婚約破棄された令嬢はエロジジイとコンビを組む

丁太郎。

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4.さらなる裏切り

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 陥没湖へ向かって歩き出した2人。
 歩くこと10分程で目的の場所に着いた。
 
 陥没湖とは陥没した土地の底に出来た湖の事である。
 この地の陥没湖は、ほぼ直角に陥没して10m程の崖となっている陥没地いっぱいに水がはった湖だ。
 しかも、崖の真下でさえ底が見えない不思議な地形だった。
 青く、それでいて澄んだ湖面はとても美しい。 
 絶景ポイントとして名高く、特に夕日が差し込むと神秘的ですらあった。
 陥没湖はルピナス湖という名称があるが別の名前も持つ。
 景勝地で在りながらこの湖を訪れる者は少なかった。
 それはこの湖のもう一つの名に理由があるのだが、説明は後程とする。

 2人にとってこのルピナス湖は思い出の地だった。
 話はリリアーシアが13歳の頃に遡る。
 リリアーシアの婚約が決まった時、ビニートスはリリアーシアをこの陥没湖に連れ出した。
 そして、今2人が立っている正にその場所で、ビニートスはリリアーシアの騎士で在り続けると誓った。
 この神秘的な湖の前で願いをすると、その願いは成就するという言い伝えがあったからだ。
 『誓い』と『願い』は違うが、この神秘的な湖を前ではどちらもロマンチックな事に違い無い。
 この後、リリアーシアを馬で連れ出したビニートスが大目玉を食らったのは言うまでも無い。

 陥没湖と聞いて、リリアーシアはその日の事を思い出した。
 ビニートスの誓いを無下した自分の不甲斐さを恥じ、最後に謝る為に彼の申し出に応じたのだった。

(懐かしいわ。ここはあの頃と同じでとても綺麗)

 リリアーシアはその想いが素直に口に出た。
 変わってしまった自分と比較してしまっているのかも知れない。

「ここは変らない……本当に綺麗」

「ああ」

 ビニートスも同感とばかりに応えた。
 二人はしばし眼前に広がる美しい景色を見つめていた。

(まさにこの場所でビニーが私に誓いをしてくれたのがつい前日のよう……)

 リリアーシアは再びこの場所に連れてきてくれたビニートスに感謝の念が強く沸き起こる。
 そしてその想いに応えられなくなってしまった事への申し訳なさも同時に沸き起こった。
 その思いをビニートスに伝えなければ、と思った。
 会えるのは今日が最後になってしまうからだ。

「ビニー覚えているかしら?貴方がしてくれた誓い」

「当たり前だろ」

 ビニートスは横にいるリリアーシアの肩に手を回してきた。
 恋仲でも無い婚前の令嬢の肩に手を回すなど、礼儀知らずも甚だしい。
 リリアーシアは内心驚いたが、こんな自分に変らず接してくれるビニートスへの感謝もあり、彼の好きな様にさせておいた。
 
「ビニー誓ってくれてありがとう。とても嬉しかったわ。そしてごめんなさい。わたくしが不甲斐ないばかりに貴方の誓いに応えられなくて」

「その誓いは………」

 ビニートスは肩から手を話すと、すっと一歩下がり……

 そしてリリアーシアを後ろから突き飛ばした。

「きゃ」

 陥没湖への落下は免れたが、転び、地に突っ伏すリリアーシア。
 その際にマスクが外れ、爛れた顔が露わになる。
 急な事にリリアーシアは何が起こったのか判らなかった。
 考える間も無く、彼女は背後で剣が抜かれる音を聞いた。
 その音に驚き、半身を起こして音のした方へ顔を向ける。
 そして切っ先を突きつけてくるビニートスを見た。

「ビニー 何を」

「破棄させて貰う」

 ビニートスが何を言っているのか判らなかった。
 なんとか絞り出せたのは一言の疑問。

「どうして……」

 リリーシアの問に対し、ビニートスの口角が上がる。
 微笑みではない。
 相手を蔑む笑みだった。

「どうしてって?簡単だろ。婚約破棄されたお前に用なんか無いってことさ」

「そんな……」

 幼少からの付き合いで兄の様に慕ってきた男の一言はリリアーシアを打ちのめすのには十分だった。

「王妃付きの騎士として俺は名誉を手にする筈だった。それを顔に怪我なんてしやがって」

 ビニートスはそう言いながら、切っ先をリリーアシアの顔に向けた。
 その目は冷ややかで、ひどく冷淡だった。
 ビニートスのそんな表情をリリーシアは初めて見た。

「ま、ナルシリスが新たな後ろ盾になってくれるからな。そのナルシリスの頼みなんだよ。リリア俺の為に死んでくれ」

 ビニートスの一言によって、全てがナルシリスのシナリオと知ったリリアーシア。
 ナルシリスがずっとリリアーシアを蹴落とすチャンスを伺いながら親友のふりをしていたと知ってしまった。

「ナルシリス様はそこまで」

(ああ、ナルシリス貴女は私をそんなにも憎んでいたのね。それに私は全く気付かないお人好しだった……)

「リリアが生きていると不安なんだとよ。俺もこの場所で誓いを破棄できて良かったよ。 それにしても簡単に騙される馬鹿な女だ」

「ビニー……」

「醜いバケモノが気安く呼ぶんじゃねーよ」

 忌々しそうにリリアーシアを見下すビニートス。

(ビニーがこんな風に思っていたなんて……)

