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掴めそうで掴めない葉

初めて染まった貴方模様

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『もし、俺に気があって一緒にいたいって思ってくれてるなら、その…さ、付き合ってくれませんか。』

 彼のその一言で私は二つ返事で付き合った。
 別に気があったわけじゃないし、好きという感情も完璧にあったとは思えない。私はそんな相手と付き合うような女だ。
 尻軽だと言われたりしないようにとか、そんなこと出来ないしそこまで器用に手が回らない。でもいつも彼氏がいる状態にしていたくて、そう付き合いたいと言われたら付き合うし少し前は、二股以上していた事もあった。
 もちろん、すぐに相手は居なくなる。身体だけの関係はこういう系の女の種類には珍しく、身体だけの関係を持ちたくないのが私だ。

 だから、彼とは別にその場しのぎのような「相手がいないと寂しいから」という、そんなマセた子供もしないような理論で付き合いを始めた。



香純かすみこれ、好きじゃなかった?」
「え?お、覚えててくれてたの?!
 やった!ありがとう!」
(少し前に呟いてたの聞こえてたのか…、覚えててくれたのは嬉しいけど、そんなの別に慣れてるからなぁ。)
 そう思いながら、貰ったのは金属の栞だった。切り絵みたいになってて、猫が2匹隣り合わせになっている金色の少し軽い栞。
 高そうに見えて、安物だ。値札も見えていて1300円と書いてある。初めてのプレゼントにしては少し安い気もする。

「これ…」
「あ!これは、その…や、安い…よな。
 金属の珍しい栞なのに、安いやつ買ってしまって…嫌、だったよな。」
 そう言う彼は少し落ち込んでいて、容姿が淡麗なのにそんな顔をするのがなんだか情けなくて、台無しな気がした。

「別に大丈夫!
 くれた気持ちが大事だからね♪
 初めてくれたプレゼントだし、大切にするね!」
「本当?ごめん。もう少し考えて金使えば良かったんだけど、金欠になってしまって…今日も金あんまり使わないように家でデートだし…」
 そう言って、私の部屋に来てる事を情けなさそうに言う。
 別にいいって言ってるのに、なんでそこまで気にするのかよく分からない。
 彼の考える事はあまり分からなくて、退屈だとは思わないから別にいいけど、「飽きたら別れちゃえばいいことだし。」そう心で言う。

「うん。むしろ、私の部屋でくつろぎながら一緒にいれるのが楽しいし♪」
「なら…いいんだけど…」




 少し年月が経って、なんだか彼の事が分かってきた。今までの付き合い方で、する事は一緒なのに少し私の中で自分の感じる事が今までとは違う気がして、不思議に思った。

「次さ、ジェットコースター行こ!!」
「えぇ…俺、もうそれヤダ…」
 久しぶりに来た遊園地ではしゃぎ過ぎてる私に、乗り物酔いと人酔いになりつつある洋一よういち君がいて、なんだか心から笑えてるような気がした。今までの付き合った人とも心から笑ってた時もあるけど、いつも相手の心を注意して見てたから張り詰めていたのか、こんなに楽にいられるのがすごく楽しいことを私は知らなかった。
 洋一君の心を読み取る事をしないのは、少し怖いのもあるのに何故かその行為すら忘れてしまう時がある。





『俺たち、もう別れよう。』

 その一言を突然言われた。今までずっと普通に話してたのに、夕食の話だって今までしていたのに急すぎるその言葉は、私の脳が理解するよりも早く言葉が出た。

「なんで?」

 今まで、別れ話の時に「なんで?」と聞き返す事なんてしてこなかった私には異常すぎる事で、考える事を拒否するばかりだ。

「好きだから、別れるんだ。」

「なんで」

(よく分からない。好きなのに別れるのがよく分からない。好きならなんで、付き合わないの?)
 その考えばかり私は頭の中でグルグル回る。

「香純の事が好きだから、別れたい。
 今までのように、付き合う前に戻ろう。
 何も、香純の事を何も言わないから。
 戻ろう。俺たち」


 何が何だか分からなかった。でも、話はどんどん進んで行って、洋一君はいつの間にか居なくなってた。
 「また会おう」なんて最後に言ったきり、私の前から…私の隣から居なくなった。
 洋一君のその優しそうな顔は、まだ付き合ってるんじゃないかと錯覚するくらい、優しくて現実を受け入れるなんて出来なかった。





 洋一君と別れて、私は毎度のように誰かと付き合ったり。なんて、そんなこと出来なかった。
 別に寄ってくる男は以前のごとく何人もいて、「可哀想に。俺で忘れさせてやるよ。」そう言ってやってくる輩なんて何人も居るのに、洋一君の事を忘れたと思っていても何故か「付き合いたい」と、思わなかった。いや、思えなかった。
 むしろ、男とご飯とかどこか行くのも嫌な程で、私の以前してきた行いのせいで、友達もあまり居ないおかげかナンパも変な勧誘も増え続けている。
 「あぁ、こんな時洋一君が必死に助けに来てくれてたな。」とか思い出してしんみりしたり、前はいらなくても貰ってたプレゼントやお菓子も拒否したりする、こんなこと私にとっては異常な状態で…。


 私はやっと気づいた。
 洋一君が、大切な、本当に大切な人なんだとようやく気づいた。
 すぐ落ち込んで、カッコイイ洋一君が情けない。なんて思いながら、可愛くて愛おしくて、抱きしめたくなったその気持ちが、ずっと大切な感情なんだ。と、気づけなかった。
 よく言う別れて気づくソレなんだと、私が「イタイ奴」と思ってた属種になっていたのを気づいた。
 こんなに辛くて、寂しくて、ずっとずっと心寂しい気持ちに耐えながら、心に穴が空いたような感じがする。そんな辛さを、私の知らない所で世の人は感じていたんだと知った。


 復縁なんてした事の無い私に、復縁を持ちかけていいのか、「好きだからこそ」と言っていたその気持ちは変わってないのか、いや、いい方向で変わっていて欲しい。そう思いながら、洋一君に電話をかける。


(まだ、誰とも付き合ってないよね?

 ウザイ…かな?

 好きでいてくれてるかな?

 キモがられるかな?

 怖い女なんて思うよね…)


 洋一君と電話が繋がった。


《も、もしもし》
《もしもし。どうした?》
 洋一君の安心する声がする。
 まだ付き合ってるんじゃないかと、付き合ってた頃を思い出すな。と、考えてしまう。

《あの…さ、時間とか今空いてる?》
《うん。本当にどうした?》
 手に汗がジワジワと出てくるのを感じて、ギュッとスマホを握りしめる。


《もし、好きで、いてくれてるなら、もし、私の事気があって、まだ好きだと思ってくれてるならっ、





────逢いたいよ。大好きだってやっと気づいたの。────



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