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第1章

4. 新しい友達

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「ったく関わるなと言ったのに。お前まで」

 久遠が全速力で先に行く健翔に追いつき溜め息交じりに愚痴る。

「……」
 久遠が一番に籐朱璃が戻って来ていないことに気が付き、調理員たちに確認を取っていたのを健翔は知っていた。
 おそらくその時から探しに行く衝動を抑えていたに違いない。

 そんな健翔の思いが伝わったのか、少し罰が悪そうな久遠の精悍な横顔は癖のある黒髪で隠れてしまった。
 武修院に入隊しすぐに声をかけてくれた朴久遠は貴族でありながら、身分など全く気にしない人種であった。口だけではなく心底そう考えているのも2週間の付き合いでわかってきた。そして社交的で明るい千紫明に振り回されているのを見ているととっつきにくそうな硬派な印象の裏に面倒見の良い人の好さを感じる。

 そんな器を持つ久遠がなぜ籐朱璃を避けるのか紫明が尋ねたことがあった。
「嫌な予感しかしないからだ」

 武術大会初出場で弓術で神業を見せてこの武修院へ入隊したた娘は、名前以外謎に満ちていた。
 入隊式では可憐なうえ高貴な雰囲気を漂わせ、何者かと注目を浴びていた。他の二人とはまた違った雰囲気に健翔ですら憶えていた。
 しかし同室の高位貴族の秀家と蒼家からは相手にされていないところを見ると意外なことに庶民出だと言われている。この国では少し珍しい黒髪で異国の出身なのだろうか。
 健翔自身朱璃に興味はなく、おそらくすぐにやめてしまうだろうと思っていた。なぜなら弓術以外は取り立てて優秀なわけでもなく、むしろ国中の選りすぐりを集めた武修院では劣等生だったからだ。
 
「馬鹿だね。あの。何で言い訳しないのかな」
 最初は紫明の言葉の意味が解らなった。
 注意して籐朱璃を見ていると様々な嫌がらせや仲間外れの類のイジメを受けているせいで、失敗を繰り返したり不可解な行動に繋がっている事がわかった。
 そして紫明が言ったとおり藤朱璃が何も反論や言い訳をせず教官に怒られているのに気が付いたのは数日前の事だ。健翔も紫明と同じ疑問を持った。なぜ甘んじて罰走を受けているのかと。
 理解はできないが正義感の強い健翔は助けようとし久遠に止められたことがあった。

「たとえ理不尽な目にあっていても、行動を起こさないのは彼女自身の問題だ」
 そう言われると自分の行動が彼女の助けにならない事も懸念され、健翔は思い留まった。しばらく傍観することにしたのだが、今日はいつもの能天気な挨拶が無かったことが気になっていた。



「いたぞ」

 少し先に何やら地面を掘り返している娘が目に留まった。側に行ってもが気が付く様子はない。武官としてダメだろうと思わずにはいられなかったが時間も無いのでとりあえず声をかける。

「おい」
「ひゃ、ひゃい……あ、こんばんわ」

  腰が抜けるほど驚いたが、実は今日3度目なので少し慣れたなと考えながら朱璃は二人に頭を下げた。

(あれ? 確か朴久遠君と蘇健翔君やな。こんな遅くにどうしたんやろ。えらい怖い顔してるな。あ、もしかして)
「すみません。ここ、あなたたちの縄張りだったんですね(どおりで良質なミミズがいるはずだ)」

「……」

「あの~無理を承知で少しだけ頂いてもよろしいですか? うちのオウムが怪我をしていて、おなかも減っていると思うので食べさせてあげたくて。ほんとにこんな立派なミミズ見たことなくて。あの……ダメですか?」

 言葉の通り確かに立派なミミズを見せるのは、間違いなく籐朱璃である。
 籐朱璃ではあるが……いったい、何を言っているんだ? こいつは。縄張りとかうちの子とかわからない事ばかりだが、百歩譲ってミミズ採取をしていたとして……。

「何時だと思っているんだ!?」
 色々考えて結局訳が分からなくなり、門限をやぶった娘を叱る父親のようなセリフを言ってしまう久遠であった。

 そしてそれは朱璃の保護者お父さんが増えた瞬間でもあった。

「えっ ええっと。もうじき亥の刻? やばっ」
 はっとしたように動き出す朱璃は(ちゃんとミミズは袋に収納した)そばにあった二つの荷物を抱え込む。
 そのしぐさが壊れ物を扱う慎重さで、そののろさに少々苛立ちつつ尋ねる。

「何だ。それは」
「おそらく、オウムときつね? この子は空から落ちてきて、この子は穴で拾って」

「………」
「久 遠 抑えて 」

 健翔が思わず声をかけなければ時間を忘れて問いただしていたであろう(わからない事だらけだ)
 そして久遠はゆっくり深呼吸しながら思った。半刻前の自分の言う通り、この女とはやっぱり関わるべきではなかったと。

「ええいっ 黙れ。色々言いたいことはあるがとりあえず、帰る」
 門限まであとわずか。全力で帰らなくては間に合わない。
 両手に抱えた荷物を朱璃から奪い取り、健翔に手渡す(言葉の通りオウムと狐の生首が視界に入ったが見なかったことにした)そして朱璃を担ぎ上げた。

「ふぎゃ?」
 籐朱璃が奇妙な声を上げたが無視し走り出す。

 視界が反転しものすごいスピードで景色が流れていくのを見て、自分の状況を理解した朱璃はオウムたちの事が気になりキョロキョロする。少し後ろを走る健翔が大切に2匹を抱えてくれているのを見つけて安心した。
 肩の上で少し冷静になってきた朱璃は心の中で感謝で手を合わしていた。きっと門限に間に合わすための苦肉の策なのだろうと。

