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新しき門出

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「そうだな。俺はそこの気持ちが軽い男と自己中で小狡い女と比べて、リリエルを大切な恋人として思っているから魅力的に見えてしまうのもよくわかる。少なくとも、俺はオマエたちのように大切な人を簡単に裏切ったり、利用して陥れようとしない。その点ではオマエたちがリリエルを解放してくれて感謝しているよ」



ユーゴーの言葉は鋭いのに声音は非常に穏やかだった。嵐が過ぎ去った後の湖の湖面のように穏やかで、グレーの瞳は緩やかに視線が和らいだ。



嘘でもときめいてしまう言葉を必死に生唾と一緒に飲み込んで我慢する。いつも喧嘩していたユーゴーにこうして女として気持ちを向けてしまう日がくるなんて。



私の視線に気づいたユーゴーは挑発的にほほ笑み、顎に手を添えて持ち上げた。



「んっ……」

顔が下りてきたと思えば唇から熱が伝わり、ミントとシガーの香りが鼻孔を擽る。



触れるだけのキスではあるが、背筋がぞわっとする甘さ。自分の意思の範囲内で夫以外に許したことがない行為に顔から火がでるくらい恥ずかしい。



ざわり、とオーディエンスが騒ぎ、記者たちはカメラを持って私たちのキスシーンを何度もシャッターを切った。



ユーゴーは見せつけるように、肩を引き寄せた。



「俺とリリエルの間にお前たちが付け入る隙はない。残念だったな。それより、お前たちはこのままでいいのか?俺たちよりお前たちの方が目立っているぞ」



ユエルたちは後ろを振り返ると、記者たちがカメラやメモ帳を構えており、その後ろに座っている貴族たちは冷ややかな視線をユエルたちに向けていた。



顔色の悪いサイレーンは腕を組んでいる私に手を伸ばし、「リリエル、お願いだやり直さないか」と消えそうな声で口にする。今それを言う?



しかし、騒ぎを聞きつけた警備員はサイレーンを取り押さえた。



「最下層の監禁室に入れておきましょうか」

「両親はともかく、赤ちゃんの体調が心配なので、部屋に案内してください。その代わり他の客人に危害を加えるといけないので、警備の人員を2人割いて監視をお願いします」



支持を出すと、警備員たちは機敏とした動作でユエルたちを連れて行った。



ひとまずは嵐は去った。息を吐きたい気持ちを我慢して肩だけ落とすと、パラパラと拍手が聞こえた。



もしかして、これが劇のワンシーンとでも勘違いしたのだろうか。我ながら、小説に書かれているようなドロドロな展開だもんね。



拍手の中で私たちは手を挙げて騒動とタイムテーブルの遅れに関し謝罪とお菓子のサービスを手配して舞台袖へと引っ込んだ。



……。



そうして、全てのスケジュールが終了した。



ユエルたちは船を降りたその後、業務妨害と名誉棄損、貴族侮辱の罪で裁判をかけることに決めた。サイレーンからは謝罪と保身のための手紙が来たが全て破り捨ててやった。



新聞にはあの時の騒動が記事になっていた。簡単にまとめると、ユエルたちが無効な招待状を片手に船に乗り込み、業務を妨害したこと。まだ幼い赤ちゃんを盾にして私たちを陥れようとしたことが書かれていた。



ユエルたちがどうなろうと知ったことではないが、赤ちゃんには罪がないのでこの騒動がきっかけで生きづらい人生を送って欲しくはないなとも思ったり。



そんな記事がいくつかある中、私とユーゴーの熱愛報道もされていた。



新たなロマンスの始まりだの、若手実業家同士の交際だの、好き勝手に描かれている。あの時は受け入れたけど、こう好き勝手に描かれてしまうと気分のいいものでもなく。



いや、たしかにユーゴーはイケメンだし、性格に難ありで強引だけど、世話焼きなところもあるから結婚相手としては引く手数多なんだろうけど。



それでも私なんかと釣り合うのか心配だ。



あの時は協力をしてもらったけれど。だからこそ、好きになれば、ユーゴーを利用しているようで気が引けた。



そんな気持ちのまま、ユーゴーと再び会う機会が訪れて、今は王都で有名なカフェの個室で二人で甘いものでテーブルを囲い、紅茶を飲んでいる。



あの時のことや新聞記事のことをどう切り出そうかと悩んでいると、ユーゴーはショートケーキのいちごをフォークで差した。



「いっとくけど、あの時利用したからってお前が後ろめたいって思わなくていいから」

「……顔にでてた?」

「ああ。あの時協力したのも、罪悪感でもなんでも、俺を記憶の中に留めて交際のことを前向きに考えてくれればな、とは思ったから。俺もあの時の状況は利用したんだ。だから、お互いに利用した者同士、考えることはなしにしよう」

「それでも……」



友人を利用したことは間違いない。彼が変に気を遣うことがない性格なのは知っているけど……。



「ああ、いいな」

ふと、ユーゴーが言った。なにが、と聞き返すと、行儀悪くテーブルに肘をついてにやりと笑う。



「お前がこうして、俺のことばかりを考えている事だよ。あいつらにはムカついたが、あいつらがきっかけを作ってくれたおかげで、どんな形であれ俺に関心をむけられたからな」

「……本当に、私のことが好きなのね」

「もちろん。賢くて純粋でアホなところはあるけど、そんなお前が愛おしいよ」



サイレーンと暮らしていた頃も自分から感情を表現していたけれど、伝えられることはなかった。何度も言われると勘違いしてしまうじゃない。



じぃ、と見つめると、勘違いをしてもかまわないといいたげに首を傾げたユーゴーに、私はついに白旗を挙げた。



「……私、可愛げがないし、背はちょびっと低いし、童顔だし、冗談通じないし、不器用だわ。それでもいいの?」

「いいよ。俺も好きな子の前では意地悪だし、背は高いし、顔の整っていて、冗談が通じるから。お前が勘違いしたり、よそ見をしないように、精一杯の愛を伝えるよ」



自己肯定感高すぎ、とチョコレートケーキを口に入れるとカカオの酸っぱさとほろ苦さ、砂糖の甘い味わいが口の中に広がった。



胸の中がじんわりと温かくなるくらい、甘くて温かい味わいだった。
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