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新たな始まり
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しおりを挟むディルバインは一気に攻めてくるタイプではなかった。
その代わり、的確に攻撃を当ててくる。
反撃を試みても、その時にはこっちの射程から離脱している。
所謂、ヒットアンドアウェイって奴だ。
貧弱過ぎてHPがゴリゴリ削れていっているが、まだ有難い。
おかげで俺にも可能性があるし、一気に来られたら多分瞬殺される。
「さっきまでの威勢はどうしたんだ? 一撃も当たってないぞ?」
「なら避けるんじゃねぇよ」
「それは出来ない相談だな」
何度目かの攻防の後、バックステップで距離を空けたディルバインが煽ってくる。
雑に返すと、ニヤけた笑みを浮かべた。
油断こそしてないが、かなり余裕が出て来てるな。
もう俺のHPは三割も無い。
仕掛けるならここだ。
大丈夫、きっと上手く行く。
ナイフを持っていない空の左手で空中を突く。
そこに、仮想ウインドウが現れた。
素早く指を動かして、操作する。
魔法特化型の俺がこいつに勝つには、魔法を使うしかない。
そしてそれには、いくつかの賭けに勝つ必要がある。
一つ、まだ確認していないスキルリストに魔法スキルが存在している。
二つ、戦闘中にスキルの取得の操作を行う。
三つ、そのスキルが現状を打破する効果を持っている。
「なっ――させるか!」
戦闘中にウインドウを開いてスキルを取得するなんて悠長なこと、普通は出来ない。
させてくれないだろう。
案の定、それを見たディルバインは姿勢を低くして突っ込んで来た。
その顔目掛けて、仮想ウインドウを飛ばしてやる。
「なっ!」
「隙ありだ!」
「ちっ――!」
文字やらが書かれた半透明の板が顔面に迫って、ディルバインが一瞬怯んだ。
その顔目掛けてナイフを突きだす。
ディルバインは咄嗟に回避に切り替えたらしく、物凄い勢いで飛び退った。
そうだろうな。
PK大好きな奴が、βテスト情報交換スレに書いてあったあの情報を把握してない筈がない。
このゲームでは、急所に攻撃をもらうと防御力を無視した致命的なダメージを受ける。
プレイヤーで言うと、頭、首、胸。
だからこいつは、必死に避けた。
今まで通り、後ろに。咄嗟だったからか、思い切り離れてくれた。
今前に来られてたら死んでたな。
だけどあいつは来なかった。
そして俺もそれに賭けた。
賭けに挑む為に賭けるなんて、とち狂ってるぜ。
突き出したナイフなんて投げ捨てて、伸ばした指は仮想ウインドウを突く。
もうスキルリストは開いてある。
後はスキルを取得するだけだ。
「お前、最初からそのつもりで!」
「くそ、選んでる暇が無い!」
流石に切り替えが早い。
ディルバインの奴、もうこっちに駆け出そうとしてやがる。
取得可能スキルは――多くない。
全て消費ポイントは1。
この中から魔法スキルを取得する。
一つ一つ確認してる余裕は無い。
名前だけで、判断するしかない。
って、なんでこのスキルがこんなところに?
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
俺は、何故か見覚えのある名前のスキルをタップした。
確認画面がもどかしい。
はいに決まってるだろくそったれ!
ディルバインはもう、目の前だ。
「死ね!」
「嫌だね!」
突き出されたナイフを掌で受け止める。
痛い、が、死ぬほどのダメージじゃあない。
ナイフに貫かれたまま、俺の意地とStrの全てを込めて、ディルバインの右手を全力で握り締める。
そして、魔法の使用に意識を集中する。
視界の隅に詠唱バーが出現した。
仕様では、俺の頭上にも同じものが出現している筈だ。
「くそ、離せ!」
慌てたように放たれた左拳が俺に届く寸前、バーが溜まった。
「雷撃散弾!」
「ぐあっ!?」
スキル名を叫ぶ。
俺の左手がディルバインの右手を握っていたせいか、その部分を中心に電撃のエフェクトが宙に散る。
レベル1なせいか、そこまで派手ではない。
とりあえず一撃入れてやった。
しかしHPは三割程しか減っていない。
やべぇ!!
すかさず手を離して距離を取る。
……怒って向かって来るかと思ったが、来ない。
「くそ、が! 動けねぇ……!」
それどころか、跪いたまま起き上がろうとしない。
良く見ると、ディルバインの全身をビリビリしてそうな黄色いエフェクトが奔っている。
もしかしてこれ、麻痺か?
「弱っちいと思ったら、魔法型かよ。してやられたぜ、まったく……」
「今初めて取ったからな。ぶっちゃけ賭けだったよ」
「はっ、大した度胸だぜ。今回は、オレの負けにしといてやるよ」
「そりゃどうも」
どこか満足そうなディルバインに、雷撃散弾をもう三発撃ちこんでトドメを刺した。
レベルアップを告げるエフェクトが、宙を華麗に舞う。
もうSPが空っぽだ。
HPもほとんど無い。
けど、勝った。
土壇場で麻痺にするようなスキルを取得出来て、良かった。
単純に運で済ませていいかは、分からないが。
ディルバインの身体は消えていった。
蘇生の猶予があった筈だが、キャンセルしてさっさと帰ったようだ。
また会うこともあるかもしれない。
ちなみに、攻撃を仕掛けてきた時点でディルバインのアイコンはオレンジに。
俺に攻撃を当てた瞬間から赤に切り替わった。
アイコンがオレンジや赤の相手を倒しても、俺にペナルティはない。
……はぁ、疲れた。
色々考えることはあるが、今は後回しだ。
どっかりと座りこんで、初心者用ポーションを取り出す。
「ゼノ! やったじゃない!」
「おう、なんとかな。瀕死だけど」
「ほんとね。でも、それなりにかっこよかったわよ」
「お、おう」
少し上に避難していたルインが降りてきた。
こいつに褒められるとなんかむず痒いな。
ボロボロなのを馬鹿にさせると思ったのは、心の中で謝っておこう。すまん。
初心者用ポーションを煽っていると、シュシュが駆け寄ってきた。
そういえば、この子を庇って戦ったんだっけ。
必死になり過ぎてちょっと忘れてた。
「ゼノさん!」
「おー、無事だったか?」
「うん、ゼノさんのお蔭で怪我一つ無いよ!」
シュシュは、クルッと回って見せる。
多分怪我とかはシステム的に無いと思うんだよな。
貫かれた掌も、なんともないし。
「シュシュ、とりあえず街まで急ごう。ここだとまたいつ狙われるか分からないからな」
「えっ、でも、これ以上迷惑を掛けるのも悪いんじゃ」
「大丈夫大丈夫。最悪身代りくらいは出来る」
「そうそう、盾を拾ったくらいのつもりでいたらいいのよ」
初心者用ポーションを何本も飲んだお陰でHPは満タンだ。
SPはまだ全然足りないが、移動してても少しは回復する。
ルインの物言いはあれだが、今否定する必要も無い。
まったく、後で覚えとけよ。
「ゼノさん、ルインさん……ありがとう!」
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