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第3章

5. 若い者に任せろ的な

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「あーあー」
 吊り橋と一緒に数人の武官が河に落ち、朱璃が気の毒そうに手を合わせた。
「まだ死んでないから、っていうかこの位じゃ死なないから」
 思わず言い訳をしてしまった桃弥だった。ちょっと罪悪感。

「先生のあほー」
 ぶつけようのないもどかしさ、大声を出すしかなかった。
 朱璃の声が届いたのか、向こう岸では莉己がにこやかに手を振り、景雪が早く行けと左手を一振りした。
 そして、まだ残っている武官達に追われるよう森の中へ消えて行った。

 全て計画通りに事が運んだのだろう。それは桜雅と桃弥の表情からも読み取れた。
「私がっ、足手まといになったばっかりに……すみません」

 桜雅が頭を下げる朱璃の肩を叩き、顔を上げさせた。
「お前が責任を感じる事はない」

「そうそう、俺の方こそ情けないんだからさ。結局のところ1番役に立ててないし」
 桃弥もがっくしと肩を落としていた。朱璃と違って、囮になったり先陣をきったりする実力は十分備わっている。なのに残されていくのは、桜雅の護衛のためだけではない。自分もまた守られているのだ。兄達に。
 こんな形で愛情を、感じるなんて……。やはり、敵わない。心の中でため息をつく桃弥であった。

 桜雅もまた、自分の不甲斐なさを痛感していた。たった半日の間に4人の仲間が自分を護るために次々といなくなった。
 もちろん、彼らの無事は心から信じているが、何があるか分からない。本来なら朝廷の中心になっていてもおかしくない優秀な彼らが、自分を護ろうとしてくれている意味。自分はそれに見合った人間なのだろうか。

 それぞれの理由で無口になった3人だったが、朱璃がその沈黙を破った。
 桜雅と桃弥の顔を覗き込む。
「2人とも落ち込んでるん? あ~桃弥泣いてる?」
「お前こそっ、保護者が誰も居なくなって寂しいんだろっ」
「別に」
「半泣きになっていたクセに」
「あれは、舌噛んで痛かっただけや」

 残された3人は分かっていた。落ち込んでいる場合じゃない。そんな時間はないのだ。気持ちを切り替え、前を見る。今出来ることをするだけだ。

「2人がいるから大丈夫。それに、拳骨げんこつに怯えなくて済む」
「小言を言われることもない」
「ああ、たまにはいいかもな」
  3人に少し笑顔が戻った。

「朱璃、足を見せてみろ」
 桜雅が返事を待たず、近くの岩に朱璃を座らせると靴を脱がせた。
「昨日より腫れているじゃないか。無理をするからだ」
「そんなに痛くないんやって。それよか桜雅もさっきけがしてたやろ」
 かなり際どい所を、剣が通りひやっとしたのだ。
「かすっただけだ」
「へへーだっせー」
「お前も、手」
  朱璃が桃弥の手を掴み広げさせると、皮がめくれ出血していた。
「いやーあの縄、頑丈でさー。まじ焦ったぜ。簡単に橋落とせって言うなよなー」
 桃弥がぶつぶつ文句を言いだし、調子も戻って来た。

「あの2人なら何があっても大丈夫だ。俺たちは俺たちのすべきことをするまでだ」
「そうだな。俺たちしかいねーし」
「そうそう。桜雅と桃弥だから託していったんやって。ほらっ こっちの世界でもこう言うんやろ。
 子のため思うなら財産残さず借金残せって」

 桜雅と桃弥が微妙な表情をした。
「なんかちょっと違う?」

「……いや、もしかして……」
 身を盾にして護られていたと思った。自分達に託し、彼らは……と思ったが、もし2人が逃げずにあのまま捕まったら……。すぐに殺されることは無いだろう。おそらく王都まで護送されるはずだ。
 寝ていても嫌でも目的地に着く。

「なぁ……」
「桃弥、みなまで言うな」
 2人だけが捕まったのは、理由があるはずだ。
 孔雀団に協力を求める必要があるからこそ、自分たちに行かせた。
 押し付けやがったな……。
 何となく朱璃のいう借金というのが合っている気がしてきた桜雅と桃弥はもう一度顔を見合わせた。

 朱璃は百面相する2人を首をかしげて見ていたが、やがて遠慮がちにいった。
「ごめん、今更なんやけど、私、何が何だかさっぱりやねん。孔雀さんの手を借りて関を超えたら、何したらええん?」
「ぷっ」
 思わず桃弥が噴き出した。
「お前っ何託されたのかわかってないのかー」
「いや、桃弥。俺たちのせいだ」
 桜雅がしゃがみ込んで、申し訳なさそうにしている朱璃の頭を撫でた。

 考えてみれば、朱璃は寝ている所を起こされ、突然の逃亡劇に巻き込まれたのである。面倒くさがりの景雪が説明するわけもなく、頼みの綱の琉晟は早い段階で別行動となっていた。
「済まなかった。誰も説明すらしてなかったんだな。一緒にいるのがあまり自然で、気が回らなかった」

「そうか、ごめん。俺もお前とはずっと一緒に居た気になってた。でもさ、よく分からないのに良くもまぁ、あれだけ一生懸命頑張れるなあー。お前、相当お人好しだろ」
 桃弥にもポンポンと頭を叩かれて、へらっと朱璃が笑った。

 自分達にの肩ほどしかない小柄な朱璃の気の抜けたような笑顔に、肩の力が抜けた。
 そして兄達から託されたものは、陰謀の解明解決の鍵のなる孔雀団との接触だけではない事に今更ながら気がついた。
 朱璃。
 あの景雪が、信じられないことだが大切にしている弟子である。
 決して無茶をするないう暗黙のメッセージか。

 桜雅は小さく笑った。朱璃が自分達の気力も体力も回復させてくれた気がした。朱璃効果すごいな。

「よし、道々説明してやるよ。それで、お前は自分の置かれた状況をしっかり把握しろ。いいな」
「はーい」
 朱璃への説明はかえって自分の頭を整理する良い機会になった。朱璃の質問は先入観がないだけに、案外鋭い所を突いてくる。お陰で思わぬ発見があったり、新たに冷静な判断が出来ることがあった。

 少し自分の考えに没頭していた桜雅が、何か物足りなくなり朱璃を見た。
「いつからだ?」
「お腹すいた 夜ごはん食べてへんのに。から10歩も歩いていないかも」
  笑いながら桃弥が答えた。

 散々おんぶを拒んだくせに……と呆れつつ、桃弥の背でスヤスヤ眠るあどけない寝顔に自然に頬が緩む。
「よく眠っている」
「ああ、疲れたんだろう。なかなかハードだったからな」

 考えてみれば、朱璃と3年ぶりの再会を果たしてから、まだ1日しか経っていない。内容が、濃すぎてもう随分前から一緒にいる気がする。

「そういや、三年前も馬で寝てたよな」
「そーそー。って俺も馬かよ」
「あはは 似たようなものだろう」
「ひでっ。あーそう言えば、琉晟が朱璃は突然、燃料がなくなったように眠ってしまうって言ってたな」

 夕食中にも何度も朱璃の様子を見に行っていた琉晟の過保護っぷりが思い出される。
 いつも寡黙に(聾唖なので当然だが)景雪の世話をしている優秀な側近なのだか、あんなオカンみたいな琉晟を初めてみた。そしてそんな様子を呆れたように見る景雪の顔も珍しいものだった。

「2人に預けてよかったな」
「ああ、久しぶりに兄上のあんな顔を見た」
 桃弥の嬉しそうな顔に桜雅は目を細めた。
「でもさーなんで朱璃の事をバクっていうんだろうな」

 朱璃の行動にアホ、ボケと酷い事をいい、挙句に拳骨。かなり厳しい師匠のようだが、朱璃をとても可愛がっているのがわかる。
  優秀すぎて人に合わせられず、振り回す方だった景雪が振り回わさているのを見るのは、ある種の感動だった。
  バクという景雪しか呼ばない愛称。2人の間にある絆は師匠愛や家族愛以上のものなのかも知れない。
色々考えていると桜雅の胸の奥がピリッと痺れた。

「どうした? そんな難しい顔して」
 バクの意味を考えるのにそこまで悲惨な顔をしなくても……。変なところで真面目だなーと桃弥は少し心配になった。

 話をそらす意味も含め、その兄のことでもうひとつ気なる事聞いてみる。
「大丈夫かな」
「……孫殿か?」
 泉李や琉晟、莉己や景雪の名が出てこないのは、彼らの実力(恐ろしさ)を知っているからだ。
「ああ。敵だとしても、ちょっと同情するかも……」
「……大丈夫だろ。たぶん」
 遠い目をする2人だった。
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