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42.決闘
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「殿下、決闘の場に如何な用でしょう?」
王太子アルドリヒは冷静に問おうとしたが表情までは取繕え無かった。
これから決闘を行おうと気持ちを高めていたし、いくら同盟連合盟主国の皇子とは云え、神聖な決闘に口出しできる立場では無いからだ。
「いや、私はウェイリアム殿との約束が有る。故に代理人としてこの場に来た」
ジャンはさらりと言った。
この場で帯剣出来るのは、本来は王族の護衛のみ。
しかし唯一の例外がいた。
アークサンド帝国よりの留学生である第二皇子の護衛だ。
その護衛に予め持たせておいた自身の剣を携えてジャンは堂々とやって来たのだ。
その宣言に内心狼狽えたのはナルシリスだった。
決闘の相手が変わるなど想定外だった。
「この決闘に代理を立てるなど」
「問題は無いはずだが?特に王族であるならば」
何とか代理を阻止しようと思わず声を出したナルシリスに対し、間髪入れずにジャンは反論した。
ジャンの言い分は正しい。
決闘には代理人を立てることが許されている。
貴族の全てが戦える訳ではないので戦えない者の誇りを守る為の救済措置だが、それは同盟連合のどの国でも共通だ。
王族同士の決闘も当然前例が無い訳ではない。
逆に王族だからこそ、代理人同士で決闘するのが常だった。
この決闘はそういった事情を逆手に取ったウィリアムとジャンの作戦だったのだ。
ジャンは王太子の持つ剣に込められた力を感じ取っていた。
あの剣に当たれれば、生命力を奪われる。
剣で受けても同様だ。
1度や2度では流石に死なないだろうが、決闘中の事故死に見せかけて殺害するつもりなのは判る。
そしてその力の源が魔神の力であろうことも。
であれば、剣に力を与えたのはナルシリスしかあり得ない。
剣に込められた力に当てられてか王太子も徐々に思考が凶暴化しつつあるようだ。
だんだん目が血走り、息が荒くなってきている。
ジャンは今この場に魔神が居ると確信した。
同時になるほど尻尾を捕まえることが出来ない訳だとも納得する。
ジャンはチラリとジジの方を見ればジジはわずかに頷いた。
「ウィリアム殿、婚約者殿をお守り下さい」
そう指示しウィリアムを下がらせた。
ナルシリスの方もこうなっては引き下がるしかなかった。
皆が見守っているのが却って足枷になってしまった。
相手が帝国の第二皇子であっても力を与えたアルドリヒが負けるはずもないし、殺してしまうだろう。
国際問題になるが決闘に自らしゃしゃり出てきた以上、事故で死んでも文句は言えない筈だ。
証人がこれだけいればその点は大丈夫だろう。
むしろその責任を第二王子に押し付ける事が出来るかも知れないと考え直したが、思うようにならない状況に苛立ちは隠せなかった。
其の背後に控える普段は無表情の侍女がナルシリスを馬鹿にするかのようにクスリと笑ったが、計画の練り直しに没頭するナルシリスは気付かなかった。
いよいよ決闘の準備が整い、ジジの合図を待つだけとなった。
張詰めた空気の中、決闘する2人以外の視線は立会人のジジに集中する。
いや、例外が2人いた。
立会人であるジジの視線は眼鏡に邪魔されて伺うことは出来ないし、もう1人アーティアもまた別の人物を捉え、そこから目を離す事はしなかった。
この緊迫する場で面白そうに声を出さずに嗤う異様な者、即ちナルシリスの侍女を。
「では、始めるとしようかの」
のんびりとした開始の合図だった。
何の気負いも無い声は場違い甚だしい。
そしてジジの合図と共に決闘は開始されなかった。
皆急に倒れたからだ。
倒れたいう表現は正しくない。
厳密には皆揃って急に急激な眠気に襲われ、しゃがんでしまい、そのまま床に横になって眠ってしまっただけだ。
これはジジの仕業だった。
今この場で起きている者はたったの6人。
ジャン、ジジ、アーティア、ウィリアム、ミンティリス、そしてナルシリスの侍女。
「ふう、ぎりぎりだったが見つけられたな。しかし探し物が人とは流石に思わなかったが……しかしこれは……」
ジャンが呟く。
アーティア達の最後の賭け、それはナルシリスが魔神への手がかりを直接持っている可能性の高さ。
学園内で全く手がかりが得れなかったならば、それはナルシリスが隠しているという事。
故にナルシリスに自然に近づく必要があった。
しかしナルシリスの警戒心は思いの外強く、当然周囲の目のある所でしかジャンは会うことが出来なかった。
そもそもナルシリスは忙しく、そうそう会う機会もない。
だから最後の手段として確実に姿を現すこの場で決闘騒ぎの中心にナルシリスを引きずり込み、眠らせる事にしたのだ。
但しその巻き添えも多大ではあるが。
今、この場に居る者は先程の6人を残し、深い眠りに落ちている。
パチン
ジジが徐に指を鳴らした。
するとジジを中心に決闘スペースは半球状の薄い膜に覆われた。
「ほう、我を閉じ込めたか」
異常な声だった。
おおよそ女性の声とは思えない、いくつかの音を組み合わせて作ったかの様な声をナルシリスの侍女が発した。
