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第3章

13.  黎明

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「服は着ていましたか」
 翌朝、朱璃の様子を見に行った泉李に莉己が尋ねた。

「ああ」
 景雪が居ないことは予測していた。朱璃の一大事を聞きつけてすっ飛んできたくせに、あくまで傍観する姿勢を崩さなかった友人の事を思い浮かべる。愛する人を失ってから無気力に生きていた景雪に再び光を灯した朱璃。景雪にとって弟子以上の存在であることは間違いないだろうと泉李は考えていた。
 
 それが目的で朱璃を預けたのだから作戦は成功と言える。
 異世界の人間だという信じがたい事実を受けとめ、この世界で生きれるように世話をし鍛え上げた景雪と琉晟。3人の関係がとても特別なものだと分かっていても、少し心が落ち着かずざわざわする。
 大の字になって眠る朱璃からは濡れ場の想像は全く出来ず、正直言ってほっとした自分に苦笑しながら泉李は自覚した朱璃への想いの受け止めていた。
 そして自分だけの胸のそっと仕舞いこんだ。朱璃の気持ちが最優先であることは間違いないが、景雪と張り合う気はなかったからだ。自分のやり方で朱璃を守るだけの事。それに対し何の迷いも苦痛もなかった。

「泉李、泉李」
 呼ばれていることに気が付き莉己を見ると、美しい眉間にしわを寄せている。

「ボーっとして君らしくありませんね。実は着ていなかったのですか、服。ふふふっ 冗談ですよ。あの人にそんな度胸はありませんからね。せいぜい添い寝していたくらいでしょう」
 くすくす笑う莉己に泉李は肩をすくめた。相手になって墓穴を掘るのが見えているので知らぬ顔をする。長年の付き合いで鬼畜莉己への対処方法を身に着けている泉李であった。

「起きるまで寝かせておくか」




「やっと起きたか。このまま冬眠するかと思った」
「……」
 ぼんやりとしつつも朱璃はあたりを見渡す。窓からは月明かりが差し込み、燭台の明かりで自分が眠っていたのはいつもの医務室兼泉李の仕事室だと気が付いた。
 記憶を辿り、皆と夜食を食べたところまで思い出した朱璃は泉李を見つめる。

 朱璃の額に手を当てた後、左手で脈を採りながら空いた手で髪を撫でて泉李は微笑んだ。
「熱は下がったな。体の調子はどうだ?」
「……大丈夫です。泉李さん、あの、私いつからどのくらい寝てますか」

 景先生と話をした気もするが夢の中だったような気もするし、食べかけの特大パフェは消えてるし、そもそもこの国にパフェはないし……やや混乱しつつも状況把握をしようとに脳みそが回転し始めた。

「くっくっく 食事の途中で寝てしまったから、こっちで回収した。熱もあったしいつ疲労で倒れてもおかしくない状況だったからな、ちょうど良かった。んで、それは一昨日前の話だ」
 
 なんてこった。丸2日泣寝ていたのか私。
「すみません。また、ご迷惑を」
「迷惑とか言うなって。お前のお蔭で今年は豊作だと将軍も喜んで帰って行ったし、実際お前はよく頑張ってくれた。えらかったな」

 泉李と話しているうちに色々な事を思い出した朱璃は、何にしろ一段落ついたことにホッと胸を撫で下ろしていた。

「迷惑は掛かっていませんが、心配はたくさん掛けましたよ」
「莉己さんっ」
 扉が開き莉己が顔を見せた。その途端、バサバサドタドタと激しい音がした。
「ボンッ! キュウ!」
 二匹が朱璃のもとへ飛び込んできた。

 激しく尻尾を振り体を押し付けてくるボンと肩に乗って「シュリシュリ」と鳴くキュウに朱璃もなぜか涙が出てきてしまった。
「ごめんね。心配かけて。助けてくれてありがとうね」
 二匹を抱擁し愛情を注ぎ絆を確かめあった。

 しばらくしてから朱璃は身なりを整えてきちんと座り直し、これまで支えてくれた二人に向き直った。
「莉己さん、泉李さん。心配ばかりかけてすみません。ずっと力になって下さってありがとうございました」
 二人の存在にどれほど助けられたか……感謝してもしきれない。

