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久しぶりの夜食会
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アンとメリーと一押しのお店、野人の酒場にいって数日が経った。
久々に食べたカレーのスパイスが未だ忘れられず、そしておじさんやおばさんの困った顔が脳裏から離れない。
この国でスパイスを扱うお店なんて少ないし、もっとスパイスが広まって貴族でもそういった料理が流行ればこそこそせずにいろんな料理が食べれるのに。
私、食べ物は一度はまっちゃうと飽きるまで同じものを食べちゃう傾向があるから
、カレー熱に火が入ったし、どうにかしてあげたい。
でも私にできることなんてないし……。
まぁ、考えても仕方ないし、部外者が口に出したところでどうにもできないだろう。
私は気持ちを切り替えて街で買ったあるものを確認しに厨房に向かう。
今日の夜食会はあれにしよう……。
★
「お嬢様!今度はどんな料理を作るんですかい?」
「ふふふ。今日はね、平民街で買ったスパイスであるものを作ろうと思って!あれは作ってくれた?」
「へい。いわれた通りに。でもパン生地とパンをすり下ろしたものなんて何に使うんですかい?」
ドリーはスパイスが入った麻袋を12袋。そのそれぞれに違うスパイスが入っている。
それらが並べられた厨房の隅に顔を向けた。
スパイスを入れる入れ物と掬い上げるために必要なスコップを取り出して必要な分のスパイスを取っていく。
まぁ、スパイスを用意させてパン生地まで作れっていわれたのだからなにを作るのか見当もつかないのは当然よね。
ここでいっても面白くないので、できるまでは何を作るのかいわないことにしよう。
「それは作ってからのお楽しみです。今日の夜食会の参加者は何人?」
「今日は15人ですね」
「じゃあちょっと多めに作りましょう。個数が多いからドリーも手伝ってくれる?」
「もちろんです。自分の役割ってのもあるんですが、厨房を預かる身としてはお嬢が作るものにはなんでも興味が尽きないんで」
ドリーは両手を握りながら期待した眼差しで私を見る。
そんなに私の料理……というか異世界の料理だけど気に入ってくれて嬉しい。
けど、過分に期待されてももしもまずかった時の理由付けが困るというか……。
素直には喜べない心情を置いて、夜食づくりに専念しよう。
「では、まずはパンの中に入れる具を作りましょう」
「パンの中に入れる......具?具材を入れるってことですかい?」
「まぁ、そうね、具材をパン生地で包んで揚げるの」
「パンを……揚げる?」
首をかしげて髭を触るドリーを後目にオールスパイス、クミン、ターメリック、胡椒、唐辛子、シナモン、フェンネル、カルダモン、クローブ、コリアンダー、スターアニス、ナツメグを種類別に並べる。
まずは玉ねぎをみじん切り。トマトを軽く湯煎して皮を剥き、適切な大きさに切る。
鶏肉……を使おうと思ったけど牛肉の気分なので、ヨーグルトと、コリアンダー、クミン、ターメリックを付けてしばらく放置。
フライパンにシナモン、クローブ、カルダモンを油で炒めてその中にニンニク、玉ねぎ、トマト、残りのスパイスを入れてさらに炒める。
頃合いを見て牛肉を入れ、水分が飛ぶまで炒めたら水を入れる......のだが。びしゃびしゃにしすぎると生地から具が漏れちゃうので味をみてスパイスを随時足して行ったら……
「よし、具材の完成」
後は冷ましている間に生地を広げパン粉と卵、そして揚げる用の油を熱する。
「お嬢様、これでよろしいですかい?」
パンに冷ました具材を包み、卵につけてパン粉を纏わせる。
15分ほど置いた後に両面がこんがりきつね色になるまで揚げていく。
……ああ、香ばしいパン粉がからっと揚がる香ばし匂いとカレーの中に入っているトマトと玉ねぎの豊潤な香りがする。
お腹すいてきた……。
この作業をドリーと個数分繰り返していけば……。
「ふぅ……。完成しやしたね。後はお嬢様特製の冷製かぼちゃのスープの鍋と一緒にもっていけば……おい!若いの!これも一緒に広間に持っていけ!」
「はい!」
いつの間にか厨房にいたのか、ドリーの弟子たちが元気よく返事を返してワゴン車の上に揚げたてのカレーパンとスープ。そして別の台には取り皿とスープ皿などの食器類を乗せる。
そんなに急がなくてもいいのに、ひとつひとつの行動がせかせかと表現するべきなのか、はやめはやめの行動で広間に向かった――。
★
「広間にまで香ばしい香りが漂ってきたので何かと思えば……これはなんだ?」
お父様が一足先に食卓についており、続々とお母様、クリフォード様、見慣れた使用人たちが集まってくる。
それを食卓の真ん中に置くと、「パン……?」とお父様がつぶやいた。
「揚げパンと呼ばれる油で揚げたパンの一種で、カレーをパンで包んであげたカレーパンと言います」
「カレーって南の国の郷土料理か?だが、カレーはスープだろう?それをパンに包めるものなのか?」
「パンで包めるように水分を飛ばしてあります。私たちの国ではスープや主菜はパンとは別に食べるものですが、カレーなどはナンと呼ばれる、パンのようなものやライスなどと一緒に食べられるので、そこまで不思議なことではないかと」
「ああ、だからあの店で食べた時、なにか物足りないかと思ったのか。味が濃いからなにか調和がとれるものと本来は一緒に食べるもの......」
「それもあるかもしれませんね!」
カレーパンの説明はこれくらいでいいだろうか?
