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新しい怪談の誕生

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――アリスが死んだことは2人の秘密にして、皆がいるときはアリスとして生活する。

そう約束して幾月か。

「トイレの花子さん」の一件から、自分を犠牲にする危うい一面を垣間見て心配になった、というわけではないが、たまに花子の元に訪れ、きちんと学園生活をしているか様子を時々見に来てやっている。

きちんと過ごしているようで、一安心だ。

……何故、俺が安心をしている。アリスは婚約者ではあるが、あいつはアリスの肉体を使っているだけで、アリスではない。

顔が似ている知り合い程度のはずなのに、どうしてあいつの心配をしているんだ。

問題行動を起こさないため?

それとも、目を離すと突拍子もないことをするから目が離せない?

あいつを意識しているようで少し癪ではあるが、あいつから目を離せない俺がいる。

最初は手のかかるやつだったが、最近は俺に対する聞き分けもよくなったし、学校で問題行動を起こさず、普通に日常を過ごしているようだった。

休み時間や放課後にトイレに引きこもることを除けばただの大人しい人畜無害の少女だ。

それに、当初は帰りが遅くて両親からこってり絞られたようだし、先生方にも謝りに行ったようだ。一連を見ても一応は反省しているのだろう。

だが、その安心はつかの間だった。安心して、数日後、花子はまた問題行動を起こしていた。

「花子――ああ、いや、アリスがいない?」

「はい、昼休み前までは教室にいたのは他の生徒が目撃しているのですが、後の授業で姿を見せず、心配なのです。体調が悪いにも保健室にいった形跡もなく、婚約者のジョルジュ様ならなにかご存じなのではないかとこうして相談に参った次第です」

