上 下
72 / 73
想い残した遅れた葉

恋文

しおりを挟む



 貴方と笑いあった過去があります。

 笑った貴方の隣には私がいました。



 ティーカップに注がれた私だけの為にブレンドされた紅茶は、とても酸っぱく感じました。

「美味しい?」

 その言葉が、どれほど私へ愛情を込めたのか物語っていて、幸せな涙がこぼれてしまう。

「うん」

 不器用な私の口から出たのはその一言。その言葉に困ったような顔をしながらも慈愛に満ちた顔になる貴方がとてもとても眩しかったのです。

「今日は小春日和だね」

 そっと私の涙を親指で拾った貴方の口からは、優しい優しい声で私に笑いかける。

「…そうね」

 静かなこの庭に、私たちだけが時を進めているように感じるほど、貴方との空間がとても、とても幸せでした。

「ケーキ、作ったんだけど…どうかな?」

 テーブルの隅の方で待っていた手作りにしては上出来なチョコレートケーキがある。
 私が食べられる大きさにカットしながら不安そうに言う貴方に私は「貴方の作ったものが、どれほどの味でもどのくらいの見た目でも、私は美味しいと感じるわ」そう言えれたのなら楽になるのに、それを叶えるのは難しかったようです。

「ありがとう」

 カットされたチョコレートケーキを一口食べると、甘いチョコレートの味が広がった。これを作るまで貴方がどれほど努力したのか分かってしまうくらいに。
 酸っぱく感じた紅茶はチョコレートケーキの味に相性が良く、貴方の愛が絶えず感じられてホロリと涙がこぼれ落ちた。

「ふふ。美味しい?」

 笑う貴方の顔を見ると、とても…とても幸せでより美味しく感じます。




 貴方の幸せを願いました。

 貴方の隣で幸せを噛み締めた私がいたのです。



 風に飛ばされた木の葉を2人で窓から眺めながら本を読みました。
 こうして隣に座るなんて初めての事で、私は本に集中する事が出来ません。

「寒くない?」

 そう言って1枚のブランケットを自分と私の肩にかける貴方に私は気が気でありません。
 きっと、私は貴方にどうやっても勝つことなんて出来ないのでしょう。

「ありがとう」

 貴方によりくっついてしまった肩に、この心臓の振動が伝わらなければいいのにと、願いながらお礼を伝えた言葉はいつもより短く早く伝えてしまったと、こうして動揺している事がバレてしまったのではないかと鼓動が早くなるのです。

「なんだか、幸せだな」

 そう笑った貴方に私は見つめることが出来ず、そっと応えるように若干貴方の肩に寄りかかりました。
 「私も幸せ」そう伝えられたのならどんなに楽だろうと考えながらも貴方は優しく自分と接していない肩に手をかけて自分に寄せると、幸せそうに笑うのです。

「どうしました?」

 貴方が笑っていると釣られて私も顔がほころんでしまうせいで、私はいつもより固く言葉を伝えます。

「ふふ。こうしていられるのが、本当に幸せだと思ったんだ。」

 貴方は本当に思ったことをすぐ言える人です。
 その素直な貴方に惚れてしまった私ですが、貴方のその素直で思ったことを言えるその口が、私は本当に羨ましく思ってしまいます。











 本当に、貴方は私の全てなのですね



 貴方に触れられなくなってしまって、私はこの庭が怖くなりました。


 もう紅茶を入れてくれる貴方がここにはいなくて、私はもうここにいる意味がなくなってしまいました。


 貴方がそばにいれなくなってしまって、私はこの広い部屋が寂しくなりました。


 もうブランケットをかけて肩を寄せてくれる貴方がいなくて、私はもう本を読んでいる意義さえなくなってしまいました。



 もう、これが最後で、貴方に伝えられる言葉を紡ぐとしたら、きっと私は何十年もかかってしまうでしょう。

 不器用な私に、貴方は何を求めてくれたのでしょう?

 こんな無愛想な私に、貴方はどこを好きでいてくれたのでしょう?

 笑えるようになって、泣けるようになった私に、貴方は私にどういう感情でいたらいいと言うのですか?

 やっと私から抱きしめることができるようになったのに、貴方に何一つ返すことが出来なくて謝ることを許してくれますか?





 なんだっていい。

 なんだっていいの。


 貴方が幸せなら、私が貴方を幸せにできるのなら、どうなったっていい。


 これが、最期になるから。

 私はなにも求めません。

 だから、


 だから、貴方の幸せが訪れてしまえばいいのです。






 本当は、私がその幸せになった貴方の隣にいられれば、よかったというのに。

 「私を許してくれ。」なんて、言ってはいけないのかもしれません。

 それでも、



 それでも、こうして貴方と隣にさえ並べない私に、どれほどの罰を受けさせたらいいんですか?

 そう思ってしまうのです。

 そう思ってしまわないと、もう。もう、貴方に会えない私は、笑えないのです。



 なんでもいい。

 なんでもいいの。


 まだ、隣に…。

 まだ隣に貴方と私がいられる世界が続くのなら、もういいんです。

 こうして貴方がこんな私と出会ってくれたことが、奇跡なの。

 だから…



 あぁ。

 やっと、分かった。


 貴方に最後伝えられる言葉。

 最初で最後の恋文だけれど…







『貴方が私の奇跡すべてよ』





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しくて悲しい僕ら

寺音
ライト文芸
第6回ライト文芸大賞 奨励賞をいただきました。ありがとうございます。 それは、どこかで聞いたことのある歌だった。 まだひと気のない商店街のアーケード。大学一年生中山三月はそこで歌を歌う一人の青年、神崎優太と出会う。 彼女は彼が紡ぐそのメロディを、つい先程まで聴いていた事に気づく。 それは、今朝彼女が見た「夢」の中での事。 その夢は事故に遭い亡くなった愛猫が出てくる不思議な、それでいて優しく彼女の悲しみを癒してくれた不思議な夢だった。 後日、大学で再会した二人。柔らかな雰囲気を持つ優太に三月は次第に惹かれていく。 しかし、彼の知り合いだと言う宮本真志に「アイツには近づかない方が良い」と警告される。 やがて三月は優太の持つ不思議な「力」について知ることとなる。 ※第一話から主人公の猫が事故で亡くなっております。描写はぼかしてありますがご注意下さい。 ※時代設定は平成後期、まだスマートフォンが主流でなかった時代です。その為、主人公の持ち物が現在と異なります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...