 少し前にも荷物抱きで爆走されたな~。吊り橋での出来事を思い出し朱璃は少し笑ってしまった。
(桜雅、桃弥、私またお荷物になってるよ)
 そして、その時の教訓から舌を噛まないよう口を閉じるのだった。


 武修院に到着すると、門番の丹さんがものすごく心配してくれていた。
「朱璃ちゃん。帰ってこないから何かあったかと心配したんだよ!」
「丹さん、すみません」
 その時亥の刻を知らせる鐘がまるで朱璃を待っていたかのようなタイミングで鳴り出した。

「おかげで助かりました。ありがとうございました」

 久遠と健翔にも深々と頭を下げる。ミミズ探しに夢中になり過ぎて門限に遅れるところだった。
 そこではっと2匹の事を思い出し、あわてて健翔のもとに駆けよった。

「蘇健翔さん。運んでいただいてありがとうございます」
 上着にくるんだ2匹を受け取ろうと手を出すと、無言でそっと渡してくれた。

 久遠がもう我慢出来ないとばかり朱璃に詰め寄る。
「どこで捕まえてきたんだ? それをどうするつもりだ?」

「捕まえたんじゃありませんけど、怪我をしているんで保護したんです。そだっ 早く医務室に連れて行かないと! 久遠さん、健翔さんお礼は改めて伺います。申し訳ありませんが急ぐのでお先失礼します」

 泉李の所へ踵を返した途端、首根っこを掴まれ動けなくなってしまう。
「ぐえっ」

「ちょーと待て。まさか宗先生の所へ行くんじゃないだろうな」
 久遠がすでに鬼形相だ。
 先ほどからクールな久遠は何処にも見当たらなくなっている事実を健翔だけがおかしそうに見ていた。

「えっ 行きますけど」

「馬鹿か!? 宗先生の所に野生動物を連れていくなんて正気の沙汰じゃない」

「………?」
 泉李さんお馬さんの事も診てたし、なんだったらお産も手伝っていたし、大丈夫だと思うけど。
 そのことを言うわけにはいかないし、さーて困った。朱璃が斜め上を見て思案していると後方から聞きなれない声がした。

「籐朱璃、宗将軍がお呼びだ」
 振り返ると薄茶色のサラサラの髪を高めに縛った美青年がいた。あ、千紫明君だ。

 くっきりの二重に通った鼻筋、それぞれのパーツが整っているイケメンなのだが、朱璃が入隊から注目していたのはその肌の美しさだった。透明感がありきめ細やかで毛穴なんてないに違いない。毎日どんなお手入れをしているのか教えてほしい。近くで見ると、やっぱりきれいだ。
 そんなことを考えていた朱璃は、少しうんざりとした表情を見せる紫明には気が付かなかった。

「久遠、健翔戻ろう」

 あれだけ朱璃に気をかけていた、むしろ拒否権なく助けに行かされたのは自分たちなのだが……。紫明のクールな対応に久遠は戸惑った。
「そういうわけには、こいつ動物を……」

「僕たちには関係ないことだ」
 紫明は本当にすたすたと行ってしまい、自分たちが不在の時に紫明の琴線に触れる何かがあったのだと久遠たちは解釈した。
 
 朱璃は去っていく紫明が自分に対して不快感を持っていることに気が付き我に返った。武修院ここに来てから向けられる侮蔑の視線と同じもので心臓がギュッと音をたてた。
 久遠や健翔があまりにも普通であったから自分の立場を忘れてしまっていたようだ。

「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました。失礼します」
 そして、逃げるように2人から離れた。
「おい、籐」
 
 そんな朱璃の後姿を心配そうに見つめていた久遠と健翔は複雑な想いで宿舎へ戻ることにした。

 
 それぞれ思うことがあるせいか無言のまま渡り廊下を進むと途中の中庭で紫明を見つけた。二人は顔を見合わせ、久遠だけがゆっくりと紫明のそばに腰を下ろした。

「……ごめん」
「いや、大丈夫か?」
「ああ。ちょっと期待してたから……籐朱璃は違うかなと。でも、他の女と同じだ」

 千紫明は自分の容姿、すなわち男にしては美しすぎる外見のせいで色々な経験をし、最終的に負の心理的観念をもっていた。付き合いの長い久遠はそのことを知っていたので紫明の言いたいことが何となくわかった。

「守衛の人たちもあいつを心配してた。鐘も帰って来るのを待って鳴っただろう。そんなところまで手を回すとかさ、純情ぶってとんだ牝狐かも知れないぜ」

「あのさ。まだわからないと思うぜ」
 朱璃が紫明に見とれていたのは事実だが、何かが違う気がした。

「何でそう思うの」

「なんか普通じゃないんだ。というかだいぶ変だ。普通の女はミミズを採取しないし、野生動物を拾って来ない。俺が担いで走っても気絶すらせず早くて最高と手を叩いたりしない」
 
 久遠はけっして雄弁な男ではないが、言葉に嘘が無い分妙な説得力がある。紫明は誠実でまじめでちょっと不器用な人柄を信用していた。だからよけい意味が解らない。
「彼女を担いだの? ミミズって何?」

「俺たちが見つけた時は道中でミミズ採取に夢中だった。2匹の野生動物を保護しててえさにするとか言ってた」

「意味が分かんない。馬鹿じゃないの」
 ひどい言われようである。しかし最初のような侮蔑の色は混じっていなかった。

「ああ、とにかく変だが悪い奴ではないと思う。それに、お前に拒否られた時、泣きそうになってた」

「……今、それ言う?」

「すまん」

「……明日、あやまるよ」

「ああ」

「頭をなでるな」

「すまん」

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