「魔神アンバブブ逃げられはしない。覚悟せよ」
ジャンが剣の切っ先を侍女に向けた。
王太子アルドリヒは冷静に問おうとしたが表情までは取繕え無かった。
これから決闘を行おうと気持ちを高めていたし、いくら同盟連合盟主国の皇子とは云え、神聖な決闘に口出しできる立場では無いからだ。
「いや、私はウェイリアム殿との約束が有る。故に代理人としてこの場に来た」
ジャンはさらりと言った。
この場で帯剣出来るのは、本来は王族の護衛のみ。
しかし唯一の例外がいた。
アークサンド帝国よりの留学生である第二皇子の護衛だ。
その護衛に予め持たせておいた自身の剣を携えてジャンは堂々とやって来たのだ。
その宣言に内心狼狽えたのはナルシリスだった。
決闘の相手が変わるなど想定外だった。
「この決闘に代理を立てるなど」
「問題は無いはずだが?特に王族であるならば」
何とか代理を阻止しようと思わず声を出したナルシリスに対し、間髪入れずにジャンは反論した。
ジャンの言い分は正しい。
決闘には代理人を立てることが許されている。
貴族の全てが戦える訳ではないので戦えない者の誇りを守る為の救済措置だが、それは同盟連合のどの国でも共通だ。
王族同士の決闘も当然前例が無い訳ではない。
逆に王族だからこそ、代理人同士で決闘するのが常だった。
この決闘はそういった事情を逆手に取ったウィリアムとジャンの作戦だったのだ。
ジャンは王太子の持つ剣に込められた力を感じ取っていた。
あの剣に当たれれば、生命力を奪われる。
剣で受けても同様だ。
1度や2度では流石に死なないだろうが、決闘中の事故死に見せかけて殺害するつもりなのは判る。
そしてその力の源が魔神の力であろうことも。
であれば、剣に力を与えたのはナルシリスしかあり得ない。
剣に込められた力に当てられてか王太子も徐々に思考が凶暴化しつつあるようだ。
だんだん目が血走り、息が荒くなってきている。
ジャンは今この場に魔神が居ると確信した。
同時になるほど尻尾を捕まえることが出来ない訳だとも納得する。
ジャンはチラリとジジの方を見ればジジはわずかに頷いた。
「ウィリアム殿、婚約者殿をお守り下さい」
そう指示しウィリアムを下がらせた。
ナルシリスの方もこうなっては引き下がるしかなかった。
皆が見守っているのが却って足枷になってしまった。
相手が帝国の第二皇子であっても力を与えたアルドリヒが負けるはずもないし、殺してしまうだろう。
国際問題になるが決闘に自らしゃしゃり出てきた以上、事故で死んでも文句は言えない筈だ。
証人がこれだけいればその点は大丈夫だろう。
むしろその責任を第二王子に押し付ける事が出来るかも知れないと考え直したが、思うようにならない状況に苛立ちは隠せなかった。
其の背後に控える普段は無表情の侍女がナルシリスを馬鹿にするかのようにクスリと笑ったが、計画の練り直しに没頭するナルシリスは気付かなかった。
いよいよ決闘の準備が整い、ジジの合図を待つだけとなった。
張詰めた空気の中、決闘する2人以外の視線は立会人のジジに集中する。
いや、例外が2人いた。
立会人であるジジの視線は眼鏡に邪魔されて伺うことは出来ないし、もう1人アーティアもまた別の人物を捉え、そこから目を離す事はしなかった。
この緊迫する場で面白そうに声を出さずに嗤う異様な者、即ちナルシリスの侍女を。
「では、始めるとしようかの」
のんびりとした開始の合図だった。
何の気負いも無い声は場違い甚だしい。
そしてジジの合図と共に決闘は開始されなかった。
皆急に倒れたからだ。
倒れたいう表現は正しくない。
厳密には皆揃って急に急激な眠気に襲われ、しゃがんでしまい、そのまま床に横になって眠ってしまっただけだ。
これはジジの仕業だった。
今この場で起きている者はたったの6人。
ジャン、ジジ、アーティア、ウィリアム、ミンティリス、そしてナルシリスの侍女。
「ふう、ぎりぎりだったが見つけられたな。しかし探し物が人とは流石に思わなかったが……しかしこれは……」
ジャンが呟く。
アーティア達の最後の賭け、それはナルシリスが魔神への手がかりを直接持っている可能性の高さ。
学園内で全く手がかりが得れなかったならば、それはナルシリスが隠しているという事。
故にナルシリスに自然に近づく必要があった。
しかしナルシリスの警戒心は思いの外強く、当然周囲の目のある所でしかジャンは会うことが出来なかった。
そもそもナルシリスは忙しく、そうそう会う機会もない。
だから最後の手段として確実に姿を現すこの場で決闘騒ぎの中心にナルシリスを引きずり込み、眠らせる事にしたのだ。
但しその巻き添えも多大ではあるが。
今、この場に居る者は先程の6人を残し、深い眠りに落ちている。
パチン
ジジが徐に指を鳴らした。
するとジジを中心に決闘スペースは半球状の薄い膜に覆われた。
「ほう、我を閉じ込めたか」
異常な声だった。
おおよそ女性の声とは思えない、いくつかの音を組み合わせて作ったかの様な声をナルシリスの侍女が発した。
「魔神アンバブブ逃げられはしない。覚悟せよ」
ジャンが剣の切っ先を侍女に向けた。
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