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「私の最初の夫。あなたが私のことをここまで大切にしてくれていたことは知っているわ。改めて口に出してくれて私も嬉しいし、照れくさい。だからこそお願い。私のことを思うなら、その怒りの感情を押さえて。……ミハイルと仲良くしろとまではいわないけど、いつも通りに接してくれないかしら」
「それが、願いであれば聞いてさしあげたいところですが、私が目を光らせていなければまた同じことを繰り返すのではないのでしょうか」
「それには事情があるの。今はまだ言えないけど、時が経ったら必ず教えるから押さえて欲しい。もしミハイルがまた同じことをしでかすなら、ヴァシリッサ・アレーナの名の元に裁きを下します」
名誉も権力も私だけのものではない。私個人が害されることが良しとしても、私が害されることで家族や領地にまで迷惑をかけるのなら見過ごすわけにはいかない。それがベルナルドでも、アリスタウでも、ミハイルでも同じことだ。
「……はぁ。命令すればいいものの、お願いで済ますのがあなたらしい。そこまで妻に強く言われたら尻に敷かれる夫として矛を収めざるをえない。事情を察するのも夫の務めだ。……ミハイル、すまなかったな」
「いや、元はと言えば俺の軽率な行動のせいだ。強く言えるわけがない。謝らないでくれ」
なにか事情があることを察し、まだ硬さは残るがベルナルドがミハイルに向ける琥珀の瞳光が和らぐ。その奥にある感情は納得がいっていない様子ではあるがベルナルドが譲歩した結果だ。
それでよしとして私はミハイルの方に向き直る。
「今回は不便を感じさせてしまってごめんなさい。あのことはあなたに関してはなにも思ってはいないし、あなたがおこなったことをこれ以上とやかくいうことはない。もしそれを理由に待遇や態度とかで冷遇されているのなら、私に相談して」
「大丈夫だ。元はと言えば俺が撒いた種だから謝る必要はない。それにこういう空気というのは新鮮だと感じたくらいだ」
「新鮮?」
意外な回答にベルナルドと顔を合わせる。私たちの反応は当然だと肩を竦めながらミハイルはコーヒーカップに目線を落とす。
「王位継承者候補として生まれて教育を受けてきたから対等に話し合える人間がいなかったんだ。自分に臆せず意見できる者はかつていた――が、母上から人付き合いに関して厳しく躾けられてしまってな」
ミハイルの母上、王妃様はご自分が御産みになった一番目の王子殿下とあなたを愛していることは社交界でも有名な話。特にミハイルの教育方針は基本的に自由にさせており、もしミハイルに不都合が起これば裏から手を回してその不都合を取り除くほどだ。
それがミハイルの育った環境で、さらに傲慢さと我儘に拍車がかかりあのプライドが高い王子像ができあがったというわけなのか。婚約破棄の件でも最後までミハイルに味方をしていたほどだ。
「俺に意見する不届きな輩だと王族の権力の元、排除されていった。教師ですら俺に厳しくできない始末でな。あの時は口うるさい奴らがいなくなってせいせいしたとすら思っていたが、今はあの時の体験が貴重な物だったのだと、気づいた。1人になって、今まで持っていたものを失くし、自分で得たものができた時に初めて気づかされた」
「失くしたというのは王子としての地位かしら」
「ああ。あの頃は芸術など軟弱な物は王子のすることではないと母上によく叱られていた。今はその手先の器用さが生かされているがな」
「王にならなくとも王族に属するものなら勉強するのは帝王学や経済知識、外交に関することや政治に関することだものね。正直あなたには向かないと思うのだけど、王になりたかったの?」
昔の王族は世襲制と相場が決まっており、複数継承候補がいた。1人が王になると王位を狙った暗殺や内乱を避けるためにその場で兄弟を殺してしまう時代もあったほどだ。しかし、昨今では兄弟の中で王が排出されれば、殺すのではなく書面で契約を交わして王位継承権を捨てて他は爵位を授かり政治に集中するのが昨今のサルドア王国の在り方だ。
1人の無能を王にするのではなく、兄弟の中から有能なものを王位につかせてもし有能なものがならなくとも他の有能な者に王は支えられて今日までこの王国は発展を遂げていた。
つまりは王子であるミハイルはアレーナに嫁がなければ王族の責務として政治に参加しなければいけないというわけだ。ミハイルがしたかったこと、得意なこと、性格をを考えれば政治家なんて難しいと感じる。
それはミハイルも感じていたようで深く頷いた。
「あの時は母上の期待と板挟みだったが正直ほっとしている。こうして領地に引きこもって黙々とした仕事をこなす方が性にあっていた、というわけだな」
「ミハイルが作る物は芸術品で美に肥えた貴族が感嘆を漏らすほどだ。今やガラス細工はこの国でも一大産業になりつつある。天は最後に我々に味方した、だな」
「そうだな。仕事と居場所を守ってくれたおまえたちの為にも今後ともこの才能を存分にふるうとするよ」
ミハイルも強張っていた肩を撫でおろし、冷め切ったコーヒーに口をつけた。ひと口飲んだところで、ミハイルは「夕方の納品に間に合わせたい」と席を立った。