出来立ては熱い方が美味しいし。ドリーたちに人数分を取り分けてもらっていざ実食。
――ザクッ。じゅわわ......。
「はむぅッ、むぅッ――!ふぉっ!噛むとなかから濃厚で爽快、パンチの効いた味付けの肉がッ......!」
お父様とお母様が揚げたてのカレーパンにナイフで切り込みを入れ、優美な流れでフォークに突き刺し、口に運ぶ。
お父様ははしたなく、リスのように頬を膨らませ、お母様は指先を口元に当てて咀嚼を繰り返す。
とろけ切った顔でスパイスの香ばしい香り
「中の玉ねぎは細かく刻んでいて、よい感じでマイルドさを演出できてます。それにトマトの酸味も調和がとれてて......パンとよく合います」
「冷製のスープが口の中の辛みを和らげてくれて、余計食べやすい。……油で揚げただけで重たいのがあるが、この重たさはなにか心地よいというか、癖になるな」
「へぇ、パンにもこういった調理法があるんですね、勉強になりやす!」
「美味しいです!ミリアーナ様!!」
ドリーやメリーが舌鼓を打っている中で、一人暗い色でアンがカレーパンを見つめていた。
美味しくない......のかな?
「アン、どうしたの?口に合わなかったかしら」
「いえ!カレーパン自体は本当に美味しいです。というか、ミリアーナ様の作るものが美味しくなかった試しがありません!」
「あ、……そう?そこまで言われると照れるのですけれど......。けど、表情が暗いわ?」
「……それは、ですね」
アンはカレーパンを食べて野人の酒場のおじさんのカレースープを思い出したのだとか。
こういった突飛なものがあればもしかしたら多くの人の目を惹いておじさんとおばさんの店に通ってくれるのではないか……と。
たしかにカレーパンはスープと違って片手間で食べられるし、休憩時間を中々取れない職業についている人たちにも美味しく手早く食べられる。
総菜パンという概念が広まればさらに一般的に食べられるメニューの幅が広がってそれだけ食文化が豊になるだろうな。
そういった便利で美味しいごはんは流行る。それは生前の世界でもそうだったからだ。
10秒飯然り、コンビニ飯然り。
「おじさんとおばさんにも食べさせてあげたら……」
もっとこういった料理が広まって欲しい。そしてお店のなにかのヒントになればいいなといった衝動的な感情とおせっかいでつい口走ってしまう。
「じゃあカレーパン近いうちにもっていく?」
「……え?いいんですか?」
アンは遠慮気に返事を返す。
隣でパンを食べていたメリーはアホ毛をぴこんぴこんと揺らしながら嬉しそうにほほ笑む。
そうあからさまに喜ばしさを表現されると照れてしまう。
というかこれが正解かどうかはわからないが、身内の知り合い、しかもあんな美味しい料理を作ってくれたのだから少しくらいは恩返しさせてほしい。
今回は使わなかったけど、カレーの素があるなんてはじめて知ったし。
…………。
「あそこのカレースープ美味しかったし。なにより私のカレーパンで少しでも元気になったり、アイデアのヒントになればこれほどうれしいことはないわ。なによりアンとメリーがご贔屓にしているお店だもの。……お母様、お父様、日中になるのですが、近いうちにカレーパンを作ってもよろしいですか?」
令嬢としての体裁を守る為、深夜に作ってはいたのだが、カレーパンとなると油による酸化が早いため半日も立つと素人製では美味しさが半減してしまう。
どうせ食べてもらうなら出来立てを食べてもらいたかった。
そうなるとお父様とお母様の許可は必要だろう。
自分の趣味で家に迷惑をかけない。これが私なりのポリシーだから。
「いいわよ。けれど作るのなら少し多めに作ってくれるかしら?そうね……3日後とかどうかしら?」
「ミリアーナ、僕のも作って!これなら仕事をしながらでも食べられるし。……それに日中ミリアーナの料理が食べられるなんてこんな嬉しいことはないよ」
「わかりました。作らせていただきます。今度はレパートリーを増やしてもよろしいですか?今回は中辛でつくったのですが、辛口と甘口も作ってみたくって……」
「私のは今回のと甘口ので頼むわ」
「僕は3種類2つずつ頼むよ。ジョンと食べるから」
「ミリアーナ、俺のも頼む」
「ミリアーナ様!私もまた食べたいです!」
「僕も!」
「アタシも!」
「自分も!」
