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2章

精神世界での邂逅

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――許せない。
なんで、アールが死ななければいけなかったの?死してなお、あんな辱めを受けなければいけなかったのだろうか。

わからない。わからないけど、ただ、あの時の状況が、苛立たしくて、腹立たしくて、悲しくて、胸からそれらの感情がこみ上げた時、目の前が真っ暗になった。

――初めて人を殺した時。なんとも思わなかった。前世の自分であれば卒倒したのだろうが、ゲームで敵キャラを殺す感覚で。罪悪感というものがなかった。

それには驚いたが、復讐に身を燃やす私に取っては、余計な感情が混ざらなくてよかったと安堵すらした。

安堵した私は、この城の全てを壊してしまいたくて。自分のひとつの命を代償とした核撃魔法によって、城の全てを吹っ飛ばした。
――すっきりした。けど、その後、なんとなく虚無感が訪れた。人を殺す罪悪感を削ぎ落した引き換えとしてなのだろうか。わからないけど。

核撃魔法を行使した私は、無限にある命の消費と、魔力の消耗なのだろう。急激に体の力が抜けて、眠くなった。その後のことは覚えていない。

――ずっと、この暗闇の中に漂っている。



暗闇の中に漂って幾日、幾年……相当な時間が経った頃。耳の奥底で老若男女の言い争う声が聞こえた。聞きおぼえがある。これは、あの時、私に不老不死を与えた神たちの声だ。

声がする方角に目を凝らすと、やがて暗闇が晴れていき、風景が鮮明に見えてくる。

最初に出会った空の上の風景とは違い、和風の部屋に大きなちゃぶ台を囲み、まるで家族会議をしているような神たちの光景が見えた。私はいつのまにか、その部屋の縁側に立っている。

荘厳な顔をした老人の神が般若のような顔をして女神ニティスに怒鳴る。
【だからあの時殺しておけばよかったのだ!知識の保管とか抜かして生かしておくから、結果的に一国が滅んだのだろう!】
【あら、人が争い、国が無くなることはよくあることです。それが今回は1人の力によって成し遂げられたものに過ぎません。そも、あなたも最終的には賛同したでしょう】
【おい、神同士で喧嘩はよさないか。みっともない】
【……はぁ、老害……失礼、頭の硬いおじいさんの相手は疲れますわ。……あら、絵美、起きてたの?おはよう。15年振りくらい?】

最初にあった装いと変わらない。桜のような淡く上品な髪色、ふわりとしたウェーブのロングヘアーを靡かせて、舞う花びらのようにひらりと軽やかにこちらに手を降った。

話の中心である、おじいさんは私に対して「人間がどうしてここに!」と困惑した表情で立ち上がるが、二フィス様が「私たちが呪いを与えたのだから当たり前でしょ」と言って、神を嗜めた。

すると、こちらを見て、ふわりと笑う……。

耳に響く声たちは、やがて鮮明に聞こえるようになり、耳で拾うのと大差ない音質になった。
「夢とは言え、神界と意識が繋がるのは珍しいわ。よければ話しをしない?ほら、ここ、座りなさい」

二フィス様は隣に座っていた筋肉質の若い神にどくように促す。若い神は非常に嫌そうに顔に皺を寄せたが、二フィスの圧に負けて結果的に席を譲ってくれた。

二フィス様は自分の隣にある座布団をぽんぽんと叩く。まるで親戚の集まりにいるお姉さんのようだ。

二フィス様ってこの中の神の中で、偉い方なのだろうか……。

「はい。私はこの神たちの中では偉い方よ?序列3位だもの」
「……私ってわかりやすいですか?」
「ううん。そんなことないわよ。ただ単純に私が心を読んだだけ。相手がなにを考えているのか考えるのってめんど……いえ。手間でしょう?」

ファフくんといい、二フィス様といい、他人のプライバシーというものは考えないのだろうか。迂闊に考え事ができないじゃん。と思いつつも、折角の機会なので、二フィス様の好意に甘える。

「あら、物怖じしないのね。普通だったら私たちの威光に恐怖するか、恐れ多くて座れない、喋れないという子も多いのよ」
「私以外にもここに来る人っているんですか?」

二フィス様は私に顔を楽しそうに覗き見る。にこり、とほほ笑んで質問に気前よく答えてくれた。
「ほんと、たまーにね。私たちを信仰したりする子や、祈りを捧げる子っているでしょ?信心深いと祈りを捧げている神との親和性が深くなって、精神内という限定的なもので、ここに招かれたりするのよ。あなたの場合は、呪いがそれに該当するわね」

二フィスは他の神に用意させたお茶ではあるが、私に振舞ってくれた。しばらくなにも口にしていなかったので、ありがたく頂戴することにした。

「ふふ。あなたって本当に面白い子。なんだか、人間風でいうと、近所の子供を相手にしているみたい?になるわね。私、子供いないけど、なんだか母性が擽られるっていうか……」
「私、そんなに子供っぽいですか?」
「私に言わせれば、皆子供、赤子のようなものよ。……さて、折角来たのだから、なにか質問していったらどうかしら?神との会話なんて中々できないものよ?」
「おい、二フィス、人間と会話をするだけならまだしも、神の禁忌に触れるようなことは――」
「オーフィン。ただ人間とのお喋りをするだけ。答えるのも人間が知り得る知識や禁忌に振れない程度の話題に留めればいい話でしょう。ちょっとあなた頭硬すぎ。それに、もう会議は終ったのだからお開きにしましょ?はい、さようなら~」

