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第二章 日常、そして非日常

新学期あるある

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 本日から新学期のスタートだ。

 だからと言って特別なことは何もない。ただ勉強する場所が自宅から学校に変わっただけ。変わったと言えば小夜ちゃんだ。

「どうして健斗やめて、魔王様に推し変してるの? 魔王様ってアイドルじゃないよ」

「良いじゃない。あんなイケメン見たことないもの。魔王様の写真ありがとね。ここと、ほらここにも入れてるんだ」

 小夜は魔王に推し変した。そして、毎日のように自宅に遊びに来ようとしていたので、私は魔王にお願いした。

『お願い。写真撮らせて』

『良いぞ。財布に入れてくれるのか?』

『うん、その予定(小夜ちゃんが)』

 と言うわけで、魔王の写真を沢山撮り、小夜に横流しした。そうすることで、小夜の毎日の来訪は阻止された。

 小夜は同担拒否勢なので、魔王の写真を他人には見せないだろう。今も自分だけが楽しんで妄想を繰り広げているに違いない。

 ちなみに、小夜も魔王の事は魔王様と呼ぶ。私がうっかり魔王様と呼んだのがきっかけだ。小夜曰く……。

『普通の名前より魔王様の方が響きが良いよね。それに、魔王と人間、許されない恋をしているようでロマンティック……』

 だそうだ。私も呼び方が変わらなくて楽なので、何も口出しはしていない。

 教室に入ると、クラスメイトの雰囲気が少し変わっていることに気が付いた。小夜も同様のことを感じたようで、呟いた。

「夏休みあるあるだよね。野球部が髪伸ばしたり、髪色染めたりさ」

 そう、体育会系の部活動は夏の試合で引退することが多い。故に、それぞれのクラブの厳しい暗黙のルールからも解放されるのだ。

 坊主で三年間見慣れていた野球部は髪を伸ばすと違和感を覚えてしまう。

「美羽、あんな男子いたっけ?」

「どれ?」

「ほらあそこ」

 小夜の指差した先には黒髪にメガネをかけた、いわゆるメガネ男子がいた。

「見ない顔だね。転校生かな?」

「三年生で転校なんて珍しいね」

「そうだね。まぁ、私と小夜ちゃんには関係ないね」

 そう言ったのも束の間、そのメガネ男子が私の名前を呼んだ。

「よ、斉藤。久しぶり」

「え? 美羽知り合い? どこの誰?」

 小夜が驚きの余り、私に問い正してきた。

「まさか、全然知らないよ」

「でも、美羽のことめっちゃ見てるよ。手振ってるよ。あ、こっち来た」

「小夜ちゃん、全部報告しなくていいよ。私も見えてるから」

 それにしても、このメガネ男子は一体誰だろうか。私の男友達は幼馴染の拓海だけだ。他の男子とは会話をしたこともない。

「斉藤酷いじゃん。既読スルーなんて」

「えっと……人違いでは?」

「相変わらず面白いな。で、どう? 俺イケてる? 格好良い?」

 良くも堂々と自分の見た目を相手に評価してもらおうと思ったものだ。私なら面と向かって不細工と言われたらショックで立ち直れない。

 ただ、このメガネ男子は普通に顔が良い。何なら推しのリクに良く似ている。

「良いんじゃない。格好良いと思うよ」

「マジで?」

「うん」

「本当の本当に?」

「しつこいな。何なの?」

 私が苛つき出したのを察したのか、それ以上は聞き返してこなかった。しかし、代わりに予想外の言葉がメガネ男子の口から発せられた。

「初デートどこ行きたい? 遊園地かな? 水族館も捨て難いよな」

「え、何の話してるの?」

「勉強ばっかだと息詰まるだろ。付き合った記念にパァッと遊びに行こうぜ」

「美羽の彼氏さん? 美羽知らないなんて嘘じゃん。魔王様と言い、この人と言い、隠し事多すぎだよ」

 小夜がムッとしているので、必死で誤解を解こうと私は口を開いた。

「小夜ちゃん、魔王様の事は謝るけどさ今回のことは本当に知らないんだって。こんな喪女の私に彼氏なんていないから」

「じゃあこの人は誰なの?」

 小夜の問いに応えるべく、私はじっとメガネ男子を見つめた。すると、頬がほんのりピンク色に染まった。

 その表情には見覚えがあった。あの時は私に対してではなく、レイラに対して向けた表情だった。

 レイラ? どうしてレイラが出てくるのだろうか。そしてピンときた。

「もしかして田中?」

「今更何言ってんの」

「え、だって全然違うから。小夜ちゃん、分かったよ。これ田中だよ、あの田中」

「そんな連発されたら恥ずかしいだろ。それにもう付き合ってるんだから陸って呼んでくれよ」

 照れている田中が可愛い……じゃなくて、付き合ってるとはどういうことだ。田中はレイラが好きなはず。そして、田中とは連絡を断ち切った。つまり、私の中では友人ですらない。

 私が黙っていると、田中がスマートフォンを開いて私に見せてきて言った。

「まさか、忘れたなんて言わせないからな。『斉藤の言う通り黒髪にメガネにして、斉藤が俺のこと格好良いって思ってくれたら付き合ってくれ』って書いてるだろ」

「え、うそ。ちょっと見せて」

 書いてあった。最後の面倒になって読まずに放置していた田中からの長文にしっかり書いてあった。

 そしてそこにはレイラのことも書いてあった。『初めはレイラちゃんが可愛くて声をかけた。けど、話してみて俺は斉藤のことばかり考えるようになった。自分勝手で悪いけど、レイラちゃんとは連絡を取らないことにする。ごめんなさい』と。

 何故かレイラは告白もしていないのに、好きでもない相手から振られた形になっていた。

「でも、私、これ読んでないから。ノーカンだよ」

 私が田中に焦ったようにそう言うと、田中は私を睨みながら言った。

「は? ここにちゃんと既読付いてるけど。既読ってことは読みましたってことだよね? そんな言い訳通じないよ」

「ごめんなさい……」

 田中は口元だけ弧を描いて笑った。

「謝ってもダメだよ。美羽は俺を格好良いって、好きって言ってくれたよね? もう俺と美羽は付き合ってんの」

 私は小夜と手を取り合って震えた。

「私、好きなんて言ってない……」

「美羽、これは知的メガネ男子じゃないよ。猛獣系男子だよ。捕まったらヤバいやつだよ」

「小夜ちゃんどうしよう……」
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