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二人の行方
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月明かりで照らされる廊下には若い男女の影が二つ。
薄く伸びる影は寄り添って見えるように見えるが、その実、女の方はこれから起こるであろうことに身構えている。
クリフォードはネイビーの髪色を淡く輝かせ、金色の瞳をちらりと横目に向けた。ミリアーナは瞼を伏せ、もじもじと体を動かしている。
「ミリアーナ」
歩みを止めて、静かにミリアーナの名を口にした。くるりとミリアーナに向き直ったクリフォードの瞳は強い意志をもって輝いている。
ミリアーナは生唾を飲み込んだ。
――多分、あの話の流れからして。これはもしや。
ただ、本心は口にしない。本当は全然違う話題だったら、この思いは恥を掻くべきものだとミリアーナは感じたから。ただ、こうして指同士をくるくると弄びながらクリフォードの言葉を待つしかなかった。
「......俺はおまえに惚れている。公爵令嬢の癖にどこか庶民的だし。自分の敵に対して妙に優しいところがあるかと思えば、やられたらやり返す容赦のなさもある。料理も上手く、気が利いて、それでいて寛容さと包容力を見せる......そんな千変万化なおまえに次第に惹かれていった。......正直、アシュリーのことは憐れむべきなのに、婚約破棄に喜んでいる俺がいる」
「アシュリー様との婚約破棄は喜んで頂いても大丈夫なのですが......」
ミリアーナは場のシリアスさを和ませるためにツッコミを入れてみるが、視線から「茶々を入れるな」と言いたげな瞳で睨まれる。口をつぐむと、はぁと呆れたようなため息がクリフォードから聞こえてくる。
「とにかく。そんなおまえに惹かれていっている俺がいる......だから。俺と、婚約してくれないか」
クリフォードは大きく、剣だこが出来た手をミリアーナに差し出した。その手は逞しいはずなのに、わずかに振るえている。
茶化してしまおうとも頭の片隅でわずかに思ったのだが、真剣に思いを伝えてくれる彼に対して失礼だと反省するように瞼を伏せた。
――自分はどうするべきなのだろうか。
社会人だった頃の自分であれば「これも人生経験だろう」と安易に受け入れたかも知れない。しかし、相手は一国の皇子であり、辛いときも傍で支えてくれた恩人だ。真摯な思いを軽い気持ちで答えてしまうものではない。
――じゃあ、断ればいいのだろうか。
クリフォードのことは好ましいと思っているが、果たしてこれは恋愛の方の好意なのか。友情の方の好意なのかがわからない。こんな気持ちのまま答えていいものなのだろうか。どう自分の中で気持ちを整理しなければいけないのか。
自分なりに気持ちを整理するので精一杯だった。
思考を持っていかれていると、くすりと笑う声が聞こえ、ミリアーナは伏せ気味だった顔をぱっとあげた。
「顔に感情が出ているぞ」
「......失礼しました」
「迷惑であれば言ってくれ。おまえを困らせるつもりはないし、いきなり婚約は話が早すぎるだろう」
ただ、自分の気持ちだけは知って欲しかったと付け加えると、ミリアーナに背を向けた。ミリアーナから表情は見えなかったが、どこか寂しそうな背中だった。ミリアーナはなにか勘違いしているのではないかと思い、去ろうとするクリフォードを呼び止める。
「ち、違うんです!......迷惑なのではありません。むしろ嬉しいです。......でも、クリフォード様が真剣に私のことを考えてくれているのに、なにも考えずにあなたの好意に首を縦に振るのは失礼じゃないのかな、と思ったのです」
「......つまり、俺のことを考えて?」
「そんな大層なことじゃありません。私のような世間体の悪い女、クリフォード様が婚約されるのはデメリットですし。私よりふさわしい婚約者候補がいるでは――ひゃっ!」
ミリアーナの答えを聞くと、クリフォードはネイビーの髪を揺らし、ミリアーナの両肩に優しく手を置いた。急に肩を掴まれたものとなり、ミリアーナは驚きのあまり声をあげる。