オーフィンと呼ばれるおじいちゃんは二フィス様が手を跳ねのけて、しっしっと追いやるように手を動かすと、壁という概念がないかのように後方に弾き飛ばされた。

「二フィス~ッ!」と叫んでいるが、二フィス様は無視。他の神たちも、呆れたようにため息をつくと、がやがやと去って行った。

この空間には二フィス様と私、2人だけになる。……やばい、2人は余計緊張する。

「不思議な子ね、10人の女神を相手にするより、2人の方が緊張するの?」
「人数が多いと、緊張が分散されるといいますか……1対1だと話している感があって、緊張します」
「そう、でも緊張しなくていいわ。ここでの無礼もなにもかも不問にしますので。……それで、なにか知りたいことはない?」

二フィス様は体を乗り出して、私に問う。いきなり質問と言われても……。聞きたいことはそんなにない。

魔法や魔素のことなんて、一通り理解しているし。不老不死の呪いを受けてしまった理由も理解しているつもりだ。……あ、そうだ。
「……私の不老不死なんですけど、この不老不死って解く方法とか、不老不死を無効化する方法とかってないんですかね……?」
「不老不死を無効化?呪いを解くということではなく?面白いことを言うのね?」
「私の命を核とした核撃魔法は人間1人分の命を消費します。不老不死はなにをもってして不老不死というのか。確かめてみたくて。そも、不老不死とはなんなのか。無限の命を持つという意味での不老不死なのか。無限に再生するから不死なのか。……これだけでも不死の概念に大きな違いが生まれますので」

自分のありったけの疑問をぶつけてみた。どう言語化すればいいのかわからないので、思っていることを伝えてみたつもりなのだが……。二フィス様は噴き出すように、口元を押さえて笑う。

「――ふふふ、あなた、復讐の間にそんなこと考える余裕があったの?」
「いえ、研究はついでなのですが……つい。どうせ魔法を使うのなら、意味のあるものにしたいと思ったら、使ってました」

怒りに染まっていたからといっても、理性はある。ふと謎に思ってしまうと、原因を解明したくなるわけで。あのとき、アールを失って、死んでしまいたい気持ちになった私は、つい不死の概念について試してみたくなった。

もし、消費に対応していない不死なら、死ねるかもと思ったから。

「ふふふ……無駄に命を投げ出す人間はいるけど、あなたのような有意義に命を投げ出す人間、初めて。あなた、狂ってるわ」
楽しそうに、コメディ番組をみているような愉快さで二フィスは笑う。神にとっては笑ごとなのだろうが、私には真剣な問題だ。

せめて、自分の不死について知っていてもいいと思うのだ。

「うん。まぁ、普通の人間なら、不老不死の概念について疑問に思わないだろうし。……いいわ、叡智の女神として、あなたの問いに答えましょう。不老不死の呪いについて答えるくらいならば、他の女神もなにも言わないだろうし。でも、ヒントだけ。答えをそのまま言ってしまったら面白くないでしょ?」

二フィス様はお茶目にウインクをして、私の額に指を宛てた。ぴんっと優しく、けれど、爪があたってちょこっと痛かった。

「――最初に言ったでしょ?あなたの呪いは”世界が果てるまで”の呪いだと。つまり、今の世界が終らないと厳密にはあなたは死ねない。消費型の不死ではない、ということね」
「……つまり?」

言っている意味が理解できなくて聞いてみる。しかし、「だから、ヒント。これから、100年、1000年と長い時間を生きるのだから、全てを知ってしまったら、楽しみが減るでしょ?」と言われ、答えてくれなかった。

そのヒントと同時に急激な眠気に襲われる。

「あら、まだお喋りはこれからなのに。意外にせっかちね。......あなたとのお喋り、楽しかったわ。また、ここにきたらお喋りしましょ?」
「ど、うしたら、ここに......」
「そうね。ほら、世界には私たちを信仰している教会、宗教があるでしょ?もし、またお喋りがしたくなったら、北方にある国を訊ねるといいわ。北方は私を崇拝する教会が結構あるから、そこにいくだけでも縁が深く結ばれると思う」
「ほ、っぽう......でも」
「あなたの言いたいことはわかるけど。人間が住まう世界に暮らしていくうえで、人間とまったく関わらないのは無理な話。どう落としどころをつけて、共存していくか。ほら、あなただって人間の作った文明、文化の中で暮らしているし、本だってそのひとつ。......ね。まぁ、あとは時間が解決してくれるわ」

意識は薄れていき、耳端で必死に二フィス様の言葉を頭に入れるが、眠気のせいでその半分しか理解できない。とにかく、また喋りたいのであれば、北方にいくしかないということだろう。

......落としどころ。たしかに、それも、これから暮していくうえで大切なのかもしれない。

ああ、本当にねむ......く。

「いってらっしゃい、絵美......いいえ。エミリア。大丈夫。あなたであれば、うまく世界で暮らしていけると思うわ。だって、この叡智と魔法の女神の二フィスがあなたを見守っているのですもの」

............最後の記憶の二フィス様は野に咲く一輪の華のように可憐で、はかなげな笑みを浮かべていた。その笑みがどういう意図なのかわからない。......が、そこまで嫌な笑みではなかった。
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