この学園の授業は基本50分6限の授業と合間に休み時間が設けられている。

その4限後の昼休みの時間にいなくなったと、放課後、生徒会室で仕事をしていると花子の担任の教師が相談しにきた。

花子が授業に出ないことは珍しいが、今のアリスは花子なので、行動原理が違う。

ついこの間約束をしたばかりだというのに、破るとはなんとも薄情で不誠実な人間……いや、幽霊なのだろうか。

先日の失踪事件のこともあり困った先生に頼まれ、俺は花子を捜索した。

まずは2階端の女子トイレを調べるが姿も気配もなかった。

あいつがトイレにいない?体調が悪い身体を引き摺ってトイレに引きこもってたやつが。

そして、いそうな暗くてじめじめとした場所を探してみるが、やっぱりいない。

最後は校舎裏の中庭――校舎の窓からギリギリ見えない死角。そこに彼女の声が聞こえた。

「――嘘、あなたも?うん、私も。……え、あ、いや。なにも、持ってないけど。――ちょ、嘘。勝手に!や、やめて!」

壁に背を預け、隠れて会話を伺うが、彼女の屈んだ背中しか見えない。しかも、会話は途切れ、なにか嫌がる素振りを見せる。

なにかあったのだとわかる挙動に助けないわけにもいかなく、気づいたらいつの間にか身体が前に出て彼女の肩を掴んで抱き寄せた。

ぎゅっと抱き寄せると、彼女の身体が俺の方に体重を預ける形でバランスを崩す。すると、彼女と対峙していた者の正体が分かった。

「犬?」

どこの犬だろうか。中型犬ほどの、耳が立っていて、茶色と顔と腹が白い毛で覆われ、くるり、とした尻尾が特徴の犬だった。

きゅるん、と首を傾げる姿は愛らしい。愛らしいが、まるで人間のように話せるか、と言えば皆無だ。

「おまえは、いったい、誰と話していたんだ」

「俺だよ。人間」

父上以上に野太くて力強い男の声が聞こえた。辺りを見回すが、俺たち以外の人間はいない。

すると、花子が、あの、と手を上げた。

「すみません、ジョルジュさん、声の主はこの子です」

花子が俺から離れ、犬を抱き上げる。

はっは、と舌を出してはいるが「察しが悪いな」という声が確かに犬から発せられた。

「な――なんで野良犬が話してるんだ!」

「トイレの花子さんが転生して人間になってんだ。人面犬の俺が本当に犬になっても驚く話じゃないだろう」

「人面犬、多分、ジョルジュさんは状況を理解していない」

「ああ”?怪異についてはお前が説明したんだろ?」

「いや、でも、怪異なんて、この世界の人間じゃ知らないだろうし。非現実的なことが起きたら理解が追いつかないのは当然だと思う」

「……そうだな。はぁ、面倒だが、自己紹介してやるか」

人面犬と呼ばれる犬はじたばたと暴れ、花子の腕から離れる。

ごほんと、人間らしく咳払いをすると人面犬だと名乗る。

「ジョルジュだ。このアタラ王国の第一王子で、花子……の身体の持ち主であるアリスの婚約者だ」

「へぇ!じゃあ、今の花子は王子様の未来の嫁さんってことか。トイレの怪異が王子の嫁とは、随分と出世したな」

けたけた、と笑っている。

「なにかそんなにおかしいのところでもあったか?」

「トイレの花子さんと言えば、俺たちの世界では恐ろしい怪異のひとつなんだよ。多くの怪異がコイツを恐れ、敬い、時には自分が新たな怪異になるべく挑戦した。知名度も残酷性も溢れる化け物だんだ、コイツは。それをわかっていて結婚すんだろ?笑えるぜ」

楽しそうに、人面兼は顎をしゃくる。この花子が人々に恐れられていた?

挙動不審で人見知りでいつも下を向いて生活しているコイツが?

たしかに異様に暗い場所を好んだり、奇行で周囲を困らせたり、用事もないのにトイレに引きこもったり。

色々と奇怪な女ではあるが、理不尽に人に手をかけたりしない。

「俺はこの幾日か、俺は彼女と学園内で過ごしてきた。挙動も気にしてきたつもりだ。けれど、彼女に振り回された経験として断言できる。人を無意味に危害を加える人間ではない」

花子は俺の顔色を伺うように、ちらりとこちらを見て目を逸らす。まるで、俺が言っていることは間違っている、そう言いたげな態度だ。

人面犬ははぁ~と深い溜息をついた。

「あのな。そう見えるのはこいつが今は人間の身体だからだ。怪異ってのは元々人に恐怖され、喰らい、語り継がれて存在を維持する生き物。つまり、人を恐怖させ、殺すことは俺らにとっては食事でしかない。お前らは牛や豚を殺して罪悪感を感じるのか?俺もコイツも、お前が思っているような存在じゃない」

人面犬は花子を見上げる。

「お前、コイツに怪異のことちょっとしか教えてなかっただろ」

「いや、教えてるし。でも、私この世界で人殺してないし、この間も女の子怖がらせたときも一応は人間のルールにのっとって怖がらせたし……」

「馬鹿花子!人間のルールにのっとって怖がらせただぁ?そんな生温い怖がられ方で怪異が務まるか!俺たちは怖がられてナンボだろうが!」

わんわん、と人面犬が花子の耳元で吠える。煩かったのか両耳に指を突っ込み音を遮断する。

「で、でも!今の私は人間だし、人面犬も今はただの犬、じゃない!」

「――お前、気づいてないのか?俺たちは世界からいなくなっても、俺たちに刻まれた業は消えることはない。実際、俺はこの世界に来て一ヵ月足らずだが、多くの人間の恐怖を集めたことで、話せるようになった。つまり、俺たちが普通になっても、魂の在り方は変わらない。”恐怖”を集めりゃあな、戻れるんだよ。怪異に」

「――え」

花子は固まる。今の話を要約して聞くと花子は怪異としての力を人の恐怖を集めることで取り戻せるということ。つまりは、元の花子に戻れる可能性があるということだろう。

「なぁ、花子。お前みたいな根暗な女は人間社会に溶け込めねぇだろ。俺も同じだ。前の世界は顔が人間面ってだけで野良犬社会から追い出された。俺はこの学校で恐怖を集め、怪談を作り、怪異として返り咲く」

人面犬はボフ、と鳴いた。犬の顔なのに、まるで人間のようにニヒルな笑みを作っている。

――人間のように思考し、言葉を話す犬。そして、彼はこの学校に恐怖を振りまくと公言した。

そんなこと――。

止めに入ろうと思った矢先、俺の言葉を遮り、花子は拳を作って身体を震わせた。

「ひ、人を殺すのはダメ、だと思う!たしかに、人を怯えさせれば、認知させれば私たちは元の力を戻せると思う。でも、今のままでも生きられるなら、それでいいじゃない!」

花子が声を荒げた。ここ最近、彼女を観察して声を荒げるなんて初めての行動だ。しかも、自分ではなく他人を守る為に冷静さを失い、止めに入る行動。俺には理解できないが、ああ、こいつは根っからなお人好しなのだと思った。

