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「――ふぅ」
今回の件のアニスの末路を王都にいる内容が記されている手紙が養父から届いた。落ち着くところで落ち着いたな、と安堵の息をひとつ。
最高級の皮張りのチェアから立ち上がると、その手紙を持ってミハイルがいる工房へ向かった。
ミハイルの工房はあちらこちらに試作品が転がっていた。最近は硝子の彫刻をメインにしているのか、アクセサリー類の小さな彫刻が机の上に乱雑に置かれている。
地面には花瓶やコップが適当な場所に置かれており、円を描いて中央の椅子と小さな椅子でミハイルはせっせと一生懸命に作品を作っていた。
刃物を使っているので、ヴァシリッサは様子を覗き見てから扉をノックするとミハイルは気づいて顔を思いっきりあげた。
扉に寄りかかり、ひらひらと王室からの手紙を振る。首を傾げてミハイルは近寄ると、その手紙を受け取り、目を通す。
「あら、浮かない顔ね。少しは喜んでくれると思っていたのに」
何とも言えない複雑な表情で手紙を閉じた。
「俺の意思でないとしても、あの時アニスの言葉に惑わされて彼女と二人っきりになったのは事実だし、俺が甘い考えを捨てられていれば今回の件は起こらなかった。愚かな王子だという評価は変わらないさ」
「そうね。でも、あの時あなたの意思で私たちは辱められたのではないと世間に周知させることはできたわ。アレーナの家名に傷もついたでしょうね」
ちくり、と言葉で棘を刺してみる。今までなら突っかかってきたのに、素直に受け止めたのかぐっと空気を飲み込むように、ミハイルは喉を嚥下させた。
じっとその表情を見つめていると、ぽつり、と話した。
「俺は本当に、大変なことをしでかしてしまった。ありのままに受け入れてくれたこの家を、おまえを陥れる結果になってしまった。それだけは愚かな俺でも理解できる」
今にも泣きそうな顔で唇をかみしめるミハイル。王室で育ち、甘やかされてきた分、彼は人を知らないのだ。騙されやすいほど純粋なほど。
「なんと、俺は愚かだったのか……。死にたいくらいだ。死んでも詫びきれないよ」
「あなたは元王族だから死ねないわよ。生きて、自分の行いで傷つけた人に償いなさい」
性格が悪いだけで済まされればまだ憎めるところがあったが、やはり、彼は自分の行動に責任を感じていた。その自責の念が彼がしでかした事態への罰だ。
「すまなかった。ごめん。……ごめんなさい、ヴァシリッサ」
「――そう思ってくれるなら、私からはなにも言うことはないわ。ベルもアリスもわかってくれる。だって家族だもの。たしかにあなたは大きな失敗をしたけれど、反省している人に延々と騒ぎ立てるほど、私たちは狭量ではないつもりよ」
体外的にも、精神的にも罰を受けた。
私たちも今回の件で邪魔な貴族の勢いを落とせたし、今回の件の手打ちはこれでいいと思っている。
目の前のことに夢中になると周りが見えないのは彼の悪い癖だが、悪意をもってそうしたわけではないと気づいた。
なんだか愛おしくて、座っていたミハイルの頭を抱きかかえるように抱きしめた。
「見捨てないでくれるのか」
「当たり前でしょ。私たちは家族なのよ。不注意で道端に転がっている野良犬の糞を踏んづけたくらいで嫌いにならないわ」
――だから、もっと心を開いて。なんて野暮なことは言わない。家族に対価や見返りを求めることこそそもそも間違っているから。
それでも、少しは心を開いて欲しいと願ってしまうのは許して欲しい。
ミハイルの息が胸にかかる。くすぐったくて離れようとしたが、ミハイルは腰に手を回してテーブルの上にある試作品をざらり、と腕で床に落とす。
ベッドかわりに押し倒され、頭上には涙で濡れた視線と高揚とした表情。
勢いに任せ、温もりに身を任せた。
――はじめて、彼が本当の意味で受け入れた瞬間だった。
