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掴めそうで掴めない葉

彼方と幸

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 僕が初めて救われたのは、貴方の小さな手のひらが僕を必死に抱きしめてくれた何の変哲もない心地よい風と暖かい太陽の光がさす日だった。
 その何の変哲もないことで僕は貴方に救われたんだ。


 あの日よりずっと大きくなった僕は、今度は救われるんじゃなくて誰よりも大きな救う存在になってた。
 それが誇らしく思った。
 今の僕を見て貴方は「よく頑張ったね」なんて言ってくれるだろう。

 だから、貴方に会えなくても寂しくなんてない。記憶の奥にしまったまま、色褪せていく存在であればいいと思ったんだ。
 それがいけないことなのか、そうでないのか僕には分からないけど、そうでないと僕は救う人達に示しがつかないから。だから、貴方は許してくれる。



「久しいね、カナタ」

 突然の電話だった。
 僕の名前を呼び捨てで話しかける人はただ1人しかいない。僕が思い出として色褪せさせてた人物だ。

 僕は、その人物の名前を覚えていない。
 声も容姿だってあまり覚えていない。
 ただそれでも貴方だと気づいたのは、きっと僕を初めて救ってくれた存在だったから。

「カナタ、君は大きくなったんだね
 私は嬉しいよ。」
「そう…だね」

 僕はなんて応えたら正解なのか分からず、動揺したまま応えるとかすれた笑い声が聞こえた。

「私は元気だったよ。
 カナタはどう?」

 「無理はしてない?」と優しく聞いてきた言葉に僕は軽く返事をした。少し間を置いて僕に優しく声をかけてくる貴方に少しだけ面倒に思えた。

 僕には心配されることなんて何もないはずで、心配かけるようなことも何もないはずなのに、心配そうな声で何度も何度も優しく僕のことを聞いてくるその話し方に、昔もこんな感じだったか思い出そうとしても思い出せなかった。

「カナタ、私はね「もういいだろ。要件はなんなんだ」

 必要のない心配をさせられ続けられることに苛立ったのか、自分でも驚く程に冷たい言い方をしてしまった。

「…ごめん。
 少し、少しだけ、カナタの声を聞きたくなってしまったんだよ。
 カナタの活躍をよく聞くけれど、どれもカナタには出来なさそうなものばかりこなしているように思えてしまって、心配になったんだ。」
「昔と今は違うよ。
 僕はもう強くなったんだ。
 心配なんかいらない。」

 「もうきるよ?」そう言って電話を切ろうとすると、小さな声で「ごめん」と聞こえた気がしたけど、間髪入れず切ってしまった。
 折り返すのもどうなのかと考えて、折り返さないことにした。きっと、話が長くなってしまったことに謝ってきたのだろう。昔の貴方をあまり思い出せないけど、それでもさっきの優しい物言いのする貴方はそういう奴なのだと感じた。

 もう随分会ってない救ってくれたかつての友達を忘れるなんて、僕は身勝手で優しさからは到底到達できない冷酷なのだろうと感じた。
 きっと僕の性根は腐っていて、本物の優しくて誰にでも手を差し伸べるような救世主ではないのかもしれない。貴方の方が何十倍も優しくて、僕よりも救うことが出来るのだろう。

 そう考えていると、劣情を感じてしまった自分に嫌気を感じた。



 本当は、気づいていた。
 僕は優しくなくて、誰かを救える人間じゃないことに。
 僕が1番なりたいものは誰かを救うことであったのに、それが達成したのにも関わらず空虚な気持ちでいっぱいになった。
 誰かの心を救った僕は、それをし続けなければ自分の価値がないように思えて仕方がなくて、その気持ちを悟らせないように笑顔を作り続けたんだ。


 貴方の声を聞いた時、僕は何か知らない感情が芽生えたのに気付かないふりをして、結局優しくかけてくれた言葉を振り払った。
 なんて馬鹿なんだろう。
 愚かな自分が気持ち悪い。




 そんなことを考えて何日か経ったある日、手紙が届いた。
 その内容に僕は唖然として、空虚だった空っぽな心すら全てをくり抜かれたような感覚がした。



 貴方が死んだ。




 葬式に出てくれないかと家族からの手紙だった。
 僕の体は硬直したかのように、何分かそのまま立ち尽くしていた。
 下に名前が書いてあった。
 僕は目線を下に向けると、ゆっくり名前を読む。


 兎塚 幸弥ともり さちや


 貴方の名前だ。

 サチヤ…
 そう、サチヤだ。

 貴方の名前を思い出した僕は思い出した。

 それと共に僕は自分が感じていたことに気づいた。
 きっと、これは貴方も感じてたことだ。

 本当は、自分は焦っていて、怖くて、それでいて一人ぼっちで戦っていたこと。
 「ごめん」の意味はもうすぐ自分は死んでしまうから、僕と話したかったこと。


 本当は、僕は心配されたかったのかもしれないこと。


 僕は、サチヤと別れの言葉が出来なかったことに、本当に、本当に、後悔した。





 ごめん。
 ごめん。サチヤ。





 葬式の終わり、家族に渡された僕宛てのサチヤの手紙には、大量の文字と僕の幸せを願う言葉と心配の気持ちでいっぱいだった。


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