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第二章 日常、そして非日常

体調不良①

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 古代遺跡から帰ったのは夜中の二時だった。思った以上に長く滞在していたようだ。それからお風呂に入ったりして、結局寝たのは三時を過ぎていた。

「美羽、大丈夫ですの? 今日はお休みされてはいかがですか?」

「大丈夫。今日は午前中で授業終えて、昼から自習の予定だから」

「無理はいけませんわよ。お兄様もですわよ」

「レイラちゃん、心配してくれるの? 僕はしんどいからレイラちゃんの膝枕で休もうかな」

 兄はそう言いながらも一番元気そうだ。私は兄の手を引いて学校に向かった。

「お兄ちゃん剣はどうしたの?」

「ん? 部屋に置いてあるよ。あんなの持ち歩いてたら銃刀法違反で逮捕されちゃうよ」

「確かに。家宅捜索なんてされたら終わりだね」

 兄が手に入れた剣は、勇者の持つそれのようにしっかりとしており、切れ味も抜群そうだった。

「お兄ちゃん、今度あれで魚三枚におろそうよ」

「良いね。魔王にマグロでも捕ってきてもらって解体ショーでもしたら楽しそうだ」

「お寿司、お刺身、マグロのステーキ、お兄ちゃん良い物手に入れたね! あ、じゃあねお兄ちゃん。行ってらっしゃい」

「うん。美羽、前見て歩くんだぞー」

 兄と別れ、兄は大学に、私は高校にそれぞれ行く道を進んだ——。

「そういえば、私あの人の名前聞いてないや」

 自分ばかり自己紹介して、美青年の名前を聞きそびれていた。しかも、普通に何も考えず本名を伝えてしまった。

『ミウ・サイトウ』なんて、あの乙女ゲームの世界観では絶対に存在しない名前だ。あちらでは昼間でも、こちらでは深夜二時、ナチュラルハイになっていたのかもしれない。

「まぁ、もう会わないし、いっか」

「誰に会わないんだ?」

「拓海?」

 独り言を聞かれるなんて恥ずかしい。それより、いつもは絶対に声をかけてこないのに今日はどうしたのだろうか。私の疑問を感じ取ったのか拓海が言った。

「俺たち、学校では恋人同士だろ。通学中に素通りはまずいだろ」

「確かに」

「あれから虐められてないか?」

「うん。拓海のおかげで何もないよ。ありがとう」

 ニコッと笑って見るが、拓海にはお見通しなようだ。

「顔色悪いな。大丈夫か?」

「うん。夜中まで勉強してたからかな。平気平気」

「まだ時間あるんだからあんまり棍詰めるなよ」

「うん、ありがとう」

 それから他愛無い話をしながら拓海と学校まで歩いた。

◇◇◇◇

 教室に着くと、小夜がやってきた。

「おはよう。美羽、拓海君と来てたね。ラブラブじゃん」

「うん。学校ではね」

「なんか美羽今日元気ないね」

「そんなことないよ。寝不足なだけ」

 みんなが口々に心配してくるとは、そんなに顔色が悪いのだろうか。寝不足もあるが、白骨化遺体の山を見たせいもあると思う。夢にまで出てきて怖かった。

 小夜にこの恐怖を話したい。異世界転移に古代遺跡なんて小夜の大好物だ。小夜に話したい気持ちを抑えながら教科書を机に入れていると田中が話しかけてきた。

「美羽、ちょっと良い?」

「なに? なんか怒ってる?」

「別に」

 明らかに怒っている。どっからどうみても怒っている。メガネの奥にある田中の目が据わっている。私が怯んでいると小夜が私に耳打ちしてきた。

「美羽、まさか田中に話してないの?」

「あ……」

 すっかり忘れていた。田中に拓海とのことを伝えるのを。

「あいつとはいつから?」

「えっと……」

「美羽は俺のことが好きなんじゃなかったの? 浮気?」

 順を追って説明したいが既に教室にはクラスメイトが席についている。何ならみんなこちらに注目すらしている。

「田中、もう先生来ちゃうよ」

「逃げる気?」

「逃げるとかじゃなくって……」

 いよいよ頭が痛くなってきた。眩暈までしてきた。小夜が異変を感じ取ってくれたようで田中に言った。

「ちょっと田中。美羽体調悪いんだから責めないであげてよ。元はと言えば田中が悪いんだしさ。美羽ばかり責めるのは親友として見過ごせないよ」

「どういうこと? 俺のせいって」

「田中のファンが……」

 ガラガラガラ。

「ホームルーム始めるから座れよー。お、そこ何か揉め事か?」

「いえ、斉藤さんが気分が悪いそうなので保健室に連れてってきます」

 田中が猫を被った。先生の前ではいつもこの調子で、特に髪色を黒にしてからは優等生を演じている。

「斉藤大丈夫か? 午前中が自習で午後から授業に変更になったからゆっくり休め」

 それを聞いて安心した。それなら午前中は保健室で寝ていよう。そう思って先生にお辞儀をして教室から出ると、田中まで付いてきた。

「一人で行けるから」

「先生に連れて行くって言ったから。それに体調悪いなんて知らなくて、ごめん」

 田中がやけに素直だ。先程までの威圧は見られない。

「私、拓海とは付き合ってないから」

「え? でも女子達が……それに朝も一緒に登校してたって」

 やはりクラスの一軍にいる人は違う。噂がすぐに耳に入るようだ。私なんて隣の席の子が話しているのを聞いて、随分経った頃に初めてその噂を耳にしたりするのに。

「学校では恋人同士のフリをしてもらってるだけ。虐められないように」

「は? 虐めってなに?」

「……」

 私はそれ以上は話さずに保健室へと歩いた。

「おい、虐めって何だよ」

 田中がそう言って私の腕を掴んだ。私は田中の顔を見ずに言った。

「関係ないでしょ。とにかく拓海とは付き合ってないんだから」

「俺がそいつらに言ってやるから」

「そんなことしないで! マジでやめて。そんなことしたら嫌いになるから」

「美羽……」

「私、一人で保健室行くから」

 私の腕にある田中の手をそっと離して、私はその場を後にした。
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