今回の件のアニスの末路を王都にいる内容が記されている手紙が養父から届いた。落ち着くところで落ち着いたな、と安堵の息をひとつ。
最高級の皮張りのチェアから立ち上がると、その手紙を持ってミハイルがいる工房へ向かった。
ミハイルの工房はあちらこちらに試作品が転がっていた。最近は硝子の彫刻をメインにしているのか、アクセサリー類の小さな彫刻が机の上に乱雑に置かれている。
地面には花瓶やコップが適当な場所に置かれており、円を描いて中央の椅子と小さな椅子でミハイルはせっせと一生懸命に作品を作っていた。
刃物を使っているので、ヴァシリッサは様子を覗き見てから扉をノックするとミハイルは気づいて顔を思いっきりあげた。
扉に寄りかかり、ひらひらと王室からの手紙を振る。首を傾げてミハイルは近寄ると、その手紙を受け取り、目を通す。
「あら、浮かない顔ね。少しは喜んでくれると思っていたのに」
何とも言えない複雑な表情で手紙を閉じた。
「俺の意思でないとしても、あの時アニスの言葉に惑わされて彼女と二人っきりになったのは事実だし、俺が甘い考えを捨てられていれば今回の件は起こらなかった。愚かな王子だという評価は変わらないさ」
「そうね。でも、あの時あなたの意思で私たちは辱められたのではないと世間に周知させることはできたわ。アレーナの家名に傷もついたでしょうね」
ちくり、と言葉で棘を刺してみる。今までなら突っかかってきたのに、素直に受け止めたのかぐっと空気を飲み込むように、ミハイルは喉を嚥下させた。
じっとその表情を見つめていると、ぽつり、と話した。
「俺は本当に、大変なことをしでかしてしまった。ありのままに受け入れてくれたこの家を、おまえを陥れる結果になってしまった。それだけは愚かな俺でも理解できる」
今にも泣きそうな顔で唇をかみしめるミハイル。王室で育ち、甘やかされてきた分、彼は人を知らないのだ。騙されやすいほど純粋なほど。
「なんと、俺は愚かだったのか……。死にたいくらいだ。死んでも詫びきれないよ」
「あなたは元王族だから死ねないわよ。生きて、自分の行いで傷つけた人に償いなさい」
性格が悪いだけで済まされればまだ憎めるところがあったが、やはり、彼は自分の行動に責任を感じていた。その自責の念が彼がしでかした事態への罰だ。
「すまなかった。ごめん。……ごめんなさい、ヴァシリッサ」
「――そう思ってくれるなら、私からはなにも言うことはないわ。ベルもアリスもわかってくれる。だって家族だもの。たしかにあなたは大きな失敗をしたけれど、反省している人に延々と騒ぎ立てるほど、私たちは狭量ではないつもりよ」
体外的にも、精神的にも罰を受けた。
私たちも今回の件で邪魔な貴族の勢いを落とせたし、今回の件の手打ちはこれでいいと思っている。
目の前のことに夢中になると周りが見えないのは彼の悪い癖だが、悪意をもってそうしたわけではないと気づいた。
なんだか愛おしくて、座っていたミハイルの頭を抱きかかえるように抱きしめた。
「見捨てないでくれるのか」
「当たり前でしょ。私たちは家族なのよ。不注意で道端に転がっている野良犬の糞を踏んづけたくらいで嫌いにならないわ」
――だから、もっと心を開いて。なんて野暮なことは言わない。家族に対価や見返りを求めることこそそもそも間違っているから。
それでも、少しは心を開いて欲しいと願ってしまうのは許して欲しい。
ミハイルの息が胸にかかる。くすぐったくて離れようとしたが、ミハイルは腰に手を回してテーブルの上にある試作品をざらり、と腕で床に落とす。
ベッドかわりに押し倒され、頭上には涙で濡れた視線と高揚とした表情。
勢いに任せ、温もりに身を任せた。
――はじめて、彼が本当の意味で受け入れた瞬間だった。
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