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第1章
7. 第一印象が大事
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「此処か?」
村外れの屋敷というには余りにも質素な建物を前に、桜雅は思わず隣の泉李を見る。
「琉晟の寄こした地図じゃあ、此処に間違いないんだが」
そう言う泉李も、あの景雪とどうしても結び付かない家を前に首を捻っていた。
その時、庭園といって良いのか、自然の面影を存分に残した庭の方から1人の青年が足速にやってきた。
長身でスラリとしているものの、鍛えているとしか思えない無駄ない肉体。それなのにまったく武骨な雰囲気ではなく気品があった。
彼が、景雪と呼ばれる桃弥の兄だ。朱璃が直感でそう思った瞬間、青年が桜雅達の前で膝を折った。
あれ? 違う?
「琉晟 久しいな。傷の具合はもういいのか?」
桜雅が笑顔で青年との再会を喜び、青年もゆっくり頷いて微笑んだ。彼が景雪ではないのか……と朱璃がほっと小さく息を吐いた。
「そんなに緊張しなくてもいいぞ」
少し可笑しそうに泉李が朱璃の肩を叩いて言った。
緊張している自分を面白がってるなとちょっと拗ねたくなる。
何しろ自分が此処で世話になる事、その主人は一筋縄ではいかない人物である事は、道中のやり取りで理解していたので、緊張するなと言う方が無理である。
言葉すら分からないので自己アピールしようもない。受験に備えた面接の練習なんか全く役に立たないじゃないか。
琉晟に着いて行くと、やはり自然に近い形を残した小さな庭園があり、奥の長椅子に横たわる人物が見えた。
「相変わらず、お昼寝中ですか」
「だな」
莉己と泉李の呆れた表情の中に優しさが伺え、朱璃は何となくホッとした。
起こしに行こうとする琉晟を莉己が止めた。
「時間になったら起きてくるでしょう。それまでゆっくり待たせてもらいましょう。久しぶりに琉晟の手料理が頂けるようですしね」
莉己の言葉で、食欲中枢を大いに刺激する香りが漂っている事に気付く。
「そうですっ! あれは放っておきましょう!」
桃弥が力強くそう言うと、4人の背中を押すようにして屋敷に向かった。
琉晟の料理はいつも通りどこの料亭に負けぬほど絶品で、5人の腹だけでなく心も幸せで満たしてくれた。
琉晟は4人に世話を焼かれながら食事をする子どもを不思議そうに見てはいたが、自分からは何一つ尋ねる事はしなかった。
やがて食事も終わり、まったりとしていると、莉己の言った通り庭で寝ていた青年が起きてきた。
「突然訪問してすまなかった」
桜雅が謝る。
「全くだ」
不機嫌を隠そうともせず、気怠そうに5人の前に腰を下ろした青年は、初対面の朱璃を全く無視していた。
朱璃もその近寄り難い雰囲気に圧倒され、ただただ空気になろうと頑張っていた。
「まぁ、そう怒らないで。いつもの奴持ってきましたから機嫌を直して下さい」
莉己の持ってきた茶葉を見て、景雪の表情が和らいだ。
「白銀針か。久々だな。おい 桃弥。そこの棚の2段目の茶器を持って来てくれ」
桃弥が珍しくすんなり機嫌を直した兄に内心驚きつつ、そしてどこかホッとして言われた通り席を立った。
棚の前まで行くと景雪が好きそうな白磁の蓋碗が目についた。白茶だから、白磁でいいんだよな……と考えながら扉に手を掛ける。
「あれ……?」
全く動かない扉に首を傾げ、、もう一度押したり引いたりしてみた。
「兄上……動かないんですけど」
「それに鍵は付いていない。ボケてないでサッサと取ってこい」
扉を見つめていた桃弥が、暫く考えて同じ造りの下の扉を引っ張るとすんなりと開いた。
やはり、引けばいいんだよな。ボロい棚だから建付が悪いのだろうと思い桃弥は扉を力いっぱい引っ張る事にした。
「うわっ!」
棚ごと倒れてくるまさかの事態である。
自分の後ろには桜雅と朱璃がいる。中の茶器も割れてしまう! 桃弥が棚を抱えるように腕を伸ばした。
桃弥以外はその後の悲劇が一瞬で予知できた。
しかし、間に合うわけもなく、身を呈して必死に棚を押さえた桃弥に、水の入った桶がスローモーションで落ちていくのを見届けるしかなかった。