「私たちは何もしていませんよ。貴女は自分の力で仲間とともに試練を乗り越えた。自信をお持ちなさい。それにまだ終わっていませんからね」
「そうそう、礼を言うには早すぎるぞ」
「そうかも知れませんが、でもお二人がいなかったらここに私はいなかったと思うから、お礼位言わせてください」
 
 朱璃のまっすぐな言葉に二人は優しく微笑んだ。
「では、私たちからもあなたにお礼を言わせてください」
 朱璃を通じて自分たちも気付いた事、勉強になった事も多かった。上の立場になった今だからこそ考えさせられた事もあった。
 彼らは、武修院は禁軍に入れる器であるかないかを見極める機関であると言う認識を改めていた。
今後、武修院はより教育し成長させることに重点を置くことようになり、今まで以上に質の高い武官が生まれるきっかけとなる。

『お茶が入りましたよ』
「琉!」
 ノックと共に姿を現した琉晟の誘いで茶卓へ移動する。

「おはぎだ」 
 重箱にはきな粉のおはぎが10個、あんこのおはぎが10個形よく並んでいた。
「……琉晟。作ってくれたの?」
 うなづく琉晟に朱璃は飛びつくように抱きつく。
「ありがとう!」

「へ―これが朱璃の世界の饅頭か」
 興味深そうに箱を覗き込む泉李に朱璃はニコニコと大好きなおはぎについて説明し始めた。

「ふうん、これがきな粉なのですね。大豆の粉がこんなに香ばしくなるとは驚きです。おいしいですね」
「ああ、うまい。餅が完全につぶれていないと言うか握り飯に近いのか。うまい」

 2人が美味しそうに食べるのを幸せそうに見ていた朱璃もようやくおはぎにかぶりつく。
「ああ~ おいしい。ありがとう。琉晟」
『景雪様も頑張りました。きな粉は景雪様が作って届けてくださったんですよ』
「そっか……ありがとう。すごく、おいしい」

「朱璃。泣くか食べるかどっちかにしなさい。喉を詰めてしまいます」
 ぽろぽろと涙をこぼしながら3つ目のおはぎを頬張る朱璃に目を細めながら注意をする。
「はい。ずびっ」

「それを食べたら、部屋の戻ってやれ。秀美琳しゅうめいりん蒼白蓮そうはくれんが煩くてかなわん。お前の様子を見に一日何回来るか」
「そうですね。男どもは明日ほっといてで構いませんが、彼女達とはもう一度ちゃんと話をした方が良いですね。蒼家の方からも正式に謝罪があるかと思いますが、遠慮は入りません。ちゃんと見合った迷惑料と守秘料を請求しなさい」
「しゅひりょう?」
「双子入れ替わりの件です。詳しくは彼女達から聞けば良いのですが、けりが付いたので茶番はおしまいです」
「どちらか一人になるってことですか」
「貴女にはショックなことだと思うので先にいっておきますが、どちらも残らない可能性が高いです」
「そうですか……。仕方ないですね。じゃ、私、このおはぎ、少し頂いていっても良いですか。私の秘密も打ち明けてきます!」
「そういうと思った。何かあったらいつでも助けを呼べ」
「はい」

 残りのおはぎを包んで準備してくれた琉晟が言った。
『景雪様から伝言です。「の使用を許可するからあいつらをこてんぱにしろ」だそうです』
「……! 景先生やっぱり来てたんや……」
 寝台にほんの少しだけ残る白檀の香。
 それは夢の中のほんの一部の現実の様で、朱璃の顔は再びくしゃっとなった。

「やっと許可が下りたんですね。その縛りがなかったらとっくの昔にこてんぱに出来ていたでしょうに」
「くっくっく、では明日の自主練で久しぶりにをやるか。あいつらを驚かせてやれ」
「えっ!? ちょっと急には無理ですよ」
「急じゃないだろ。出来たら褒美をやる」
「褒美……。何ですか? それ次第です」
「おやおや。食べ物以外に欲しいものがあるようですね。ふふふっ 聞いてあげましょう」
「道具が欲しいです。支給品ではなく、それぞれの個性にあった剣と弓。禁軍に入ってからでは遅すぎます。今から自分の道具を使いこなせるようになじませなくては」