ゆっくりと深い息を吐き、安心した顔色を見せた。
「はぁぁぁぁぁ~......。ビックリさせるな。嫌だから断られたのかと思った......」
「嫌ではありません。嫌う理由がないです。クリフォード様はいままで私に良くしてくださいました。そんなあなただからこそ、困らせるようなことはしたくないのです」
「だが、俺はそんなことは承知の上で気持ちを告げている。それでも、俺の気持ちには答えてくれないだろうか」
脈はあると実感したクリフォードは駄目押しでもう一度気持ちを告げる。
ミリアーナは嬉しいような、困ったような。視線を泳がせる。しばらくの静寂が流れ、クリフォードは駄目かと思い、肩を落とそうとした。
それと同時にミリアーナは口を開いた。頬に熱が帯びているようだった。
「......婚約者と言うのはまだ、考えられません。けど......その、恋人から、関係性を初めてみませんかッ?」
「......婚約者と恋人はどう違うのだ?」
意外な答えにクリフォードは見開いた。お互いが結ばれた関係性というのは変わらないような気がすると付け加えると、ミリアーナは緊張どもり気味で早口で答えた。
「ぜ、全然違います!ほら、婚約者って、結婚前提でお付き合いしますけど、恋人はもっとフラットなお付き合いというか......」
「おまえは俺と結婚したくはない、と」
「違います!いや、まだ結婚が考えられないという意味ではそうかもしれませんけど......。今後、この婚約破棄が原因で悪意ある人間が、私を、アーテル家に危害を加えるやもしれません。その悪意を、あなたに向けたくはないんです。だから、いついかなる時も私を切り捨てられるように、今はこの関係性が限界なんです」
その答えにクリフォードは首を傾げた。起こってもいない、もしもの話を慎重に考えてもどうしようもないと思ったからだ。
しかし、心配性なミリアーナの性格から、納得はしてもらえないだろう。変に頑固なところもあるから。
クリフォードは喉から笑を漏らすと、ミリアーナを抱きしめた。関係性に若干不服はあるものの、自分が思い描いている方向へは向いているから。もう、離さないと両手に力を込めた。
薄く伸びる影は寄り添って見えるように見えるが、その実、女の方はこれから起こるであろうことに身構えている。
クリフォードはネイビーの髪色を淡く輝かせ、金色の瞳をちらりと横目に向けた。ミリアーナは瞼を伏せ、もじもじと体を動かしている。
「ミリアーナ」
歩みを止めて、静かにミリアーナの名を口にした。くるりとミリアーナに向き直ったクリフォードの瞳は強い意志をもって輝いている。
ミリアーナは生唾を飲み込んだ。
――多分、あの話の流れからして。これはもしや。
ただ、本心は口にしない。本当は全然違う話題だったら、この思いは恥を掻くべきものだとミリアーナは感じたから。ただ、こうして指同士をくるくると弄びながらクリフォードの言葉を待つしかなかった。
「......俺はおまえに惚れている。公爵令嬢の癖にどこか庶民的だし。自分の敵に対して妙に優しいところがあるかと思えば、やられたらやり返す容赦のなさもある。料理も上手く、気が利いて、それでいて寛容さと包容力を見せる......そんな千変万化なおまえに次第に惹かれていった。......正直、アシュリーのことは憐れむべきなのに、婚約破棄に喜んでいる俺がいる」
「アシュリー様との婚約破棄は喜んで頂いても大丈夫なのですが......」
ミリアーナは場のシリアスさを和ませるためにツッコミを入れてみるが、視線から「茶々を入れるな」と言いたげな瞳で睨まれる。口をつぐむと、はぁと呆れたようなため息がクリフォードから聞こえてくる。
「とにかく。そんなおまえに惹かれていっている俺がいる......だから。俺と、婚約してくれないか」
クリフォードは大きく、剣だこが出来た手をミリアーナに差し出した。その手は逞しいはずなのに、わずかに振るえている。
茶化してしまおうとも頭の片隅でわずかに思ったのだが、真剣に思いを伝えてくれる彼に対して失礼だと反省するように瞼を伏せた。
――自分はどうするべきなのだろうか。
