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秘密の策【後編】

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その隙に材料が運びこまれ、掛けてあった清潔な布をとる。

そこに現れた卵、小麦粉、水、キャベツやネギをベースに。海鮮、豚肉、といった具の姿に一同がざわついた。

「ミリアーナが作るのかしら?」

「ええ。おいしいものを作るわ」

「楽しそう!作ったら一番最初に私に食べさせて、......ね!」

エリザベスの問いに簡潔に言葉を返す。あるものは不安気な声、あるいは好奇な声を漏らすが、エリザベスの好意的な声のおかげで料理を作るという行為を受け入れてくれつつある。

「で、なにを作るのかしら?その材料と道具からして焼き物かしら?」

「ええ、今から作る料理。――その名はお好み焼き!です」

お好み焼き。宅飲みパーティーの定番料理にして、簡単に材料をそろえられ、ずぼらでも料理下手でも簡単に作れる

生前では一般的な料理だが、この世界、しかも貴族であれば絶対に食べたことも見たこともないはずだ。

「聞いたことのない料理の名ですな、どこの国の料理ですかな?」

「少し前に文献をみて知ったのでどことまでは…...。ただ下町の方では似たような料理がよく食されているそうですよ」

......嘘だ。文献に乗っているかもしれないかもしれないが、実際に見たわけでもない。ただそれっぽい言葉を並べ、「この日のために計画的に準備してきましたよ」アピールとして即興で作った話。

ラーゼン侯爵は顎髭を触りながら、読めない表情でうなずいた。

「貴族の方々が食べられるものですから、そこに私なりのアレンジをば。きっと舌の肥えた皆々様へ満足いただける一品だと、このミリアーナが宣言しましょう。......では、さっそく準備をします」

まずはキャベツを粗く刻み、ネギを小口切りにしていく。ボウルに卵を混ぜ、水を入れて混ぜていく。そこに薄力粉と塩を少々いれ再度かき混ぜ、だまがなくなるまでかき混ぜたあと、キャベツとネギといった具財をいれ混ぜる。

具材が混ざったら、熱した鉄板の上に油を敷いてタネと豚肉を上に乗せて若干固まってきたらひっくり返す。豚肉が鉄板上に乗っかるため。じゅわっといった油がはじける音、そして香ばしい匂いが鼻孔を掠める。

「ふわぁ~、いい匂い。食事なんていつも冷たいか、ぬるいものばかりだから新鮮だわ!」

エリザベスは煙にのって漂う香ばしい匂いを堪能するべく、すんすんと可愛らしく数度鼻

を鳴らす。

「なんとも言えぬ具材の香りがよいな。これだけで酒が進みそうだ」

「はぁ…...久しぶりだ。このなんとも言えぬ具材が焼ける音と濃い匂い......」

「......心地よい音ね。......だけど、まさかミリアーナが料理をするなんて」

ラーゼン侯爵は片手で持っているワインをあおり、遠巻きに見ているお父様はなにやら独り言のようになにかをつぶやいている。お母様は不安気だがどこか期待がこもったように見える表情、口元をへの字に曲げてこちらの様子をうかがっている。

そうしているうちにお好み焼きが一枚焼けた。ソースとしてトマト、ニンニク、すりおろした林檎と酢、砂糖や塩を混ぜて作ったものと、自家製のマヨネーズをかける。本当は鰹節や青のりが欲しかったがさすがにそろえる時間がなかったので我慢。

「――できました。お熱いので気を付けてくださいね」

それを四つに切り分け取り皿に、エリザベスと最前列にいたラーゼン侯爵、お母様とお父様に手渡した。

各々が口に含み、咀嚼する。

「――んっ、んん~!あつい......、けどおいしい、なによこれ。甘酸っぱいトマトのソースと黄色のソースがまろやかさを生み出してて。しかも、焼き物はキャベツのしゃきしゃき感と薄焼くスライスされた豚肉のカリカリ感、つなぎの粉ともマッチしてるじゃない」

「ほう、これはソース味は濃いが生地自体の味を引き立てている。だからこそその濃さがまた良い。上流階級の料理ほど上品さはないもののなんともいえぬなじみ深さが残る味じゃ......。酒とも合う」

4分の1に分割されたお好み焼きはものの10秒ほどで二人の胃袋に収まる。その光景をみていた招待客たちは次のお好み焼きはまだかと催促せんばかりにそわそわと体や視線を動かす。

2、3枚目を焼いている傍らで未だ食べるのを迷っているお母様に、勇気を出した声をかける。

「......お母様、よろしければお母様も食べてみてください。お口に合うかどうかわかりませんが、一生懸命作りました」

「......ミリアーナ、でも......」

「シャンデル、食べてあげなさい。せっかくミリアーナが作ってくれたんだ。その好意を無碍にしてはならないだろう」

お父様が後押しの一言をかけると、お母様は結い上げたブロンドの髪を揺らしてうなずいた。

「あなた。......わかりました。いただきますねミリアーナ。......あむっ。......ん、これはおいしいっ」

そしてフォークで一口大に切り、お好み焼きが口の中に消えていく。味も褒めてくれたお母様はすぐに完食してしまった。

「素晴らしいお味でした。夜会で出す料理にしては少し自由すぎる気がしますが、招待客に楽しんでもらい、なおかつ温かい状態で料理を提供する方法も斬新です。......形式を重んじてきましたが、私も少し見方を変えなければいけませんね。ミリアーナ、希望する皆さまにこのお好み焼きという料理を提供なさい。......あなたたちも手伝ってあげて」

「――お母様!はい!......たくさん焼きます!」

アン、メリー、ドリーの弟子の人達にも手伝ってもらい、次々と新しいお好み焼きを焼いてもらう。希望がある人は実際にお好み焼きを焼く体験もしてもらう。

こうしてすぐに用意したタネがなくなり、補充してを繰り返した。

招待客ほとんどの胃袋が満たされるころには追加で作ったタネも材料もつきかけ、満足気な表情と言葉を口にして無事夜会は御開きとなった。

......余談だが私のピアノはというとお好み焼きを焼き続けたおかげか披露するタイミングを失ってしまったのであった。



こうして今年のアーテル家の夜会は無事成功を収めた。
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