、ちろるの視線は現在片思い中の青葉一人へと釘付けになっていた。

 気だるそうに準備体操をする青葉を眺めながら、ちろるは彼と出会った頃の思い出にふけった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 初めて出会ったのは、小学校の五年生の時だった。いや、それより前から出会ってはいたのかもしれないけど、初めて会話をしたのがこの時だ。

 休み時間に、外で友達と鬼ごっこをしていたとき、突如サッカーボールが飛んできて、私の後頭部にクリーンヒットした。

「いったー!!誰の仕業っ!?」

 ボールのぶつかったところを手で押さえながら振り向くと、自分と同じくらいの背の男子が立っていた。

「ごめんよ。大丈夫?」

 見慣れない顔、うちの学年の男子じゃない。ということは、上級生だろうか。

「…………。」

「大丈夫?どこあたった?」

 その男の子は、私の頭に手をそっとあて、「痛いとこないか?」とさすってくれた。

「だっ大丈夫ですよっ!……下手くそ!」
「えぇ!蹴ったの俺じゃないんだけどっ!」

 男の子に頭をなでられた恥ずかしさに耐え切れず、私は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。

 それ以来、その男の子との接点はなかった。六年生の卒業式に、在校生代表として出席した時に顔を見たくらいだ。髪型をばっちり整えられていて、子供用スーツを着せられているのが、少し不格好で可愛かった。

 私は小学校を卒業し、地元の中学に入学した。中学では軟式テニス部に入部し、しばらくは素振りと走り込み、球ひろいなどの雑用をする日々が続いていた。

「ちろるん!今日からコートの端っこでだったら、ボール打ってもいいってさ!一緒にやろう!」

 私と同じくテニス初心者の友達と、対面でラリーをすることになった。お互いボールを打つのは、これがほぼ初めてだ。

「いくよ~!」

 初心者同士でのラリーなんて、そう続かない。だいたいネットにかかるか、ホームランを打ってしまうかのどちらかである。

「いくよ~!あっ、ごめ~ん!!」
「ちょっと、どこ打ってるの!?」

 テニス部の練習コートは緑色の防球ネットで囲われている。しかし、相手の子が打った球は、防球ネットを大きく超えて、すぐ傍で練習しているサッカー部の方へと跳んでいった。

「あっ、そこの人!あぶな~い!」

 私の呼びかけむなしく、空高く上がったテニスボールは、サッカー部らしき男の人の頭に“パコーンッ”と見事な音をたてて命中した。

「いっててて……。」
「すみません!大丈夫ですか!?」

「あぁ……大丈夫だよ。」

 男の人は、私が少し見上げるくらいに大きかった。

“あれ……少し声が低いけど、どこか懐かしいような、聞いたことのある声だ。”

「なにぼーっとしてんの?ほら……。」

 男の人は、地面に転がるテニスボールを拾って手渡してきた。その人の顔を見て、私は思わず驚きの声をあげてしまった。

「あっ!?」

 私が小学校でサッカーボールをぶつけられた時に出会った、その男の子だった。

「ん……?どうした?」
「えっ……!いやっ!何でもないです!」

 動揺を隠しきれず、私は慌てて男の人からテニスボールを受け取った。

「そうか。ここまで飛ばしてくるとか、さては、テニス下手くそだな。」
「はぁっ!?打ったの私じゃないですよ!」

「そっか。ははっ、ごめんよ。まぁお互いがんばろうな。」

 その時の笑顔が目に焼き付いて、しばらくは頭から離れなかった。

 あれ以来、ボールを取りに行く際のちょっとした会話が嬉しかった。気づいたら、あの人の横顔を追っていた。

 いつから好きになっていたかなんてわからない。好きになった理由が何って聞かれても、きっとこれが理由なんだって言いきれるようなものはない。そんな簡単に言いきれる程度の気持ちなら、こんなに胸がドキドキしたり、不安になったりなんてしないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです

卯ノ花
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話

アニラジロデオ ~夜中に声優ラジオなんて聴いてないでさっさと寝な!

坪庭 芝特訓
恋愛
 女子高生の零児(れいじ 黒髪アーモンドアイの方)と響季(ひびき 茶髪眼鏡の方)は、深夜の声優ラジオ界隈で暗躍するネタ職人。  零児は「ネタコーナーさえあればどんなラジオ番組にも現れ、オモシロネタを放り込む」、響季は「ノベルティグッズさえ貰えればどんなラジオ番組にもメールを送る」というスタンスでそれぞれネタを送ってきた。  接点のなかった二人だが、ある日零児が献結 (※10代の子限定の献血)ルームでラジオ番組のノベルティグッズを手にしているところを響季が見つける。  零児が同じネタ職人ではないかと勘付いた響季は、献結ルームの職員さん、看護師さん達の力も借り、なんとかしてその証拠を掴みたい、彼女のラジオネームを知りたいと奔走する。 ここから第四部その2⇒いつしか響季のことを本気で好きになっていた零児は、その熱に浮かされ彼女の核とも言える面白さを失いつつあった。  それに気付き、零児の元から走り去った響季。  そして突如舞い込む百合営業声優の入籍話と、みんな大好きプリント自習。  プリントを5分でやっつけた響季は零児とのことを柿内君に相談するが、いつしか話は今や親友となった二人の出会いと柿内君の過去のこと、更に零児と響季の実験の日々の話へと続く。  一学年上の生徒相手に、お笑い営業をしていた少女。  夜の街で、大人相手に育った少年。  危うい少女達の告白百人組手、からのKissing図書館デート。  その少女達は今や心が離れていた。  ってそんな話どうでもいいから彼女達の仲を修復する解決策を!  そうだVogue対決だ!  勝った方には当選したけど全く行く気のしない献結啓蒙ライブのチケットをプレゼント!  ひゃだ!それってとってもいいアイデア!  そんな感じでギャルパイセンと先生達を巻き込み、ハイスクールがダンスフロアに。 R15指定ですが、高濃度百合分補給のためにたまにそういうのが出るよというレベル、かつ欠番扱いです。 読み飛ばしてもらっても大丈夫です。 検索用キーワード 百合ん百合ん女子高生/よくわかる献血/ハガキ職人講座/ラジオと献血/百合声優の結婚報告/プリント自習/処世術としてのオネエキャラ/告白タイム/ギャルゲー収録直後の声優コメント/雑誌じゃない方のVOGUE/若者の缶コーヒー離れ

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

処理中です...