社会人だった頃の自分であれば「これも人生経験だろう」と安易に受け入れたかも知れない。しかし、相手は一国の皇子であり、辛いときも傍で支えてくれた恩人だ。真摯な思いを軽い気持ちで答えてしまうものではない。
――じゃあ、断ればいいのだろうか。
クリフォードのことは好ましいと思っているが、果たしてこれは恋愛の方の好意なのか。友情の方の好意なのかがわからない。こんな気持ちのまま答えていいものなのだろうか。どう自分の中で気持ちを整理しなければいけないのか。
自分なりに気持ちを整理するので精一杯だった。
思考を持っていかれていると、くすりと笑う声が聞こえ、ミリアーナは伏せ気味だった顔をぱっとあげた。
「顔に感情が出ているぞ」
「......失礼しました」
「迷惑であれば言ってくれ。おまえを困らせるつもりはないし、いきなり婚約は話が早すぎるだろう」
ただ、自分の気持ちだけは知って欲しかったと付け加えると、ミリアーナに背を向けた。ミリアーナから表情は見えなかったが、どこか寂しそうな背中だった。ミリアーナはなにか勘違いしているのではないかと思い、去ろうとするクリフォードを呼び止める。
「ち、違うんです!......迷惑なのではありません。むしろ嬉しいです。......でも、クリフォード様が真剣に私のことを考えてくれているのに、なにも考えずにあなたの好意に首を縦に振るのは失礼じゃないのかな、と思ったのです」
「......つまり、俺のことを考えて?」
「そんな大層なことじゃありません。私のような世間体の悪い女、クリフォード様が婚約されるのはデメリットですし。私よりふさわしい婚約者候補がいるでは――ひゃっ!」
ミリアーナの答えを聞くと、クリフォードはネイビーの髪を揺らし、ミリアーナの両肩に優しく手を置いた。急に肩を掴まれたものとなり、ミリアーナは驚きのあまり声をあげる。
ゆっくりと深い息を吐き、安心した顔色を見せた。
「はぁぁぁぁぁ~......。ビックリさせるな。嫌だから断られたのかと思った......」
「嫌ではありません。嫌う理由がないです。クリフォード様はいままで私に良くしてくださいました。そんなあなただからこそ、困らせるようなことはしたくないのです」
「だが、俺はそんなことは承知の上で気持ちを告げている。それでも、俺の気持ちには答えてくれないだろうか」
脈はあると実感したクリフォードは駄目押しでもう一度気持ちを告げる。
ミリアーナは嬉しいような、困ったような。視線を泳がせる。しばらくの静寂が流れ、クリフォードは駄目かと思い、肩を落とそうとした。
それと同時にミリアーナは口を開いた。頬に熱が帯びているようだった。
「......婚約者と言うのはまだ、考えられません。けど......その、恋人から、関係性を初めてみませんかッ?」
「......婚約者と恋人はどう違うのだ?」
意外な答えにクリフォードは見開いた。お互いが結ばれた関係性というのは変わらないような気がすると付け加えると、ミリアーナは緊張どもり気味で早口で答えた。
「ぜ、全然違います!ほら、婚約者って、結婚前提でお付き合いしますけど、恋人はもっとフラットなお付き合いというか......」
「おまえは俺と結婚したくはない、と」
「違います!いや、まだ結婚が考えられないという意味ではそうかもしれませんけど......。今後、この婚約破棄が原因で悪意ある人間が、私を、アーテル家に危害を加えるやもしれません。その悪意を、あなたに向けたくはないんです。だから、いついかなる時も私を切り捨てられるように、今はこの関係性が限界なんです」
その答えにクリフォードは首を傾げた。起こってもいない、もしもの話を慎重に考えてもどうしようもないと思ったからだ。
しかし、心配性なミリアーナの性格から、納得はしてもらえないだろう。変に頑固なところもあるから。
クリフォードは喉から笑を漏らすと、ミリアーナを抱きしめた。関係性に若干不服はあるものの、自分が思い描いている方向へは向いているから。もう、離さないと両手に力を込めた。
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