この学園で問題行動を起こさせることも、ましてや死人を出させることも俺は到底許す気はない。それに花子も同意したことがなぜか、俺は嬉しかった。

違う存在だと思ったやつが、案外考えていることは同じなのだと思うと心底安心した。

「お前は人間の身体だからいいかもしれないがな。俺は犬だ。犬は人間より立場が低くて弱い生き物。力がねぇと生きづらいんだよ。お前は生まれたときから噂になるだけで恐怖を集められる偉大な存在だけどな、俺は体を張って行動しないと存在を保てない弱い怪異なんだ」

「じ、人面犬……」

だが、恐怖を振りまくことが生きる術である生き物である以上、人面犬にもやらなければいけないこともある。食事を取るという行為を止めることはできない。

「で、でも……」

「人間と関わって毒気が抜けちまったな。昔のお前は凄まじい程の偉大な怪異だったのに。まぁ、元々陰気で目立つのが嫌いな女ではあったが……」

「う、うぅ……」

切り揃えられた短い髪の毛を揺らし、俯く花子。幼子が大人に叱られている構図の様だ。

俺はどう判断すべきなのだろうか。

よく会話を思い返せ。人面犬の言動のどこかに、花子は誤解しているように思える。そこに打開策はあるはずだ。

怪異という存在は知らなかったが、そもそも怪談や霊というオカルト的な言葉は俺たちもよく馴染みがある。

怪談とは要は怖い話だ。彼らはそれらが派生した化け物で、語り継がれることで力を取り戻せる。

つまり、恐怖を集めるという結果が必須なのであって、人に危害を加えるという行為は二の次ではないのだろうか。

花子は力なく震えている。どうして花子が、と思うが今はそんなことはどうでもいい。

「あの、少しいいか?」

「あ?んだよ。今俺は花子と話して――」

「要するに、お前の力を取り戻すにはお前に対しての恐怖の感情が必要なんだよな?なら、噂を広めるのは俺がしてやるし、この学校に住んでも構わない。その代わり、人間に危害を加えるのはやめてくれないか?」

「おいおい、取引なんて正気か?俺は怪異だぜ?」

否定はしない。人間に危害を加えなくても、彼らには生きながらえ、力をつける方法がある。

実際、この犬は俺の言葉を否定しなかった。つまりは、俺の案は考える余地があるということ。

「だが、人に危害を加えるのが力を戻す手っ取り早い方法ってだけで、実際にはしなくてもいいんだろう?」

「――まぁ、そうだな。花子みたいなバケモン怪異は別だが、俺は矮小な怪異だからな。ぶっちゃけ、人を怯えさせればいい」

「なら、お前がわざわざ憎まれ役を買わなくても、俺が広めてやる。俺はこの学園の生徒会長だからな。効率的にお前の話を広めてやれる」

「ほーん。……いいぜ。俺にとっては棚からぼたもちな話だ。このイケ犬顔じゃ恐怖も効率的に集められないしな。危害を加えないって約束するだけで住処も力も得られるなら安い買い物だ」

犬らしく尻尾を振って機嫌を露わにしている様はまさに犬。しかし、こう簡単に交渉が成立してしまうとは、彼は本当に化け物なのだろうか。

花子を見ると、ほっと息をついて、胸の前で組んでいた指をほどいた。

「おい!ジョルジュ!お前、見かけによらずいいやつだな。もし困ったことがあったらいつでも力になってやるよ。学校の敷地外じゃ無理だが、この学園内なら
なにかと力になれるかもしれないぞ」

「俺より後に学園に住み着いておいて、力になれるはないだろう」

「はん。言うね。おい!花子!」

「な、なに」

「引っ越し祝いに今度美味いおやつ持ってこい。ポケットの中にある飴は甘ったるくていけねぇや」

それだけ告げると花子の横を通り過ぎていき、どこかへ姿を消した。きっと、学園の敷地内で休める場所を探すのだろう。

校内は動物禁止だが、後で伝えておかなければ。



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