お父様とお母様の許可を取れたのはいいが、嬉しいことに追加注文が殺到する。
食い気味に名乗り出てくれるので、いつもの物静かな家中とはまた違った団欒の風景に思わず嬉しくてくすりと笑いが零れてしまう。
貴族や平民の垣根を越えてこうやって自分の好きなものを言い合える環境。貴族からしたら「無礼」で片付けられるのだろうが。
このアットホーム感は私は好きだ。
「わかりました!今度の日中は屋敷に勤務している全員分作るのはいかがでしょうか?ただ人数が多いので、使用人たちに手伝ってもらうことにはなるのですが……」
「通常業務に支障がない程度の人数なら手伝いに回してもいいわ。大人数なのだからそれくらいは考えています」
「や~、3日後のごはんが楽しみだな~」
……あ、そうだ。レタにもカレーパンをもっていってあげないと。
人込みは嫌だってずっと私の部屋にこもりきりだし。食事は私たちと同じものを取っているけれどそれだけじゃ後で何を言われるか......。
それに、契約内容には私の作った料理を提供するも入っているしちょうどいい。
……でも、熊ってカレー、食べさせていいのだろうか。
レタの夜食のことも考えながら3日後に再びカレーパンを作るということになり、今日の夜食会は御開きになった。
★
おまけ
「遅い。今までどこにいっていたのだ。ここまで香ばしいいい匂いが漂ってくるし……その匂いのせいで腹は減るし。最悪の気分だ」
「レタ、この間人の多いところ嫌いっていったから呼ばなかったの。今日は夜食会の日だから人も集まるし……」
「夜食会!クリフォードが言っていたアーテル家恒例、夜中に行われる禁断の食事会か!高カロリー、ハイクオリティーのおまえの料理が立ち並ぶ不定期開催。超激レア料理が並ぶ、あの、か!」
「そ......それ、クリフォード様がいっていたのかしら?」
「俺の脚色も入っているが、前半部分はそうだな。……で、俺はお前と契約をしている身なのに呼ばなかったとは何事か?」
「いや、だからレタが嫌がるかと思って」
「上手い飯を食うためなら嫌なことのひとつや二つ、我慢する。人間には臭わないかも
しれんが、熊の嗅覚は人間以上だ。うまそうな匂いがこちらまでくるので……ほんとうに、もう。というかなんならその匂いが先程より近いというか」
ぐ、きゅるるるるるるるるる。
「――ふふ。だから持ってきたのよ、カレーパン。熊ってスパイスとか辛いの大丈夫?」
「――ッ!でかした!大丈夫のなんの、ただの熊ではないからな!人間が食えるものは大抵なんでも食えるぞ!野菜は趣向的な理由で嫌いだがな」
「あ、中熱いからちぎってから食べた方が――」
「ぶあっつ!......けどんまいな。なかの肉もほろりとほどけて刺激のある辛みとよく合う......うん、食べなれない味だがまた食べたいと思う。……1個じゃ足りないんだが」
「食べるまでに10秒もかかってないじゃない......。口に合うかどうかわからないし、身体も小さいことを考慮して1個しかもってこなかったの」
「――なに?たしかに身体は子熊ほどないが胃袋は本体の俺ほど変わらん。妙な気遣いは不要だ。次はもっと量を持ってくるように。あと、夜食会は俺も呼べ。……人間どもが恐れる、どうしても参加するなというのなら......」
「それはないから安心して。あなたは私たち家族の一員だもの。邪見に扱う人もいないわ。今度はあなたも呼ぶわね」
「――ふ、楽しみにしている」
久々に食べたカレーのスパイスが未だ忘れられず、そしておじさんやおばさんの困った顔が脳裏から離れない。
この国でスパイスを扱うお店なんて少ないし、もっとスパイスが広まって貴族でもそういった料理が流行ればこそこそせずにいろんな料理が食べれるのに。
私、食べ物は一度はまっちゃうと飽きるまで同じものを食べちゃう傾向があるから
、カレー熱に火が入ったし、どうにかしてあげたい。
でも私にできることなんてないし……。
まぁ、考えても仕方ないし、部外者が口に出したところでどうにもできないだろう。
私は気持ちを切り替えて街で買ったあるものを確認しに厨房に向かう。
今日の夜食会はあれにしよう……。
★
「お嬢様!今度はどんな料理を作るんですかい?」
「ふふふ。今日はね、平民街で買ったスパイスであるものを作ろうと思って!あれは作ってくれた?」
「へい。いわれた通りに。でもパン生地とパンをすり下ろしたものなんて何に使うんですかい?」
ドリーはスパイスが入った麻袋を12袋。そのそれぞれに違うスパイスが入っている。
それらが並べられた厨房の隅に顔を向けた。
スパイスを入れる入れ物と掬い上げるために必要なスコップを取り出して必要な分のスパイスを取っていく。
まぁ、スパイスを用意させてパン生地まで作れっていわれたのだからなにを作るのか見当もつかないのは当然よね。
ここでいっても面白くないので、できるまでは何を作るのかいわないことにしよう。
「それは作ってからのお楽しみです。今日の夜食会の参加者は何人?」
「今日は15人ですね」
「じゃあちょっと多めに作りましょう。個数が多いからドリーも手伝ってくれる?」
「もちろんです。自分の役割ってのもあるんですが、厨房を預かる身としてはお嬢が作るものにはなんでも興味が尽きないんで」
ドリーは両手を握りながら期待した眼差しで私を見る。
そんなに私の料理……というか異世界の料理だけど気に入ってくれて嬉しい。
けど、過分に期待されてももしもまずかった時の理由付けが困るというか……。
素直には喜べない心情を置いて、夜食づくりに専念しよう。
「では、まずはパンの中に入れる具を作りましょう」
「パンの中に入れる......具?具材を入れるってことですかい?」
「まぁ、そうね、具材をパン生地で包んで揚げるの」
「パンを……揚げる?」
首をかしげて髭を触るドリーを後目にオールスパイス、クミン、ターメリック、胡椒、唐辛子、シナモン、フェンネル、カルダモン、クローブ、コリアンダー、スターアニス、ナツメグを種類別に並べる。
まずは玉ねぎをみじん切り。トマトを軽く湯煎して皮を剥き、適切な大きさに切る。
鶏肉……を使おうと思ったけど牛肉の気分なので、ヨーグルトと、コリアンダー、クミン、ターメリックを付けてしばらく放置。
フライパンにシナモン、クローブ、カルダモンを油で炒めてその中にニンニク、玉ねぎ、トマト、残りのスパイスを入れてさらに炒める。
頃合いを見て牛肉を入れ、水分が飛ぶまで炒めたら水を入れる......のだが。びしゃびしゃにしすぎると生地から具が漏れちゃうので味をみてスパイスを随時足して行ったら……
「よし、具材の完成」
後は冷ましている間に生地を広げパン粉と卵、そして揚げる用の油を熱する。
「お嬢様、これでよろしいですかい?」
パンに冷ました具材を包み、卵につけてパン粉を纏わせる。
15分ほど置いた後に両面がこんがりきつね色になるまで揚げていく。
……ああ、香ばしいパン粉がからっと揚がる香ばし匂いとカレーの中に入っているトマトと玉ねぎの豊潤な香りがする。
お腹すいてきた……。
この作業をドリーと個数分繰り返していけば……。
「ふぅ……。完成しやしたね。後はお嬢様特製の冷製かぼちゃのスープの鍋と一緒にもっていけば……おい!若いの!これも一緒に広間に持っていけ!」
「はい!」
いつの間にか厨房にいたのか、ドリーの弟子たちが元気よく返事を返してワゴン車の上に揚げたてのカレーパンとスープ。そして別の台には取り皿とスープ皿などの食器類を乗せる。
そんなに急がなくてもいいのに、ひとつひとつの行動がせかせかと表現するべきなのか、はやめはやめの行動で広間に向かった――。
★
「広間にまで香ばしい香りが漂ってきたので何かと思えば……これはなんだ?」
お父様が一足先に食卓についており、続々とお母様、クリフォード様、見慣れた使用人たちが集まってくる。
それを食卓の真ん中に置くと、「パン……?」とお父様がつぶやいた。
「揚げパンと呼ばれる油で揚げたパンの一種で、カレーをパンで包んであげたカレーパンと言います」
「カレーって南の国の郷土料理か?だが、カレーはスープだろう?それをパンに包めるものなのか?」
「パンで包めるように水分を飛ばしてあります。私たちの国ではスープや主菜はパンとは別に食べるものですが、カレーなどはナンと呼ばれる、パンのようなものやライスなどと一緒に食べられるので、そこまで不思議なことではないかと」
「ああ、だからあの店で食べた時、なにか物足りないかと思ったのか。味が濃いからなにか調和がとれるものと本来は一緒に食べるもの......」
「それもあるかもしれませんね!」
カレーパンの説明はこれくらいでいいだろうか?