「剣や服をを汚すと色々問題が在るんだ。だから飛び降りろ」

 このルピナス湖のもう一つの名は『奈落湖』
 この陥没湖は湖面まで10m程の絶壁で覆われている。
 10m程度ならフリークライミングの技能が有る者なら余裕で登れる高さだ。
 にも関わらず落ちたら最後、絶対に登って来れない事でも有名だった。
 奈落湖、そう言われる所以は湖面の不思議な力にある。
 理由は判らないが、この湖は落ちたモノを飲み込み、決して浮かせることが無い。
 いかなる者も落ちて湖面に飲み込まれてしまう。
 泳ぎの達者であろうともである。
 今まで堕ちて戻って来たものは居ない。
 底の深さも判らない。
 木の葉ですら沈んでしまう、ここは自殺の名所でもあった。
 景勝地でありロマンチックな言い伝えがありながらも、その不気味さ故に人が訪れる事はめったに無い。
 落ちれば死体が発見されるなど永遠に無い。
 ここに落とされたなら、自殺でも他殺でも証拠は残らない。

 リリアーシアは必死に説得を試みる。
 なんとか説得しないと殺されてしまう。
 自分に復讐の意志はない、このまま修道院で一生を過ごすことを誓い、納得してもらわないとならない。
 
「ビニー、私は復讐なんてしないし、もう人前に出ようと思わないわ。だから………」

「復讐しない……信じられないな………それにそれじゃあ困るんだ」

 リリアーシアはゆっくりと立ち上がり、ビニートスに懇願するも、首元に剣を突きつけられてジリジリと後退する。
 やがて、崖っぷちまで追い詰められた。

「じゃ、バケモノさよならだ。お父君や修道院には途中で自ら命を断ったと伝えてやるから安心してくれ」

 ビニートスが最後のひと押しとばかりに剣を突き出した。
 リリアーシアは咄嗟に避けようとし、崖から落下してしまう。
 音と共に水しぶきが上がる。

 リリアーシアが藻掻きながらも沈んで行く様を確認したビニートスは、リリアーシアのしていたマスクを拾うと先の事を考えたのか面倒そうな表情を浮かべた。

「清々したぜ。はぁ、修道院に行くのも面倒だが仕方がねーな。別邸に籠もられるよりは始末は楽だしな。 くくく、それにしても自ら殺されやすい選択をしてくれるとは。本当に馬鹿な女だ」
 
 そんなセリフを残しビニートスは馬車に戻って行った。
 実は、この一連の出来事を見ていた者が居たのだがビニートスが気付くことは無かった。


◇◆◇


 必死に藻搔くものの、沈んでいくリリアーシア。
 息が出来ない苦しさにとうとう水を飲んでしまう。
 湖面の光はどんどん遠くなっていく。

( 苦しい、苦しい、誰か、神様、助けて。私は、私はそんなに罪深いのですか?神様……… )

 やがて苦しさ無くなり、ぱっと目の前が明るくなる。
 目の前にはリリアーシア、つまり自分自身がいる。
 自分自身を俯瞰して見ている感じになるだろうか。
 リリアーシアは自身が走馬灯を見ているのだと悟った。
 
 幼い自分がいる。
 ビニートスと一緒に遊んでいる。
 無邪気に兄のようにビニートスを慕っていた。
 
(懐かしい……この頃は毎日が楽しくて、ビニーはずっと側に居てくれると思っていたわ)

 8歳になり、専属の侍女がつく事に。
 初めてメリスを紹介された。
 メリスはよく尽くしてくれた。
 言葉には出さなかったが、主従の関係ではなく友達の様に思っていた。
 一番の理解者だと今でも思っている。 
 
(結局私は貴女にお別れも出来ず、お礼も言うことができなかった。幸せになってね)

 アルドリヒの婚約者になり必死に勉学に励む自分。
 忙しくも充実した日々。
 昼食時のアルドリヒとのひと時。
 この頃は自分の未来を信じて疑わなかった。
 アルドリヒに釣り合う為に必死だった。
 アルドリヒは優しくて、共に過ごす時は安らかで穏やかだった。

(アルドリヒ様……私は貴方をお慕いし生涯支えて行こうとおもっていました。でもそれは貴方の望まない未来だったのですね……) 

 場面が変わり、化粧台の鏡の前で自身の顔を見て泣いている自分がいた。
 この瞬間から、自分の未来が変わってしまった。
 魔法を何回かけても顔の火傷が消えることは無かった。 

(あれからそんなに経っていないのに……でも、長く苦しまなかったことこそ救いだったのかもしれないわ………)
  
 アルドリヒとナルシリスが一緒に居る。
 ナルシリスに手のひらを返され、アルドリヒに婚約を破棄された。
 周囲の嘲笑、あらためて目の当たりにしても心が引き裂かれる。
 信じていた2人の裏切りがただただ悲しかった。 

(ナルシリスはずっと以前からこのチャンスを狙っていたのね。彼女にとって私は親友ではなく敵だった……)

 次に目の前に現れたのは父だった。
 顔を見るなり心底失望したと言わんばかりの表情に変わっていった。
 壊れた道具を見るような目。
 結局見送ってもくれなかった。

(お父様……私はお父様に温かく接して欲しかった。だから父様の喜ぶような娘でありたかった。でも……終に期待に応えられず失望させてしまった……ごめんなさい愚かな娘で。そしてさようなら……)
 
 やがて視界から光は消えた。
 リリアーシアの意識も暗い闇に飲まれていった。
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