13 / 86
第二章 日常、そして非日常
恋人ごっこ①
しおりを挟む
私は魔王に土下座をしている。
「魔王様お願い! 一日だけだから」
「何故俺が美羽の恋人役をせねばならんのだ。俺はレイラが好きなんだ」
——私はよく分からない内に田中の彼女に仕立て上げられそうになっていた。
私は田中に向かって嘘を吐いた。
『田中、ごめん。私、付き合ってる人いるの』
『は? 付き合ってる人いないって言ってたよね。俺に嘘吐いたの?』
『ごめん……』
『どこの誰? クラスの奴?』
私は小夜の鞄からチラリと見えた一枚の写真を取り出して田中に見せた。
『この人、今も一緒に暮らしてる』
しかし、田中は私から写真を奪い取って怪訝な顔で聞いてきた。
『こんなやつ実在すんの? 芸能人とかじゃないの?』
写真には爽やかな笑顔でピースをしている魔王が写っている。容姿端麗な魔王の顔が裏目に出たようだ。全く信じてもらえなかった。
田中に信じてもらう為、私は意を決して魔王を田中に会わせることにした。彼氏として——。
そして今、必死に魔王を説得している。
「彼氏役してくれたら、魔王様の大好物の天ぷら沢山作ってあげるから。お願い!」
「海老も入れてくれるか?」
「入れる入れる。奮発しちゃう」
「良いだろう」
「やった、ありがとう。魔王様大好き!」
私は両手放しで喜んだ。だって、田中の彼女になんてなりたくない。私は田中とは真逆の陰キャ女子。どう足掻いたって釣り合わない。拓海の時のように虐められて孤立するのが目に見えている。そもそも田中は嫌いだ。
「魔王様、どうしたの? 顔が赤いよ」
「そうか? それよりレイラ、すまない。例え一日だとしても美羽の恋人になるなんて……」
魔王が切な気な表情でレイラに話しかけるが、レイラは淡々と言った。
「いえ、わたくしは何とも思っておりませんので、しっかりと美羽に恩返しして差し上げて下さいませ」
「レイラ、気丈に振る舞って……健気なやつだ」
レイラと魔王の会話を聞いていると、レイラから全く相手にされていない魔王が少しばかり可哀想に思えてくる。だからと言って、私は魔王の味方をするつもりはさらさら無いが。
そんなことより今は田中だ。田中に偽のカップルだとバレないようにしなければならない。
「魔王様、恋人の練習しとこう。ボロが出て田中にバレたら困る」
「そうだな。レイラ、少しばかりリビングに行っててくれるか? いくら偽といえど俺が美羽の恋人を演じているのを見るのは辛いだろう」
「分かりましたわ。辛くはないですが、わたくしはリビングで掃除機の特訓をしてまいりますので、魔王様と美羽は頑張って下さいませ」
掃除機の特訓とは果たしてどのようなものか、見たい気持ちを抑えつつ、私はリビングと自室を隔てている襖が閉まるのを眺めた。そして魔王の方に顔を向けた瞬間、体がふわっと宙に浮いた。
「え、魔王様? 何してんの?」
「恋人の練習をするんだろ?」
私は魔王に横抱きにされている。いわゆるお姫様抱っこだ。
「ちょ、重いから、魔王様早くおろして」
「そうか? 軽すぎて逆に心配になるぞ」
人がいないのが幸いだが、恥ずかしすぎる。抱っこなんてコタツでうっかり寝た時に兄に抱っこされた以来だ。しかも魔王の顔が近すぎる。
私が魔王の腕の中でジタバタしていると、魔王はゆっくりベッドの上に私をおろした。安堵したのも束の間、魔王が私のすぐ隣で肘を付いて横になっている。
「え、魔王様? ちょっ、恋人の練習するんだよね? 何してんの?」
「だから、恋人の練習だ。ああ、部屋を暗くした方が良いか? 少し待ってろ」
そう言って、魔王が何やら呪文のようなものを唱えるとカーテンがシャッと閉まり、部屋の灯りが消えた。
「え、なに? 魔王様? 暗くする必要ある?」
「俺は明るくても良いが、日本の女性はこういうことをする時は明るいと恥ずかしいらしいじゃないか」
「何の話をしてるの?」
「恋人役をやるのだろ? 俺は初めてだが、兄の動画でしっかり勉強してるから安心しろ。優しくしてやる」
「え、それって……」
私は瞬時に理解した。魔王が今から何をやろうとしているのか。そして、魔王の右手が私の胸に置かれようとしていることを。
その手から逃げるように、私は思い切りゴロンと横に転がった。
「いてて……」
ベッドはシングルなので、案の定私はベッドから転げ落ちた。その瞬間、部屋が明るくなった。魔王が灯りを付けてくれたようだ。
「美羽、大丈夫か?」
「もう、魔王様は何を田中に見せるつもりよ」
「日本人の恋人同士がすることと言えばこれだ! と兄に教わっていたからな」
「お兄ちゃん……」
危うく恋人ごっこで貞操を魔王に捧げるところだった。危ない危ない。
「では、美羽。恋人役とは何をやれば良いんだ?」
魔王に言われて気が付いた。恋人とは何をやるのだろうか。恋愛経験ゼロの私には到底答えに辿り着けない。
「こういう時はネットで調べてみよう」
こうして私と魔王はインターネットの情報を頼りに恋人の練習に励んだ。勉強もせずに。
