転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯

赤羽夕夜

文字の大きさ
上 下
17 / 87

鬱な時間

しおりを挟む
「――きゃああああああ!」

突然、耳の鼓膜が破れるような甲高い悲鳴が聞こえた。驚愕の中に恐怖の混じった声にただ事ではないと胸がどきっと強く脈打った。

学園で過ごす時間の中でも安息のひとときで過ごせる休み時間。私はその正体を知るべく声が響いた方向へ歩を進めた。



「どうしたのですか!」

そこに広がっていたのはこの学園で過ごしている間の頭痛の種であるマリアがところどころインクで汚れた制服を身にまとい、床に転がっていた。その前には2人の令嬢が呆然と立っていた。

この状況から声の主はマリアなのだと推測できる。

「ミリアーナ様......それが......」

冷静に簡潔に状況を伝えてくれた令嬢の一人がいうには、廊下を歩いていたところに反対側からマリアが歩いてきた。すると、ワックスを掛けたばかりの滑りやすい床に足をとられ彼女たちにぶつかり転んでしまったという。

「うぅ......ひっくっ...」

「......はぁ」

聞く人にはよりけりだが、少なくとも私は「それだけであれほどの悲鳴をあげるのは大げさすぎやしないか」とため息すらでてしまう。

あれほどの悲鳴。令嬢たちの言葉を嘘であろうと信じない人もいるだろう。

しかしマリアという人間はたかが転んでひざを擦りむいただけでも泣いてしまう人間であることはこの数年同じ学年だった私は十分に理解している。

「あなたたちお怪我はありませんか......マリア嬢も」

「ご心配痛み入りますわ。......ですが」

「大丈夫ですぅ......」

令嬢のひとりが床に散らばった教科書に視線をやる。その中には筆記用具も散らばっており、授業で使うインクがこぼれていた。

大方蓋が緩んだ状態でバッグの中にいれてぶつかって中身が飛びてた拍子にこぼれたのだろう。

「よろしければインクは私の予備のものをお使いになさって。......それからマリア嬢は立てますか?」

「は…...はひぃ」

正直日ごろの恨みつらみがあるのであまりかかわりあいたくないが、見てしまい関わってしまった以上最低限気を遣わないと後々面倒くさいことになるのはわかっている。

だから手を差し伸べた。心底嫌だけど。マリアは幼さが残る顔を柔らかく動かし、インクで汚れた手で私の手を握った。

「――マリア令嬢、さすがにそれは失礼ではありませんこと?」

「そうです。いくらミリアーナ様が手を差し伸べられたとしてもあなたの家柄は子爵。そしてミリアーナ様は公爵の家柄です。インクで汚れた手をぬぐうこともせず、あまつさえお礼も言わない、令嬢の断りなく触れるなどと......。かなり礼儀に欠いているのではなくて?」

「お二方、私は大丈夫ですから…...」

あー!やめてぇ!確かに同性といえども上位の家柄や気を許した相手以外に、その人の許しを得ずに身体に触れる行為は相手を舐めている行為とされ、いけないとされている。

マリアはまだ私に許しを得ていない状態で体に触れてしまっているため、礼儀に欠いてるだけろうけど。

私が助けたって事実を作らないとまたマリアとアシュリーの面倒くさい関係に巻き込まれるから今はそういう礼儀に口を出さないでほしかったなぁとも思ってしまう。

それにほら、もたもたしてるとマリアの番犬君が走ってやってきてしまうから――



「マリア!無事か!」

ほら。あなたストーカー?といわんばかりのスピードでマリアの不穏な動きを察知してやってくる。アシュリーはマリアの惨状に整った顔の中に敵意を見せた。

おもに私に向けて。



「またおまえかミリアーナ!それにこのインクの汚れ......おおかたマリアの人気に嫉妬してやったんだろう!」

「――はぁ」

――ああ、これ長くなるやつだ。そう思って私に注意がいっているうちに令嬢を教室に返す。彼は王族だから一度話始めたことに対し、許しを得ることなく話を遮ることは無礼に当たる。それがいくら理不尽なことだろうが疲れて言う気が失せるまで私はずっと聞かなければいけない。



まるで接客業のクレーマーの対応のごとく私は彼の気が収まるまでその場をやり過ごすしかない。

今日は夜食会。その献立を考えていることを悟られないように彼の制服のネクタイにずっと視線を送っていた。



――それから開放されたのはなんと1時間後だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜

まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。 ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。 父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。 それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。 両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。 そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。 そんなお話。 ☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。 ☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。 ☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。 楽しんでいただけると幸いです。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...