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ミハイルがガラス工芸に興味を示して幾日か経過した頃。ずっと家に引きこもっていたミハイルは雪で道が使えない日以外はガラス工房に顔を出していた。
意外とそういった芸術の才能はあるらしく、工房の職人たちは彼の腕を褒めていた。褒められたミハイルも自分の腕に自信がついたのか、彼が工房で作ったガラス細工の数々は食器棚やインテリアに至るまで幅広く置かれている。
いつもぶっすりと口をとがらせ、出会えば誰かしらに威圧をかけるミハイルがここ最近では表情も紐を解かれたリボンのように緩やかになり我儘もいう頻度も減った。
趣味に没頭できる時間があるだけで人はこんなに変わるのだろうか。そう感じさせるほどの変わりっぷりだ。
アリスタウに小言をいう頻度が、ベルナルドがミハイルに注意する頻度が減って幾日か。とくにトラブルも起きることなく日々が過ぎて行く。こういう穏やかな夫婦生活があるべきものだと私はしみじみと思う。
そして作品を通して、彼の腕が確かだと知るとガラス工房直々に「ミハイルが作ったガラス細工を作ってみないか」と提案される。たしかに、この薔薇の装飾が施されたグラスや置物は貴婦人にも興味を持たれるだろう。それをミハイルに告げると驚かれる。
「大したものを作ったわけではないし、自己満足で作っていただけなのだが……」
「それでも誰かの心が打たれるほどの作品を作るというのは凄いことで誰でもできるわけではないのよ。あなたが良ければ販路は確保するわ。このデザインなんて若い子女の子にうけるわよ」
とグラスを手にした。すると、喜色にみちた表情に暗い色が落ちる。ずんとした表情にまずいことを言ってしまったかと言動を思い返してみる。もしかして、実は自己評価が低い人なのかな、と思ってしまうがどうやら違うようだ。
「……アニス」
アニスというのは、明らかに女性の名前だ。慕っていた女性の名前だろうか手元にあるグラスを傾けながら悲し気に眉を潜ませる。
女の前で違う女の名前を出すなんてデリカシーがないと思う反面、そこまで思いつめる人間なんてどんな人間なのだろうと興味が膨らむ。
それにアニスって男爵家の時にいた妹と同じ名前。アニスという名前は珍しくないし、同性同名だろうと思いつつ。しんみりとした空気に耐えきれなくて、商品化の話に話題を戻した。
「今度ね、ガラス細工のアクセサリーを作ろうかと考えているんだけど、それのデザイン考えてくれない?」
「ガラスのアクセサリー……?そういうのは宝石の方がいいのではないか」
「ガラスは宝石よりコストが安くて数が仕入れやすいしカットも応用効くから、デザインに凝れば宝石にはない形や加工がの仕方ができる。お金に困ってるけどお洒落をしたい下級貴族や平民の女性に売れると思うの」
「確かに近年ガラスを赤く染めた偽物の宝石を売る輩がいるくらいだから、一理あるかもしれないけど……しかし、贅沢を好む貴族に受け入れられるのか?」
「アクセサリーで大切なのはデザインと付加価値よ。アクセサリーで使ううえで普段使いしにくい宝石以上の需要を生む可能性はあるわ。私が出資するからやってくれる?」
ミハイルが来てからアレーナの工芸品、特にガラス細工は日に日に人気が出てきている。材料も取れるから特産品として王都に流通させる量をあげれば領地のアピールにもなるし、経済も回せて懐も潤う。
なにより私が欲しい可愛いアクセサリー。ハート型や星型、食べ物モチーフやオーソドックスなものまでより可愛いく着飾りたいと思うのは当然のことだ。
それにお洒落に敏感なお母様も喜んでくれる。下心を隠しながら熱弁すると、気圧されるように引き気味に目を細めるとミハイルは渋々と頷いた。
「そこまで食い気味に言われなくとも、パトロンの頼みだから引き受けるさ。それに……アクセサリーの細工も楽しそうだからな」
細々とした作業が好きなミハイルにはお気に召したようで、喜々としてガラスに彫刻刀を走らせる。
不機嫌な表情を露わにすることがほとんどだが、こうしてモノづくりに向き合っている時だけは無邪気で楽しそうに表情を緩める。その姿が楽しくて、職人の妻って普段こういう気持ちを味わっているのだろうかとふと思った。
まさかアリスやベルと同じように、ミハイルにも愛おしいと思えるような感情を抱くなんて自分のチョロさに頭を抱えながらデザインを丸投げして次の仕事に向かった。