 泉李と莉己は顔を見合わせた。
 実は毎年禁軍に配属される前に個人にあった武器が与えられるのだが、今年は来月にでも支給しようかと話し合っていたところだった。理由は朱璃の考えとほぼ一致している。
 武修院では脱落者が多い為そのようなことになっていたのだが今年は違った。模擬交戦後の実務体験はをする予定なのでなおさら自分の道具を使い慣れておく必要がある。
 まさか朱璃がそれを言い出すとは、と感心したが顔には出さない。おもしろがるように莉己が言った。

「わかりました。お約束しましょう」
「ああ、褒美は剣と弓な。もちろんお前は自前の奴な。飛天がなんか改良出来たって言ってたからな」
「やった! では、明日頑張ります」

 明日の自主練の時間までに調整しておきたいが、まずは心配しているであろう仲間たちの所に顔を出す必要があると思い直す。もう一度3人に礼を言って部屋へ戻ろうとする朱璃に莉己が釘を刺した。

「朱璃。夜遅くに一人で男どもの所に行くんじゃありませんよ。明日の朝で十分です。わかりましたね」
「は、はい」
「ふふふっ」

 この2日間医務室の周りをうろうろする12期生男どもを、この恐ろしい笑顔で退散させた事実を朱璃は知らなかったが彼らには十分恐怖の記憶になりつつあった。





 
 ボンキュウとともに女子部屋の戻ると美琳が飛びついて来た。
「朱璃さん! もうお身体の方はよろしいのですか」
「うん。心配かけてごめんね。美琳も大丈夫?」
「は、はいっ。私の方は朱璃さんのお蔭で何ともありません……」

 美琳がはっとしたように朱璃から離れ跪いた。
「!?」
「この度は度重なる朱璃様への理不尽な言いがかり、粗暴な振る舞いは弁明の余地もなく心より謝罪いたします。朱璃様の温情でこの度の件は内々におさめて下さった事を心から感謝しております。その後恩を決して忘れず日々精進し役目を遂行することを誓います。何卒、今後ともご指導の程宜しくお願い致します」

 正真正銘の御姫様に跪かれ、しかも14歳でこんな畏まった長文の謝罪!
 悪いけど、こんな言葉がすらすら出てくる辺りでこっちがもう申し訳なくて居た堪れないです。
 朱璃は頭を抱えた。

「うんうん。わかったから、そういうの慣れてないから本当にやめて欲しいです。白蓮様たちも次は自分たちの番だっていうように並ばないでください。とにかく、まずは私の話を聞いてもらっていいですか。お願いします」

 何とか美琳を立たせてそう言うと、必死な想いが伝わったのか3人とも何とか卓に座ってくれた。
 ホッとして朱璃はお茶を入れ、持ち帰ってきたを皆配った。

 黒と黄色の物体に興味津々な様子が少し可愛くて、特に鍛錬中にしか会わずまともに話したことの無いもう一人の白蓮の無邪気な反応がほほえましく、まずはそこから話しかけた。

「鍛錬中の白蓮様のお名前を聞いても良いですか」
「……そなた、本当に見分けがついているんだな」
 
 見た目は瓜二つでも、全然違うと朱璃はつい笑ってしまった。
「おはぎを見た時の反応からして全然違いますよ」
「……っぷ。くすくす。やっぱりそなたは面白いっ」
「姉さま失礼ですよ。早く朱璃様の問いにお答えください」
「ああ、すまなかった。私は蒼蓮華れんか。知っての通りハクレンの双子の姉だ」
「蓮華様ですね。初めましてというのは少し変ですけど、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそと言いたいが残念ながら私たちはここを退所することになった。知っての通り蒼家の当主は代々仙占省の長官を務め、先日正式に白蓮が就任することになったからな」
「少し先の話ではあるのですが、準備等あるので……大変残念です。皆さまと一緒に卒院したかったです」
 白蓮と蓮華が眉を下げる。朱璃は引き留めたいのを堪えた。事情が事情なので仕方がない。冷静に考えて16歳くらいの少女が長官になるなんてよほどの事だろう。
「……寂しいですけど、しかたありません。ご就任おめでとうございます」
「ありがとう。朱璃様には私たちが入れ替わりをしてまで武修院へ入隊した経緯をお話ししなくてはなりませんが、まずは朱璃様のお話を聞くと言うお約束でしたから、お先にどうぞ」