「魔王様お願い! 一日だけだから」
「何故俺が美羽の恋人役をせねばならんのだ。俺はレイラが好きなんだ」
——私はよく分からない内に田中の彼女に仕立て上げられそうになっていた。
私は田中に向かって嘘を吐いた。
『田中、ごめん。私、付き合ってる人いるの』
『は? 付き合ってる人いないって言ってたよね。俺に嘘吐いたの?』
『ごめん……』
『どこの誰? クラスの奴?』
私は小夜の鞄からチラリと見えた一枚の写真を取り出して田中に見せた。
『この人、今も一緒に暮らしてる』
しかし、田中は私から写真を奪い取って怪訝な顔で聞いてきた。
『こんなやつ実在すんの? 芸能人とかじゃないの?』
写真には爽やかな笑顔でピースをしている魔王が写っている。容姿端麗な魔王の顔が裏目に出たようだ。全く信じてもらえなかった。
田中に信じてもらう為、私は意を決して魔王を田中に会わせることにした。彼氏として——。
そして今、必死に魔王を説得している。
「彼氏役してくれたら、魔王様の大好物の天ぷら沢山作ってあげるから。お願い!」
「海老も入れてくれるか?」
「入れる入れる。奮発しちゃう」
「良いだろう」
「やった、ありがとう。魔王様大好き!」
私は両手放しで喜んだ。だって、田中の彼女になんてなりたくない。私は田中とは真逆の陰キャ女子。どう足掻いたって釣り合わない。拓海の時のように虐められて孤立するのが目に見えている。そもそも田中は嫌いだ。
「魔王様、どうしたの? 顔が赤いよ」
「そうか? それよりレイラ、すまない。例え一日だとしても美羽の恋人になるなんて……」
魔王が切な気な表情でレイラに話しかけるが、レイラは淡々と言った。
「いえ、わたくしは何とも思っておりませんので、しっかりと美羽に恩返しして差し上げて下さいませ」
「レイラ、気丈に振る舞って……健気なやつだ」
レイラと魔王の会話を聞いていると、レイラから全く相手にされていない魔王が少しばかり可哀想に思えてくる。だからと言って、私は魔王の味方をするつもりはさらさら無いが。
そんなことより今は田中だ。田中に偽のカップルだとバレないようにしなければならない。
「魔王様、恋人の練習しとこう。ボロが出て田中にバレたら困る」
「そうだな。レイラ、少しばかりリビングに行っててくれるか? いくら偽といえど俺が美羽の恋人を演じているのを見るのは辛いだろう」
「分かりましたわ。辛くはないですが、わたくしはリビングで掃除機の特訓をしてまいりますので、魔王様と美羽は頑張って下さいませ」
掃除機の特訓とは果たしてどのようなものか、見たい気持ちを抑えつつ、私はリビングと自室を隔てている襖が閉まるのを眺めた。そして魔王の方に顔を向けた瞬間、体がふわっと宙に浮いた。
「え、魔王様? 何してんの?」
「恋人の練習をするんだろ?」
私は魔王に横抱きにされている。いわゆるお姫様抱っこだ。
「ちょ、重いから、魔王様早くおろして」
「そうか? 軽すぎて逆に心配になるぞ」
人がいないのが幸いだが、恥ずかしすぎる。抱っこなんてコタツでうっかり寝た時に兄に抱っこされた以来だ。しかも魔王の顔が近すぎる。
私が魔王の腕の中でジタバタしていると、魔王はゆっくりベッドの上に私をおろした。安堵したのも束の間、魔王が私のすぐ隣で肘を付いて横になっている。
「え、魔王様? ちょっ、恋人の練習するんだよね? 何してんの?」
「だから、恋人の練習だ。ああ、部屋を暗くした方が良いか? 少し待ってろ」
そう言って、魔王が何やら呪文のようなものを唱えるとカーテンがシャッと閉まり、部屋の灯りが消えた。
「え、なに? 魔王様? 暗くする必要ある?」
「俺は明るくても良いが、日本の女性はこういうことをする時は明るいと恥ずかしいらしいじゃないか」
「何の話をしてるの?」
「恋人役をやるのだろ? 俺は初めてだが、兄の動画でしっかり勉強してるから安心しろ。優しくしてやる」
「え、それって……」
私は瞬時に理解した。魔王が今から何をやろうとしているのか。そして、魔王の右手が私の胸に置かれようとしていることを。
その手から逃げるように、私は思い切りゴロンと横に転がった。
「いてて……」
ベッドはシングルなので、案の定私はベッドから転げ落ちた。その瞬間、部屋が明るくなった。魔王が灯りを付けてくれたようだ。
「美羽、大丈夫か?」
「もう、魔王様は何を田中に見せるつもりよ」
「日本人の恋人同士がすることと言えばこれだ! と兄に教わっていたからな」
「お兄ちゃん……」
危うく恋人ごっこで貞操を魔王に捧げるところだった。危ない危ない。
「では、美羽。恋人役とは何をやれば良いんだ?」
魔王に言われて気が付いた。恋人とは何をやるのだろうか。恋愛経験ゼロの私には到底答えに辿り着けない。
「こういう時はネットで調べてみよう」
こうして私と魔王はインターネットの情報を頼りに恋人の練習に励んだ。勉強もせずに。
11
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる