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お許し
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――次の週の休み。
「――ミリアーナ!」
小鳥もさえずる穏やかな休日の朝。お母様が余裕なく声を上げ、ノックを忘れて私の部屋の扉を開け放つ。
急いできたのか、いつになく息を漏らしその足取りもどこかせわしなく感じた。
「あら、お母様、どうされましたか?いつになく落ち着かないご様子で……」
「お、おまえはなにをしたら、おまえ目当てにラーゼン侯爵がうちを訪問するの……!」
お母様の質問に納得とともに不安の感情がこみ上げる。だって今日はヨシュア様、ラーゼン侯爵と川へ釣りをしに行く約束をしていた。
だから私は外行きの汚れてもよい恰好と密にそろえた釣り道具一式を用意して今準備を終えたところなのに。
まったく……タイミングが悪い。ちなみにお父様は知っており、買収ーー了承済だ。
お母様にはなるべく秘密にしておきたかったので、ラーゼン侯爵がの訪問理由を知らなくて正解だ。
お母様はわるくないが、令嬢らしくないといっても私の数少ない趣味なので、好きな人に否定されるのが怖いし。
こっそりでていく予定だったのに計算外だ。結局こうしてお母様が私を訪ねにきたし、うまい理由も思いつかない。
沈黙を続けているが、お母様もそろそろこの沈黙に対しての我慢の限界だろう。
――しかたない、変に嘘をつくより本当のことをいってしまおうか。
だが、その言葉はしわがれた男性の声によってかき消された。
「ほっほっほ。ミリアーナちゃん、準備はできたかい?」
「ら、ラーゼン侯爵!客間にてお待ちくださいと申し上げたはずです!」
「――ラーゼン侯爵、ごきげんよう」
ラーゼン侯爵はにかっと白い歯をみせてはにかむ。後からヨシュア様が「おじいさま」と呼びかけ追いかけてくる。
「公爵夫人、突然押し掛けて申し訳ない。今日はミリアーナちゃんとヨシュアと一緒に釣りをする約束をしていてなぁ……」
「釣り……ミリアーナ、そうなのですか」
私は黙ってこくりとうなずく。どうしよう、お母様に飽きられてしまったのだろうか。数秒の沈黙の後、はぁと深いため息をついた。
「なにかこそこそとしているかと思えばそういうことですか。そうなら早くいいなさい。私もびっくりしてしまうでしょう?」
「――よろしいのですか?」
「個人的には良いイメージではありません。しかし、あなたはやるべきことはきちんとこなしていますし、人に理解できない趣味だからとって頭ごなしに否定することだけがよいとも限りません。……それに」
お母様は扇子を口元にあてて余裕の笑みを浮かべる。
「その趣味が有益な人間との関係を繋げるものであるのならなおさら野蛮な趣味であろうとかまいません。むしろ喜ばしいことです。楽しんでらっしゃいミリアーナ」
「公爵夫人はっきりいうのう......」
「あら?侯爵はこれしきの言葉で幻滅なさる方ではないでしょう。むしろ包み隠さない正直者の方がお好みなのでは?」
ラーゼン侯爵も然と表情を崩さない。
家柄的にはラーゼン侯爵の方が下ではあるが、その言葉には対等な関係として、そしてどこか信頼がこもっているように聞こえる。
「ほっほっほ。伊達に宰相の妻をやっておらんのぅ!食えない女じゃ!――ほれミリアーナちゃん親御さんの承諾ももらったんじゃしさっさと出発しよう」
「は、はい!お母様!ラーゼン侯爵、ありがとうございます」
お母様が自分の考えを曲げて物事を許してくれたこと、これで二度目なことに驚きを隠せないし嬉しくも感じる。
それと同時に直接思っていなくともお母様が狭量な人間だと勝手に思い込んでしまった自分の弱さを恥じ入るばかりだ。最初から怖がらずにお母様に言っておけばいままでに関してももっと良い方向に進んだのではないのだろうか。
そう思うともっとお母様を信頼すべきだったと強く感じた。
荷物をアンとメリーに持ってもらい、部屋を出ようとすると「お待ちなさい」とお母様に呼び止められる。
「釣りに行くのであればその魚でおいしいものを作ってちょうだいな。今日はお父様もいないし、私だけ留守番なんてずるいでしょう......?」
お母様のお願いに、私は壊れたおもちゃのように思いっきり首を縦に振る。
お母様が柔らかく笑みを浮かべ見送りをしてもらう。
そして、今度こそラーゼン侯爵、ヨシュア様と一緒に釣りへ出かけた。
「――ミリアーナ!」
小鳥もさえずる穏やかな休日の朝。お母様が余裕なく声を上げ、ノックを忘れて私の部屋の扉を開け放つ。
急いできたのか、いつになく息を漏らしその足取りもどこかせわしなく感じた。
「あら、お母様、どうされましたか?いつになく落ち着かないご様子で……」
「お、おまえはなにをしたら、おまえ目当てにラーゼン侯爵がうちを訪問するの……!」
お母様の質問に納得とともに不安の感情がこみ上げる。だって今日はヨシュア様、ラーゼン侯爵と川へ釣りをしに行く約束をしていた。
だから私は外行きの汚れてもよい恰好と密にそろえた釣り道具一式を用意して今準備を終えたところなのに。
まったく……タイミングが悪い。ちなみにお父様は知っており、買収ーー了承済だ。
お母様にはなるべく秘密にしておきたかったので、ラーゼン侯爵がの訪問理由を知らなくて正解だ。
お母様はわるくないが、令嬢らしくないといっても私の数少ない趣味なので、好きな人に否定されるのが怖いし。
こっそりでていく予定だったのに計算外だ。結局こうしてお母様が私を訪ねにきたし、うまい理由も思いつかない。
沈黙を続けているが、お母様もそろそろこの沈黙に対しての我慢の限界だろう。
――しかたない、変に嘘をつくより本当のことをいってしまおうか。
だが、その言葉はしわがれた男性の声によってかき消された。
「ほっほっほ。ミリアーナちゃん、準備はできたかい?」
「ら、ラーゼン侯爵!客間にてお待ちくださいと申し上げたはずです!」
「――ラーゼン侯爵、ごきげんよう」
ラーゼン侯爵はにかっと白い歯をみせてはにかむ。後からヨシュア様が「おじいさま」と呼びかけ追いかけてくる。
「公爵夫人、突然押し掛けて申し訳ない。今日はミリアーナちゃんとヨシュアと一緒に釣りをする約束をしていてなぁ……」
「釣り……ミリアーナ、そうなのですか」
私は黙ってこくりとうなずく。どうしよう、お母様に飽きられてしまったのだろうか。数秒の沈黙の後、はぁと深いため息をついた。
「なにかこそこそとしているかと思えばそういうことですか。そうなら早くいいなさい。私もびっくりしてしまうでしょう?」
「――よろしいのですか?」
「個人的には良いイメージではありません。しかし、あなたはやるべきことはきちんとこなしていますし、人に理解できない趣味だからとって頭ごなしに否定することだけがよいとも限りません。……それに」
お母様は扇子を口元にあてて余裕の笑みを浮かべる。
「その趣味が有益な人間との関係を繋げるものであるのならなおさら野蛮な趣味であろうとかまいません。むしろ喜ばしいことです。楽しんでらっしゃいミリアーナ」
「公爵夫人はっきりいうのう......」
「あら?侯爵はこれしきの言葉で幻滅なさる方ではないでしょう。むしろ包み隠さない正直者の方がお好みなのでは?」
ラーゼン侯爵も然と表情を崩さない。
家柄的にはラーゼン侯爵の方が下ではあるが、その言葉には対等な関係として、そしてどこか信頼がこもっているように聞こえる。
「ほっほっほ。伊達に宰相の妻をやっておらんのぅ!食えない女じゃ!――ほれミリアーナちゃん親御さんの承諾ももらったんじゃしさっさと出発しよう」
「は、はい!お母様!ラーゼン侯爵、ありがとうございます」
お母様が自分の考えを曲げて物事を許してくれたこと、これで二度目なことに驚きを隠せないし嬉しくも感じる。
それと同時に直接思っていなくともお母様が狭量な人間だと勝手に思い込んでしまった自分の弱さを恥じ入るばかりだ。最初から怖がらずにお母様に言っておけばいままでに関してももっと良い方向に進んだのではないのだろうか。
そう思うともっとお母様を信頼すべきだったと強く感じた。
荷物をアンとメリーに持ってもらい、部屋を出ようとすると「お待ちなさい」とお母様に呼び止められる。
「釣りに行くのであればその魚でおいしいものを作ってちょうだいな。今日はお父様もいないし、私だけ留守番なんてずるいでしょう......?」
お母様のお願いに、私は壊れたおもちゃのように思いっきり首を縦に振る。
お母様が柔らかく笑みを浮かべ見送りをしてもらう。
そして、今度こそラーゼン侯爵、ヨシュア様と一緒に釣りへ出かけた。
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