 改めてそう言われると如何様に説明しようかと朱璃は一瞬戸惑ってしまう。しかし、自分の事を偽りなく知ってもらった上で、彼女たちと友達になりたい。そう決意を固めていた。
「今からお話しすることはとても常識では考えられない事で、気分を害してしまわれるかもしれませんが、決して虚偽ではないことをまずは誓わせてください」

 3人とも真面目な顔で頷く。短い間ではあるが朱璃の為人は理解しているつもりであり、今から聞くことは全て真実だと受け止めていた。

「この食べ物はおはぎと言って私の故郷では全く珍しくないお菓子なんです。私の生まれは地球という星の日本と言う国です。ええ、この世界には日本という国はありませんし、私も祇国と言う国は聞いたことはありませんでした。4年前、私は異世界からこの祇国に来てしまったのです。全く理由は分かりませんしどうやって来たかも、帰る方法も分かりません。もちろん、言葉も何一つ解りませんでした。偶然そんな私を助けて下さったのが、祇国の弟皇子の白桜雅様、その従者であった宗泉李様、劉莉己様、秦桃弥様でした。彼らに拾ってもらわなければ生きていくことは出来なかったかもしれません。そしてもう二方、私に言葉を教え生きていくうえでの知識、力を与えて下さったのが秦景雪様と、その従者の琉晟です」

 3人とも口をつぐんだままだった。思いもよらない告白に驚いたのは当然だが、4年間の朱璃の苦労が想像を絶することに憐れんでしまったからだ。故郷、家族と突然は離れ離れになった朱璃がどれほど不安で寂しく辛い想いをしたであろう。

「大層ご苦労されたことでしょう……よくも、ここまで立派に生きてこられた。感服いたしました」
 白蓮が頭を下げたため朱璃が驚いた。
「信じてくれるんですか……」
「もちろんです」
「こんな突拍子もない話は、突拍子もない存在のそなたしか出来ん。これで合点がいったというものだ。あはははっ。それにそなたを拾うた面々の驚天動地な事。運命としか考えられぬ。結星の神意よ」
「朱璃様がこの国に来て下さったからこそ、私は貴女に出会うことが出来たのですね。朱璃様にとっては大変な出来事でとても不謹慎かもしれませんが私にとっては神の救いです。高貴な方々の後ろ盾をお持ちで私などは必要ないかも知れませんが何か力に慣れることがあれば如何様な事も致します」

 3人の反応があまりに好意的で斜め上を行き過ぎて朱璃は逆に戸惑っていた。
「あ、あの。お荷物でしかない私をそこまで歓迎して下さってありがとうございます」
「お荷物なものか。そなたは我が国の吉星であるぞ。もっと堂々とせんか!」
「吉星!? それは褒めすぎです。私はどこにでもいる女子高生だったんですから」
「じょちこうていが何者かは知らぬが、そなたはそなた、ただ一人だ。波瀾万丈に生涯を生きているのだ。自信を持って胸を張らんかバカもの」
「姉さま、怒ってどうするのです。謙虚な朱璃様だからこそ今があるのです」
「そうです! 朱璃様は立派な方ですが、それに気が付いていないところが良いのです」
「自分の価値に気が付いていないバカなだけであろう。よくもまぁ悪用されず生きて来れたな。奇跡的な悪運の強さよ」

 3人のやり取りを聞いていた朱璃がたまらなくなって噴き出す。
 何と言われようと、自分の事を信じて受け入れてくれたというだけで何よりも嬉しく幸せだった。
「あははは。褒められているのか貶されているのかよく解らないけれど、何か吹っ切れました。ありがとうございます」
 ニコニコ顔の朱璃に釣られて3人にも笑みが浮かぶ。
「そなたの人生に比べると我ら双子の事情なんて屁でもないな。なぁ白蓮」
「姉さま、屁なんておっしゃらないで下さい。せめて失気でもないとか言ってくださいまし」
「どちらも同じだと思いますけど」

 その後、蒼家の双子から武修院侵入の経緯を説明され、今度は朱璃が言葉を失ったり、どうやって最初に入れ替わりを見抜いたのか聞かれた朱璃が胸の形だと正直に話して大いに引かれたり、美琳の恋バナ婿探しについて盛り上がったりと、にぎやかな女子会は夜が更けても続くのであった。
 
  
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