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45.聖女の覚醒

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 アーティアは何が起きたのか理解らなかった。
 一瞬の内にジャンが吹き飛ばされ、ジジが膝を着いて立ち上がれずにいる。
 
 ジャンの叫びが聞こえたと思った時、結界に衝撃を受けた。
 そして魔神の左腕が伸びて光の結界を貫き自分の方に向かってくるのだ。
 霧の先端は尖っている。
 刹那の事に体が反応しない。
 そして黒い先端はアーティアの胸を貫いた。
 
 視界が黒く染まり、悍しい何かに全身を掴まれたかの様な感覚にアーティアはゾッとする。
 そしてそのまま意識は深遠に吸い込まれた。

(これが魔神に魂を食べられるということなの?)


 ジャンは魔神がアーティアから黒い霧を引き抜くのを見た。
 アーティアが張っていた光の結界がスーッと消えていく。

 アーティアは倒れること無く魔神に向かって手を伸ばした。
 
「お姉ちゃん!」

 アーティアの叫びに何が起きたのか直ぐに理解できた。

(アーティアの魂を盗られた)

 今ここにいるアーティアは、体をカロンに借りている状態だった。
 魔神の攻撃を受け、そしてアーティアではなくカロンが手を伸ばし叫んだのだ。

 守れなかった!

 復讐、怒り、それより何よりもジャンは深い絶望に突き落とされて立ち上がる気力を失ってしまった。
 

☆★☆

 アーティアの意識はは深く、どこまでも深く沈んでいく。
 光無い世界で怒り、妬み、恨み、そんな負の感情が自我を染めようと浸透してくるのをアーティアは感じていた。
 これが魔神に魂を食べられるということか、こうして魔に魂を染められて魔神の一部になってしまうのだろうか。
 
 何故か心は静かで不思議と恐怖はない。
 そして、それは此処が似ているからだと気付いた。
 湖に飲み込まれて落ちていった闇の世界に。
 あの時も真っ暗だった。
 どこまでも暗くそして寒い世界だった。
 そこで憎めと呼びかけられた。
 ここも似ていた。
 寒くもないし呼びかけも無いが、その代わり憎悪に身を染めろと言わんばかりに様々な負の感情が押し寄せてくる。
 アーティアはふとその1つに意識を向けてみた。

 それは恐怖、憎悪、悔しさに染まった心だった。
 結婚を目前にして、ある日主に裏切られて魔神の贄となった。

(貴女は魔神に体を奪われた侍女ね)

 アーティアは押し寄せてくる感情の波の一つ一つに意識を向けていく。
 そして自らの魂を開放しそれらを受け入れだしたのだ。

(みんな、苦しかったよね。替わってあげれないけど、せめて受け止めるから)

 そう思った時、自身の中からどんどん力が湧いてくる気がした。
 それは魔神の贄になった魂達が力を貸してくれるのだと気付いた。
 誰か背中を押してくれている。
 励ましてくれている。
 共に在ってくれている。
 愛しいと思ってくれている。
 それらに包まれ、軽くどこまでも軽くなって……光が溢れる。
 
(有難う、みんな……ここから開放してあげるわ)



「な、なんだ」

 急激に力が抜け、ガクンと膝をつく魔神。
 そして魔神が眩く光った。 

「どうやら取り込んだ魂が不味かったようじゃの」

 光を浴びたジジが立ち上がった。
 
「この光は……アーティア?」
 
 魔神から溢れたのは温かい癒やしの光。
 その光を浴びたジャンも光に力を貰い立ち上がる。
 そしてその光がアーティアだと確信を持った。
 
「アーティアは返して貰うぞぃ」

 先程の魔神と同様にジジの作った水球が槍のように伸び
魔神の胸をを貫き、シュルシュルと戻っていく。

「おのれ! 貴様、同族の癖になぜ人間の味方をしている。お互い邪魔をするのは協定違反だと知らぬ訳ではないだろう」

 苦悶の表情を浮かべる魔神に対し、ジジの方は元気溌剌だ。
 眼鏡に入ったヒビももいつの間にか無くなっていた。

「聖女様のおかげで縛りから開放されたでのう。そんな腐れ協定はもう関係ないのじゃよ」

 ジジはヒゲを撫でなから穏やかにそう答えた。


『おかえりお姉ちゃん』

『ありがとうカロンちゃん、ただいま』

 ジジの魔法でカロンの体に帰ってきたアーティアはカロンの歓迎を受けていた。
 しかし今は喜び合っている場合ではない。
 魔神の中で様々な魂に触れ、アーティアは自分の力を正しく自覚するに至ったのである。
 多くの魂を解き放ち、魔神の力が弱っている今がチャンスなのだ。
 アーティアは胸の前で手を組み祈る。
 それは希望の祈り。

「これは!」

 突如剣の込めた退魔の力が変質したのにジャンは驚く。
 黒く輝く刀身に白い輝きがマーブル模様の様に混ざりだした。
 やがて白と黒は完全に混ざり合い剣から輝きが失われた。
 その代わり刀身が透き通ってガラスの様になった。
 
「断魔の力」

 ジャンの剣はアークサンド皇族に受け継がれる退魔の力と覚醒したアーティアの魂を開放する聖なる力が合わさり、魔神ですら人間の世との繋がりを断ち切る力となった。
 それが断魔の力。
 その力をより高めるていくと刀身は全く光を反射させなくなる。
 その状態を絶魔の力といい、聖なる力で魔神を対消滅させる事が出来るが、二人の力はまだそこまでに至らない。


「く、その力では我を斬っても我は滅びぬ。またいずれ戻ってくるぞ」

 魔神の言葉を受けてもゆっくりと魔神に向かって歩くジャンの歩みは止まらない。

「知っている。この力でお前を斬ってもお前は魔界に還るだけ。だがお前の契約者はどうなるかな」

「………ク、ククク………なるほど……聖と魔は表裏一体。魔が滅びれば聖もまた存在を無くす。ククク…我を還すのが望みならやるがいい。 ククククク残念だが……ククククク……」

「残念そうでは無いのう」

「知っておろう元同族……このような場合依頼者がどうなるかを」

「まぁの」

 座りこみ立てない魔神の正面に立ったジャンが無言で魔神を斬った。
 魔神は全身が黒い霧になってそして消えていった。
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