意外とそういった芸術の才能はあるらしく、工房の職人たちは彼の腕を褒めていた。褒められたミハイルも自分の腕に自信がついたのか、彼が工房で作ったガラス細工の数々は食器棚やインテリアに至るまで幅広く置かれている。
いつもぶっすりと口をとがらせ、出会えば誰かしらに威圧をかけるミハイルがここ最近では表情も紐を解かれたリボンのように緩やかになり我儘もいう頻度も減った。
趣味に没頭できる時間があるだけで人はこんなに変わるのだろうか。そう感じさせるほどの変わりっぷりだ。
アリスタウに小言をいう頻度が、ベルナルドがミハイルに注意する頻度が減って幾日か。とくにトラブルも起きることなく日々が過ぎて行く。こういう穏やかな夫婦生活があるべきものだと私はしみじみと思う。
そして作品を通して、彼の腕が確かだと知るとガラス工房直々に「ミハイルが作ったガラス細工を作ってみないか」と提案される。たしかに、この薔薇の装飾が施されたグラスや置物は貴婦人にも興味を持たれるだろう。それをミハイルに告げると驚かれる。
「大したものを作ったわけではないし、自己満足で作っていただけなのだが……」
「それでも誰かの心が打たれるほどの作品を作るというのは凄いことで誰でもできるわけではないのよ。あなたが良ければ販路は確保するわ。このデザインなんて若い子女の子にうけるわよ」
とグラスを手にした。すると、喜色にみちた表情に暗い色が落ちる。ずんとした表情にまずいことを言ってしまったかと言動を思い返してみる。もしかして、実は自己評価が低い人なのかな、と思ってしまうがどうやら違うようだ。
「……アニス」
アニスというのは、明らかに女性の名前だ。慕っていた女性の名前だろうか手元にあるグラスを傾けながら悲し気に眉を潜ませる。
女の前で違う女の名前を出すなんてデリカシーがないと思う反面、そこまで思いつめる人間なんてどんな人間なのだろうと興味が膨らむ。
それにアニスって男爵家の時にいた妹と同じ名前。アニスという名前は珍しくないし、同性同名だろうと思いつつ。しんみりとした空気に耐えきれなくて、商品化の話に話題を戻した。
「今度ね、ガラス細工のアクセサリーを作ろうかと考えているんだけど、それのデザイン考えてくれない?」
「ガラスのアクセサリー……?そういうのは宝石の方がいいのではないか」
「ガラスは宝石よりコストが安くて数が仕入れやすいしカットも応用効くから、デザインに凝れば宝石にはない形や加工がの仕方ができる。お金に困ってるけどお洒落をしたい下級貴族や平民の女性に売れると思うの」
「確かに近年ガラスを赤く染めた偽物の宝石を売る輩がいるくらいだから、一理あるかもしれないけど……しかし、贅沢を好む貴族に受け入れられるのか?」
「アクセサリーで大切なのはデザインと付加価値よ。アクセサリーで使ううえで普段使いしにくい宝石以上の需要を生む可能性はあるわ。私が出資するからやってくれる?」
ミハイルが来てからアレーナの工芸品、特にガラス細工は日に日に人気が出てきている。材料も取れるから特産品として王都に流通させる量をあげれば領地のアピールにもなるし、経済も回せて懐も潤う。
なにより私が欲しい可愛いアクセサリー。ハート型や星型、食べ物モチーフやオーソドックスなものまでより可愛いく着飾りたいと思うのは当然のことだ。
それにお洒落に敏感なお母様も喜んでくれる。下心を隠しながら熱弁すると、気圧されるように引き気味に目を細めるとミハイルは渋々と頷いた。
「そこまで食い気味に言われなくとも、パトロンの頼みだから引き受けるさ。それに……アクセサリーの細工も楽しそうだからな」
細々とした作業が好きなミハイルにはお気に召したようで、喜々としてガラスに彫刻刀を走らせる。
不機嫌な表情を露わにすることがほとんどだが、こうしてモノづくりに向き合っている時だけは無邪気で楽しそうに表情を緩める。その姿が楽しくて、職人の妻って普段こういう気持ちを味わっているのだろうかとふと思った。
まさかアリスやベルと同じように、ミハイルにも愛おしいと思えるような感情を抱くなんて自分のチョロさに頭を抱えながらデザインを丸投げして次の仕事に向かった。
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