公爵推しの令嬢は公爵を切り捨てた者を許さない

赤羽夕夜

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心配

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私とセルジュ様は王都中央にある、貴族御用達のドレス店に来ていた。

私は仕事柄、フォーマルなドレスやタイトなドレスなど、落ち着きのあるドレスを着ることが多い。

そのため、華美なドレスを仕立てる女性用のドレス店より、品格を重視したデザインと型が作れる紳士服店でオーダーメイドで仕立ててもらうので、女性向けのドレス店に来るなんて子供の時以来だ。

いつものお店で良かったのだが、セルジュ様が直々に「ドレスを仕立てよう」と提案していただいたのなら従う他ない。推しが進めるドレスを着れるなんて、心が躍る。生きていてよかった……!

でも、私のドレスを仕立てるのもいいのだが……。

「セルジュ様はスーツを仕立てないのですか?」

「俺は外行きのを何着か持っているから構わない。これは、この間、財産と宝石を取り戻してくれたそなたへの礼も兼ねているのだから」

「それはいけません!」

私は新しい服を仕立てるというのに、セルジュ様は仕立てないなんて……!

それに、あの件では私も稼がせてもらったので、お礼を言われる筋合いはない。

そんな不公平なことはあってはならない。推しに奢ってもらうだなんて、オタクの名折れだ。

……推しを使って金を稼ぐのはいいのかって野暮な質問は避けて欲しいけど。

物を買ってもらって施しを受けるとは雲泥の差だと思うの。

「セルジュ様、私がドレスを仕立てるのなら、セルジュ様もスーツを仕立てねばなりません。一緒に仮面舞踏会に行くのに、私のドレスに会わないコーディネートのスーツだと他の貴婦人に笑われてしまいますわ」

「たしかにそうだが、そなたのドレスは黒色だから、それに合うスーツはいくらでも……」

「駄目です!良いですか?スーツと一口にいっても、素材、形、流行り、シーンごとに違いがあるのです。社交界に出るのなら、社交界用のスーツを、会議や仕事で着るなら、機能性を重視しつつも気品を損なわないものを……、スーツひとつで相手の人格や財力を把握することも可能なのです。だから――」

「男の俺よりスーツのことに詳しいのだな」

し、しまった!つい、職業病でスーツについて語ってしまったけれど、普通の女の子はドレスに詳しくてもスーツに詳しい子なんていないに等しいのに。

それもこれも、服装に無頓着な若い衆のせいよ。あいつら、目を離すと、すぐにスーツのネクタイを緩めるし、袖を捲ろうとするし、高いスーツをすぐに破くし。指摘しないとボロボロの靴も変えようとしない。

スーツは組織において団結力を高めるだけでなく、着方や見せ方で相手にプレッシャーを与えられる。それだけでなく、スーツはけして安い服じゃない。ニコラエヴナの組織力の高さ、財力の高さをアピールする手段でもある。

あんだけ口酸っぱく説明しても、改善しないんだから、そろそろ一発殴ってわからせるべきだろうか……。

「と……お父様がよく申しておりました」

ごめん、パパ。

「子爵がか……。たしかに、そなたの言うことにも一理ある。おかしな恰好をして仮面舞踏会に参加するわけにもいかない。そなたのスーツに合わせて仕立てるか」

「――な、なら!お父様が愛用している紳士服店がございますので、そちらで仕立てられてはいかがでしょうか?小規模運営ですが、紹介制なので、腕は確かで、手先も器用で細かい仕事もしてくれるんですよ?」

