上 下
17 / 71
追求する想いの葉

溺ろげのモニター

しおりを挟む




 貴方の水の中で寄りかかった私に何を伝えたって届かない。それでも、私の心は貴方の中ではなくて貴方の背中にそっといるんだよ。

 あの日、あの時の貴方の顔が忘れられない。

 私が貴方の傷ならば、随分前からの大きな古傷だ。

 貴方に預けたはずのこの身体には、本物の温かさがあったのかさえ疑問に思ってしまうけれど、これが私の幸せと言えば貴方は安心した顔で私をそばに置いてくれるでしょう?
 私はその優しさという苦しみを利用してしまったの。

 許して欲しいと思いながらその許しを乞う心すらあやふやな気持ちでいる。

 本当の幸せを最初から与えられていた私は、貴方のことを独占し続けたことでより幸せを貪欲に貪ってしまったの。
 貴方が私を忘れ老いていくのをそばでひっついて見ている私は、その忘れる頭を私が貪って正しいあの初めて会った貴方に変わってしまえばいいのにと切実に求めてしまう。

 こんな寒い夜よりも冷たい私の手は、貴方の温かさで2人して火傷してしまうね。
 貴方と同じ私であれば、私は貴方を独占せずいられたのかもしれない。


 でも、もう遅いの。
 遅すぎてしまったから。


 貴方が悪い訳じゃないわ。
 私だけが悪いはずなのだから。

 それなのにも関わらず、貴方は私が悪いのだと一度も言ってはくれない。
 貴方が何を考えているのか今まで一度も当てられたことがない。それなのに、貴方のその言葉の意味が分からなくて、それでも分かってしまっている私が消えてしまえば2人して救われる気がしたのに、それを拒んで今のこの温かい貴方の水の中で呼吸するのが心地よくて貴方を蝕むことになってしまう。


 それが、まるで…


 まるで、







 私がいるという証明であるように感じて停滞してしまうの。




 おぼろげになる貴方の視界が私いっぱいに映し出されれば、私でいっぱいになるんじゃないかと思ってしまうの。
 貴方のその震える温かい手のひらに私の手を押し付けて握りしめてしまえば、少しは私を見てくれるのかな?


 私にこうして喋り続けてくれる貴方が、一度も私の質問には満足する答えを出してくれない貴方の唇に私の唇を押し付けてみれば私のことをもっと見てくれるの?
 姿をその瞳に映し出せない私を愛していることに苦しんでいる貴方のその背中に抱きつけば貴方の震えは止まってくれるの?


 これが疾患なら私は、たちの悪い病原菌よね?
 私が植物なら、貴方だけを養分にする貴方だけの食虫植物よね?


 無いはずの私の温もりで笑う貴方を、一度も怖いと思えたことがないの。それがいけないことだなんて誰も教えてくれなかった。それなら、もう誰も私たちに構わないでほしいの。
 どうせ、私のことを毒だと言って離させようとしてきて貴方を傷つけるのなら、私という毒をこうやってずっと感じていれば何もないのだから何もして来ないでほしいの。


 どうしていけないのか。
 なんて、私には容易に分かってしまうけれど、私はそれを知らないフリをするの。
 知ってて分からないフリをしたって私のことなんて分からない人は気づくはずないのだから。
 それくらい許されるはず。よね?



 だから、お願い。

 私を見てよ。


 貴方だけが全ての私は、ここにいるのに。

 貴方の中で私は揺れながら溺れて息をしているのに。

 貴方のその真っ黒な瞳に私を一度でもいいから映し出してよ。

 偽物の私の温かさでいいから、私をもう一度。




『愛してるって、言ってよ。マスター』




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

処理中です...