出来立ては熱い方が美味しいし。ドリーたちに人数分を取り分けてもらっていざ実食。
――ザクッ。じゅわわ......。
「はむぅッ、むぅッ――!ふぉっ!噛むとなかから濃厚で爽快、パンチの効いた味付けの肉がッ......!」
お父様とお母様が揚げたてのカレーパンにナイフで切り込みを入れ、優美な流れでフォークに突き刺し、口に運ぶ。
お父様ははしたなく、リスのように頬を膨らませ、お母様は指先を口元に当てて咀嚼を繰り返す。
とろけ切った顔でスパイスの香ばしい香り
「中の玉ねぎは細かく刻んでいて、よい感じでマイルドさを演出できてます。それにトマトの酸味も調和がとれてて......パンとよく合います」
「冷製のスープが口の中の辛みを和らげてくれて、余計食べやすい。……油で揚げただけで重たいのがあるが、この重たさはなにか心地よいというか、癖になるな」
「へぇ、パンにもこういった調理法があるんですね、勉強になりやす!」
「美味しいです!ミリアーナ様!!」
ドリーやメリーが舌鼓を打っている中で、一人暗い色でアンがカレーパンを見つめていた。
美味しくない......のかな?
「アン、どうしたの?口に合わなかったかしら」
「いえ!カレーパン自体は本当に美味しいです。というか、ミリアーナ様の作るものが美味しくなかった試しがありません!」
「あ、……そう?そこまで言われると照れるのですけれど......。けど、表情が暗いわ?」
「……それは、ですね」
アンはカレーパンを食べて野人の酒場のおじさんのカレースープを思い出したのだとか。
こういった突飛なものがあればもしかしたら多くの人の目を惹いておじさんとおばさんの店に通ってくれるのではないか……と。
たしかにカレーパンはスープと違って片手間で食べられるし、休憩時間を中々取れない職業についている人たちにも美味しく手早く食べられる。
総菜パンという概念が広まればさらに一般的に食べられるメニューの幅が広がってそれだけ食文化が豊になるだろうな。
そういった便利で美味しいごはんは流行る。それは生前の世界でもそうだったからだ。
10秒飯然り、コンビニ飯然り。
「おじさんとおばさんにも食べさせてあげたら……」
もっとこういった料理が広まって欲しい。そしてお店のなにかのヒントになればいいなといった衝動的な感情とおせっかいでつい口走ってしまう。
「じゃあカレーパン近いうちにもっていく?」
「……え?いいんですか?」
アンは遠慮気に返事を返す。
隣でパンを食べていたメリーはアホ毛をぴこんぴこんと揺らしながら嬉しそうにほほ笑む。
そうあからさまに喜ばしさを表現されると照れてしまう。
というかこれが正解かどうかはわからないが、身内の知り合い、しかもあんな美味しい料理を作ってくれたのだから少しくらいは恩返しさせてほしい。
今回は使わなかったけど、カレーの素があるなんてはじめて知ったし。
…………。
「あそこのカレースープ美味しかったし。なにより私のカレーパンで少しでも元気になったり、アイデアのヒントになればこれほどうれしいことはないわ。なによりアンとメリーがご贔屓にしているお店だもの。……お母様、お父様、日中になるのですが、近いうちにカレーパンを作ってもよろしいですか?」
令嬢としての体裁を守る為、深夜に作ってはいたのだが、カレーパンとなると油による酸化が早いため半日も立つと素人製では美味しさが半減してしまう。
どうせ食べてもらうなら出来立てを食べてもらいたかった。
そうなるとお父様とお母様の許可は必要だろう。
自分の趣味で家に迷惑をかけない。これが私なりのポリシーだから。
「いいわよ。けれど作るのなら少し多めに作ってくれるかしら?そうね……3日後とかどうかしら?」
「ミリアーナ、僕のも作って!これなら仕事をしながらでも食べられるし。……それに日中ミリアーナの料理が食べられるなんてこんな嬉しいことはないよ」
