上 下
121 / 144
第七章 人間界侵略回避

ファーストキスの味

しおりを挟む
「言わんこっちゃない」

 チェスターはメレディスと魔王によって呆気なく捕まった。早すぎて何が起こったのかは分からないが、今は気を失っているようだ。地面に転がって動かない。

 馬に乗ったままの俺に、下からメレディスと魔王が手を差し伸べてきた。

「いつの間にか私の元からいなくなって心配したんだぞ」

「ペットなんぞではなく、妃にしてやろう。我と共に来い」

 顔の良い二人が手を差し伸べる姿は、真夜中なのにキラキラと眩しく、目を細めてしまう程だ。俺が女だったなら、こんなシチュエーションは女冥利に尽きる所だが、俺は男だ。全くもって嬉しくない。

 嬉しくはないが、今はドレス姿で動きにくい為、差し出された手を取って馬からおろしてもらった。

「我の手を取ったということは、そういうことで決まりだな」

「違うよ! それに、俺と魔王だったら妃じゃなくて親子なんじゃ……俺、グレースよりかなり歳下だし」

「確かにな。グレースと姉妹になり、そしてグレースには内緒で毎晩父と娘の禁断の愛を育む。悪くないな」

「悪いよ、悪すぎだよ」

 女装姿はやはり碌なことにならない。早くドレスを脱ぎたいが、俺の服はヴァンパイアがいたあの場所に置いてきてしまった。

「そういえば、ヴァンパイアは?」

「オリヴァー、やはりヴァンパイアの誰かを妾に?」

 メレディスが引き攣った笑みを浮かべた。

「ち、違うよ! 人に危害を加えてないか気になっただけだよ」

「安心しろ。今回は中止だ」

「え、中止?」

 非常に有り難いが、何故だろうか。不思議に思っていると、魔王が言った。

「汝がヴァンパイア共を骨抜きにしおったからだ。言ったのだろう? 『自分以外の人間の血を吸ったら嫌いになる』と」

「あー、そんなこと言ったかも」

「汝が消えた後、自分達の任務を全うしろと命じたのだ。通常は功績を残そうと我先にと任務を遂行するものだが、互いに任務を押し付け合って一向に人間を襲いにいかんのだ」

「へー」

「むしろ汝の妾になる為、求愛しにいくと言って聞かんから即刻魔界へ帰らせた」

 何はともあれ、ノエルの考案した『ヴァンパイアを恋に落とす作戦』は上手くいき、ヴァンパイアを撤退させることにも成功したようだ。一件落着。

「で、オリヴァー。こいつは何者だ?」

 メレディスが気絶しているチェスターを見下ろした。

 こっちの問題も二人のおかげで解決しそうだと、ひと安心していると、奴隷の首輪がギュッとキツく巻きついてきた。

「オリヴァー?」

「何だこの首飾りは? さっきとは違う物がついておる」

 突然苦しみ出した俺を見て、魔王が奴隷の首輪に気付いた。ただ、奴隷の首輪は主人にしか外せない。きっと主人はチェスター。目が覚めたのかと思って下を見るが、気絶したままだ。

「アーネット……か」

 やや離れた場所からこちらに向かって手を翳していた。

「チェスターを返せ! そして、その娘から離れろ。離れなければこのまま殺す」

 アーネットが脅せば、メレディスと魔王はアーネットをギロリと睨んだ。

 普通の人ならここでチェスターと俺から離れるのだろうが、何せ魔王とその側近だ。少し手を払う動作をするだけで、アーネットは思い切り吹き飛んだ。と、思ったら闇の何かに足を絡み取られ、そのまま地面に叩きつけられた。同時に奴隷の首輪も緩んだ。

「ゲホッ、ゴホッ、ゲホッ」

「オリヴァー、大丈夫か!?」

「うん、ありがとう……って、メレディス近いよ。何してんの?」

 後ろに手をついて起きあがろうとすれば、メレディスが前から俺の首に手を回してゴソゴソ何かしているのだ。顔が至極近い。

「この首飾りを取ろうと思ってな。だが、中々外れないものだな」

「後ろから外してよ……。それ、一つはアーネットの手を使って外さないと外れないんだ。どっちがどっちか良くわかんないけど」

「よし」

 魔力封じの首輪が外れたようだ。一気に魔力が溢れてくるのが分かった。

「ありがとう、奴隷の首輪は……ん?」

 立ちあがろうと動いた拍子にメレディスの唇に俺のそれが触れてしまった。

 これは事故だ。そう、事故。メレディスも予想外のことで目を丸くしている。今なら無かったことに……。

「んんッ」

 離れようとしたのに、メレディスの大きな右手が俺の頭を後ろでしっかりと支えた。離れようにもメレディスが離してくれない。離れたと思ったら、角度を変えて再びキスされた。しかも、舌まで入ってきた。

 綺麗な星空の下、そのロマンティックなムードのせいか、ついうっかり目を閉じて受け入れてしまったではないか。ハッと我に返り目を開けると、魔王がこちらを見下ろしていた。

「何だ? そんな誘うような目で見て、我も参戦して良いのか?」

 魔王は俺とメレディスの横にしゃがみ込んだ。そして俺の金髪の長い横髪を耳にかけながら、チュッと耳にキスしてきた。

 それを見たメレディスは俺から唇を離した。

「陛下は下がっていて下さい。夫婦の邪魔をするなんて無粋ですよ」

「此奴が誘ってきたのだ。致し方ないであろう」

「私の嫁がそんなはしたない事する訳ないでしょう」

 メレディスと魔王の言い合いが始まったので、その隙に俺はメレディスから抜け出し、距離を取った。

「メレディス、ケーキでも食べてたのかな」

 ファーストキスの味は甘い甘い生クリームのような味だった。

 そんな事を考えながら、気絶しているアーネット親子が逃げないように闇魔法で縛っておいた。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!

BL
 16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。    僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。    目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!  しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?  バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!  でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?  嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。 ◎体格差、年の差カップル ※てんぱる様の表紙をお借りしました。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...