「わかった。……じゃあ、そなたが進める店で仕立てよう」

私たちはドレス店を後にして、紳士服店へと向かった。

お店の扉のベルが鳴ると、こじんまりとしたお店の奥から丸眼鏡をかけた中年の男性が出てくる。この店の店主だ。

「おや、イリーナ様じゃないですか。ドレスの引き渡し日は明後日ではありませんでしたか?」

「いえ、今日は別件で来たの。まだ予約は開いているかしら?飛び込みで悪いのだけど、この方の服を仕立てて欲しいの」

「ああ、なるほど。旦那様のスーツですね。はい、大丈夫ですよ。イリーナ様方はお得意様で、お世話になっておりますから最優先で仕立てさせていただきます」

「ええ、よろしくね」

「では、採寸をさせていただきますので、こちらにどうぞ。旦那様、初めまして、私はこの店のオーナー、パロと申します」

「セルジュ・ヴェルレーです。本日はよろしくお願いします」

「ご丁寧に。……では」

こちらに、という声と同時に奥の間で「いてぇ!」と騒ぐ声か聞こえる。

それと同時に女性スタッフの謝罪する声と言い争いが聞こえて来た。

「すみません、少し様子を見てきます」

パロは慌ててフィッティングルームの扉を開けると、騒ぎの声は大きくなる。

話を聞いていると仮縫い状態のスーツに袖を通したのはいいが、待針を取り除き忘れたらしく、男の皮膚に刺さったことが原因だった。

それなら、可哀相だが店の過失だ。ここで事態が収拾するまで見守ろう。

「てめぇ、この俺がニコラエヴナ一家の構成員って知っていてやってんのか?組織のこと舐めてんだろ!舐めた仕事してるとぶっ殺すぞ。慰謝料よこせ、慰謝料!」

――と思ったのだが、話を聞いていると男はニコラエヴナを騙り、金を要求していた。

目の前にニコラエヴナ一家の頭目がいるのに、いい度胸だ。

「セルジュ様、先にフィッティングルームに入っていて下さい。私、少しお手洗いに行ってきますわ」

「わかった。1人で大丈夫か?」

「はい、このお店の勝手はわかっておりますので。そこの貴方、夫をよろしくお願いしますね」

受付をしていた男性スタッフにセルジュ様を任せ、室内に入ったのを確認した後に、パロが入っていったフィッティングルームのドアを開ける。

坊主頭のいかつい男は私を睨み「なんだ、このアマ!」と威勢がよかったので、回し蹴りで右頬を思いっきり蹴った。

「がっ!」

足の甲をぶつけたが、全体重を乗せたのでかなりの打撃になったはずだ。男のデカい身体は吹き飛び、壁にボン、とぶつかる。

体勢が崩れたところで、続いて馬乗りになり、顔面が膨れ上がり、戦意喪失するまで殴り続ける。

「ガッ、いでぇ、やめっ!やめへ、ふへ……!」

「糞野郎、誰の許可得てニコラエヴナの名前出してカタギを脅してんだ。あぁ”?うちの若い衆ならお前の教育係の名を出してみろ、そいつに連絡してやるよ」

「あ”っ、ガガァ……!」

「ガガ?聞こえねぇよ。男だろ、はっきり喋れや!」

この程度で喋れなくなるだなんて最近の若いモンはたるんでいていけない。すっかり喋れなくなり、男の手足の力もなくなっていたので男の身体から退く。命に別状がないように手加減したが、ここまで殴られるのは初めてか、はひゅっと変な呼吸をしていた。

人の組織を脅しに使うくらいなら最初から出さなきゃいいのに。

「いいか?ここはニコラエヴナ御用達の店だ。またなにか脅しをかけるものならお前の居場所、家族、交友関係を調べ上げて徹底的に報復してやるから覚えとけよ」

「ひゃ、ひゃひ……」

「よし。……迷惑かけたわね、パロ」

「いえ、おかげで騒ぎが大きくならずに済みました」

「そうね。またチンピラに脅しを掛けられそうになったら、うちを頼りなさい。あなたのお店のように細かくて丁寧な仕事をするお店がなくなると困るから。……でも、待針は取り除くのを忘れちゃだめよ」

「はい。この度は我が店の不手際で起こったトラブルを救ってくださりありがとうございます」

「よくてよ。そこで伸びている男は後で言い聞かせるから、うちの者に回収に来てもらって」

「畏まりました」

お手洗いに行くといって10分ほど経過してしまっている。大だって思われるのもレディとしてどうかと思うので足早にセルジュ様が採寸しているフィッティングルームへ向かう。

開けると、丁度上半身を脱ぎ、採寸しているところで鍛え上げられた胸筋と腹筋が露わになっている。

事務仕事なのに、身体を鍛えるのを怠らないなんて、そんなストイックなセルジュ様も素敵……!

――というか、推しの裸なんて、全セルジュオタクが卒倒しそうなシーンを私が見ていいのだろうか。

妻としての特権、乱用し過ぎてないだろうか!

こんな眼福シーン、スーツ1着程度仕立てるだけで足りるの!?

「遅かったな。別の部屋が騒がしかったが、大丈夫だったか?」

ごくり。まずい。さっきの会話、もしかして聞かれていた?

あんな、女の子らしからぬ口調とえげつない物音、セルジュ様に聞かれるなんて恥ずかしすぎる。

というか、私が裏社会の人間だっていうのも秘密なのに。

「え、えぇ。大丈夫ですわ。私がお手洗いから出た時にはすでに静かになっていたし……」

「そうか。だが、――おい、襟に血がついているぞ。まさか、暴れた客になにかされたのではないか!?」

セルジュ様の指摘に襟を見ると、たしかに血がついている。さっきの男を殴った時の返り血だろう。全く、血って洗濯で落ちにくいのよね。それに、襟の部分が白だし、完全に染みを抜くのは難しそう。

襟を見ていると、セルジュ様が上半身裸のまま歩み寄り、私の顎をクイっと上げる。

セルジュ様の心配で揺れるサファイアブルーの瞳に意識を絡め取られる。

ピンク色に薄く色づく唇でセルジュ様は紡ぐ。

「怪我……は、していない様だな。よかった。なら、この血は……?」

ヤバい、会話が頭に入らない。端整な顔立ち、耳を喜ばせる低音で落ち着きを与える声。蕩けそうなほどにかかる熱い吐息。

生推しが今、私を心配してくれて、顎も触られて、味覚以外の感覚が彼に支配されている。

ひゃばい……。

――たらり。

「鼻血?……イリーナ、鼻血が出ているぞ」

そりゃあ、至近距離で推しに心配されれば鼻血の一つでも勝手に出てきますよ。

「大丈夫、です。さっきも急に鼻血が出てきて止まるまでお手洗いにいたので、そのせいで襟も汚れたのでしょう。恥ずかしくて言えませんでしたわ」

「そうか、なら、今日は採寸も済んだし、帰るか」

「いえ、大丈夫です。デザインまで決めないと仮面舞踏会までに間に合いませんわ。仮面も新しく作らなきゃいけないんですから」

心配するセルジュ様をなんとか誤魔化し、気合で鼻血を止めてデザインを決める。

ニコラエヴナ一家の者だとバレないで良かったと思いつつ、推しの隣でお揃いのスーツのデザインを決めるというイベントを満喫することができた。

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