「………」
絵に描いたように桶を頭に被っても尚、棚を支えている桃弥が、余りに気の毒でかける言葉も見つからない。
「お前なー」
澄まし顔の友人を泉李が呆れたように見た。
「桃弥。手を離しても大丈夫だ。棚はこれ以上倒れない」
桜雅が桃弥の肩をたたき、頭の桶を取ってやった。
「………」
数秒間、手を離しても棚がビシッとこの80度を保持しているのを見つめていた桃弥は、視線をゆっくり兄に移した。
涼しい顔をして知らんぷりの兄の無駄に美しい顔を見つめる事、数秒。兄にしてやられたと確信した。
「兄上ーーー!!」
「棚を元に戻して 早く茶器を持ってこい」
真っ赤な顔をして怒る桃弥に全く動じない景雪を見て泉李がため息をついた。
彼が、年の離れた弟をからかい、怒らせる事が何よりも好きだとよく知っている。彼の愛情表現なのだが景雪を兄にもつ桃弥に同情してしまう。
案の定、これ以上 兄を喜ばせてなるものかと、必死で冷静さを取り戻そうとしている桃弥が目に入った。
「……開け方を教えて下さい」
桃弥の葛藤が見えるだけに涙をそそる。
「扉の右上を叩くと、中の留め具が外れる仕掛けになっている」
棚の中の茶器は全く動いていないところを見ると固定されているのだろう。手の込んだいたずらに見事に引っかかった自分にも腹を立てつつ、桃弥は言われた通り、扉の右上を叩いた。
「ただし、強く叩くと反動で開くから気をつけろ」
顔面を強打し撃沈した弟に涼しい顔でそう言ってから景雪はため息をついた。
「だから言った」
「…………」
それを早く言ってくれと桃弥の無言の声が聞こえ、心から賛同する桜雅だった。
そして その様子を唖然として見つめている朱璃に気がついた。桃弥が大反対した理由が今よーく分かったが、他に朱璃を預けられる人物が浮かんでこない。
側近2人はどう思っているのだろうかと目を向けると、見かけによらず笑い上戸の莉己は まだ涙を浮かべ身をよじって笑っていた。(もちろん顔が崩れることはない)
泉李は見なかったことにしようとしているのか、窓の外を見ながら饅頭を食べていた。
桜雅は優秀な側近たちの三者三様を見つめ人生経験を積むのであった。
村外れの屋敷というには余りにも質素な建物を前に、桜雅は思わず隣の泉李を見る。
「琉晟の寄こした地図じゃあ、此処に間違いないんだが」
そう言う泉李も、あの景雪とどうしても結び付かない家を前に首を捻っていた。
その時、庭園といって良いのか、自然の面影を存分に残した庭の方から1人の青年が足速にやってきた。
長身でスラリとしているものの、鍛えているとしか思えない無駄ない肉体。それなのにまったく武骨な雰囲気ではなく気品があった。
彼が、景雪と呼ばれる桃弥の兄だ。朱璃が直感でそう思った瞬間、青年が桜雅達の前で膝を折った。
あれ? 違う?
「琉晟 久しいな。傷の具合はもういいのか?」
桜雅が笑顔で青年との再会を喜び、青年もゆっくり頷いて微笑んだ。彼が景雪ではないのか……と朱璃がほっと小さく息を吐いた。
「そんなに緊張しなくてもいいぞ」
少し可笑しそうに泉李が朱璃の肩を叩いて言った。
緊張している自分を面白がってるなとちょっと拗ねたくなる。
何しろ自分が此処で世話になる事、その主人は一筋縄ではいかない人物である事は、道中のやり取りで理解していたので、緊張するなと言う方が無理である。
言葉すら分からないので自己アピールしようもない。受験に備えた面接の練習なんか全く役に立たないじゃないか。
琉晟に着いて行くと、やはり自然に近い形を残した小さな庭園があり、奥の長椅子に横たわる人物が見えた。
「相変わらず、お昼寝中ですか」
「だな」
莉己と泉李の呆れた表情の中に優しさが伺え、朱璃は何となくホッとした。
起こしに行こうとする琉晟を莉己が止めた。
「時間になったら起きてくるでしょう。それまでゆっくり待たせてもらいましょう。久しぶりに琉晟の手料理が頂けるようですしね」
莉己の言葉で、食欲中枢を大いに刺激する香りが漂っている事に気付く。
「そうですっ! あれは放っておきましょう!」
桃弥が力強くそう言うと、4人の背中を押すようにして屋敷に向かった。
琉晟の料理はいつも通りどこの料亭に負けぬほど絶品で、5人の腹だけでなく心も幸せで満たしてくれた。
琉晟は4人に世話を焼かれながら食事をする子どもを不思議そうに見てはいたが、自分からは何一つ尋ねる事はしなかった。
やがて食事も終わり、まったりとしていると、莉己の言った通り庭で寝ていた青年が起きてきた。
「突然訪問してすまなかった」
桜雅が謝る。
「全くだ」
不機嫌を隠そうともせず、気怠そうに5人の前に腰を下ろした青年は、初対面の朱璃を全く無視していた。
朱璃もその近寄り難い雰囲気に圧倒され、ただただ空気になろうと頑張っていた。
「まぁ、そう怒らないで。いつもの奴持ってきましたから機嫌を直して下さい」
莉己の持ってきた茶葉を見て、景雪の表情が和らいだ。
「白銀針か。久々だな。おい 桃弥。そこの棚の2段目の茶器を持って来てくれ」
桃弥が珍しくすんなり機嫌を直した兄に内心驚きつつ、そしてどこかホッとして言われた通り席を立った。
棚の前まで行くと景雪が好きそうな白磁の蓋碗が目についた。白茶だから、白磁でいいんだよな……と考えながら扉に手を掛ける。
「あれ……?」
全く動かない扉に首を傾げ、、もう一度押したり引いたりしてみた。
「兄上……動かないんですけど」
「それに鍵は付いていない。ボケてないでサッサと取ってこい」
扉を見つめていた桃弥が、暫く考えて同じ造りの下の扉を引っ張るとすんなりと開いた。
やはり、引けばいいんだよな。ボロい棚だから建付が悪いのだろうと思い桃弥は扉を力いっぱい引っ張る事にした。
「うわっ!」
棚ごと倒れてくるまさかの事態である。
自分の後ろには桜雅と朱璃がいる。中の茶器も割れてしまう! 桃弥が棚を抱えるように腕を伸ばした。
桃弥以外はその後の悲劇が一瞬で予知できた。
しかし、間に合うわけもなく、身を呈して必死に棚を押さえた桃弥に、水の入った桶がスローモーションで落ちていくのを見届けるしかなかった。
「………」
絵に描いたように桶を頭に被っても尚、棚を支えている桃弥が、余りに気の毒でかける言葉も見つからない。
「お前なー」
澄まし顔の友人を泉李が呆れたように見た。
「桃弥。手を離しても大丈夫だ。棚はこれ以上倒れない」
桜雅が桃弥の肩をたたき、頭の桶を取ってやった。
「………」
数秒間、手を離しても棚がビシッとこの80度を保持しているのを見つめていた桃弥は、視線をゆっくり兄に移した。
涼しい顔をして知らんぷりの兄の無駄に美しい顔を見つめる事、数秒。兄にしてやられたと確信した。
「兄上ーーー!!」
「棚を元に戻して 早く茶器を持ってこい」
真っ赤な顔をして怒る桃弥に全く動じない景雪を見て泉李がため息をついた。
彼が、年の離れた弟をからかい、怒らせる事が何よりも好きだとよく知っている。彼の愛情表現なのだが景雪を兄にもつ桃弥に同情してしまう。
案の定、これ以上 兄を喜ばせてなるものかと、必死で冷静さを取り戻そうとしている桃弥が目に入った。
「……開け方を教えて下さい」
桃弥の葛藤が見えるだけに涙をそそる。
「扉の右上を叩くと、中の留め具が外れる仕掛けになっている」
棚の中の茶器は全く動いていないところを見ると固定されているのだろう。手の込んだいたずらに見事に引っかかった自分にも腹を立てつつ、桃弥は言われた通り、扉の右上を叩いた。
「ただし、強く叩くと反動で開くから気をつけろ」
顔面を強打し撃沈した弟に涼しい顔でそう言ってから景雪はため息をついた。
「だから言った」
「…………」
それを早く言ってくれと桃弥の無言の声が聞こえ、心から賛同する桜雅だった。
そして その様子を唖然として見つめている朱璃に気がついた。桃弥が大反対した理由が今よーく分かったが、他に朱璃を預けられる人物が浮かんでこない。
側近2人はどう思っているのだろうかと目を向けると、見かけによらず笑い上戸の莉己は まだ涙を浮かべ身をよじって笑っていた。(もちろん顔が崩れることはない)
泉李は見なかったことにしようとしているのか、窓の外を見ながら饅頭を食べていた。
桜雅は優秀な側近たちの三者三様を見つめ人生経験を積むのであった。
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