「わかりました。作らせていただきます。今度はレパートリーを増やしてもよろしいですか?今回は中辛でつくったのですが、辛口と甘口も作ってみたくって……」
「私のは今回のと甘口ので頼むわ」
「僕は3種類2つずつ頼むよ。ジョンと食べるから」
「ミリアーナ、俺のも頼む」
「ミリアーナ様!私もまた食べたいです!」
「僕も!」
「アタシも!」
「自分も!」
お父様とお母様の許可を取れたのはいいが、嬉しいことに追加注文が殺到する。
食い気味に名乗り出てくれるので、いつもの物静かな家中とはまた違った団欒の風景に思わず嬉しくてくすりと笑いが零れてしまう。
貴族や平民の垣根を越えてこうやって自分の好きなものを言い合える環境。貴族からしたら「無礼」で片付けられるのだろうが。
このアットホーム感は私は好きだ。
「わかりました!今度の日中は屋敷に勤務している全員分作るのはいかがでしょうか?ただ人数が多いので、使用人たちに手伝ってもらうことにはなるのですが……」
「通常業務に支障がない程度の人数なら手伝いに回してもいいわ。大人数なのだからそれくらいは考えています」
「や~、3日後のごはんが楽しみだな~」
……あ、そうだ。レタにもカレーパンをもっていってあげないと。
人込みは嫌だってずっと私の部屋にこもりきりだし。食事は私たちと同じものを取っているけれどそれだけじゃ後で何を言われるか......。
それに、契約内容には私の作った料理を提供するも入っているしちょうどいい。
……でも、熊ってカレー、食べさせていいのだろうか。
レタの夜食のことも考えながら3日後に再びカレーパンを作るということになり、今日の夜食会は御開きになった。
★
おまけ
「遅い。今までどこにいっていたのだ。ここまで香ばしいいい匂いが漂ってくるし……その匂いのせいで腹は減るし。最悪の気分だ」
「レタ、この間人の多いところ嫌いっていったから呼ばなかったの。今日は夜食会の日だから人も集まるし……」
「夜食会!クリフォードが言っていたアーテル家恒例、夜中に行われる禁断の食事会か!高カロリー、ハイクオリティーのおまえの料理が立ち並ぶ不定期開催。超激レア料理が並ぶ、あの、か!」
「そ......それ、クリフォード様がいっていたのかしら?」
「俺の脚色も入っているが、前半部分はそうだな。……で、俺はお前と契約をしている身なのに呼ばなかったとは何事か?」
「いや、だからレタが嫌がるかと思って」
「上手い飯を食うためなら嫌なことのひとつや二つ、我慢する。人間には臭わないかも
しれんが、熊の嗅覚は人間以上だ。うまそうな匂いがこちらまでくるので……ほんとうに、もう。というかなんならその匂いが先程より近いというか」
ぐ、きゅるるるるるるるるる。
「――ふふ。だから持ってきたのよ、カレーパン。熊ってスパイスとか辛いの大丈夫?」
「――ッ!でかした!大丈夫のなんの、ただの熊ではないからな!人間が食えるものは大抵なんでも食えるぞ!野菜は趣向的な理由で嫌いだがな」
「あ、中熱いからちぎってから食べた方が――」
「ぶあっつ!......けどんまいな。なかの肉もほろりとほどけて刺激のある辛みとよく合う......うん、食べなれない味だがまた食べたいと思う。……1個じゃ足りないんだが」
「食べるまでに10秒もかかってないじゃない......。口に合うかどうかわからないし、身体も小さいことを考慮して1個しかもってこなかったの」
「――なに?たしかに身体は子熊ほどないが胃袋は本体の俺ほど変わらん。妙な気遣いは不要だ。次はもっと量を持ってくるように。あと、夜食会は俺も呼べ。……人間どもが恐れる、どうしても参加するなというのなら......」
「それはないから安心して。あなたは私たち家族の一員だもの。邪見に扱う人もいないわ。今度はあなたも呼ぶわね」
「――ふ、楽しみにしている」
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