私たちも領地視察の時間が迫っていたので話に区切りをつけると広間に静寂が訪れた。
「それが、願いであれば聞いてさしあげたいところですが、私が目を光らせていなければまた同じことを繰り返すのではないのでしょうか」
「それには事情があるの。今はまだ言えないけど、時が経ったら必ず教えるから押さえて欲しい。もしミハイルがまた同じことをしでかすなら、ヴァシリッサ・アレーナの名の元に裁きを下します」
名誉も権力も私だけのものではない。私個人が害されることが良しとしても、私が害されることで家族や領地にまで迷惑をかけるのなら見過ごすわけにはいかない。それがベルナルドでも、アリスタウでも、ミハイルでも同じことだ。
「……はぁ。命令すればいいものの、お願いで済ますのがあなたらしい。そこまで妻に強く言われたら尻に敷かれる夫として矛を収めざるをえない。事情を察するのも夫の務めだ。……ミハイル、すまなかったな」
「いや、元はと言えば俺の軽率な行動のせいだ。強く言えるわけがない。謝らないでくれ」
なにか事情があることを察し、まだ硬さは残るがベルナルドがミハイルに向ける琥珀の瞳光が和らぐ。その奥にある感情は納得がいっていない様子ではあるがベルナルドが譲歩した結果だ。
それでよしとして私はミハイルの方に向き直る。
「今回は不便を感じさせてしまってごめんなさい。あのことはあなたに関してはなにも思ってはいないし、あなたがおこなったことをこれ以上とやかくいうことはない。もしそれを理由に待遇や態度とかで冷遇されているのなら、私に相談して」
「大丈夫だ。元はと言えば俺が撒いた種だから謝る必要はない。それにこういう空気というのは新鮮だと感じたくらいだ」
「新鮮?」
意外な回答にベルナルドと顔を合わせる。私たちの反応は当然だと肩を竦めながらミハイルはコーヒーカップに目線を落とす。
「王位継承者候補として生まれて教育を受けてきたから対等に話し合える人間がいなかったんだ。自分に臆せず意見できる者はかつていた――が、母上から人付き合いに関して厳しく躾けられてしまってな」
ミハイルの母上、王妃様はご自分が御産みになった一番目の王子殿下とあなたを愛していることは社交界でも有名な話。特にミハイルの教育方針は基本的に自由にさせており、もしミハイルに不都合が起これば裏から手を回してその不都合を取り除くほどだ。
それがミハイルの育った環境で、さらに傲慢さと我儘に拍車がかかりあのプライドが高い王子像ができあがったというわけなのか。婚約破棄の件でも最後までミハイルに味方をしていたほどだ。
「俺に意見する不届きな輩だと王族の権力の元、排除されていった。教師ですら俺に厳しくできない始末でな。あの時は口うるさい奴らがいなくなってせいせいしたとすら思っていたが、今はあの時の体験が貴重な物だったのだと、気づいた。1人になって、今まで持っていたものを失くし、自分で得たものができた時に初めて気づかされた」
「失くしたというのは王子としての地位かしら」
「ああ。あの頃は芸術など軟弱な物は王子のすることではないと母上によく叱られていた。今はその手先の器用さが生かされているがな」
「王にならなくとも王族に属するものなら勉強するのは帝王学や経済知識、外交に関することや政治に関することだものね。正直あなたには向かないと思うのだけど、王になりたかったの?」
昔の王族は世襲制と相場が決まっており、複数継承候補がいた。1人が王になると王位を狙った暗殺や内乱を避けるためにその場で兄弟を殺してしまう時代もあったほどだ。しかし、昨今では兄弟の中で王が排出されれば、殺すのではなく書面で契約を交わして王位継承権を捨てて他は爵位を授かり政治に集中するのが昨今のサルドア王国の在り方だ。
1人の無能を王にするのではなく、兄弟の中から有能なものを王位につかせてもし有能なものがならなくとも他の有能な者に王は支えられて今日までこの王国は発展を遂げていた。
つまりは王子であるミハイルはアレーナに嫁がなければ王族の責務として政治に参加しなければいけないというわけだ。ミハイルがしたかったこと、得意なこと、性格をを考えれば政治家なんて難しいと感じる。
それはミハイルも感じていたようで深く頷いた。
「あの時は母上の期待と板挟みだったが正直ほっとしている。こうして領地に引きこもって黙々とした仕事をこなす方が性にあっていた、というわけだな」
「ミハイルが作る物は芸術品で美に肥えた貴族が感嘆を漏らすほどだ。今やガラス細工はこの国でも一大産業になりつつある。天は最後に我々に味方した、だな」
「そうだな。仕事と居場所を守ってくれたおまえたちの為にも今後ともこの才能を存分にふるうとするよ」
ミハイルも強張っていた肩を撫でおろし、冷め切ったコーヒーに口をつけた。ひと口飲んだところで、ミハイルは「夕方の納品に間に合わせたい」と席を立った。
私たちも領地視察の時間が迫っていたので話に区切りをつけると広間に静寂が訪れた。
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