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サルドア王国第三王子ミハイルは由緒正しい家柄同士の間から生まれた。父はサルドア王、母は隣国のユースティア公国の公女で頭の先から爪の先まで貴族の血しか流れていない。対照的に、2人の兄や一番下の弟は平民の血や貴族でも自分の母より身分が下の貴族の血が流れている。

ミハイルは血こそが王族としての格であり、自分が王にならなければならないと教えられてきた。

だからこそ自分にはない女性に惹かれた。

太陽の光の下で反射する赤毛に、屈託のない笑顔を向け、身分も関係なく優しく接してくれる少女。そんな彼女を前にしたら守ってあげたくなる衝動に駆られた。

ミハイルはただ、少女を守りたい一心で、自分の権力を振りかざす。

彼女に向けられた悪意から守るために婚約破棄をしてまで少女の体裁を守った。だが、周囲はそれを賞賛しなかった。

逆に自分たちが責められる羽目となり、少女は幽閉、俺は謹慎の命令が下された。

ーーなのに!今度はどこの馬の骨とも知らない成り上がりの伯爵に嫁げと!?

男爵家出身で、最近爵位を受けた新米伯爵の元に?この選ばれた俺がか?

馬鹿にしすぎている。

だが、国王である父上の命令は決定で、抗議する暇もなく、長い準備期間が短く感じるほどに淡々と輿入れの準備が進んでいった。

★★★★★★★


輿入れの当日。

本来であれば配偶者が迎えに来るのが通例だが、来たのは宰相の弟――ベルナルド・オーツ。宰相の弟にして、アレーナ伯爵の夫だった。

あいつは確か、少し前までは不能だとか、男性しか愛せないだとか囁かれていたのに。そんな訳ありの男を寄こすだなんて、伯爵もどうかしている。

いや、女が伯爵なのだから、常識を口にしても仕方ないか。

しかし、端正な顔立ちだが、眉間の間に刻まれた皺や威圧感のある出で立ちはこの間首にした使えない家庭教師に似ている。

宰相と共に迎えの馬車まで行くと、アレーナ伯爵家の紋章が刻まれた馬車の前でベルナルドが待っている。

俺を見るや否や、じっとこちらを見てきた。一言もしゃべることなく、値踏みするような視線を向けられる。

「おい、礼儀を弁えろ」

王族を相手に礼を尽くさない、挨拶もしないなんて何事か。王族の身分をはく奪されても、俺は王子だ。

しかし、ベルナルドの皺はさらに深く刻まれるだけ。

なにも話さない。宰相に助けを求めるべく、横目に見た。

「礼儀に反しているのはミハイル殿かと」

しかし、宰相は肩を竦めた。この俺が無礼だと?なんの根拠があって――。

「宰相閣下。我が領内は今子守をする余裕がございません。貴族としての礼儀作法すら学ばれていない子供のお守りは御免被ります」

「まだ、自分の立場を弁えていないのだ。俺から言っても、きっと冗談で飲み込むだろう。お前から言い聞かせてくれないか?」

「――はぁ。これは、また厄介な。……閣下。貴方の無茶難題で我妻が相当苦労しております。これで過労が祟って早死にしたら一生恨みますよ」

「耳が痛いな。だが、妻をサポートするのが夫の役目だ。家庭内を守るのであれば、このくらいのじゃじゃ馬、御して見せろ」

「わかりました」

じゃじゃ馬とは俺のことだろうか?何故、宰相も俺を非難する。意味が分からない。

勝手に俺が理解できないところで話を進めるな。

はっきり言いたいが、この会話を理解していないと言えば、きっと馬鹿にされる。

――バチン。

次の言葉を考えていると、ベルナルドは次の瞬間、肌を打つ音と痛みが頬に走り、頭が真っ白になった。

「――なっ、なっ!」

「”ミハイル”だな。俺はアレーナ伯爵の第一夫人、ベルナルド・アレーナだ。立場としては王族の位をはく奪されたお前よりも上だ。これは、国王陛下、宰相閣下両名の承認を得ている。自覚しろ。お前を守る地位も権力ももうその手にはない」

冷たく浴びせられた言葉はまるで死刑を宣告されているようだった。

頼みの綱の宰相も何も言わない。門に控えている衛兵も口に出さない。

彼を護衛している騎士も微動だにしない。

それだけで、俺は今、本当になにもないのだと自覚させられた。

俺は。

――俺は、サルドア王国の王子じゃなかったのか?

悔しくて涙が溢れそうなところをぐっとこらえる。

なにも言えなくて、ベルナルドを無視して俺はやけくそに馬車に乗り込んだ。

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